14 夏休み三日前
夏休みまで後三日。
昼休みの教室内では、来るべき長期休暇に向けて友人同士で計画を立てている者だったり、それとは対照的に一人ポツンと机に座っている者だったり、そのポツンと座る人物に視線を向けてヒソヒソ話をしている者だったりで様々だ。
そんな中、俺はというと席に座って読書中。
実は昨日、杠葉さんが読んでいた本を探しにショッピングモールの中にある本屋に足を運んだのだ。
でも、その本は見つけられなかった。
そもそもタイトルを覚えていないのに、うろ覚えの表紙の絵だけでは見つけるには無理があったのだ。
店員さんに聞いても流石にどの本か的中させるのは難しそうだったしで、もう探すのは諦めた。
どうしてこんな簡単に諦めてしまったかというと、別の本に興味を惹かれたからである。
どうやら現在五巻まであるらしいその本の、とりあえず一巻だけ買ってきた。
その先まで買ってしまうと、つまんなかったら買い損だからな。
とはいえ、今のところは内容が俺の日常によく似ているから面白い。続きはこれを読み終わったら買いに行く予定だ。
「ねぇねぇ、朝からずっと読書してるわね。何読んでるのよ?」
「内緒」
有紗が興味ありげな顔で聞いてくるが、知られるわけにはいかない。
流石の俺も、表紙に可愛い女の子の絵が付いた本を教室内で堂々と読む勇気は持ち合わせていない。
故にブックカバーをかけてもらった。
これで表紙、及びタイトルは完全に隠している状態だ。
ここまでしてやっと落ち着いて読めているのだから、聞かれて答えてやるわけがない。
それを抜きにしても、陽歌と仲の良い有紗には絶対に教えない。
何せ、この本のタイトルは――、
「――あっ、おいっ……!」
読んでいる本を強奪されてしまった。
有紗はそのままブックカバーに手を掛け、それを外そうとしている。
「やめっ……やめろっ……!」
「えーと何々? 『幼馴染は超毒舌。そんな彼女に俺はいつしか恋してた』。……ナニコレ?」
クソッ……バレちまったじゃねえか!
こんなの読んでるって有紗から陽歌に伝わりでもしたら要らぬ誤解をされかねん。
どうにかして口を封じねば……。
「か、返せっ……!」
まずは本を奪い返す。
「……あ、あんた、もしかして――」
「――違うっ……! それはないっ! これは、ちょっとした興味本位で買ってみたのでして……」
聞かれる内容は何となく分かる。だからこそそれより早く答える。
もし陽歌の名前が出てあいつに聞かれでもしたら大変だからな。
「やけに焦ってるわね……幼馴染が好きなのか、毒舌が好きなのか、どっちなのよ……?!」
「何でそのどちらかが好きな前提で話進めてんだお前! 興味本位で買っただけって言っただろうが……!」
とはいえ、幼馴染が好きかどうか聞かれれば好きなのだが、それは恋とは別物。まぁ、そもそも幼馴染が陽歌だったから好きなわけで、別の人だったらその限りではないけど。
それから、毒舌が好きかどうか聞かれれば別に好きではないが、陽歌のそれはもはや俺の日常の一部であるから無くなったらそれはそれで寂しいもの。
だが、今の話の流れで好きだと答えるわけにはいかない。何故なら、どう考えても恋愛絡みの流れだから。
「ホントに、それだけ……?」
「ああ、それだけだ」
「なら、良いけど……」
有紗はどこか納得がいっていない様子だが、ひとまずは理解してくれたようだ。
「てなわけで、絶対誰にも言うなよ? 特に陽歌とか陽歌とか陽歌とか――」
「――何が私に言うなって?」
「――っ?! は、陽歌?! な、何でもない、何でもないから……!」
突然の陽歌の登場に凄く動揺したが、手だけは冷静に本をバレないようにこっそり机の中に仕舞う。
「怪しい……どの角度から見ても顔面がエロい妄想してそうでマジキモい」
「そんな妄想はしていませんでしたが、その節は大変申し訳ございませんでした……どうか、他の人がいる前での発言はご遠慮願います」
恐らく、陽歌はこの前の朝の一件について言いたいのだろう。
これに関しては、俺はもはや強気に出たりはできない。
こんなの他の人に知られでもしたら、俺は自分が悪いとは思っていなくても大多数の人が陽歌の味方となるはずだ。
というか、俺が第三者でも陽歌の味方だ。俺は俺をドヘンタイ野郎と罵る事になるだろう。
