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43 強く芽吹く音

「うっはっ! 流石事務室、超涼しいわぁ。クソ暑い外とは大違いだな。……ん? お取り込み中でした?」


 ガチャッというドアの音が聞こえたと思ったら、謎にテンションの高い椎名が室内に入ってきた。その後ろから綾女に弥生と続いて入ってくる。


「別に。もう終わったよ。でもさぁ、ノックぐらいしてくれるかなぁ? 私たちが着替えてたらどうしてくれるわけ?」

「実際着替えてなかったわけだし、結果オーライってことで――」

「――出てけヘンタイッ!」


 屁理屈を言い出す椎名をはるちゃんが一喝した。


 そんなことよりも、私はどうしたら良いのか。その答えは簡単だ。さっきはるちゃんにも言われたこと。

 ちゃんと声に出して伝えなければならない。


 けど、多分椎名にも私の心の叫びは伝わってて、だからさっきは私の腕を掴んできたわけで、素直になれなかった私はそれを手放しちゃったわけで……それでいてやっぱり私を助けなさい、なんて都合が良すぎはしないかしら……。


 あぁーっ! もうっ! どうしよどうしよどうしようっ……!


「……え? なに? どしたの? 首をブンブン振っちゃって……結んだ髪が陽歌の顔にペチペチ当たってるけど、新技? ツインテ往復ビンタって名前はどう?」

「――なっ?!」


 ふと我に返ると、目の前ではるちゃんがニッコリ笑っていた。


「有紗ちゃん、さっきの仕返しかな? それから佑くん、ネーミングセンスないから受精前からやり直してきて」

「過去史上最高に色々酷いな、お前……。受精前とかもはや俺が生まれる可能性無くなる気しかしないんだけど?!」

「受精前ってことは佑紀さんのお母様とお父様があんなことやこんなことをっ……!」

「おい、そこのヘンタイ……うちの母さんと父さんで変な妄想するなっ! 吐き気がするわっ……!」

「――えぇっ?! へ、ヘンタイって私に言ってますかっ?!」

「そうだけど……」

「やれやれ……」



 ……私は今、一体何を見せられているのか。はるちゃんにツインテ往復ビンタをしてしまっていたから焦っていたのに、そんなこと無かったかのように謎のコントが繰り広げられているし、弥生も普通に呆れている。


「はぁ……まぁ、何はともあれ少しは元気になったみたいで良かったわ。で、リレーは出られそうか?」

「あっ……」


 私にはまだ出場種目がある。クラス対抗リレー、私は曽根紫音からバトンを受け取ることになっている。

 それ自体はまた何かされるかもしれないと思うとめちゃくちゃ怖いし、今の私は謂わば女子の敵みたいなもので、男子のロクでもない妄想の対象に違いないから、そもそもグラウンドに出ること自体が怖い。


 それでもやっぱり――。


「そ、外には出たくない……けど、今日までの特訓も無駄にしたくない……。だって、ホントに必死に練習したから、最後くらいその成果を出したいっ……!」


 ――綾女の為に、信じた道を突き進んでみたい。


 本当に素直に、自分の気持ちを口に出していた。


「……色々、俺は勘違いしてたみたいだわ。正直、有紗が体育祭でどれだけ頑張ったところで、どうせクラスの結果は全部二岡の手柄になるんだし、杠葉さんの為になんかこれっぽっちもならないと思ってた。でも、違ったみたいだ」


 椎名は、私が考えもしていなかった視点から見ていたみたいだ。

 確かに、言われてみれば間違いなくそうだと言える。クラスの誰がどんな結果を出そうがそれは二岡の手柄になる。だから私がどれだけ頑張ったって綾女の為にはならない。


 それでも椎名は今、その事実を否定してくれた。


 どうして? 同情とか、優しさとかそんなのはやめてほしい。変に期待させるのはやめてほしい。

 もしそうじゃないなら、その理由が知りたい――。


「有紗が杠葉さんの為に体育祭に向けて必死に頑張る姿とか見てなかったら、きっとこんなにも本気にはなれてなかったかもしれないから。有紗がここにいるみんなを突き動かしてくれたんだ」


 そう言って椎名はポケットから何かを取り出し――。


「リレーの走順は曽根にバレないように直前に入れ替えといてやる。俺と交代だ。陽歌からバトンを受け取って、杠葉さんにバトンを繋げ。それからこれを預けとく。渚沙曰く健康祈願らしいから、転んだりせずに無事に走れると思うぞ。てか、このお守りの効果って健康祈願であってるの? 杠葉さん」


 ――いつも肌身離さず持っているお守りを握らせてきた。


「はいっ! あってますよっ! ちゃんと説明してませんでしたね……」


 綾女が椎名からの質問にすぐに答えた。


「覚えてるか? 前に俺に体育祭で二岡を倒せとかどうとか言ってきたよな?」

「そんなことも、言ったわね……」


 どうしてか、私の中に期待感が溢れてきてしまう。


「あの時は、ぶっちゃけやる気なんて無かったんだよね。だから、約束したつもりもなかった」

「――なんでよっ! ちゃんと指切りまでしてあげたじゃないっ!」


 それをこの男ときたら、『約束したつもりもなかった』ですって?! 

 じゃああの指と指の絡み合いはなんだったって言うのよっ!


 そんなことを思っていた矢先、あいつの左手の小指が私の小指に絡んできて――。


「だから、今度こそ約束だ。今日、全部終わらせてやる。どんな形でも絶対にっ……! 有紗に向けられてる視線も、もっと衝撃的な瞬間を用意してできる限り逸らしてやるっ! それでいてクラスも学年一位になるようにしてやるっ! だから有紗も、最後の種目くらい笑って終わってくれ」


 ――新しい約束で上書きしてきた。


 あの時と同じだ。僅かに、ほんの僅かに心臓が跳ねるのを感じてしまった。


 何かが芽吹いたような音、それも、以前よりも強く――。


 あの時は翌日のバーベキュー中の検証で誤魔化せたけど、今回も誤魔化せるのだろうか。


 『何か』の正体がボヤけてくれているままなら、きっと大丈夫。

 その正体に気付いてしまうわけにはいかないから。だって、それじゃ私は綾女と同じ人を――。


 それに、顔は普通、学力は皆無、口は悪い、だらしない、ちょいエロ男よっ?!

 私に限って、そんなまさかね……。


「えっと、あのぉ……」

「――えっ?! あぁ、うんっ!」


 そんなことを考えてる場合じゃなくて、私からもこの約束に応えなきゃいけない――。


「ありがと……約束よ、絶対だからね?」


 ――心からの願いを、繋がった左指に乗せて、彼に届くように。



□□□


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