4 録音を流した者は誰なのか
期末テストも終わり、ここまで返却された教科は全て赤点回避。
大丈夫だ、自分を信じろ。
これから返却される数学を前に、俺は只々祈っていた。
「――いな。聞こえないのか、椎名佑紀」
「ん?」
「あんた、さっきから呼ばれてるわよ」
有紗が教卓の方を指差す。
「椎名、さっさと取りにきなさい」
「――は、はいっ!」
「「「ははははっ!」」」
焦って返事をすると、教室内に笑いが巻き起こった。
これは、俺もこのクラスにちゃんと馴染めたと考えて良いのだろうか。
体育祭の件で色々と危惧していたけど、この感じなら多分拒まれてはいないはず――今この室内にいる、ある一人を除いては。
教卓の前まで行き、数学の教師からテストを受け取る。
緊張から来る胸のざわめきと共に、点数に目を通す――、
「――マ、マジか」
今回の数学の平均点は57点。
そして俺の結果は――35点。
「うおおおおっ! 赤点回避! 赤点回避!」
しかも、俺の数学の歴史で過去最高得点! これは叫ばずにはいられまい。
「前回と比べると見違えたな。良くやったとは言えないが、頑張ったな」
「ありがとうございます!」
数学教師のお言葉についつい感謝してしまう。
「おい椎名、何点だったんだ?!」
教卓の前にいる俺に、扉側の最後方に座る涌井がそんなことを聞いてくる。
「35点だ」
「くっそぉー! 負けたぁ!」
……いや、おいおい待てや。
「……涌井にはまだ返却してないんだが?」
「「「ははははっ!」」」
数学教師がごく当たり前の指摘をすると、再び室内が笑いに包まれる。
それでも尚、教卓の間近から俺に向けられているたった一つの視線は、冷え切っていた。
※※※※※
昼休み、用を足して廊下に出ると、男子トイレの目の前にある女がいた。
まるで俺の跡をつけてきて、出てくるのを待っていたように思えるが、相変わらずその目は冷えていて話しかけようとしてくる様子は無い。
「……えっと、女子トイレはそっちね? んじゃ」
どうせ無反応だろうけど、それだけ教えてあげてから、この場を立ち去ろうと歩き始め――、
「そんなの知ってるけど」
――歩き始めたのだが、予想外にも反応が返ってきたのが聞こえた。
が、俺はこいつとはできるだけ関わりたくないから足を止めない。
「待てよ、椎名佑紀」
呼び止めてくる声が聞こえるが、それでも足を止めな――、
「待てって言ってんだろうがっ! 椎名佑紀!」
――足を止めるつもりはなかったが、この怒鳴り散らしてくる声にびっくりして足を止めてしまった。
「……何か用?」
嫌々ながらも、曽根紫音の呼び止めに応じてそう尋ねる。
「分かってるくせにしらばっくれんな」
「いや、分からんし……」
「分からないって……キミのせいで――真斗は停学になったんだよ?」
力無く言葉を絞り出す曽根の顔は憔悴しており、今にも泣き出しそうな雰囲気さえ感じられる。
「は? なんで俺のせいなわけ? 誰がどう見たって自己責任だろ、アホか。……ま、でも良かったじゃねえか、退学じゃなくて停学程度で済ませてもらって。その幸運に感謝しとけや」
生徒間では様々な憶測が飛び交っていたが、真相は停学だったようだ。
個人的には二岡にはこのまま退学で消えてもらっても全然良かったから、ちょっと残念。
「停学なのに幸運……? ふざけないでっ!」
「いや、超真面目だから。って言うか俺、殴られてる被害者だし、願わくば退学になっててほしかったくらいだわ」
「キミがあんな音声を流さなければ真斗と私は停学になんかならなかった……キミがあんな音声を流さなければ真斗はキミを殴ったりなんかしてないっ! キミを殴りさえしなければ私と同じ停学期間で済んだのに……全部キミって存在のせいでしょ……! キミが加害者でしょ?!」
理不尽な言い分過ぎて笑えてきそうだが、今聞けて良かったことも含まれていた。
それは、二岡は俺を殴ったから停学期間が伸びてるという部分。
たったそれだけで、殴られ損では無かったなと、心からそう思えた。
「確かに、あの録音が無けりゃテメェらは花櫻生からの評価を失うだけで済んだのかもな。ただ、勘違いすんなよ? 録音されたマヌケなテメェらが悪いに決まってんだろ。そもそも、あんな計画企てた段階でテメェら以外に悪はいねえんだよ」
「――わたしは、何であの音声を流したのかって聞きてんのよっ!」
……聞かれてねえし。
と、俺の読解力が不足していたのかもしれないが、そんな覚えはどこにも無かった。
「……めんどくさ。あの録音を流したのは俺じゃねえし、だからその理由を聞かれても答えようがない」
「とぼけないでっ! キミじゃなかったら誰だって言うの……?!」
「知らん。それを、今から体育祭実行委員に確認しに行く」
確認しようと思ってたのに、今の今まで忘れてしまっていた……。
幸い、二年七組の体育祭実行委員の顔は覚えている。その子が男子選抜リレーの司会をやっていたかは定かではないが、違うとしても誰がやってたかくらいの情報は得られるはず。
まだ昼休みの時間もあるし、忘れないうちに今から行こう。
「――ちょ、ちょっと?! ホントにキミじゃないの?!」
二年七組の教室に向かって歩き出した俺の前に曽根が回り込んできて、通行の邪魔をしてくる。
「違うっつってんだろ。つーか俺、テメェと関わりたくないから二度と話しかけてくんな」
正直、これで聞く耳を持つ相手とは思わないが、一定の効果くらいはあると信じて言い放ち、曽根の横を強引に通って二年七組の教室に向かった。




