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36 無慈悲に響く号砲/守るじゃなくて、救う為に

「なんだこれはっ……」


 橘から見せてもらった動画。二岡と曽根の計画。それは、明らかに有紗を狙ったものだった。


 恐らく、全てはあの大雨の日から始まっていたこと。

 曽根を警戒し、貰った誕プレ死守に全ての神経を注いだあの日。まったく意味のないことだった。だって、曽根の狙いは最初から誕プレなんかではなく、有紗だったのだから。


 全部俺の責任だ。二人三脚で転んだことも、長縄で空間が狭くなっていったことも、全部っ……!


 俺は大馬鹿者だ。藤崎先生に曽根が何か企んでいたらの場合に備えて体育祭クラスリーダーに任命してもらったというのに、曽根が俺を狙っているわけではないと思った瞬間に警戒心を少し薄くして、それ以外のことなんて考えてさえもいなかった。


 日頃から仲良さげにしか見えなかった。平日は放課後二人で残って練習して、休日さえも早朝から練習しているところを目撃した。それで俺は、曽根は有紗と本気でもっと仲良くなりたいんだと思って更に警戒心を薄くして。


 『……絶対に許さない。必ず潰してやる』


 何度も脳裏を過ったではないか。椎名佑紀、お前はわかっていたんじゃないのか? 曽根が、こういう奴だってことを――。


 例え曽根の狙いが俺ではなかったとしても、その事実を理解しているのなら最警戒態勢で相手にしなきゃいけない存在に他ならない。


 目に映る側にだけ捉われた結果が招いた現実。有紗の努力が次々に無駄になっている。


 俺はバカか? 何度自問しても同じ答えにしか辿りつかない。

 俺はバカだ。遅くとも、二人三脚の時点で気付かなければならなかった。いや、やはりそれでも遅すぎる。


 結局、知っていたのだからあの大雨の日に何としても曽根が家に来るのを防ぐべきだったんだ。

 いや、それでも翌日だったり、またその翌日だったり、曽根の有紗への接触は必然だったのだろう。


 だから、ちゃんとみんなに伝えるべきだったんだ。

 自分の為に渚沙だけに伝えるのではなく、みんなの為に林間学校での出来事を、伝えるべきだったんだ――。


 俺がそれをしなかったから、有紗の努力が無駄になっている。


「――ふざけんなっ!」


 自分への怒りが声となって出てしまう。


「し、椎名せん、ぱい……?」


 橘の不安げな声で我に返る。


「あ、すまん……。橘、これ持っててくれ」


 橘のスマホを返し、そのまま自分の鞄も渡す。


「じゃあ、行ってくる」

「――で、ですがっ! もう女子の騎馬戦はとっくに始まって……」

「わかってる。でも、まだ騎馬戦では何も起こってないかもしれない。だから、行く」


 橘にそう告げて、今来た道を走っていく。


 女子の騎馬戦は既に始まっている。もう、何かが起こってしまったかもしれない。でも、まだ何も起こっていないかもしれない。


 僅かでも可能性があるなら、騎馬戦に乱入してでも止めてやる。曽根と二岡、お前らの好き勝手にさせ続けたりなんて絶対にしてやらねぇ。


 そんな俺の思いも、グラウンドが見えた瞬間に響いた号砲が無慈悲に打ち消してきた。

 騎馬戦の終わりを告げる音。聞こえてしまったからには何事もなく無事に終わってくれていることを願うしかない。


「あれ……? 椎名っち? どうしたの? そんなに怖い顔して」


 グラウンドに出たところで春田と反町姉に遭遇した。悪いが質問に答えている暇はない。逆に俺から聞きたいことを優先させてもらいたい。


「――き、騎馬戦っ! 何か問題とか起こらなかったかっ?!」

「え? 別に普通に終わったよ?」


 春田がすぐにそう答えてくれた。


「ホッ……。ひとまず良かったか……」


 それを聞いて心底安心した。


「あ、でも私たちの騎馬がやられた瞬間、御影さんが血相を変えてどこかに走り出して、その後を杠葉さんが追っていったけど、何かあったのかな?」

「――っ?!」


 反町姉の言葉が、俺の中に嫌な予感を漂わせた。

 気が気ではなく、急いで陽歌たちを見つける為に周囲を見渡すと、メイントラック側に多くの生徒が集まっているのが目に入った。


 キャーキャー騒ぎ声が聞こえてきたり来ている。間違いない。あそこに二岡がいる。


 となると、恐らく――。


 こうしてはいられない。何か考えがあるわけではないが、足が勝手に走り出していた。


「――ちょっと! 椎名っちっ! 結局何なのよもうっ……!」


 後方から春田の叫び声が聞こえるが、今はそれに反応している余裕はない。


 大急ぎで、水道付近だろうか? 恐らく三人がいるであろう場所に向かった。



□□□



「有紗ちゃんっ……!」


 見るに耐えない、まるで昔の私を見ているかのように感じてしまう。

 膝と肘に擦り傷を作り、髪から靴までびしょ濡れの姿。周囲の野次馬から向けられる、どうしようもないくらいに腐った視線。


 私の声に有紗ちゃんからの反応はない。


「お、おいっ……。誰かジャージとか持ってないのかよ……?」

「持ってるわけねーだろ……。こんなクソ暑い日に」


 唯一の救いは、いやらしい視線を向ける男子たちの中にも、あの時の私の場合とは違って有紗ちゃんを気に掛ける声も聞こえていること。

 でも、彼らにも今の有紗ちゃんを救う手立てはない。それもそのはず。今日は百パーセント晴れ。それに加えてこの猛暑なんだから、都合良くジャージとかの羽織る物を持っている人なんていないと思う。


