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あの日交わした約束~転校先の約束少女たち  作者: ぐっさん
第四章 七年越しの約束
130/160

13 願い

 リビングに戻ってソファーに座ると、冷凍庫からアイスを取ってきた渚沙が隣に座ってくる。


「俺の分は?」

「は? 三つともなぎのでしょ?」

「違うわ。俺とお前と陽歌で一個ずつだわ」

「んじゃ、なぎが二個で陽歌ちゃんが一個で決まりだね」

「勝手に決めんな。一人一個だって言ってんだろうが」


 俺の声が届いているのかいないのか、渚沙は特に反応せずにアイスを食べ始めた。


「あー、そうそう。今日彩歌おばさん夜勤なんだってさ。だから、一人で家に置いとくのは心配だから一晩泊めてくれって」

「ふーん、夜勤なんて、あのオバハンも大変だな」


 まぁ、風邪引いた娘を一晩中一人家に残すのが心配なのは理解できるし、うちに泊めるのが嫌なわけでもないから良いけど。


「彩歌おばさん曰く、陽歌ちゃん、土曜の夜から様子がおかしかったんだってさ。で、日曜の朝には熱が出てたんだって」

「……土曜の夜?」


 その日の夜は確か……陽歌がうちに来てて……。


「ん? どうかした?」

「あ、いや……」

「そういえばあの日って、陽歌ちゃん、うちに来てたのに急に帰っちゃったっぽいよね? 体調悪くなったからかな?」


 もし体調がその時悪くなったのだとしたら……陽歌が帰ってしまう直前の一件が発端となった可能性も――いや、考え過ぎか。それが風邪を引き起こすとは考えにくい。


「……まさかお兄ちゃん、その時陽歌ちゃんに何かした?」

「ギクッ」

「……ピーンと来たよ。ゴミクソカス変質者に対する陽歌ちゃんのあの態度も合点がいった。さっきなぎにしたみたいに、あの日の夜も陽歌ちゃんに抱きついてチューしようとしたんでしょ?」

「……へ?」

「なぎは兄妹だから耐性あるけど、そうじゃなきゃそりゃあキモ過ぎて体調崩しちゃうに決まってるよね……マジあり得ないキモ過ぎサイテー」


 と、渚沙は肩を引いて俺との物理的距離を開け、ゴミを見る目を向けてくる。


「ちょっと待てぇ! してないからなそんな事……!」

「はぁ……こんな事になるんだったら、お母さんにエロ本エロビ処分されない方が良かったんじゃん……兄が性犯罪者とか、妹として世間の目が辛いよ……」


 渚沙は肩を落として頭を抱え、絶望感を演出している。


「ネタじゃなくてガチで言ってんだったらぶっ飛ばすからな?」

「ネタに決まってんでしょ。今はスマホで簡単に見れるからね」

「え、そっち……? って、何でこんな話してんの? 俺たち」

「……イヤホン持ってないの?」

「あるけど何で?」


 どうして急にイヤホンが話に出てくるのだろうか。

 まぁ、下系の話題から変わったっぽいから良いけどね。


「この際だから言うけどさ、あるんだったらイヤホンくらい使って観ろや。時々夜中に微妙に音が聞こえてきてうぜえんだよ」

「――っ?!」


 大失態にも程がある。

 渚沙はまだ中学生……俺とした事が、妹の教育上良くない行動を平然としてしまっていた。


 去年は寮暮らしで本年度からは実家で暮らしているけど、渚沙が帰ってくるまでは一人で暮らしていた。

 抜けてしまっていたのだ……イヤホンをするという習慣が……!


