11 見栄の張り合い
本日は雨風が吹き荒れる大荒れの空模様。
普通だったら憂鬱な気分になりそうな天気にも関わらず、俺の気分はすこぶる良い。
「おっはよーう!」
と、ここで有紗が登校してきた。早朝にも関わらず、いつになくテンションが高い。
「どうした? やけにご機嫌だな」
「そりゃそうでしょ。だって今週乗り切れば、来週二回学校に来るだけで夏休みなのよ! 今からワクワクだわぁ」
なるほど、機嫌が良い理由は理解した。
でも、ちょっと気が早過ぎだろ。今週はまだ始まったばかり、今日は月曜日ですよ? 普通は気分が乗らないと思うんだけどな。
「ねぇねぇ、あんた暇でしょ?」
「いや、今は暇じゃないから会話相手は他を当たってくれ」
そう、俺は今、妄想の真っ最中なのだ。
杠葉さんは言っていた。俺に好意を抱く女の子が二人いると!
誰だか知らないけど、告白とかされちゃうのかなぁ、とか、その後の色んなシチュエーションを考えるとニヤニヤが止まらん。
「今じゃなくて、夏休みの話をしてるのよ……! バカじゃないの?!」
「へいへい、バカで悪かったな、バカで。あ、でも夏休みも暇じゃねーぞ」
「ふんっ、見栄を張らなくてもいいのよ? ……喜びなさい、この私があんたの暇を潰してあげるわ!」
「それってつまり、お前も暇って事だよね?」
「暇じゃないわ。私の中では既に予定は埋まってるから」
……お前こそ見栄を張ってんじゃねえか。暇じゃないなら俺の相手してる時間なんて無いだろうが。
「んじゃ俺と同じだな。俺も夏休みは既に毎日予定ぎっしりだから」
「え……? そ、そうなの……?」
有紗は悲しげな顔をして俯いてしまう。
「お、おいおい……そんな顔すんなや。お前だって予定埋まってるんだろ?」
まぁ、絶対見栄を張ってるだけだけどな。
「そ、それはあくまで、私の中での話だから……あんたが暇じゃないなら、私の予定は全部白紙に……」
「……へ?」
いや、ちょっと待てぇー!
こいつまさか、勝手に俺が暇だと決めつけて、自分も暇だからって俺の夏休みという貴重な時間を自分の暇つぶしに利用しようとしてたのか?!
うちに来れば大好きな渚沙がいるもんな?! それでほとんど毎日会えると思ってたから上機嫌だったんだろ?!
「だからその……あんた、ホントに予定ぎっしり、なの……?」
と、ここで有紗は、何かを訴えかけるように必殺の上目遣いを発動した。
その何かとは、渚沙に会わせろという事だろう。
だったら話は簡単だ。
「渚沙だったら夏休みの何日かは友達と遊ぶと思うぞ」
「……は?」
「でも、毎日じゃないと思うから、うちに来れば居る日も結構あるんじゃね? てか、渚沙の連絡先知ってるだろ? 予定でも聞けば良いじゃん」
「だから、そうじゃなくて……椎名は、居ないんでしょ……?」
と、有紗はここで必殺上目遣いを再発動。
うぐっ……クソかわええ。
つ、つまりは……渚沙と二人きりだと緊張しちゃうかもしれないから俺にも居ろと言ってるんだよな?
いや、良い加減慣れろや。渚沙なんかに緊張とか普通じゃないからな?
「わ、分かった……何日かは空けといてやるよ」
「……あんたホントに予定埋まってるの?」
ここで、有紗は気づいてしまったのか、疑惑の目を俺に向けてくる。
見透かされているであろう現実に、どう誤魔化せば良いか分からない。
「う、埋まってるし……」
「怪しいわね」
「ま、毎日デートの予定だし……」
浮かれ切った猿とは俺みたいな奴の事を言うのだろう。
俺は、自分に好意を抱いてくれているという子のどちらかと、夏休みが始まるまでにお付き合いを開始して、リア充ライフを送る想像をしていたのだ!
まぁ……あくまで想像だから、夏休みまでにお付き合いをしようと考えているわけではないけどね。
つまり、俺は見栄を張っているのだ。予定なんて一日も埋まってなどいない!
