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44 1/100の信頼

 もうこれまで何度も思ったことだが、今日はそれ以上に異次元に可愛い。

 もう既に、アルティメット有紗も同然なのかもしれない。

 こんなにも眩しい笑顔を向けられると、目を背けるどころか逆に直視してしまう。


「見つめ合い、呼吸忘れて、昇天だ。有紗もまた、ドMに同じく、やがて天へ。陽歌、冷やかしの一句」

「――ちょっとはるちゃんっ?! みみみ、見つめ合ってなんかないんだけどっ?! それにっ! 私は呼吸してたしっ!」


 クソ陽歌……人が有紗のお顔を堪能してる時に余計なことを。

 しかも、俳句のつもりなのか川柳のつもりなのか知らねーけど、後半全く合ってねーし。

 けどまぁ、実際呼吸忘れてたからあのままだったらリアルに逝ってたわ。だから今回限り許してやろう……。


「あのぉ……佑紀さん。もうそろそろ選抜リレーの集合時間になるんですが……」

「――えっ?! もう?! まだ昼飯も食ってないんだけど?!」


 色々あり過ぎて、そんな暇無かったんだ。仕方あるまい……予選が終わったら食べよ。


「陽歌、ちょっと良いか?」

「ん? なに?」

「頼みがあるんだけど――」


 事務室の外に連れ出して用件を伝えると、陽歌はジトッと俺を見てくる。


「はぁ……わかった、わかったよ。にしても、有紗ちゃんと随分と一か八かな約束をしたもんだね。てんこ盛りにし過ぎたんじゃない? 流石の私も、まさかクラスが学年一位になる命運を握らされるとは思いもしなかったよ」


 陽歌は小さくため息を吐き、少しばかり呆れ気味にそう言った。


「命運って……なんか大袈裟すぎる気もするけど、ごめんなさい……。最後の種目、選抜リレーの前に何としてもクラスの学年一位を確定させなきゃならないのです。じゃねーと、全部の約束は守れねぇ。まぁ、確定させられなかったらクラスの学年一位は諦めるしかないんだけど……」


 先程有紗とした約束、もし全てを守り切れるわけではないとして、どれかしらを切り捨てなければならないとしたら、それは当然クラスの学年一位になることに決まってる。

 天秤に掛ければ、全部終わらせることの方が圧倒的に重要だ。


「一騎打ちに持ち込むなら余程の奇跡でも起こらない限りそれしか無いし、そうなれば選抜リレーの結果自体は全く期待できないもんね」

「そうゆうこと。だから、ハードルの決勝、できる限り良い順位を頼むわ……って、あれ? 良く考えたらそこまで大層なお願いしてるわけじゃなくね?」


 俺がそう言うと、陽歌は頬を膨らませて睨んでくる。


「やっと気付いた? どうして一位を取れって言わないかな?! 無理だと思ってるんでしょっ?!」

「え、あ、いや、その……」


 正直、流石の陽歌でも一位になるのは厳しいんじゃないかと思ってる。ハードルの決勝に進んだ人たちの身体能力とかどの程度かは知らないが、陽歌は予選六位で決勝に進んだ様だし、それ以上の順位を目指すとすれば四位辺りくらいかなぁ? と思っていた。


「ムッカつくなぁ! こうなったら何がなんでも一位……か二位か三位になってやるんだからっ……!」

「いやいやっ、そこまで言うなら一位宣言してくれよっ……!」

「……一位になれば、佑くんの助けになる?」


 陽歌は突然真剣な顔になったと思ったら、これまた真剣な声音で尋ねてきた。


「……なるよ。だって、クラスを一位にさせることは俺にはできないことだから」

「わかった。狙うよ、一位。全力で、最後まで諦めずに」


 陽歌はより一層真剣味を増した表情でそう言った。

 今日の陽歌は、何故だか頼もしい。こんなにも頼もしく思えたのは今までで初めてのことかもしれない。だからこそ、期待感が溢れてきてしまう。


「ほら、佑くん。早く行かなきゃ遅れちゃうよ。間に合わなかったら全て水の泡なんだから、ちゃんと頼むよ? まずは、何がなんでも予選突破。できなきゃ承知しないからね?」