もしここで有紗に知られようものなら、縁を切られたって文句は言えない。
女子なら普通、こんなヘンタイ野郎に対しては自己防衛機能が働くはずだからな。
あのヘンタイ女こと杠葉綾女でも、この件を知ったら流石にドン引きするだろうな。
それくらいには、客観的に考えたらヤバイ事件だったのだ。
相手が陽歌で良かったと、今ではマジでホッとしてる。
「はるちゃん、何の話をしてるの?」
「うんとね、佑くんの伝説に新たな一ページが刻まれたんだけどね――」
「――言うなあ……! お前だって誰かに知られたかねーだろ?!」
「知られたくないけど、二人が今、何の話をしてたのか教えてくれたら有紗ちゃんにだったら教えてあげても良いよ」
と、陽歌は有紗に向けてウインクする。
「良くない良くない良くないから……! どっちも絶対ダメだから……!」
このままでは、有紗には先日の早朝に半裸体の陽歌と鉢合わせた挙句、そんな状態の陽歌とほぼ全身密着状態になる事故イベントが発生したのがバレてしまう。
陽歌には『幼馴染は超毒舌。そんな彼女に俺はいつしか恋してた』を読んでるのがバレてしまう。
超絶大ピンチ……!
「はぁ……ごめんねはるちゃん。その伝説とやらはちょっと気になるけど、これを私の口から言うのはちょっと……気になるなら本人から無理矢理聞いて」
「そっかぁ……まぁ、このドヘンタイ伝説を知ったら有紗ちゃんの佑くんを見る目が一転するかもしれないし、私もそれで邪魔になるのも嫌だから仕方ないね。どうしても知りたかったらお互い本人に聞こう」
「それが正解だったみたいね」
これは嬉しい誤算だ。有紗のおかげで救われた形でホッとする。
「「というわけで、教えて!」」
「ハッ、教えるかよボケ」
と、席を立ち廊下に出ると、杠葉さんも反対側の扉から廊下に出てきた。
その後ろから曽根も出てきて、そのまま二人で何処かへ向かっていく。
「綾女……あれを連れて何処に行くのかしら?」
「新たな事件の予感ですな。佑くん、出番だよ」
「いや……だから付いてくんなや」
俺は逃走を図ったつもりだったのに、こいつらときたら……当たり前のように廊下まで付いてきやがった……。
だから、俺はどっちも知られたくないんだよ。その気持ちをたまには汲んでくれませんかね?
「解決したら、教えてくれなくても良いよ」
「そうね、私もあっちの方が気になるから、頼んだわよ」
それで詮索が止まるなら願ったり叶ったりだ。
だって俺、どうして今あの二人が一緒にいるのか何となく分かるし。
「言ったな? んじゃあ、もう既に謎は解けてるから、俺の名推理に感服しやがれ。えっとな――」
杠葉さんが今、曽根と一緒にいる目的を、如何にも推理しました風を装って二人に伝える。
「――ってところだと、俺は推理した。どうだ?」
「それ、推理じゃなくてどう考えても本人から聞いた話じゃん。インチキ探偵ここに降臨だね」
「感服しろって言ったよな? 話聞いてた?」
とはいえ、流石に聞いた話を推理したと思わせるのは無理があったか……このように言われるのも仕方ないな。
「流石は椎名ね。天才的な名推理に感動しちゃったわ」
…………思わず陽歌と顔を見合わせてしまった。
確かに俺は推理風に説明したのだが、陽歌に軽々看破されたように、基本的には誰がどう聞いても推理とは思えないはず。
なのに、姫宮有紗は俺の推理を称賛したのだ。
でも、俺のインチキっぷりを見抜けないほどバカなわけではあるまい。
一体何を考えてやがるんだ……。
「有紗ちゃん……積極的なのは良いと思うんだけど、インチキバカが本気で自分を天才だと勘違いするからあまり調子に乗らせないようにね……そうなったら有紗ちゃんも困るでしょ?」
「そ、そうね……」
と、有紗は陽歌の指摘に納得したみたいだが、お調子者の陽歌にだけは言われたくない。流石の俺でも今ので調子に乗ったりしないわ。
でもまぁ、今ので杠葉さんが曽根と一緒にいた理由も説明したし、俺はさっさとこいつらからの逃走を図ろうっと。
そう考えてしれっと歩き始めたのだが……付いてくる。
それはもう、どこまでも。廊下からトイレまで。トイレから出ても待っている。だから目を合わせずにトイレから校舎の外へ。そして気付けば第二体育館の前まで来てきた……。
歩いて、歩いて――それでも奴らは付いてくる……!
