21 また明日ね
本日はクラス会。場所は前回と同じ焼肉屋。クソほど乗り気になれなかったが、致し方なく参加している。
ちなみに二岡は来ていない、当たり前だが。
先程美音ちゃんと少しばかりお話をしたが、元気そうで何よりだ。
そんな美音ちゃんだが、当然といえば当然か、姉である曽根と同じテーブルの席に座っている。ちなみに、杠葉さんもそこのテーブルの席に座っている。
曽根が笑顔だ。なんかムカつく……が、結果として杠葉さんの狙い通りになっているのだろうから、まぁ良かったのかな?
「お兄ちゃん、口周りにタレがいっぱい付いてるよ。ほら、拭いてあげるから」
「お、おう……?」
これまた当然? なのかは分からないが、渚沙は俺の横に座っている。
いや、お前誰だよ。どうしたの? 今日。
こんな事してくれるような奴じゃないよな? お前。
「うわぁ、渚沙ちゃんはできる妹だねぇ」
と、反町希が感嘆の声を上げる。
騙されるな。普段はその真逆を貫き通してる存在だぞ。
「兄がこうもだらしないと、なぎがやってあげるしかないですから」
「でもね、甘やかしすぎちゃダメだよ? でなきゃ、こうなっちゃうから。ほら、自分拭け」
そう言って反町希は隣に座る双子の弟、反町和史に紙ナプキンを渡した。
「偉そうにするな。別に汚れてないし」
いや、汚れてるから。まぁ、反町姉が偉そうなのに異論は無いが。
【何か、渚沙が口元の汚れを拭いてくれたんだけど。怖くね?】
【今後二度と無いはずだから、人生で一度きりの奇跡を噛みしめたまえ。シスコン】
陽歌にメッセージを送ってみたのだが、ソッコーで返信が来た。
一々最後に余計な文を付けなきゃ気が済まないのかと、少しばかりイラッとして、別のテーブルに座る陽歌に目を向けると、これまたイラッとするほど可愛いウインクを返してきた。見なきゃよかった……。
「どうしたの? 変な顔して」
「ああ、ちょっと陽歌とな……って、変な顔とは」
反町希が自然な流れで聞いてくるから答えてしまったが、聞き逃したりはしないぞ。失礼な奴め。
「椎名、いつか聞いてみたいと思ってたんだけど、御影とはどんな関係?」
「お兄ちゃんと陽歌ちゃんは漫才コンビです」
反町和史の質問に俺より先に渚沙が答えた。
「コラッ! 勝手に答えるな。しかもテキトーに答えやがって」
「ふーん、じゃあ真剣に答えても良いんだ」
「良いに決まってんだろ。何も困る事なんて無いしな」
逆にあるなら教えてほしいくらいだわ――、
「お兄ちゃんと陽歌ちゃんは裸の付き合いです。もちろん、お風呂に侵入したのはお兄ちゃんですけど」
「――ちょっと待てぇ! 違う、違うからな? 誤解しないでくれよ? そんな事実は無いからな?」
真剣に答えても良いと言ってしまったのを死ぬほど後悔した。とりあえずひたすら弁明をする。渚沙が嘘を言っているかと聞かれれば、あの早朝の事故があったが故に微妙なところだが、だからといって認めるわけにはいかない。
陽歌の名誉の為にも――いや、そうじゃなくて俺の名誉の為に!