「おっと、そうだった。んじゃ、行ってくる」


 それだけ言い残して事務室の隣、玄関で靴に履き替え、集合場所に小走りで向かう。

 予選八位のギリギリでもなんでも構わない。陽歌の言う通り何としてでも決勝に進む必要があるのだから。進めれば道が開けて、進めなければその逆、やっと見つけた一つの道が塞がってしまう。


 リレーだから俺一人の力でどうにかできることでもないが、他のメンバーを信じて、予選八位以内になれることを願おう。



※※※※※



「ナイスラン、涌井」


 アンカーとして走り終えた涌井に駆け寄り声を掛ける。


 男子選抜二百メートルリレー予選が終了した。

 二岡のチームは一組目で余裕の一着。対する俺のチームは二組目で四着。

 二走の俺が五位から三位に押し上げたのだが、三走目でまたもや五位に転落。アンカーの涌井が一人抜き、最終的に四位でフィニッシュ。

 二組目の四位だから決勝に進めるかは微妙なところとも考えられるが、重要なのはタイムだ。二組の予選を通して全体の八位以内であれば問題ない。


 結果は約十五分後に掲示板に張り出される。運命の分岐点となるその時間まで、今は祈ろう。


「がははっ! 一人抜かしてやったぜ」


 涌井はご満悦な様で、下品に笑っている。


「よっ! お疲れさん、二人とも」

「お、丁度良いところに。相沢、ちょっと大事な話があるんだけど――」

「――姫宮のことか?」


 大事な話と言っただけで伝わっているようだ。とは言っても、もっと細かく言うならば有紗のことだけではない。この学校そのものに関わってくることだ。


「おぉー、そういや姫宮どうしたんだ? 何かスッゲーボロクソ言われてんのがチラホラ聞こえてくんだけど」

「そうだな……中庭に移動しても良いか? そこで詳しく話すから」

「んじゃ、行くか」


 できれば周りにあまり人がいない方が良いと思い、ひとまず中庭に移動した。


 中庭に行くと、まだ橘が同じベンチに腰掛けていた。これは有難い。口で説明するよりも遥かに早く理解してくれるはずだ。


「おーい、橘。さっきの動画、まだ消してないか?」

「あっ! 椎名先輩っ! まだ消してないですよ」

「じゃあ、その動画、この二人に見せてやってくんね?」

「はい、どうぞ」


 橘はスマホを取り出し、相沢に手渡す。


「ん? 二岡と曽根じゃねーか」


 涌井が動画の再生前の画面に映し出された静止画を見て首を傾げ、間髪入れずに相沢が再生ボタンを押した。


 流れる二岡と曽根の悪意。相沢も涌井も、ただ黙ってその動画を見ている。


 動画が終わり、相沢が橘にスマホを返す。


「まぁ、弥生から色々聞いてたから知ってはいたが、どちらにせよ気分は悪いな」

「何っだよこれっ……! それで何で姫宮があんな言われ方してんだっ……?!」


 相沢は完全に理解したみたいだが、涌井には補足説明する必要がありそうだ。


「簡単に言うと、二人三脚で転んだのも、長縄で最初全然跳べなかったのも、仕組まれてたことなんだよ。それで、騎馬戦でも何かしらの方法で有紗に擦り傷を作らせて、曽根が付き添いで水道までついていって、隣の蛇口から水をぶっ掛けたってところだろ。で、体操着から下着が透けて超ピンチのところに颯爽と超人気がジャージや絆創膏を持って登場。それを拒絶した有紗のことが女子どもは気に食わないってわけ。男子も男子で、こればっかりは有紗の味方ができないっぽい」


 終盤は耳に入った会話からの予想だが、恐らく間違ってはいない。

 言葉にして説明してみると、改めて奴らの非道さを痛感する。


「ひでぇ……そこまでやるなんて思いもしなかったぞ……」


 動画を見ずに説明したんだったら、俺の口から出任せと思われる可能性も少なからずあったかもしれない。だが、今の説明の前に動画を見たことで涌井にも理解できたようだ。


「だから、二人に頼みがある」


 しっかりと二人の顔を見てから深々と頭を下げる。


「言ってみ」


 相沢からの続きの促しとともに顔を上げ――。


「たった一つだけ、この状況を打破する方法を思い付いた。バカだから、これしか思いつけなかった。けど、この方法に全てを賭けたい。聞いてくれ――」


 ――思い付いたある方法を、包み隠さず全て話した。


「――という方法なんだけど……。特に、相沢に関してはリスクが高いのも承知してる。でも、それでもっ……! 協力してくれ。頼む、二人とも」


 もう一度、深々と頭を下げる。

 この方法は俺一人でできるものではなく、誰かに助けてもらわなくちゃ実行に移せない。その中でも、俺と同じチームかつアンカーということになっている涌井の協力と、二岡と同じチームにいる相沢の協力が不可欠だ。