「うわああああっ……!」

「キモ……」


 頭を抱えながらローテーブルに額を打ち付ける俺に、渚沙はボソッと毒を吐く。


「見捨てないでくれ渚沙ぁ……」

「んじゃ今晩からはイヤホンしろ」


 渚沙の言葉に、全力で首を縦に何度も振る。これに関しては、絶対だ。


「……で、結局何しちゃったわけ?」

「したって言うか、言葉のすれ違いみたいなものがあったのかもしれん」

「ふーん、喧嘩したんだ。でもそれ、いつもの事じゃん」

「別に喧嘩ってわけじゃ……」


 あれが喧嘩と呼べるかといえば違う気がする。

 確かに渚沙の言う通り喧嘩なんて日常茶飯事だが、単なる喧嘩だったら今のような雰囲気にはなっていないはずだ。

 何となく距離が開いたような、大袈裟に言えばこのまま放置したら疎遠になってしまうかもしれないような感覚。


 ……無いとは思うが、もしそうなってしまっては陽歌無しでは生きてこられなかったであろう俺にとっては死も同然。

 今すぐに陽歌から巣立ちできるかと聞かれたらそれは不可能だからだ。


「まぁ、さっさとどうにかしなよ。なぎ的にも、さっきみたいな微妙な空気は居心地悪いし」

「分かってるよ。でもまずは、陽歌の体調が良くなるのを待たないとな」

「分かれば宜しい。……でさ、何でしれっとなぎの隣に座ってんの? 密着すんな。暑苦しくて鬱陶しいんだけど」

「お前が座ってきたんだけどな……! ったく……」


 先に座っていたから何だか釈然としないが、早く離れろと強烈に目で訴えてくるものだから仕方なく食卓の椅子の方に移った。



※※※※※



 時刻は午後七時過ぎ。和室の戸をノックして、


「陽歌、入るぞ」


 と、声を掛けてから中に入ると、陽歌は布団に潜ったまま寝ていた。


 無理に起こすのも悪いし、でもこれじゃ寝苦しそうだから顔だけ布団から出しておいてやるか。


 そう思って頭付近の布団を捲ると――、


「――っ?!」


 驚いたような様子の陽歌の顔が姿を現した。


「え……あ、悪い。起こしちゃったか?」


 そう問い掛けると、陽歌はすぐに布団に潜ってしまう。


「……謝らなくて良いよ。ちょっと前には起きてたから」

「そ、そうか……」


 だからといって安心してなどいない。何故なら、流れる空気が絶望的に悪い気がするから。

 だが、この雰囲気では何を言ったら良いのか分からず、思考は只々停止中。


「……何か用?」


 布団の中から、陽歌がそう問い掛けてくる。

 そこでようやく、本来の目的を思い出した。


「えっと……お粥とか作ったから、食べれそうか聞きに来たと言いますか……」


 そう、今はまだ本題には切り込まない。それは陽歌の体調が戻ってからだ。


「どうして――」

「……え?」


 布団の中から、陽歌の震える声が聞こえてきた。

 それは、お粥が食べれるか、との俺の問いへの答えという雰囲気ではなく、逆に俺が何かを問われるであろう雰囲気。


「――どうして、佑くんは私なんかに優しくするの……?!」


 弱った体にも関わらず、陽歌は声を張り上げた。

 それと同時に、布団の中からは咽び泣きのようなものが聞こえ始める。


 だからこそ思う。陽歌の体調の良し悪しに関わらず、今なのかもしれない、と。


「……俺は別に、お前に優しくしてるつもりなんかねぇよ。ただ、お前がそう感じてるんなら、そうなのかもしれねえな」


 自分の感覚と相手の感覚が違うなんて事はこの世の中いくらでもあるはずだ。

 だからこそ、陽歌の感覚まで否定するつもりはないし、何ならそう思ってもらえてるなら別に悪い事ではなく、むしろ良い事。


「でも、それって何か、問題あるか?」

「……私にとっては、大アリだよ」

「んじゃ、逆に聞くけどさ、お前は何で俺に優しくすんの?」

「……私が優しい? 散々貶されてきて、よくそんな風に思えるね」


 陽歌がこれまで重ねてきた俺をおちょくるような発言の数々は決して優しいとは言えないだろう。

 だが、それでも――、


「それを帳消しにするくらいには、昔から散々俺に優しくしてくれただろうが」


 俺はその事実に気付いているのだ。

 そして何より、それに勝るものなど今の俺には無いのだと。


「……優しくしてたつもりはなくて、ただ恩返しをしてるだけ。それに、仮に佑くんがそう感じてたとしても、私の行いは帳消しになんてできないよ」

