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あの日交わした約束~転校先の約束少女たち  作者: ぐっさん
第四章 七年越しの約束
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16 謝罪

 一学期最終日――とうとうこの日がやってきた。

 学生なら誰もが待ち望むであろう夏休みは、もうすぐそこまで見えている。

 終業式も終わり、残すは藤崎先生の超短いはずの帰りのホームルームのみ。


 そんなホームルームなのだが、今日は普段より長め。

 まぁ、こればっかりは仕方ない。配り物とか、夏休みの注意事項とか諸々、最低限やらなきゃならない事が教師にもあるのだろう。

 これでも他クラスに比べたら圧倒的に進むのが速いはず。


 つまり結局、夏休みは後数分で訪れるのだ!


「――以上だ」


 どうやら、帰りのホームルームの終わりの時間のようだ。


「では皆、良い夏休み――」

「――ちょ、ちょっと待ってください……!」


 藤崎先生は締めの挨拶をしようとしていたのだが、それをさせない声、及びイスが床を擦る音が聞こえた。


 せっかく帰れるはずだったのに誰だよ……と思いつつ顔を上げると、一人の生徒が立っていた。


「なんだね? 何かあるなら聞こうじゃないか」


 藤崎先生は立っている生徒――曽根紫音に向けてそう言う。

 それを聞いた曽根は、一歩、二歩と、ゆっくりとした足取りで席を離れ、やがて教卓の前へ。


 そして、俯いていた顔を上げる。その表情は、ここ最近の死にかけ、といった感じではないが、不安げだ。

 クラスメイトたちからは、声にこそ出さないが苛立ちや呆れといった雰囲気が感じられる。

 俺も、早く帰りたいんだけど……何かあるならさっさとしてくれ、くらいは思っている。


 そして一秒、二秒と時が流れていき、数十秒程経過した時、曽根が大きく深呼吸した。


「――ごめんなさいっ!」


 そして、全ての息を吐き出すかのように頭を下げたのだった。

 これには教室中が驚きだ。誰も予想していなかったであろう展開に、誰もが混乱しているだろう。

 そう、杠葉綾女を除いて。


 二日前、第二体育館横で曽根に促していたのは、こういう事だったのかと今になってようやく気付いた。


 だが、これで誰もが曽根を許すとは考えにくい。

 その証拠に、何人かは既に曽根を睨みつけている。


 騙される方が悪いという言葉もあるが、それでも騙す方も悪いのだ。

 それが例え、加担していただけだとしても、騙されていた側からしたらほとんど同罪。

 信じてやまなかった世界が、信じ込まされていただけの偽りの物だったと知った時の失望感。それにより、簡単には許せないのだろう。


「私からもお願いします。今すぐ許してあげてくださいとは言いません。ですが、もう一度やり直す機会を与えてあげてください」


 だが、最大の被害者がこのように懇願してきたらどうだろうか。


 考え方によっては、その他のクラスメイトや花櫻生だって杠葉さんに対する加害者なのだ。


 その杠葉さんが、許すとも取れる発言をしているのだ。

 だったら、大多数のクラスメイトにとってはその発言を蔑ろにするわけにはいかないはずだ。


「良いぜ。どーせ卒業まで同じクラスなんだ。いつまでもこのままでいるわけにもいかねーしな」


 と、先陣を切って相沢が口を開いた。


「がははっ! そーだな! 俺も許すぜ!」

「うちも良いよー」

「あたしも! 但しさ、今度うちの店に来店してね」


 それに続くように、今度は涌井と臼井、それから春田が口を開く。


 つーか春田よ……しれっと弥生日和の宣伝してんのな。


 それから、相沢たちに乗っかる形で数人のクラスメイトが同じように許すと取れるような発言をしていく。


 だが、それでもまだ十人程だ。

 とはいえ、あんな事をしておいてこれだけの人から許しを得たんだから御の字――、


「僕らは同じ過ちを繰り返してはいけない」

「過去に、それを学んだんだもんね」


 反論でもあるのか、反町姉弟が口を開いた。


「あのさみんな、許せないって人はそれで良いと思う。でも、陰湿な行動……例えば陰口とか、そういうのは止そうよ。これは、誰に対してもね」


 どうやら反論というわけでは無かったようだ。

 確かに反町希の言う通り、曽根の停学明けから今日まで、いじめでもしてるのかってくらい酷い奴らがいるのも事実。


 俺のように曽根と関わりたくない人間が取るべき行動として正解なのは何もしない事だと思うのだが、陰口を言うのは関わりたくないそれとは矛盾していると個人的には思う。


 まぁ、曽根に分かるように陰口を言いまくっている連中にいじめ意識は無いのかもしれないが……傍から見たらいじめに見えなくもない。


 その事に気付いたのか、それとも反町姉の言葉が届いたのか、陰口を言っていたクラスメイトの中からも反省したかのような雰囲気を出し始める人が何人か出てきた。


 これで、ギリギリ半数に満たないくらいのクラスメイトが曽根の謝罪に納得している形だ。


 まぁこれで、曽根も夏休み明けからは随分過ごしやすくはなるだろう。


「……無理。納得できない……! 希ちゃんの言う通り……い、いじ、め……する人は、論外だけど……私たち全員に向けて謝るより、個人的にいち早く謝らなきゃいけない人がいるでしょ……?!」


