10 ラストピース
読み聞かせの後は、元居た例の机に戻ってテキトーに読書をして過ごした。
ぶっちゃけ何をやるわけでもなかったから帰宅しても良かった気もするのだが、杠葉さんから解散だと言われたわけでもないし、もしかしたら更なる証拠が出てくるかもしれないと思い、図書館に残ったのだ。
まぁ、残った甲斐は特に無く、新たな証拠なんて出てこなかったんだけど。
と、そんなこんなで閉館時間となった。
「あー! 綾女お姉ちゃんたち、まだいたんだぁ!」
先程の子供たちが図書館の入り口から声を掛けてくる。
「うげぇ……兄ちゃんまだいたのかよ」
「それはこっちのセリフだっつーの」
どうしてこうも突っかかってくるんだよ、このクソガキ。
俺には年下から舐められ属性でもあるのか……?
特に、渚沙とか渚沙とか渚沙とか。
「もう、またムキになって。ふふっ、お子ちゃまですね」
「悪かったなお子ちゃまで」
違ったわ。年下から舐められてるわけじゃなくて、大半の人間に舐められてんだわ、俺。
今の杠葉さんもそうだし、それから有紗とか陽歌とか陽歌とか陽歌とか。
「二人は本当に仲良しさんなんだね。良いなぁ」
「美音ちゃんだって、ここにいるみんなと仲良しさんではないですか」
どうやら杠葉さんに一際懐いているこの女の子の名前は美音というらしい。
「うん、そうだよ。でもね、美音の言いたかった事は違くて……美音のお姉ちゃんの事なの」
「美音ちゃんにはお姉さんがいたのですか」
「うん。でもね、最近お姉ちゃん元気無いの。朝、学校行く前と、帰ってきた時、いつも辛そうな顔してる。前まではそんな事無かったのに……」
「そうなのですか……」
美音ちゃんの言葉に杠葉さんは切なげな表情を浮かべている。
「ママから聞いたんだけど……何かね、お姉ちゃん、学校で絶対やっちゃダメな事しちゃったんだって。それで学校に二週間行っちゃダメってなったみたいで……。悪い事もしちゃったし、学校も行ってなかったし、それでお友達いなくなっちゃったのかなって、美音心配で……」
「それって……」
杠葉さんは何かに気付いたかのように口を開いた。
そして俺も、美音ちゃんの姉が誰なのか確信を持ってしまった。
この子の本名は曽根美音で間違いないだろう。
奇しくも、俺の天敵だった奴の妹だったとは……。
「美音ちゃん、お姉さんの事は好きですか?」
「うんっ! だって美音のお姉ちゃんは、ホントのホントに優しいんだもん!」
美音ちゃんは誇らしげにそう言うが、恐らく本音で間違いないだろう。
以前、有紗と曽根が早朝に体育祭の練習をしている現場を目撃した事がある。
その時に聞こえてしまった会話の内容から、曽根に対して優しさを感じてしまったのも、今となっては認めたくないが事実だ。
まぁ、だからといって曽根の現状に同情なんてしてやらないけどな。だって俺、あいつ大嫌いだし。
そういうわけで美音ちゃんには悪いけど、曽根に手を差し伸べてやるつもりはさらさらない。
登校が辛いのも自業自得だ。自分の罪と向き合って自分で何とかしやがれ。
「私にも兄と姉がいて、美音ちゃんと同じく大好きなので、その気持ち、分かります。……それに私も、中学生の時に親友ができるまでは学校に行くのが辛かったので、美音ちゃんのお姉さんの気持ちもちょっとだけ分かります」
「綾女お姉ちゃん……?」
「きっと大丈夫ですよ。今は辛くても、必ず誰かが手を差し伸べてくれますから」
そう言って杠葉さんは微笑み、美音ちゃんの頭をそっと撫でた。
「ねっ? ですよね?」
「え……あ、いや、それは……」
何で俺に聞いてくるの?! 答えに困るんだけど!
……まさかこの展開、俺に手を差し伸べろって言ってるんじゃないよね?
だったら尚更頷けないんだけど。
「でーすーよーね?」
戸惑う俺に、杠葉さんは再度尋ねてきて、美音ちゃんは不安げに俺を見てくる。
「そ、そだね……俺もそう思う……」
同意しろとの圧に敗北し、自分の意思とは正反対の反応を示してしまった。
……でも、絶対俺は何もしてやらねえからな?
だから、誰か曽根に手を差し伸べてやってくれ!