「だから、俺が帳消しだって言ってんだから――」

「――できないって言ってるの……!」


 陽歌は布団を跳ね除けて状態を起こし、声を張り上げた。

 顔は涙と鼻水でくしゃくしゃに乱れ、泣いていたのが一瞬で分かってしまう。


「だって佑くん言ったじゃん……いじめだって。そんなの、帳消しにできるわけない……ね? そうでしょ……?」


 陽歌は涙ながらに弱々しく口を開いた。


 そしてある事に気付く。今回、俺と陽歌が微妙な雰囲気になる発端となったであろう一つの言葉に。


 ……まさかこいつ、昔――。


 二つのパターンが頭に浮かんだが、この場で聞くのは無理がある。


 仮に陽歌が過去、いじめっ子だったとしたらそれを反省して生きてきたのかもしれない。

 それで今回、またやらかしたと思っているのであれば、それを掘り返したら更に今の状況は悪化しそうだ。


 仮に陽歌が過去、いじめられっ子だったとしたら、今それを聞けば辛い過去を思い出させる事になってしまう。

 故にそれも避けなければならない。


 仮にどちらのパターンも間違っていたとしたら、あらぬ疑いを掛けられたと落ち込んでしまうかもしれない。


 いじめというワードが今回の体調不良に繋がった可能性が高そうだからどちらかのパターンな気もするが、結局ここで聞くわけにはいかないのだ。


「バカかお前。何で自分をいじめるような奴の前にこうしていなきゃならないんだよ。本気でそう思ってたらとっくにお前の前から消えてるっつーの。そりゃあ、全く知らねーよな友達でもなんでもない奴に日頃お前から言われてるような発言をされりゃあ、本気の本気でムカつくけどよ、お前はたった一人の幼馴染だ。あの程度の毒なんて普通だろ?」

「――っ?!」


 言い終わると、陽歌が目を見開いているのに気付いた。


「んだよ? 何驚いてやがんだお前」

「だ、だって私も……ううん、そだね。ちょっと深く考え過ぎちゃってたみたい」

「分かれば宜しい」


 涙を手で拭い、いつものような苦笑いを浮かべる陽歌を見て、もう大丈夫かなと思えた。


「佑くん、ありがとう」

「おう」

「でも、前に約束したよね? もう私を助けなくて良いって」

「それが?」

「看病なんかされたら、また助けられちゃうでしょ。それに、お粥まで作っただなんて」


 そこまで禁じられたら、もう俺、何もできないんですけど……体調不良者が家にいるんだから、健康な状態の人間ができる事をやるのは普通だと思いますが?


「……まだ看病はしてねえし。んじゃ、食べないんだな? あーあ、作り損だわ。ここはさぁ、食べてくれて『こんな美味しいお粥初めて食べた! イケメンなのに料理も上手なんて、惚れちゃいそうっ』くらい言ってくれても良いとこなんだけど?」

「つまり、私にそう言われるのが目的だったと。だったら、下心満載だし約束を破ったわけじゃなさそーだね。……はぁ、お粥の味を褒めるとこまではお世辞で言ってあげても良いけど、その後は無しでしょ。だって別にイケメンじゃないし」


 ですよねぇ……まぁ、絶対言ってくれないって知ってましたけど。

 けど、この真正面から俺の顔面がイケメンじゃないって言ってくる感じ、これぞ普段に近い陽歌だわ。


「……つかさ、お前ホントに風邪引いてんの?」


 先程から思っていたのだが、今の声の調子や表情から考えるととてもそうは見えない。

 何なら、さっきは二回くらい声を張り上げてたわけだしな。

 病人の体には響くはずだ。なのにこいつ、ケロッとしてやがる……まぁ、無理してるだけの空元気かもしれないけど。


「……何その疑い深い目は。引いてるよ、って言っても、薬飲んで寝たらかなり良くなったけどね。もう治ったかも」

「おう、そうか。だったらうちに泊めてやる理由も無くなったな。んじゃさっさと帰りやがれ。風邪が移るわ。しっしっ」

「うっわ……ひっどーい。衰弱し切った可愛い可愛い幼馴染の私に、帰れだなんて。もしそれで容態が更に悪くなったらどうしてくれるんですかー。というか、バカは風邪なんて引かないから移りませーん」


 と、陽歌はもはや病人とは思えない様子で呆れたようにそう言った。

 飛び出したバカ発言。完全にいつもの陽歌である。


「治ったって言っただろうがっ……! つーか、早速毒吐きやがったなテメェ!」


 俺だって人生で五回くらいは風邪引いた事くらいあるっつーの! そのくらいお前だって知ってんだろうがっ!