 だが、これでもこの時間は終わってくれないのか、陽歌が立ち上がって曽根に向かってそのように言い放った。

 大勢の前で怒りをぶちまける姿なんて初めて見たかもしれないくらいには記憶にないから驚きだ。

 そして、陽歌が指す人物とは恐らく――、


「……今まで、本当にごめんなさい」


 今、曽根が頭を下げた杠葉さんだろう。


「私は既に許していたのですが……その気持ちは初めて聞きましたね。それでは改めて、もう、良いですよ」


 と、杠葉さんは微笑した。

 だが、それでも陽歌の表情は晴れていない。では一体、誰の事を言っていたのか。それは多分――、


「……ごめん……ごめんなさい……」


 姫宮有紗だ。

 曽根は有紗の前まで歩いてくると、声を震わせながら頭を下げた。

 有紗の隣の席だからこそ分かるが、曽根の目は少し充血し、涙が床に数滴落ちている。


 この謝罪が、本物だと信じて良いのか……?

 少なくとも俺は、曽根という人間に対してはまず疑いから入る事にしている。以前あった俺への謝罪も当たり前のように偽物だったわけだし、俺だったら信じない。


「……もう良いわ。あの一件のおかげだとは思いたくないけど、大切な事にも気付けたし、それに……過去も――だから、もう良いわ」


 だが、この謝罪にどう応えるかを決めるのは有紗だ。

 その有紗が謝罪を受け入れているのに対して俺に口を出す権利なんてない。


 それに陽歌もこれで納得したはずだし、これでやっと帰れ――って、まだ納得してなさそうなんですけど?!


 そんな陽歌の様子が目に入っていたのだが、それはすぐに塞がれた。曽根が俺の前に立ったからだ。


「……まさか」

「……わたし、キミの事は大っ嫌い」


 曽根が俺に対してそう言うと、教室内が少しだけ騒然とした。


「――でも、間違ってたのはキミじゃなくて、わたしたち。ごめんなさい」


 曽根は俺に対して頭を下げた。

 もちろん、この言葉を信じてはいない。だが……この空気の中で、嫌だね、なんて言うような度胸は流石にない。

 というか、曽根の謝罪タイムが始まってから、早く帰りたいとばかり思っていたのだ。

 この時間をさっさと終わらせる方法は、


「分かった、もう良いぞ。杠葉さんにも有紗にも謝ったわけだしな」


 形だけでも許しておく事だろう。

 まぁ……これで陽歌が納得してくれているのが前提だけどね。


 なんて思いつつ陽歌に目を向けると、ニコニコと笑っていた。


 まさか、曽根が謝るべき人物として陽歌が指していた人物が俺だったなんて予想もしなかったぞ……。


「それじゃあ曽根、一旦席に着け」


 でもこれで、ようやく帰宅できそう――、


「――今から、三十分程度の臨時授業を始める。私から君たちに送る、道徳のな。最初で最後の臨時授業のつもりで、真剣に聞きたまえ」


 ………………は?



※※※※※



 何故なのか……俺たちのクラスがどのクラスよりも早く夏休みに突入するはずだったのに、ダントツでビリ。

 他クラスは全て、掃除まで終わっておりもぬけの殻。


 そんな中、我々二年三組一同は全校で唯一、校舎に散らばって指定の掃除場所で働いているのだ。


「あーあ……腹減った……早く昼飯食べたい」

「私だってお腹空いてるわよ……! ウダウダ言ってないで手を動かしなさい!」


 大食い女も機嫌が悪いようだ。


「そうだぞ椎名。サボってちゃ遅くなるだけだぞ」


 そんな大食い女に乗っかるように、佐藤も正論を言ってくる。


「へいへい……」


 大食い女をこれ以上怒らせないように真面目に掃除しよっと……。


 気持ちを入れ替え掃除を行い、指定の階段の掃除を終える。


「さーてと、帰ろっと――」


 荷物を手に持ったところで、スマホが震えた。陽歌から電話みたいだ。


「もしもし……」

『佑くん佑くん! 大変だよ!』

「……何が?」


 どーせくだらない事だろ――、


『昇降口の掃除してたらね、佑くんの靴箱から手紙が出てきたよ!』

「何?! もしやラブレターか――って、勝手に人の靴箱を開けてんじゃねえぞテメェ!」


 プライベートの侵害だからな?! 俺だからって許されると思ってんじゃねえぞクソ幼馴染が……!