「ふざけんなよ椎名! よくも俺の御影さんを……!」
「テメェの御影さんじゃねえわ! 俺の、だ!」
だが、俺の弁明も虚しく、渚沙のせいでこのテーブルに座る野郎どもが暴れ始めた。
「お兄ちゃん、陽歌ちゃんってモテるんだね」
「何を今更……」
そんな事より、責任持って野郎どもを何とかしやがれ。
「ちょっとうるさいよ。椎名くんがそんな最低な真似するわけないでしょ」
と、反町姉が強めに言うと野郎どもが大人しくなった。
ゔぅ……良い奴なんだな、お前。
「え、何……? そんな涙ぐんだ目でこっち見ないでくれる? 気持ち悪いんだけど」
前言撤回だ、クソが。せっかく人が感謝してたっていうのに。
「それで、俺の質問なんだけど……」
「あぁ、悪い。あいつとは幼馴染。それだけだ」
それ以上でもそれ以下でもなく、この答えこそが全て。
「そっか。きっと、椎名のおかげで御影は……ありがとう」
「あたしからも、ありがとう」
「……は? 急に何? 意味分かんないんだけど」
どうして今、俺は反町姉弟に感謝されているのだ。そんな覚えなんて全く無いんだが。
「実は僕ら、御影とは同じ小学校に通ってたから。まぁ、御影は小四の時に転校しちゃったけどね」
「えっと……それで?」
つまり、有紗もこの二人とは同じ小学校だったと。
反町姉弟と陽歌が同じ小学校に通ってた時期があったのは初知りだが、それと俺に感謝するのがどう関係しているというのだ。
「いや、御影は……ほら――」
「――ちょい待ち、弟よ。椎名くん、御影さんから転校前の話とか聞いたりしてる?」
「あぁ、いや……特には」
一応、有紗とは親友だった。でもそうじゃなくなったのだけは聞いている。その理由までは知らないが……でも今は、存在しているように思えていた見えない壁が無くなったように感じるから、それだけで充分だ。今更理由なんて知る必要が無い。
まぁ、今この場でその件だけ少し聞いたと答える意味も無い気がするし、何も知らない事にしておこう。
「そっか……ならあたし達がここで話していいわけがないね。それに、昔より今を楽しまなくっちゃ。せっかくのクラス会だからね」
反町姉の言う通りだ。わざわざここまで来たのだから、損だけはしたくない。
「そういや反町、テニスの調子はどうだ?」
「新年度に入ってから格段にレベルアップできた実感はあるよ」
「ほぉ、そりゃ何よりだ」
「これも椎名からの刺激のおかげかな」
「まさか。自身の努力だろ」
俺は何もしていない。テニス部に所属しているわけでもないただの帰宅部だし、一度たりとも直接指導してあげたりもしていない。
だから俺のおかげと言われてもピンとこない。
「そういえば弟、来週の土日も大会なんだっけ?」
「僕が兄だ! ……そうだけど、何で?」
いや、まだ自分が兄であると思い込んでるんかーい。反町希が姉であるのは周知の事実だぞ。
「よし、決めた。椎名くん、どーせ暇でしょ? 一緒に観に行こうよ」
「お兄ちゃんなら、当然暇なんで是非連れてってください。家にいられても邪魔なだけなんで」
だから、何でお前が勝手に答えるし。しかも家にいられると邪魔とか、それは俺のセリフだからな?
「当たり前のように暇だと思われてるのはクソほど気に食わないけど、偶々その日は暇だから行っても良いぞ」
「じゃあ決まりで。集合場所と時間は、前日の夜までには連絡するね」
「了解」
こうして、俺の夏休みにも一つ、予定ができた。
有紗を筆頭にあれだけ暇扱いされてきたから、それに一矢報いる事ができたような気がして少し嬉しかった。
※※※※※
クラス会も無事終わり、今はその帰り道。
「紫音ちゃんも大分楽しそうだったし、良かったね佑くん」
「あいつが人生楽しそうでもつまらなそうでもどうでも良いんだけど」
「なんて言いながら、その妹の美音ちゃん? に優しくしてあげてちゃっかり紫音ちゃんを喜ばせている佑くんなのでした」
美音ちゃんに優しくするのは曽根を喜ばせたいからではないんだが。じゃあ逆にどう接しろと。冷たくか? いや、無理だろ。
「ロリコンクソ兄貴」
「ははぁーん、渚沙、嫉妬してるのかなぁ?」
「違う……! してるわけないでしょ!」
陽歌の挑発に渚沙が乗っている。わかりやすい奴め。
「でも大丈夫だよ。佑くんはロリコンでもありシスコンでもあるから」
「気持ちわりーなクソ兄貴」
「おい、俺はロリコンでもないしシスコンでもないからな?」
「じゃあマザコンで決まりだね」
「消去法で決めるな!」
陽歌よ、お前はどうしても俺がその三つの中のどれかのコンプレックスを抱えてなきゃ気が済まないのか?