「私と佑くんの間では、このくらい普通なんだもん。ってわけで、お腹空いた」


 と、陽歌は苦笑いを浮かべてペロッと舌を出す。


「はいはい……すぐ持ってくるから待ってろ」


 立ち上がり、和室の入り口に向かう。


「佑くん――」


 後一歩で和室から出るという時に、陽歌が俺の名前を口にした。


「――約束、忘れないでね」


 そして、俺の背にそう願ってくる。


 だからこそ俺も、再度願う――陽歌との約束を果たす為に。

 陽歌が、本気で助けが必要な状況に陥らない事を。


 でなければ、この約束が果たされる事は無いのだから。



※※※※※



「ふわあぁ……朝か」


 陽歌との微妙な雰囲気が解消され、昨夜はいつになく寝付きが良かった。


 脳がまだ覚醒し切っていないが故に、ふらつきながら階段を降りて、顔を洗う為に洗面所の戸を開くと、


「――っ?! え、ちょ……」


 甘い香りがした。その香りに鼻腔をくすぐられながら洗面所に入り、戸を閉める。


「だから、え、ちょっと……?!」


 誰かの声が聞こえてきた気がし、その方に目を向けると、ぼんやりと誰かの姿が目に入った。


 足元から徐々に視線を上げていくと――太ももっ?!

 え、ちょ……まさかっ?!


 その一撃は、脳を覚醒させるのには充分すぎた。

 そのせいか、反射的に視線を正面に向けてしまう。

 が、これが間違いだったのかもしれない。


「あっ……」


 思わず声が出てしまった。


 だってさ、目の前に裸の女の子が立ってるんだもん。


 大事な部分こそバスタオルで隠しているが、太もも、二の腕、何なら谷間等、体に巻いただけでは隠せていない部分も多々有り。


 単にその姿だけでもヤバいのだが、朝風呂でもしていたのか、火照っている肌がそのエロさを引き立てているではないか。


 神様、僕にこんな幸運をありがとうございます。


 ……などと感謝している場合ではない。


 だって今、俺の目の前で幼馴染が顔を真っ赤にしてプルプル震えているのだから。


「あのっ、陽歌さん……? こ、これは何事でしょうか……?」

「うっさい知るかボケッ! ふざけんなドヘンタイッ!」


 陽歌はブチギレて声を荒げる。

 その気持ちは分かる。分かるのだが……、


「まあまあ落ち着けって。わざとじゃないんだよ」

「落ち着けるかドエロ魔人っ!」

「んだとっ?! 大体テメェな、何でうちで朝風呂してんだよ! 入るなら自分の家で入れや!」


 陽歌が昨夜、色々と理由を付けて結局うちに泊まったまでは良いのだが、まさか朝風呂してるなんて予想外。

 完全なる不測の事態なのだから、俺に非は無いはずだ。


「一回帰るのめんどくさかったの……! ――って、論点ずらすなバカアホクズドヘンタイ覗き星人っ……!」


 論点をずらしたつもりはないが、激昂してる今の陽歌には話が通じなさそうだ。

 何とかして身の潔白を証明したいのに……。


「うっさいなぁ……朝から何? また喧嘩?」


 ここで、厄介な奴がお目覚めだ。

 渚沙が目を擦りながら洗面所の前にやってきた。


「き、聞いてよ渚沙っ……! このヘンタイ、見たっ……! 私の裸見たんですけど……?!」

「見てねぇよ! テメェ、タオル巻いてるだろうが!」

「これは、入ってきやがったから焦って巻いただけで、その前に絶対見たでしょ?!」

「はぁ?! 寝ぼけてたから覚えてねえよ」

「嘘つくなっ! ……って、そうじゃなくって、いつまでここにいんの?! あり得ないサイテー早く出て行けぇ……!」

「――ふごっ?!」


 荒ぶる陽歌の頭突きを食らい、この場に倒れ込む。

 ついでに、頭突きをした陽歌もその勢いで俺の上に倒れてくる。


「うんうん。これぞ、いつもの平和な日常だね。めでたしめでたし」


 朝にしては珍しく、やけに機嫌の良さそうな渚沙の声が、本日の始まりをお知らせした。


 この後、陽歌の怒りを鎮めるのに丸一日を費やす羽目になったとさ。

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