「は、は、はあああっ?! デ、デートですって?! え、え、えええっ?! ちょ、冗談でしょ?! お願いだから嘘だって言ってよぉ……」
有紗は涙目になって肩を落とした。
俺に彼女なんてできるはずがないと、そう思っているからこそ、俺のデート発言が逆にショックなのだろう。
全く……失礼な話だ。まぁ、事実だけど。
「なんだなんだ?! 椎名、お前彼女ができたのか?! 誰なんだよ?!」
相沢が、聞いていたのかニヤニヤしながら寄ってくる。
……どうしよ、何て言い訳すれば良いんだ。
ここに来て、見栄を張り続けた事を後悔している。
「ほれほれ、教えてみ、椎名」
と、相沢は逃さんとばかりに肩に腕を回してくる。
「気色悪いからとりあえず離して」
「教えてくれたら、な?」
クッソが……この場合、居ないと言って信じてくれるのだろうか。
隠すなよ、とか言って離してくれない気しかしないんだが……。
「い、いません……」
「――ホントに?!」
俺が正直に答えた途端、有紗がやけに嬉しそうに目を輝かせた。
「んなわけねぇだろ姫宮。隠してんだよ」
「そ、そんなぁ……」
相沢の余計な一言のせいで、有紗は再び悲しげに俯いてしまう。
……そんっなに俺に彼女ができるのがあり得ませんかね?
今に見てろよ、ふざけやがってパツキン女め。
「だからホントだって……! 見栄を張ってたんだよ。すいませんでしたっ……! 実際は毎日暇です……! 予定なんて一日も埋まってません!」
相沢の腕を振り解き、必死に弁明をする。
「よ、良かった……」
「ほほう、では何故そのような見栄を?」
有紗はムカつくほどに安堵しており、相沢は依然としてニヤニヤしている。
どうにかして一矢報いてやりたい。
「ふっふっふっ……それはだな、どうやら俺に好意を抱いている子が二人もいるらしいんだわ。で、そのどちらかの子と夏休みが始まるまでにお付き合いを開始する事で夏休みの予定は全埋まり、という想像をしていたからだ!」
どうだ驚いたか?! 俺にだってモテ期が到来したんだよ!
恐らく今の俺は、それはもう得意げにドヤ顔していることだろう。
「ちょ、ちょっと詳しく聞かせなさいよ! その二人って誰なのよ一体……代わりに私が断ってきてあげるわ」
「なら、絶対教えられないな。何しれっと俺の春を遠ざけようとしてるわけ? ぶっ飛ばすぞ」
「……じゃ、じゃあ、あんたはその二人なら付き合っても良いって思ってるわけ?」
「別にそういうわけじゃ……流石に、顔とか性格とか顔とか顔とか顔とか精査くらいするわ」
例えば、俺に好意を抱いているのが曽根だったら、性格に関していえば無理ゲーの極みだしな。
まぁ、基本は顔で選ぶし、そもそも曽根が俺を、なんてあり得ない話だけど。
「うわぁ……やっぱ男って結局顔で選ぶのね」
「悪いか?」
「いや、全然。だったら私、超有利だし」
相変わらず自分の容姿に自信たっぷりですね。まぁ、ここまでずば抜けた容姿なら全然良いと思いますよ? 女に敵は増えそうだけどな。
「で、結局誰なんだ? 椎名に恋心抱いちゃうような、頭のネジがぶっ飛んでるヒロイン候補のお二人さんってのはよ」
「おい相沢……遠回しに俺をディスってない?」
「遠回しじゃなくて中々ストレートだったはずなんだが」
「「ぶっ飛ばす……!」」
ここで何故か、有紗も俺と同じ言葉を相沢に放った。
え……なんで有紗まで? というか、ガチで目がキレてるんですけど……。
「お、おいおい落ち着けよ姫宮……つか、何で姫宮が怒ってるわけ?」
と、相沢も俺と似た疑問を抱いている。
「――っ?! な、なな何でもないわよ! ただちょっと椎名に便乗してみただけじゃない」
便乗ってタイミングじゃなくて、普通にドンピシャだったけどな。だって声が重なってたし。
「ほほう……なるほどなるほどねぇ」
相沢が、一人で納得して頷いている。
「……で、誰なのよ? あんたにちょっかい出そうとしてる悪女二人ってのは……!」
「いや、悪女って……誰なのかは分からん。ある人から、二人いるって聞いただけだし」
「はあ? 何よそれ」
と、俺に聞かれましても……知りたきゃ杠葉さんに聞いてくれ。
俺には誰かは教えてくれなかったし。
「多分、一人はお前のストーカーこと橘芽衣だよな」
「……………………うわああああっ!」
そういやそうだった……! あいつ、俺が好きなんじゃん……!