「――はぁ、はぁ……。やっと追いつきましたよ。何かあったのです――えっ? 有紗、さん……?」


 私の後を追いかけてきていたらしいあやちゃんもこの場に来てしまった。

 有紗ちゃんの姿を見て、あやちゃんはすぐに駆け寄った。


「有紗さん、何があったのですか……?」


 あやちゃんの問いにも、有紗ちゃんから言葉は返ってこない。


「紫音さん……、何があったか教えてもらえますか?」


 有紗ちゃんのすぐ近くにいた曽根紫音に、あやちゃんは恐る恐る尋ねている。


「あー、何か水道の調子が悪かったみたいで、いきなり水が噴き出しちゃってさ」


 曽根紫音は当たり前のようにそう答えたけど、絶対に嘘だ。犯人は間違いなくこいつだ。


「と、とりあえず移動しましょう? 有紗さん」


 有紗ちゃんの顔は水道側に向いているから、どんな表情をしているのかは見えないが、予想はできる。きっと、あの時の私みたいな感じだと思う。

 失意、諦め、絶望、色んなものが混ざった表情。


 あやちゃんが有紗ちゃんの腕を掴むと、有紗ちゃんも無言だけどゆっくりと立ち上がった。


 私は一体、ここまで来て何をしているのだろうか。

 わかっている。私だってあやちゃんみたいに有紗ちゃんに駆け寄らなきゃいけない。

 なのに、私のせいでこうなってしまったと考えれば考えるほど、一歩も足が動かなくなってしまっている。


 これでは、あの時とほとんど同じだ。そう、立場が逆になっただけ。だから、今の私には有紗ちゃんを責める権利なんてない。


 私は、有紗ちゃんには恨み事をぶち撒けなきゃ気が済まない。あの時感じたことを全部ぶつけてスッキリしなくちゃ昔以上の関係になんてなれっこない。


 だから、今踏み出さなくてどうするの? 御影陽歌。


 意を決して足を一歩踏み出した時――。


「どうしたんだい? こんなに集まって。……ん? びしょ濡れじゃないか姫宮っ……! それにまた擦り傷を? 良かったらこれを使って」


 ――タイミングでも図ったかのように二岡真斗が現れた。右手にジャージを抱え、左手には消毒液と絆創膏を持っている。

 簡単に悟った。全てはこの男の手のひらの上で動いていたのだと。


「あ、ありがとうございます二岡さ――」


 二岡真斗からジャージと消毒液に絆創膏を受け取ろうとしたあやちゃんの手が止まった。


「――どうして、どうしてなんですか……?」


 間違いない。あやちゃんは気付いたんだ。


「ん? 何がだい?」


 二岡真斗は素知らぬ顔で逆に問う。


 あやちゃんは悲しげな表情を浮かべ――。


「どうして、都合良くこんな物を持ってるんですか……?」


 ――か細い声でそう言った。


「何が起こるかなんてわからないから、全てを想定して用意していたんだよ」


 二岡真斗が私にとっては何とも憎たらしい爽やかな表情でそう答えると――。


「キャーッ! ステキー!」

「流石二岡くんっ! カッコいいーっ!」

「やっぱ二岡は俺たちとはわけが違うなっ!」


 ――男女問わず、理解できない歓声が沸き起こった。


 あやちゃんは俯き、言葉を失っている。

 私もまた、どうすることもできない状況に息を飲むしかなかった。


「ほら、使って」


 二岡真斗はそう言いながらあやちゃんに近づき、耳元で何かを囁いた。


 途端に、あやちゃんの瞳から、涙が何滴も地面に落ち始めた――。


「彼氏の優しさに感動かぁっ!」

「良いなぁ~、杠葉さんは。二岡くんとお付き合いさせてもらえて」


 あやちゃんにとっては言われもないであろう言葉が、周囲の女子たちから投げ掛けられている。


「あんたの慈悲なんて、絶対に受けない――」


 その時、有紗ちゃんが口を開いた。


「ちょっと何よあれーっ!」