「ありがとう、綾女お姉ちゃんとお兄さん。おかげで、凄く安心できたよ」
美音ちゃんの笑顔がやたら眩しいが、これが逆にキツイ。
だって、曽根に手を差し伸べる奴なんて花櫻学園にいるの……? かと言って、さっきの流れ的に否定もできなかったわけで……。
本当、杠葉さんはどういうつもりなのだろうか。
「安心できたなら、今日はもう帰りましょうか。遅くなるとお家の人も心配するでしょうし」
「うん、そろそろお姉ちゃんがここにみんなを迎えに来てくれるから、そしたら帰るよ」
うげっ……マジかよ、ここにあいつ来るのかよ。だったら鉢合わせる前にさっさと退散したいのだが……、
「それなら、私たちはお先に失礼させてもらいますね」
良かった……それまで待つとか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。今日の杠葉さん、やけに強引だし俺も強制で残らされそうな気がしたし。
「うんっ、またねー!」
「じゃあな、綾女姉ちゃん。ついでに兄ちゃんも、また会ったら遊んでやるからなー」
最後の最後までクソガキだな……テメェとは二度と会ってやらねえよ!
内心口に出してやりたかったが、出したら出したで杠葉さんにお説教される気がしたから、何も言い残さず歩き始めた。
※※※※※
「無理を言って送っていただき、ありがとうございました」
場所は杠葉神社へ上がる階段前。
恐らく、今日はここでお別れだろう。
「良いよ、家に帰っても妖怪わがままシスターの餌食になるだけだし」
「シスターが妹って意味だって知ってたんですね」
「……バカにし過ぎじゃない?」
「ふふっ、ごめんなさい。冗談です」
「……でさ、帰る前に確認したい事があるんだけど」
先程の曽根に関する件について、あれはどういうつもりだったのか。
もし俺に、曽根に手を差し伸べろと言うのであれば、悪いがそれは断固拒否だ。仮に杠葉さんの頼みでも、絶対に。
「私からも、宣言したい事があります」
「宣言……?」
とは、一体何を言い出すのだろうか。
もしや、俺が曽根を助けるでしょうとかいった類いの、宣言ならぬ予言とかじゃないよな……?
「私が、美音ちゃんのお姉さん――曽根紫音さんを助けます」
「…………は?」
俺の想像とは違い、杠葉さんのそれは予言ではなく、正しく宣言。
だが、聞く耳を疑ってしまった。
あれだけの事をやられた相手を助ける……?
俺には到底理解し難い発言に他ならない。果たして杠葉さんの真意は一体――、
「きっと、この課題が……私にとってのラストピース――本当に私自身が変われているのであれば、それを自分に証明してあげたい」
杠葉さんは真剣な目つきでそう言った。
その課題とやらを自分に課す理由はさておき――、
「証明もなにも、別人かってくらい変わってるけど……? 会ったばっかの頃みたいにおどおどもしてないし」
「そう思っていただけてるのは、やっぱ嬉しいですね」
「ついでにドヘンタイなのもさらけ出してるし、加えて今日に至ってはマジで強引だったしね」
つまり何が言いたいかと言うと、初対面の時とは印象がまるで違うという事。
初対面の時の印象から、誰が脳内下ネタだらけの巫女を想像できるかっつーの。
「エ、エッチなのは年齢による心の変化と言いますかっ……! と、というか、この歳にもなれば誰だってそうですよね……?!」
その言い分を否定はできませんが、あなたの場合は妄想が外に出過ぎです……。お陰様で巫女への幻想は崩れ去りましたからね。
「それに、強引な理由もちゃんと説明しましたよね……?! 現状劣勢だからって」
「だからそれ、説明になってないからな?! 劣勢って何が? その情報だけで理解する奴はただの天才だぞ?!」
「劣勢は劣勢だからです……! これ以上の説明はありません! 察しが良い人だったら理解できてます……!」
悪かったな……察しが悪くてよ。
「はぁ……はぁ……話を戻しましょう。つまり、本当に私が変われているのであれば、これまで助けてもらってきただけの私にだって、誰かを助ける事ができるはずなんです」
「確かにそうかもだけど、それが曽根である理由は――」
「――ありますよ」
と、杠葉さんは俺が言おうとしていた事が分かっていたのか、俺のそれとは真逆の言葉を発した。
「曽根さんだけじゃありません。美音ちゃんの為でもあります。それに、クラスの為でも」
「クラスの、為……?」
曽根に手を差し伸べる事が、それにどう繋がるのかが分からない。
「今のクラスの雰囲気、お世辞にも良いとは言えません。……いいえ、クラスだけではありませんね。必然といえばそうなのですが、学校中であのお二人への陰口が溢れかえっていて、以前の花櫻は完全に崩壊。でもそれは、私や有紗さん等のごく一部の人の為にこそなれど、今のところはその他の人の為にはなっていません」