って事は二人のうちの一人は橘……別に嫌いじゃないし、顔も良い方なんだけど……ストーカーは対象外なんだよおおおぉっ!
机に額を付け、両拳で思わず机を何度も叩いてしまう。
「残すはあと一人か」
「そうだ……まだ一人、残ってる……!」
その奇跡の存在を、逃すわけにはいかない……!
いかないのだが、その前にやらなきゃならない事がある。
夏休みまでに彼女云々はあくまで想像してみただけであって、今はそれより優先しなきゃならないのはチラ子探し。
俺のリア充ライフは、それが終わってからじゃなきゃ始めるわけにはいかない。
「もう一人は御影だろ」
「ははっ、ないない」
まさかあいつが、ね……そんなわけないよな?
だって、普通は好意を抱く相手には好意を抱いてほしいのが人の心理なはず。
あの毒吐きが相手に恋愛感情を抱かせたいと思う気持ちからの行動だとは思えないし、陽歌だってそれが分からないほどバカじゃない……よな?
つまり、陽歌に限ってそれはない。
尤も、あの毒吐きが実は俺への愛情表現なら大歓迎なんだけどね。
だってあいつクソ可愛いし、何より実は俺に優しいし。
「そういえばはるちゃん、まだ来てないわね」
「ん? あ、ホントだ、珍しい」
普段ならもうとっくに来ている時間なのに、陽歌の席には荷物は無く、教室の中にも姿は見えない。
「おっと、後三分か。そろそろ席に戻っとくか」
そう言って相沢は自分の席に向かう。
「なぁ有紗、話を最初に戻すけど、夏休み暇ならうちに来ても良いからな。流石に毎日来たら出禁にするけど」
現状、チラ子候補は三名。
いや、陽歌の可能性はほぼゼロだから、二名と絞っても良さそうだ。
その候補のうちの一人、姫宮有紗が夏休みにうちに来ようとしてるなら拒む理由は特にない。
俺が家にいない日は勝手に渚沙と過ごしてもらうとして、俺がいる日は手掛かり入手に全力投球といこうじゃないか。
夏休みの間にしっかりと吟味出来れば、仮に杠葉綾女と姫宮有紗のどちらかがチラ子なのだとすると、一人に絞り切れる可能性は大いにある。
このチャンス、逃す手はない。
「家も良いけど、何日かは出掛けましょうよ。例えば、プールとか海とか夏祭りとか」
「良いなそれ、夏っぽいし」
「でしょー!」
「んじゃそれも候補に――って……はい?」
会話の流れが自然過ぎて頷いちゃってたけど、冷静に考えて今の会話、休日の予定を立てるカップルやんけ……。
いや、でも中学までは陽歌と行ったりもしたし、友達同士でもあり得る、のかな……?
「どうかした?」
「え、あ、いや……お、泳げるのかなぁと思って」
良く考えたらこれもそうだ。そもそも、運動神経皆無の有紗がプールだとか海に行って楽しいのだろうか。
「浮き輪があれば何とかなるわよっ……! 失礼しちゃうわね……ふんっ」
期限を損ねてしまったのか、有紗は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
登校時は機嫌が良かっただけに、落差が激しくて困惑してしまいそうだ。
「はーい席に着けー。朝のホームルームを始めるぞ」
始業のチャイムが鳴り、藤崎先生が教室に入ってくる。
ふと幼馴染の席に目を向けると、そこはまだ空席のままだった――。