だったら選んでやろう。強いて言えば、消去法で――え、選べねぇ……。
「ちなみに陽歌ちゃん、確かにお兄ちゃんはロリコンでシスコンでマザコンなんだけどさ――」
「――だから勝手に決めんな」
「ちょっと黙ってろクソ兄貴。なぎがわざわざ擁護してやろうってのに」
え、マジで? あの渚沙が俺を擁護ですと? ちょっと黙って聞いてみようか。
「それ以上に、何よりもハルコンだからね」
……え、何ですかそれ。聞いた事ないワードなんだけど。
「ハルコン……? って、何?」
陽歌も首を傾げて渚沙に尋ねている。
「陽歌コンプレックス。略してハルコン」
渚沙は、どうだ、この言葉を考えたなぎって天才だろ、的なしたり顔で陽歌の問いに答えた。
「え、ちょっと? 擁護してくれるんじゃなかったの……?」
「したじゃん」
「どこがじゃ! 陽歌に新たなネタを提供しただけだわ……!」
「ははぁーん、佑くんってハルコンだったんだぁ。……キモいと思いたいのに思えないのが困ったな」
どうやらネタの提供とまでは至らなかったようだが、真剣に受け取られると逆にこっちも困ってしまう。いつものようにネタにされた方がマシだ。
やってくれたな渚沙め。
「佑くん、別にハルコンでも良いけど、あやちゃんや有紗ちゃんには内緒にしてよ。知られたら私の命が……」
「いや、言うわけねえし、何で命懸かってんのか意味わかんねえし……そもそもハルコンじゃねえし」
否定してみたものの、実は俺ってハルコンだったりして……だって陽歌無しでは生きてこられなかったし。
こんな話をしている間に、うちの前に到着。
「そういえば佑くん、夏休みの課題はちゃんとやってる?」
「ふっふっふっ、毎日夜に取り組んでるぞ。難しすぎて全く進まんけど」
「ハッ……いや、割と簡単だから」
「うるさい。俺にとっては難題なんだよ。……じゃあな。ちゃんと歯磨きしてから寝ろよ」
「あ、ちょっと待った」
家に入ろうと敷地に足を踏み入れたその時、陽歌に呼び止められた。
「何だよ……暑いから早く家で涼みたいんだけど」
「私が手伝ってあげようか? 夏休みの課題」
「え、マジで?」
先日、杠葉さんが手伝ってくれるという話があったのだが、まぁ色々あって断る羽目になってしまった。
あれから夜に課題に取り組む度に後悔してたけど、それともおさらばできそうだ。
これにてようやく、本当の万事解決。
「毎日あやちゃんや有紗ちゃんが来てるみたいだから、どーせ昼間は進める暇も無いんでしょ? 佑くんバカなんだし、それだと一人じゃいつまで経っても終わらないんじゃないかなって思って」
「バカは余計なんだけど……大体合ってるからよろしく頼むわ」
「じゃあ、今日は疲れたから明日から始めよっか。時間は……毎日夜七時にスタートね」
「オッケー」
これで夏休み終わりまでには無事に課題を終えられそうだ。
一応、何かしらのお礼も考えといた方が良いのかな?
「陽歌ちゃん、なぎのも手伝って。家庭教師代はお兄ちゃんが払うから」
おい……手伝ってもらうつもりならお礼は自分で用意しやがれ。何で俺が自分とお前の二人分用意しなきゃならんのだ。
「分かった。じゃあ佑くん、二人分で十億用意しといてね」
「クソボッタだな。用意できるかそんな額」
「冗談に決まってんじゃん。じゃ、また明日ね」
と、陽歌は悪戯に笑って小走りで自分の家に帰った。
たった一週間会ってなかっただけなのに、それがどうしてか長く感じていた。
だからだろうか? また明日。その響きが妙に嬉しい自分がいた。