『自分で掃除しないから、わっざわざ人がきったない幼馴染の靴箱を掃除してやったって言うのに文句ですかそーですか』

「いやいや、そもそも汚くないから。ちょっと砂があったくらいだから」

『それを掃除してあげたんだけど?』

「はいはいありがとよ。んじゃその手紙戻しとけよ。じゃーな」


 そう告げて電話を切る。

 こうしちゃいられん。もう飯どころではない。早くラブレターを確認せねば。


「どうしたの? はるちゃんから電話? ラブレターって……?」

「じゃーな有紗。夏休み明けにまた会おう!」

「――は?! 夏休み明けって、私明日――」


 有紗が何か言っていたが、構っている暇はない。

 猛ダッシュで靴箱に向かう。


「何で待ってんの……?」


 靴箱に到着すると、そこには陽歌がいた。ニヤニヤしているのが何となくムカつく。


「そんなの決まってるじゃん。幼馴染としてぇ、脳内お花畑な佑くんに変わって、そのレターの差出人が悪女かどうか見抜いてあげる為だよぉ」

「悪女前提で話進めんなや……」


 と、靴箱から手紙を取り出して開封する。


「男の子からだったら大爆笑だね」

「フラグ立てようとするのやめてくれる?」


 手紙に目を通して内容を確認する。


〈この間話した銀髪の女の子、それっぽい子を昨日見かけたよ。多分、同じ人だと思う。確証は無いけどね。学校終わったら教えてあげようと思ったんだけど、椎名くんのクラスまだホームルーム中だったし、メッセージ送ろうにも連絡先知らないし、でも私はさっさと帰りたいし、でも今日を逃すと夏休み明けになっちゃうなぁって葛藤と激闘を繰り広げた末、手紙でお知らせする事にしましたぁ! 本堂莉子より。※これはラブレターではありません。どう? ちょっと期待しちゃった?〉


 ……その件、もうクソほどどうでも良い。


 わざわざ注意書きまで……どいつもこいつも、人をバカにしやがって……!


「うがあああっ!」

「ど、どうしたの? 人生初のラブレターをくしゃくしゃにしちゃって……」

「ラブレターじゃないから良いんだよ……クソが」

「へぇ、残念だったね! あはっ」

「笑うなっ……!」


 そう吐き捨てて靴を放り投げ、それを履く。


「まぁまぁ、世界一優しい幼馴染が慰めてあげるから、元気出しなよ」


 そう言って陽歌も付いてくる。


「そういえば渚沙も今日で学校終わりだよね? もう家にいるんじゃない?」

「……うがあああっ! 嫌な事思い出させんな!」


 沈んだ気持ちで家に帰るというのに、帰ったら帰ったで奴がいるだと……? 精神を回復させる余裕さえ無いじゃないか。


「そうだ、お昼は私が作ってあげちゃいましょう。そのテンションで家に帰って、渚沙にお昼ご飯作れだなんて言われたら佑くん発狂しちゃうもんね!」

「昼飯当番なんて今まで存在しなかったからな……それが明日から始まるのか……」


 だったらもう、夏休みなんていらない……いいえ、流石にそれは嘘です。


「オムライスで良い?」

「良いぞ。あと、慰めてくれるんだよな? ケチャップで、佑くんLOVEハートって頼んだぞ」

「ここに生まれし、新たな伝説。今日はいつにも増して絶好調なキモさだね。頭にネジが一本たりとも無さそうなその思考回路、流石の私も擁護のしようがないよ」

「冗談なんだけど……」


 何を真に受けてくれちゃってんの?

 あと、最近伝説シリーズがお前の中の流行りなの? 俺の行動言動を一つ一つ伝説扱いするのやめてくれない? この世に語り継がれる真の伝説に失礼だから。


「つーかさ、曽根にお前が謝ってほしかった人が、俺だとは思わなかったぞ。てっきり杠葉さんとか有紗だと思ってたわ」

「その二人もだけど。佑くんだけじゃなくて」

「それが聞けてよかったよ」


 確かに俺も、曽根には林間学校から体育祭まで散々な目に遭わされてきたが、それ以上に杠葉さんは一年以上、有紗に至っては別格に酷い目に遭わされたわけだから、当然その二人も謝罪を受けるべきだ。

 それを陽歌が理解していて少し安心した。


「ねえねえ、手紙には何が書いてあったの?」

「今更どうでも良い事。俺にとってもお前にとっても全く関係ない事だ」

「ふーん。男の子からのラブレターじゃなかったんだ。つまんないのー」


 と、陽歌は興味を失ったかのように言葉通りのつらまなそうな表情を浮かべている。


 二日前、陽歌は銀髪の女の子について気にしていた。

 あの時の陽歌の雰囲気から察するに良い話ではなさそうだった。

 もしかしたら昔の知り合いに銀髪の女の子がいるのかもしれないし、仮にそうだったとしたら良い関係でも無かったのだろう。


 その仮の人物とこの手紙に書かれている銀髪の女の子が同じなはずもないが、わざわざここで手紙の内容に触れて不安を感じさせる意味もない。


 だからこれで良かったのだと自分を納得させ、夏休みに突入した。

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