17 夏休み突入
セミが絶え間なく鳴き続けている夏休み初日の昼過ぎ――。
「あーもうっ! うっせーな! 黙らせてきてよ……!」
外にいる昆虫に渚沙がお怒りのご様子。ソファーでジタバタしているその姿は、どう見ても中学三年生とは思えない。
「いーじゃねーの。これも夏の醍醐味だろ。それにお前、セミ大好きじゃん」
「は? 好きじゃねーし」
「幼稚園の頃、大量に捕まえてきて家の中に放ちやがったじゃねーか」
その中の一匹が俺にしょんべんかけやがった事は一生忘れないからな? 絶対許さねえ……!
「そんな大昔の事は知りませーん。第一、それで親に怒られたのはお兄ちゃんなんだし、つまりは捕まえてきたのもそっちでしょ」
「なっ……俺に罪をなすりつけるつもりか?!」
「ウダウダ言ってないでさっさと黙らせてこいや」
何という無茶振り……外のどこにいるかも分からないセミ共を一匹一匹探し出して鳴き止ませるなんて不可能に決まってるのに……。
「どこ行くつもり?」
そんな無理ゲーな話には付き合っていられない。そう思って自室で読書でもしようと思ったのだが、その前に渚沙に呼び止められた。
「二階――って、んだよこんな時に……」
渚沙の問いに答えた矢先、インターホンが鳴った。
画面を確認すると、パツキン美少女が映っていた。
「有紗がお前と遊びに来たぞ。出てきてやれや」
「なぎとじゃなくてお兄ちゃんとでしょ」
「いやいや、お前とだから」
「これだから愚兄は……」
何やら呆れた様子を見せた渚沙だが、重たそうに腰を持ち上げて玄関に向かっていく。
さてと、部屋戻ろ。
と、自室に戻って本を手に取り読書を開始……しようと思ったのだが、セミがうるさすぎて全く内容が頭に入ってこない。
仕方なく本を机に置き、ベッドに寝転んだ。
「相変わらず暇そうね。喜びなさい、その暇を潰すために来てあげたわよ」
ただセミの鳴き声を聞きながらボーッとベッドにうつ伏せになる事、数分――誰かが俺の部屋に入ってきて、機嫌が良さそうな声でそう言った。
その誰かとは、まぁ……有紗だ。
「ノックくらいしてくれる? 俺にだって見られちゃダメな時くらいあるんだぞ」
「だって扉開いてたし。見られちゃダメな時って? なら最初から閉めておきなさいよ」
「開けっ放しだって気付いてなかったんだよ」
「それはあんたのミスでしょ。文句言うんじゃないわよ」
これ以上何も言い返せない。だってその通りなんだもん……今回は俺のミスが原因だ。
それを察知したのか、有紗もこれ以上は何も言って来ず、床に腰を下ろした。
「ところで、どうして俺の部屋に?」
「さっき言ったでしょ。というか、夏休み前にも言ったわよね? あんたの暇を潰しに来たのよ」
……それ、本気で言ってたんだ。それは建前で、狙いは渚沙と遊ぶ事だと思ってたんだけど……俺の予定も聞いて来ないで、さも当たり前のように初日から来やがって。まぁ、今日は偶々家に居たから良いけどさ。
「自分の暇潰しだろ」
「違うわよっ! 私は暇じゃない!」
「ほぉー」
「な、何よ……?」
「別に。で、今から何やるんだ?」
俺の暇を潰しに来てくれたのなら、何かしらアイデアを用意しているはず。まさか、何も考えてないとか言うわけもないよな?
「あんたが決めなさいよ」
「は?! え、ちょっと待って……俺の暇を潰しに来てくれたんだよね?」
「最初からそう言ってるじゃない」
「いやそれ嘘だろ……! やっぱ自分の暇潰しじゃねーか……!」
「だから違うわよっ! あんたのしたい事をしようって言ってるんじゃない……!」
「俺の、したい事……?」
それをひとまず考えてみると、真っ先にある事が浮かんだ。
「さ、何かあるかしら?」
そう問い質してくる有紗の服装は、夏という事もあってか露出が高め。
だからこそ俺のドヘンタイ思考も加速する。
休日に若い男女が部屋に二人きり。シチュエーションとしてはバッチリなはずだ。
そんな思春期男子高校生らしい妄想をしている内に、無意識に唾をゴクリと飲み込んでしまう。
「何でも良いわよ。あんたがしたい事、何かあるかしら?」
無防備な姿で聞いてくる有紗を見ていると、段々と言葉が腹を昇って喉元までやってきてしまう。
「せ、せ、せせせ――」
「――せ? 何かしら?」
「せ、せせせ――くしゅんっ……!」
くしゃみが出た。
こんなタイミングで……誰か俺の噂話しやがったな?
