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47 笑って今日を終わりたいから

 一周四百メートルのトラックの四ヶ所に分かれてバトンを繋ぐクラス対抗リレー。


 ただの学校の体育祭で一周四百メートルのトラックをリレーでそのまま使うのって、この学校以外に他に知らない。


 普通二百メートルトラックだろ、なんて思いつつ、既に始まっている二年生のクラス対抗リレーにて走る順番を待っている。


 うちのクラスの現在の順位は二位。


 まぁ、序盤と終盤に速い人を揃えてあるからそうでなくては困る。


 ちなみに言うと、うちのクラスには転校生こと俺がいるから人数が四十一名。


 他クラスは四十名だから、うちのクラスに合わせて誰かが二回走ることになっている。

 当然、どのクラスもエースをその役目に用意しているだろう。


 だから他クラスの方が有利だと普通は考えるものだが、それは違う。

 だって二年三組に増えたのが俺だから。


 つまり、うちのクラスの力はより向上したと言って良いのだ。


 なんて、ややナルシスト的思考を巡らせていると、俺の前にここのテイクオーバーゾーンから出発するクラスメイトがバトンを受け取った。


 一位からちょっと遅れて二位での通過だ。


「さてと、次か」

「あ、あのさ、あんた……が、頑張って!」


 同じくこの場所から走る有紗から声をかけられた。


「おう! 有紗も、まぁ最後の種目なんだし悔いのないように楽しめよ。んじゃ、行ってくる」


 そう言い残して、出番に向けて指定位置に入る。


 やがて曽根にバトンが渡り、一位との差が微妙に縮まり始め、俺の元まで残り二十メートルほど――。


 ちょっとした仕返しに、早めすぎるスタートを切る。


もちろん、一位のクラスの人はまだ動いてすらいない。


 後方を確認しつつテイクオーバーゾーンの真ん中辺りまでやって来ると、一位のクラスの人も動き始めた。


 必死なのを笑うのは良くないのだが、それでも曽根の必死な顔は面白い。


 本気で俺にテイクオーバーゾーンをオーバーされるとでも思っているのだろうか。


 しねぇよ、そんなバカな真似は。


 なんて思いつつも動かす足は止めてやらない。


 ギリッギリまで引き付けて、あと一歩で超えてしまうかという所で曽根からバトンを受け取る。


 一位のクラスとの距離は僅か。


 リレーならではの加速も活かして一気に抜き去る。


「佑紀! その調子よ!」


 母さんの声が聞こえた気がした。


 これを含めて残り二種目、わざわざこの為に今日まで日本に残ってくれた母さんの記憶に残るようにと、必死に手足を動かし――次の走者にバトンを繋いだ。


「はぁ……はぁ……やってやったぜ」


 ひとまずクラスの順位を一位に押し上げた事に満足する。


「おっす、お疲れさん」


 先に走り終えていた相沢に声をかけられた。


「……どう? 俺って注目されてた?」


 別にどっちでも良いのだが、何となく聞いてみた。


「えっと、多少は。うーん、一位だったクラスの走者が遅すぎて相対的に速く見えるだけだ、的な……? そんな感想しか聞こえてこねえよ」

「……目が節穴しかいないのかよ、この学校」


 最後は意地でも現実を見せつけてやっからな!


 なんて思いつつ近くの観客に混ざっていく。


 さてと、もうちょいしたらあいつらの走る番――。


「――はぁ……はぁ……はぁ……間に合ったかしら?!」


 後方からドタドタと走る音が聞こえたと思ったら、俺の真横にショートカットの茶髪のお姉様が現れた。


「ねぇ、そこの僕、今何の競技やってるか分かるかしら?」

「え?! あ、二年のクラス対抗リレーです」


 話しかけられて一瞬驚いてしまったが、聞かれた質問に答えるだけだから、すぐに冷静になれた。


「そっかそっか……もう一つ聞いて良いかしら? うちの――椎名佑紀……そっかそっか、あなたがうちの子の好きな人なのね!」

「――はぁ?! え、誰?!」


 体操着の名前を見ていたから、それで俺の名前が分かったのだと思う。


 そんなのはクソどうでも良いから、俺を好きなのって誰ですか?!


