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42 七年の時を経て

□□□



 「未来さん、雪葉さん、五分くらい外に出ててもらえませんか?」


 有紗ちゃんを強引に事務室に連れてきて着替えさせたけど、私はまだ肝心なことができていない。

 だからあやちゃんと弥生ちゃんには佑くんを探しに行ってもらった。後はこの二人にも今は空気を読んでほしい。


 「しょうがないなぁ。じゃあ雪葉ちゃん、ちょっとだけ出ましょうか」


 未来さんが雪葉さんを連れて事務室から出てくれた。


 これから私がやらなきゃいけないこと。

 その為にソファーを立ち、向かいのソファーに座る有紗ちゃんの横に立つ。


 私だって怖い。だって、今からの私の行動で高校入学からのそれなりの関係に亀裂が入るかもしれないから。もしそうなれば、もう昔以上の関係になんて戻れないかもしれない。


 でも、やるんだ。私自身、前に進む為に。

 有紗ちゃんを救う手助けを少しでもできるように。

 また、有紗ちゃんが、心から笑えるように――。


「有紗ちゃん」


 名前を呼び、振り向いてくれたその瞬間――。


 思いっきり、その頬に平手打ちをした。



□□□



 乾いた音が、室内に響いた。左頬がヒリヒリする。何が起こったのか理解が追い付かない。


 どうして私ばかり、こんな痛い思いをしなければならないのか。

 どうして誰にも、私の声は届かないのか。

 どうして助けてと何回叫んでも、誰にも聞こえてくれないのか。


 顔を上げると、はるちゃんが憎しみを向けるような表情で私を見ていた。


 こんな表情を、三回だけ見たことがある。


 一回目はいじめが始まったあの日、恐怖からはるちゃんを見捨てた時。


 二回目は別れの日、はるちゃんが転校すると先生から聞いてマンションまで駆けつけたものの、引越しの準備は既に終わり、車に乗り込むはるちゃんをただ呆然と眺めていた時。


 三回目は再会の日、花櫻の入学式が始まる直前、体育館の外でバッタリ出会して当たり障りのない会話をした後、体育館の階段を上りながら後ろにいるはるちゃんに振り返ってしまった時。


 そして今、四回目の憎しみが私に向けられている。


 わかってた。私の叫びなんて、誰かに届いて良いものなんかじゃないことくらい、理解していた。

 私にはそんな資格無いことくらい、気付いてた。


 これからはるちゃんに何を言われても、仕方のないことなんだ――。


「――ずっと、恨んでた。今日までの七年、あの日を忘れたことなんてなかった」

「――っ?!」


 あの日以来、花櫻で再会してからもお互い口を閉ざし続けてきた過去が、はるちゃんの口から私への恨みとともに姿を現す。

 恨まれてたなんて、当たり前のこと。それでもやっぱり、いざ面と向かって言われると胸が締め付けられてしまう。

 動悸が激しくなり、息も苦しくなってくる。


「あの時はホントに大っ嫌いになったし、もう一生口だって聞かないって思ってたっ……!」


 長年仕舞い込んでいた憎悪を解放するかのように、はるちゃんは声を荒げた。


「なのにまた私の前に現れてっ……! 話しかけてきてっ……! バカ有紗っ! アホ有紗っ! 弱虫有紗ぁーっ……!」

「はる、ちゃん……?」


 いつぶりだろうか。小学三年の頃以来か、はるちゃんから私にストレートに毒が放たれ、妙な懐かしさを覚えてしまう。


「でもね――」


 はるちゃんは私をいきなり抱きしめてくる。


「――もう、良いんだよ。一年間、見てきたから。あの時のことを悔やんでくれてるの、知ってるから。もう繰り返さない為に強くなろうとしてたの、気付いてるから――」

「――えっ?」


 今日は枯れないみたいだ。また、涙が流れてしまう。でも、さっきまでとは違う涙。これは、決して悔し涙なんかじゃない。


「悔しくて、悲しくて、辛いのはわかるし、助けてほしいって思ってるのもわかってる。けど、私と同じ過ちを繰り返さないで、有紗ちゃん。ちゃんと声に出して、言葉で言わなきゃホントは聞こえないものなんだよ?」


 あの時の私には、はるちゃんが助けてって心の中で叫んでいたことくらいわかってた。でも、それができず逃げ出した。

 なのにはるちゃんは、私の心の声を聞いてくれている。こんな私に、寄り添ってくれている。


「ごめんね、はるぢゃん……わだじ、わだじ、ごめんなざいっ……! ぎょうまで謝れなぐで、あのどぎ逃げ出しぢゃっで、ごめんねっ……」


 いつの間にか、そんなことを口にしていた。言おうとしても七年も動いてくれなかった口が、やっと動いてくれた。

 やっと、謝れた。やっと……素直に言えた――。


「言ったでしょ? もう良いって。それから、私もごめんね。さっきほっぺた叩いちゃって」


 はるちゃんが先程叩いた私の頬を摩ってくれる。


「全然……! 何なら、もっと叩いてくれて良いくらいよっ?」

「じゃあ遠慮なく――」

「――あわわっ! や、やっぱ今の無しっ……!」


 日頃あいつへのドSっぷりを見ているというのに私は忘れていたとでもいうのか? いや、忘れてない。昔は私に対しても結構なSだったじゃないか。

 久々に向けられるのは嬉しいと言えば嬉しいけど、叩かれるのは痛いからやっぱ別のSでお願いします。


「あははっ! やっと笑ったねっ!」

「あっ……」


 全く気付いてなかったけど、確かに今、私は笑っていた。今日ここまでの時間で、今のやりとりが一番楽しかった時間だったんだ。


 だからこそ思う。

 本当に長い時間だったし、決して短くなんてなかった。


 それでも、やっと言えたから――七年の時を経て、はるちゃんと私の関係は、また一歩ずつ進んでいけるんだ。


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