39 向けられた悪意②~虚しい音
第二体育館付近にやってきたのだが、丁度第二体育館横から二岡が出てくるのが見え、すぐに物陰に隠れる。
そのまま二岡はグラウンド方面に向かって歩いていく。
遅かったか……いや、でも一人? だったら裏のトイレに行っただけなのか?
とりあえず、次に何か企ててやがる場合の収穫は得られなかった。それならそれで仕方ない。
そもそもの方法を考える為に体育館の入り口の扉に腰掛ける。
「あれ? 椎名くんじゃん。どうしたの? こんな所に一人で」
考えようと思った矢先、体育館横から曽根が現れた。何食わぬ顔で話しかけてくるから凄く腹が立つ。
「曽根こそこんな所に一人じゃねーか。何してんの?」
「そ、それ聞く……? トイレだよっ……! トイレっ! ここら辺、今日は人がいないからトイレも空いてるのっ!」
正直、曽根がトイレに行っていようが行っていなかろうがそんなことはどうでも良い。そもそも、俺が聞きたいことはそんなことではない。
「随分と詳しいんだな。ここら辺が今日、人気がないことに」
「見ればわかるでしょ? 現に、私と椎名くんしかいないじゃん」
今は、の話だけどな。
「今さっき二岡も見かけたけど? まさか二人で密会ですか?」
「へぇ~、真斗もいたんだ。トイレにでも行ってたんじゃない?」
どこまでもシラを切り続けるつもりらしい。だったらこっちからぶっ込んでやろうじゃないか。
「テメェら、何が狙いだ? どうして有紗をあんな目に遭わせやがった」
「……なぁーんだ。気付いてたんだ、キミ。でも、『テメェら』はちょっとハズレ。全部わたしが立てた天才的計画なのでしたぁ! それも大成功っ! キミに気付いてもらわなきゃ意味も無かったからねぇ!」
俺が理由を尋ねると、曽根は途端に真顔になり――すぐにムカつく程の満面の笑みを浮かべそう言った。
「俺が気付かなきゃ、意味が無いだと……?」
一体こいつは何を言ってやがる。普通何かを企てる場合、敵に気付かれないようにやるものだ。なのに、気付かれなきゃ意味が無いだと……?
「キミってホントバッカだよねぇー。わたしを家に上げるのを躊躇ったくせに結局オッケーしちゃってさぁ。家の中でも何かコソコソしてたけど、どーせ誕プレ防衛でもしてたんでしょお? 残念、わたしの狙いは最初から姫宮有紗なのでしたぁー!」
それに関しては橘から動画を見せてもらった後に気付いた。自分でもバカだとは思う。
「その後もホントバカッ! 林間学校でのことをちょっと申し訳なさげに謝っただけで簡単に許してくれちゃってさぁ! それでわたしに対する警戒心が薄くなったキミは、わたしが姫宮有紗と個人種目に出ることを当たり前のようにオーケーしちゃってっ!」
違う。許してなんかいない。形だけ許しただけのこと。だが、その後の弥生日和でのやり取りで体育祭において俺に対して何か仕掛けてくるような感じでもなかったから、警戒心を少し薄めたのもまた事実。
「最初から一位取らせる気なんて無いっつーのっ! つーかキミ、よくも長縄では邪魔してくれたよね。あの時には気付いてたのかなぁ? ホントは騎馬戦かリレーで気付いてもらう予定だったんだけどぉ。あ、でも違うかぁ。だって騎馬戦は上手くいったもんねぇ! てことは騎馬戦?! 騎馬戦で気付いてくれたの?!」
放課後に加え休日まで一緒に練習してたわけだから、流石に本気で一位を取らせたいと思ってくれているもんだとばかり思っていた。
本気で長縄を沢山跳べるようにしてやりたいと思ってくれているもんだとばかり思っていた。
本当でリレーでも活躍してほしいと願ってくれているもんだとばかり思っていた。
でもそんなのは俺の思い違いで、実際はそうではなかった。
そこまでしてまでこいつがしたかった本当の狙い、それは一体何なのか。
