2 様子がおかしい
体育祭が終わって早くも十日、この間にあった出来事といえば、母さんがアメリカに戻ってしまったこと。
でもこれは、あくまで個人的な出来事にすぎない。
もっと枠組みを広げてみると、花櫻学園では重大な出来事が起きていた。
それは二岡真斗と曽根紫音が学校に来ていないということ。
これには様々な憶測が飛び交っている。
停学になっただとか、退学になっただとか、はたまたビビって登校してこれないだとか……どれが正解なのかは生徒は誰も知らないし、そもそも飛び交っている憶測の中に正解があるのかも定かではない。
まぁ、多分退学にはなっていないとは思う。精々停学止まりだろう。
というか、もう俺には何の関係もないところだから、あいつらがどうなっていようとどうでも良いというのが本音だ。
「――そういうわけで、今日から期末試験に向けたテスト週間だ。今日から十日間は原則部活は禁止、赤点なら補習だ。皆、赤点を取らないように試験勉強に励むこと。以上だ」
いつもながら、藤崎先生は連絡事項を淡々と告げて教室から出ていく。
うちのクラスの帰りのホームルームは基本短い。
これにはみんな大喜び、テスト期間じゃなければね……。
「ね、ねぇ椎名」
勉強できない君こと俺がテスト期間に震えていると、隣の席の有紗が話しかけてきた。
「ん? 何……?」
「ちゅ、中間テストの時のことなんだけどさ」
「中間テスト――あっ! え、えっと有紗さん? 今晩お食事でもどうっすか? 奢りますよ……?」
思い出した……中間テストの際、英語で赤点回避できたらラーメンを奢る契約になっていたのだ。
あれから大分経ってしまっているが、赤点回避できたからには契約に従うのが義理だ。
今更な気もするが、今日あたり奢らせてもらおう。
まぁ、近日中でも良いんだけど、本格的にテスト期間に入ってしまったら勉強の妨げになる気もするし、初日の今日が現状のベストだ。
「よ、良かった。忘れてたわけじゃなかったのね。えっと、じゃあ今日の夜に行きましょう。……えっと、奢りじゃなくても良いから」
「いや、そういう条件だったしちゃんと奢るわ」
「で、でも……」
やけに遠慮気味の有紗だが、一体どうしたのだろうか。
俺の知ってる有紗なら、当然と言わんばかりに奢られようとするはずなのだが……、
「……お前、最近どうしたん? 何か様子変だぞ」
「え?! へ、変じゃないわよ?! ……何よ? まさか私がさも当然のように人に奢らせるような人間だとでも言いたいのかしら?」
え、違ったの? 弥生日和では頻繁に相沢にポケットマネー使わせてるじゃん?
なんて言いたくなったが、それを言うと怒りそうな雰囲気だからやめておこう。
「とにかく、奢るったら奢るからな!」
「分かったわよ……。あ、それじゃあ期末テストに向けて勉強教えてあげるわよ」
「おぉ、そりゃありがたい――って、まさかまた条件付きじゃ……」
ほらな? やっぱ奢られたい派なんじゃん……。
「ち、違うわよ……! わ、私はただ、あんたと一緒に勉強したくて」
「……へっ? 今何と?」
「――何でもない! ほら、さっさと図書室行くわよ……!」
「お、おう」
声を荒げる有紗に流されるまま、鞄を持って教室を出たけど……、
「おい、その前に掃除だろ」
「おっと、そうだったわね……」
うっかりとした表情を見せた有紗と一緒に、掃除場所に向かった。
※※※※※
図書室でのテスト勉強を終えた俺と有紗は今、山根屋の店内にいる。
転校前に一度行ったきり足を運んでいなかったラーメン屋なのだが、味は凄く美味かったから逆にどうしてあれ以降来ていなかったのか自分でもちょっと不思議だ。
「お好みは?」
「硬めで」
陽歌直伝、こう言っときゃ何とかなる作戦発動!
「えっと……私は麺少なめで」
「「――えぇ?!」」
こりゃ驚いたなんてもんじゃないくらい衝撃だ。
究極の大食い女こと有紗が、麺少なめだと?!
有紗はこの店の常連客。
普段と違ったお好みを告げたからか、店員もめっちゃ驚いている。
「な、何よ……?」
「何って、呪文は……?」
「あ、あんなの食べたら、可愛くないじゃないっ!」
有紗は顔を真っ赤にして声を荒げるが、男勝りの食べっぷりはこれまでに何度も見ているし、そもそも――、
「いやいや、可愛いから。むしろそれがお前の魅力とも言えるだろ。大食い姿がひたすら可愛いとか、他の女には無い特権じゃねぇかよ」
「――ななな、何言ってんのよ?! ふ、ふんっ、ま、まぁ、私が可愛いのは言わずもがなだし、今日だけは許してあげるわっ。……やっぱ、ヤサイニンニクアブラマシマシメンカタマシ、でお願い。それからライスは大盛りね」
何かを許してもらわなければならない覚えは全く無いが、とりあえずいつもの大食い女に戻ったみたいで安堵する。
同時に、妙な違和感も感じている俺がいる。
ここ最近、姫宮有紗の様子がおかしい。
遡れば体育祭が終わったあたりからか、俺の母さんの冷やかしに赤面したり、今日だって自分をより可愛く見せようとしていた。
……共通しているのは、俺の前で、ということだ。
これって謂わば、恋する乙女……って、んなわけねぇよな。
もしかして、俺が好きなの? って聞けば、いつもの調子で一掃されるに決まってるわ。
なんてことを考えつつ、運ばれてきたラーメンをすすり始めた。