 ……まさか男とか言い出さないよね? ちょっと不安だ。


「うちの子は有紗、姫宮有紗の走る番ってもう終わっちゃったかしら?!」

「――なっ?! 有紗が俺を好き?! えぇっ?!」


 そんなバカな……あの有紗が俺を好きなんて――いや、ちょっと待てよ。


 思い返せばつい先程のお姫様抱っこ事件からおんぶまで、これまでとは反応が違ってた……? と思うんだけど……あれ、もしかして聞き間違えだと思ってたのとか、そうじゃなかったのか?


「え、全然アリ……有紗だけに。超ウェルカム過ぎてムフフ過ぎてムフフだわぁ……。え、真実なら是非ともよろしくお願いしますなんだけど。もう釣り合ってないとかそんなんどうでも良いわ。グフッ、グフフッ――」

「ねぇ僕? 聞いてる?」

「――はい何でしょうか?!」


 妄想に走っていたところを現実に引き戻される。


「うちの子の番って、もう終わっちゃった?」

「いえ、まだです! この場所にいれば、丁度目の前を通過しますよ! 有紗さんにお姉様がいたとは知りませんでした! 僕、椎名佑紀と言います! よろしくお願いします!」


 将来を見据えて今のうちから礼儀正しいアピールをしておこう。


 俺、近しい人には礼儀悪いで有名だけど、今日から言葉遣いやら何やら色々見直していこうと思う。


「あらやだぁ、お姉様だなんてお上手ねぇ! 有紗の番はまだ終わってないのね! 教えてくれてどうもありがとう!」


 有紗のお姉様はそう言ってニコッと微笑み、グラウンドに目を向けた。


 ……遂にモテ期到来!



□□□



 あと少ししたら、今年の体育祭での私の出番は終わる。


 元々運動は半端じゃなく苦手だから、運動会で足を引っ張らなかった過去はないし、楽しいと思えた瞬間だって一瞬もなかった。


 そんな私のこれまでの運動会、体育祭と比較しても今年は今のところ最低。


 こんなにもつまらない、というよりも嫌な思いをしたのは初めてだ。


 これまでは足を引っ張ったって誰も文句は言わなかった。

 だから嫌な思いをしたりはしなかった。


 でも今回は違う。

 って言っても、足を引っ張っている事に文句を言われているわけでもないけど。


 それでも、酷い目にも遭わされたし、そんなのは知らない人達からあれこれ言われたりもしている。


 本当に、辛すぎて心も壊れかけた。


 けど、もうそんなのはどうでも良い。


 理解してくれている人だっているから。


 手を差し伸べてくれた人がいるから――。


 悔いのないように楽しめって言ってくれた。


 最後くらい、笑って終わってくれと指切りを交わした。


 今からは、私は私の為に走るんだ。


 私自身、笑って今日を終わりたいから――あいつとの約束を果たしたいから。


 ポケットに忍ばせてある、あいつから預かっているお守りを握りしめ、私に向かって走ってくるはるちゃんに目を向ける。


 現在のクラスの順位は一位。

 二位とは多分二十メートルくらい? の差を付けてる。


 まぁ、普通に考えたら楽勝で抜かされる距離よね。


 何かの間違いで、抜かされずに済んだりしないかしら。


 まぁ何にせよ、そうなろうが抜かされようが、私は本気で走るだけ――。


「――ファイッ! 有紗ちゃん!」


 はるちゃんからバトンを受け取り、綾女に繋ぐ。


 そんな役目を私にくれたんだから気合いは入っている。


 傍から見たら走り方も変だろうけど、そんなの気にせず必死に腕を振り足を動かす。


「有紗ぁ! 椎名佑紀くんが応援してるわよぉ!」

「お、おう! 頑張れ有紗!」


 ――ママの声?!


 ……仕事のはずなのに、来てくれたんだ。


 それにあいつも、私を見てくれてる。


 あとちょっと、最後の力を振り絞るのよ! 姫宮有紗!


 今一度自分を激励し、綾女の元に走っていく。


「有紗さーん! あとちょっとです! ファイト!」


 あの綾女がこんなにも大きな声で応援してくれている。


 だから、走り、走り、走って――、


「――はいっ!」


 今年の体育祭、私の最後の種目が終わった。



□□□


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[一言] 有紗ちゃんデュフフフ
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