「わかってるぅ? これって全部、キミが最初から最後までわたしを警戒してさえいれば防げたことなんだよぉ? 林間学校でわたしとの間にあったことをどうやら誰にも言ってないっぽいけど、あの三人に話していれば防げてたんだよぉ? 藤崎のクソがキミをわざわざ体育祭クラスリーダーにしやがったわけだから、最悪わたしを家に上げたことを踏まえても防げたことなんだよぉ? なのにキミはそれができなかった。とんだ無能だねぇ」
言われなくてもわかってる。全部全部俺のミスだから、今という状況が生まれてしまった。無能であることも否定しない。
だから教えろ――。
「――最初の質問に答えろやっ! どうして有紗をこんな目に遭わせやがったんだって聞いてんだよっ!」
――テメェの真の目的を。
「……絶対に許さない。必ず潰してやる」
「――っ?!」
「キミにそう、言わなかった? わたし」
これまで何度か頭の中を過ってきた、曽根紫音に林間学校で言われた言葉。それが再び、俺に向けられた。
あの時と違い、今回は脳を揺らしてくる。
寒気、吐き気、震え、色んな負が俺を襲う。
やっとわかった。いや、最初からわかっていたことで、いつの間にか無いものだと勝手に決めつけていたんだ。
曽根紫音にとって姫宮有紗を狙ったことなんて手段に過ぎない。
他ならぬ、俺を潰す為の手段に過ぎなかったんだ――。
「どうかな? 砕けてくれた? キミの心。仲良しの姫宮有紗が壊れて、キミの心も、砕けてくれた?」
俺がこいつの恨みを買ったから、そのせいで有紗が狙われた。その事実が俺に重くのしかかる。
曽根紫音の恨みを買わなければこんなことにならなかった。
曽根紫音と知り合うことがなければこんなことにならなかった。
俺がこの学校に転校して来なければ、こんなことにならなかったのに――。
「うんうん、聞こえるよ、キミの心が砕けた音がっ! わたしからの一ヶ月遅れの素敵なプレゼント、ちゃんと届いてたみたいだね! だから今日は大満足だよ。あ、言いそびれてたけど、わたしは優しいから今後余計なことさえしなければ今回限りにしてあげるからね。でも、間違って立ち直ろうものなら次は別のものを壊してあげる。よーく覚えといてね。じゃ、わたしは行くから」
曽根が言い残していった、さっそう脅しとも取れる言葉の追撃が、俺の胸をさらに締めつけてくる。
『別のもの』とは一体何を指し示す?
杠葉さんか? だが、今回の件で杠葉さんも相当な精神的ダメージを負っている。そこに更に追い討ちをかけようとでも言いたいのか?
陽歌か? 陽歌だって、友達の有紗があんな目に遭わされて気が気でないはずだ。一見、冷静そうに見えるがそれはあくまでフリであって、心に傷を負っているのは間違いない。
それとも、他の誰かなのか――?
俺はただ、花櫻学園に転校してきてそこにいた杠葉綾女や姫宮有紗と友達になっただけ。御影陽歌に至っては小学生の頃からの付き合いだ。
それもあって、俺は杠葉綾女を取り巻く環境を彼女たちから耳にしそれを信じ、曽根はそれが気に入らずに俺に勝手な恨みを持っている。
彼女たちと友人関係にあること自体を否定されている気がする。意味のないこと、それ以上にマイナスしか生まないと言われている気がする。
俺と関わったからあんな目に遭わされた、これからあんな目に合わされるかもしれない。
何とも言い難い虚しい現実。何故なら、俺にとってはもう、花櫻学園での生活には彼女たちは欠かせない存在なのだから。
俺に恨みがある、ただそれだけの理由で曽根は有紗を壊し、それだけじゃ飽き足らず俺の周りの人を壊そうっていうのか……?
自分の招いた現実に虚しさを感じているはずなのに、頭と腕に力が入っている。
曽根への怒りと、自分自身への怒り。二つの怒りが冷静さを奪っていく。
「――ざっけんなっ!」
右拳に痛みが走る。
体育館の扉から響いた音もまた、虚しい音だった――。