「あのさ……付いてくんなや。ストーカー認定するぞ」
「わ、私はストーカーじゃないわよ……」
「あーあー、佑くんが冷たい事言うから有紗ちゃんしょげちゃった」
「と、言われましても」
ストーカー認定されたくないなら最初から付いてくるなと言いたい。
もっと言うと、無言で付いてくるのをやめてくれ。用があるなら言ってくれてれば、ストーカー認定なんて話にもなっていないからな。
「はぁ……じゃあ聞くけど、なんで付いてくんの?」
「新たな伝説誕生の瞬間を見届ける為」
「良し、お前には聞くだけ無駄だったな。で、有紗は?」
「私は……あんたがまた、綾女に協力してくれるのかなって」
ここでも親友第一なのか、有紗は杠葉さんの事を思っての行動だったようだ。
恐らく、杠葉さんに協力しろと言いたかったから付いてきたのだろう。
「しないけど」
当初は協力しようと思ったのだが、それは杠葉さんに拒まれた。
尤も、相手が曽根故に内心では嫌だったから、拒まれて良かったといえば嘘ではないのだけど。
果たして、これを有紗が良しとしてくれるか……。
「どうして? これまでなら、なんだかんだ言って協力してたじゃない」
予想通りの反応。やはり納得していない様子だ。
まだちゃんとその理由を言ってないから当然だ。
「今回はな――」
「――ちょっと待って」
理由を言おうと思ったのだが、その前に有紗に止められた。
その有紗は、体育館横の方に目を向けている。
そこは、体育祭にて二岡と曽根が密会に使用していたと思われる場所。
その場所に見覚えのある顔が二つ……おいおい、まさかの杠葉さんと曽根じゃねえかよ。
見つかる前に教室戻ろ……。
そう思って校舎の方に歩き始める。
「ちょっと、誰が戻って良いって言ったかしら? もっと近くに行くわよ」
が、有紗に腕を掴まれて足が止まる。
「はあ? 何の為に」
「綾女がいつ危害加えられるか分からないでしょ? そうなった場合、すぐ止められるように身を潜めるのよ」
と、有紗は足早に体育館横の近くの物陰に向かっていく。
「マジかよ……ん? なんだその顔は」
何故か陽歌がニコニコと俺を見ていた。
「良いと思うよ、その端から何もするつもりがない姿勢も、今のあやちゃんにとっては立派な手助けだよ、きっと」
「失敬な! これでも当初は嫌々ながらも協力するつもりだったのだ! でも、察しがついてそうだしお前にはもう説明は必要無いな」
「うん、大丈夫」
手間が省けて大助かりだ。
後は有紗からの理解を得れば完璧だ。まぁ、理解を得られずとも協力はしないけどな。
なんて思いつつ有紗の方に目を向けると、既に物陰にスタンバイしていた。
早く来い! と、手でジェスチャーをしている。
「行こっか」
「しゃーねーな……」
この後に及んで曽根が杠葉さんに危害を加えるとは考えにくいし、そもそも連れ出した側は間違いなく杠葉さんの方だと思うが、もしもの時の為に一応準備しておくか。
そう思って、物音を立てないように静かに有紗の元に向かった。