……まぁ、ある意味助かったとも言えるか。俺の中の悪魔に負けて欲望を口にしていたら、今頃どうなっていた事か……。
「だ、大丈夫? 風邪?」
と、健気にも俺を心配してくれている有紗を見ると、申し訳なく思ってしまう。
一旦深呼吸をして気持ちを切り替えて、数秒だけ思案する。
「んじゃ、人生ゲームでもやるか。渚沙も混ぜて」
「あんたって、ホントなぎちゃん大好きよねぇ」
「ちっがうわっ……! 人数合わせに決まってんだろ。二人でやっても盛り上がらんし」
「はいはい、照れ隠し照れ隠し」
「もう良い……とりあえず下行くぞ」
と、有紗を連れてリビングに行き、渚沙を混ぜて人生ゲームを開始した。
※※※※※
「何で私が毎回ビリなのよ……」
人生ゲームを繰り返す事、かれこれ五回ほど……毎回最下位なのが不満なのか、有紗が少々不貞腐れ気味だ。
「ははっ、ドンマイ有紗ちゃん。そういう日もあるさ」
と、一回目の人生ゲームをやっている時にうちにやって来た陽歌が有紗を励ましている。
「はるちゃんが羨ましいわ。毎回一位じゃない」
その言葉通り、二回目以降に参加した陽歌は毎度の如く首位。ちなみに一回目の一位は渚沙だ。つまり俺も一度たりとも一位になっていない。
「もう一回よ……!」
「えぇ……もう飽きたし」
「何よ、文句あるわけ? 大体あんただって一回も一位になってないじゃない。悔しくないわけ?」
「だってゲームだし」
逆に、リアルな人生ってわけでもないのにそこまで熱くなれる有紗がちょっと羨ましい。
「ゲームバカにすんじゃないわよ! 今に痛い目見るわよ?!」
「まぁまぁ有紗ちゃん……ちょっと落ち着いて。というか、そろそろ帰る時間なんじゃない? 今日はこの後、お母さんと外食なんでしょ?」
「うげっ……もうそんな時間……仕方ないわね、勝負は明日以降に持ち越しよ」
いや、なんか引き分けっぽく言ってますけど、今日のところはお前の完全敗北だから。
そう思ったものの、怒り出すと面倒だから口には出さない。
「それじゃ、また明日来るから」
「え……」
「何よ、文句あるわけ?」
「いえ……特には」
俺がそう答えると、有紗は鞄を腕に掛けて立ち上がった。
見送る為に玄関まで付いていくと、扉を開けた有紗が一度こちらに振り向いた。
「じゃあね、なぎちゃんにはるちゃん。それから、あんたも」
有紗はそう言って軽く手を振ってから、帰っていった。
その様子をボーッと眺めていると、陽歌がジトッと俺を見ているのに気付いた。何かしてしまっただろうか……?
「……目がエロい」
「……へ?」
「有紗ちゃんを見る視線がゲスの極みでマジドン引き……絶対やらしい妄想してたやつ」
「ちょっとまてぇ! 今はただ普通に見送ってただけだろうが……! 勝手な妄想してんのはテメェだろうが……!」
覚えのない言われに思わず声を荒げてしまう。
「ほぅ……今は、ね。つまり、さっきまではしてたと」
「っ……」
さっきまでだってしてはいない。してたのは、有紗がうちに来てからすぐの時だけ。
だが、仮にもしていたという事実がある俺は黙り込むしかなかった。
「……え、まさか図星? テキトーに言っただけだったんだけど」
「ず、図星ジャナイヨー」
「キモ……」
「ぐはっ……!」
誤魔化そうと試みた俺にトドメを刺したのは、渚沙の一言だった。