それを言われてしまうと何も返す言葉が見つからない。
何せ、花櫻学園の崩壊を招いたのは他ならぬ俺だからだ。
……とはいえ、確かに二岡真斗の世界こそぶっ壊れたけど、学校崩壊までは行ってなくはないか? とも思うのだが……杠葉さんはそうは思っていないのだろう。
「陰口……それは集団で生活していれば、多少は出てくるのは分かっています。でも、陰口で溢れかえっている状態なんて、それはもう学校なんかじゃない。このままではみんなの心が腐り切ってしまいます」
やはり、杠葉さんにとっては学校崩壊しているという認識だったようだ。
それに俺も、今の言い分を聞いて納得した。間違いなく俺は、花櫻学園を崩壊させたのだと。
だが、それに関しては藤崎先生がなんとかすると言っていたし、俺が責任を負っているわけではない。
しかし……花櫻生の為にやったつもりだったのだが、杠葉さんの言う通り、今のところは全く為になっていないのも胸に引っかかる。
「長い道のりになるかもしれませんが、今度は私がみんなを助けたい。その為にはまず、曽根さんを」
「……そこまで言われちゃしょうがねえな。分かったよ、俺も協力――」
「――いいえ、私だけでやらせてください」
何かしら力添えしようと思ったのだが、断られてしまった。
まぁ、相手が曽根故に嫌々協力するのも杠葉さんに悪いし、ここは傍観者になる方が正しいか。
「はぁ……その方が良いのかもな。んじゃ、頑張って」
「ご理解ありがとうございます。……これで、ちゃんとできたら、私は――」
「どうかした?」
「ただの独り言です。まぁ、佑紀さんに関係アリですけど」
「何それ気になる。もしかして陽歌みたいに毒吐いた?」
直でぶち込んでくる陽歌と比較して、独り言で俺に毒吐いてるんだとしたら、内容聞こえない分余計にタチが悪いんだが……、
「違いますよっ! 私にはそんな事できません……あの、佑紀さんにとって陽歌はどう見えてるんですか?」
「クソ毒舌アホゆるバカふわ――」
「――汚い言葉が多いですね」
「……毒舌ゆるふわ幼馴染」
ツッコまれた故に、丁寧に言い直す。
だが、俺が知っているのはそれくらい。陽歌の全てを知り尽くしているわけではなく、それしか見えていないのだ。
……本当にそうか? いや、まだある。
普段が普段だから気付きにくいけど、あいつはなんだかんだ俺に優しい。
そう、厳しいように見えて実は甘いのだ。
こっちに戻ってきた日だって、転校初日からしばらくも、今思い返せばお前は俺の世話係かって感じだったし。
俺が周りと打ち解けられるように手綱を引こうともしていた。
本人曰く、俺を守るとも言っていた。……まぁ、これに関しては、日々の言動からは全くそうは見えないけど。
何にせよ、陽歌には助けられてばかりなのは否定できない事実。
それすなわち、あいつは俺に優しいのだ。
だからこそ言える事が一つある。
「そんな陽歌だけど、まぁ……あいつがいなきゃ今日までやってこれなかっただろうな」
何なら、あいつがいなきゃ生きていけないとさえも思える。
恥ずかしいからそこまでは口に出せないけど、そう思えるほどに大切な存在だ。
「……つまり、またまた劣勢の可能性アリ、なのかな?」
「いや、言ってる意味全然分かんないから」
今日はやたら劣勢って言葉を使ってるけど、何に対して劣勢なのだろうか。
今は陽歌の話題だから、あいつに対してって事なのか? でも、そうだとしても何に関して劣勢……? うん、分からん。
「ですが、劣勢のままただ負けるわけにはいきません。最後の最後まで諦めずに全力で。それで負けたら、仕方ありませんね」
「……陽歌と何か勝負でもしてんの?」
ギクシャクしている雰囲気でも無いから、別に喧嘩しているわけでは無いんだろうけど、もし喧嘩してるなら何とか仲直りさせてやりたい。
「いえ、してないですよ。多分ですけど、陽歌さんは土俵に上がってないはずなので。勝負してるのは別の人です」
「ちなみに、喧嘩とかじゃないよね?」
「はい、喧嘩じゃないですよ」
「そっか」
ならば、俺がでしゃばるような事でもないはず。
誰と何の勝負をしてるのかは分からないけど、どうぞご自由に。
「それでは、改めて今日はありがとうございました。また明日、です」
「おう、じゃあな」
俺がそう言うと、杠葉さんが歩き出す。
ボーッとその背を眺めていると、数十メートル先で杠葉さんは横に曲がった。
ほぉ、あそこが杠葉さんの家なのか。っていうか、やっぱ神社の隣じゃん。
……何を俺はストーカーチックな行動をしているのだろう。これじゃ橘の事何も言えんわ……。
さてと、帰ろ。