 相沢に頼んだことに関して言えば、二岡チームにいる相沢以外の他の誰かに頼んだとしても同じ内容なのだが、その他の人たちが協力してくれるわけもないし、この作戦を企てていることもすぐに二岡の耳に入ってしまうだろう。だから、相沢にしか頼めない。


 涌井も同じだ。アンカーという立場になっている涌井だからこそ俺から頼まなければならないこと。こちらに関して言えば、アンカーが別の誰かだったとしても多少強引にでも頼み込んでいたのだが、頼みやすい涌井で助かった。


「言ったろ。俺は何があってもお前の味方だ。椎名、俺はお前を信じてる。だからその役目、引き受けた」

「――っ?!」


 相沢なら協力してくれることくらい、わかってはいた。それでも、そんなことを知っていても、今この場で面と向かってこんなことを言われたことが凄く嬉しい。


「なぁーに、仮に失敗しても痛くも痒くもねーさ。な? 涌井」

「おうよっ! そもそも俺ら、忘れてたけど地獄にいるような立場なわけだしなっ! その賭けに乗れば、地獄から出られるかも知れねーわけだろっ?! そんなんサイコーじゃねーかっ!」


 二人の軽いノリを見ていると、何故だか肩の力が抜けてきた。もしかしたらその為に二人ともこのノリをしてくれているのかもしれない。いや、涌井に関しては多分そもそもこれが平常運転な気もするけど、それでも良い。


「ありがとう、二人とも。期待しててくれ」


 俺がそう答えると、相沢も涌井も、それから橘も口元を緩めた。

 こんな綱渡りに付き合ってくれる友達がいることに幸せを感じてしまう。


「あれ? でもよ、その動画、そのまま放送かなんかで流しちまえば二岡潰せね? 司会席行って流してもらえば――」

「――あっ」


 涌井が思い付いたようにそう言うから、逆に思い付きもしなかった俺は、何でそんな簡単な事も思い付けなかったのだろうと自分の頭の悪さに呆気に取られた。

 てか、涌井でも気付けるのに俺には無理って……。


 けど、それには一つ大きな問題があると思う。

 動画が知れ渡れば、花櫻内で有紗は一瞬でもイジメのようなものを受けた過去があるというレッテルが広まってしまう。

 親世代にまで知れ渡れば、今日は来ていないらしいが有紗の親の耳に入るのも時間の問題だ。

 有紗だって、自分の親にそんな心配は掛けたくなんか無いはずだ。

 雪葉さんとかの他にも、こんな事があったくらいには知っている人もいるかもしれないが、それでも暗躍がある事に気付いているのは雪葉さんくらいだと思う。


 まぁ、渚沙が母さんとかに言っちゃってたらまだもう少し数は増えてしまうけど。


 だから結局、その方法を採用するわけにはいかない。

 何より、もうとっくに決めたから。

 約束したから――。

 

「ダメですよ椎名先輩。この動画は今消します。芽衣は、椎名先輩たちなら機械の力に頼らなくたって、必ず勝てると信じてますから――」


 そう言って橘は最後に微笑んだ。


「分かってるよ。その動画は消しておいてくれ。悪いな涌井、このわがままだけは聞いてくれ」


 俺がそう言うと涌井は微笑した。


「さっきの方法を言いながらも、こんな事を思ってたんだよ。その瞬間を、この目で見てみたい、ってな。だからとことんやれや、椎名。俺もお前を信じてる」


 確かに二岡はほとんど全ての生徒の信頼、信用を持っている。

 けど、この信頼、信用だけは二岡に無くて俺が持つもの。


 花櫻学園全生徒約千人の内の、ほんの一握り。


 二岡の1/100にも満たない。


 けど、負ける気はしない。今の俺にはそれだけあれば充分だ。


「改めて、ありがとな、二人とも。それと、橘も。……んじゃ、ちょっくら飯食ってくるわ」


 まだ昼食を食べていない。事務室に弁当も置いてきてしまった。


 戻り際に掲示板を確認していきますか。


 と、掲示板に向かって歩き出した。


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