「二岡くんの厚意を無碍にするなんてあり得ないからっ!」

「お、おい……。俺たち、姫宮さんとその他凡女子、どっちの味方すりゃ良いんだ……?」

「こ、この場合は姫宮さんが二岡の配慮を無駄にしようとしてるのは事実だし……」


 すると、すぐに周囲の生徒たちから有紗ちゃんを直接非難する声、直接的ではないにしてもどちらかというと非難している声が上がり始めた。


「おいおい、みんなっ。これは見世物じゃないんだから、今は一度解散してくれないか?」


 どのツラ下げてそんなことを言っているんだ。この状況を作り出したのは、他ならぬ二岡真斗じゃないか。

 それでも、周りにいた野次馬生徒たちは指示に従いゾロゾロと下がり始める。


 そんな中、その流れとは対照的に、こちらに向かって歩いてくる人物が目に入った。


 横を見ればいつの間にか隣に渚沙がいた。


 二岡真斗と曽根紫音もまた、野次馬たちが下がり始めるのを確認し、この場を離れようと歩き出した。


 その時、渚沙が一歩、二歩と前に出ていった。怒りに満ちた表情が、彼らを捉えている。


「――待ってっ……!」


 思わず渚沙の腕を掴んでしまった。


「離して……」


 そう言われても、言うことを聞いてくれない限り無理だ。渚沙がわがままなのは当たり前に知ってるし、私はそれを受け入れている。でも、この場においてはそのわがままを聞くわけにはいかない。


「ダメ、絶対に。渚沙をこれ以上巻き込むわけにはいかない」

「でもなぎは、あいつらに一言暴言でも吐かないと気が済まない」


 その気持ちは理解できる。私だってそれは同じだから。

 だけど、それをしたところで何かが変わるわけではない。むしろ、状況は更に悪くなってしまうかもしれない。

 奴らが渚沙に牙を向けるかもしれない。それだけは絶対に、あってはならないから。


「だったら、今はその暴言、私に向けて? これは、私のせいでもあるから……」

「――はぁっ?! 陽歌ちゃんのせい? どこが? 悪いのは全部あいつらなんだよ?」

「何でかって聞かれると答えたくないんだけど……。とにかく、私の責任でもあるから」

「意味わかんない……」


 あの大雨の日以来、私が犯した過ちの数々。違った選択ができていれば、こんなことになるのを防げたかもしれない。

 でも、現実としてそれができなかった。

 私には守れなかった。友達も、昔の親友も、幼馴染も、守れなかった。


 でも、こんな私にもまだ守れる人はいる。

 罪滅ぼしがしたいとかじゃないけど、この場で渚沙を守ることができる。

 だから、渚沙には理解できなくても良い。


 本当は、佑くんが気付いてしまうのを何としても防がなくちゃいけなかった。でも、私にはそれができなくて、なのにまた彼に期待してしまっている自分がいる。


 絶対に大丈夫。だって――。


「――私のヒーローが、必ず二人を助けてくれるからっ……!」


 ――そうだよね? 佑くん。


 後ろを振り返り、こちらに歩いてきている彼を見つめる。


 『待って』

 『ん? なんだ?』

 『私は佑くんを、信じてるから』


 個人種目の待機場所に向かおうとしていた佑くんに、私は無意識にそんなことを言ってしまっていた。

 どこか期待していたのかもしれない。いや、していたんだ。今ならわかる。

 まったく、佑くんを守るとか言っておきながら、矛盾しすぎだなと自分でも思うくらいにはっきりとわかる。


 無理を言ってるのもわかってる。

 でも、この状況を何とかできるのは、彼しかいないから。彼ならきっと、二人を救ってくれる。少なくとも私はそう信じてる。


 だから私は、そんな彼を手助けするんだ。

 私自身も、有紗ちゃんとあやちゃんを守るじゃなくて、救う為に――。



□□□

今更ですが、※は場面切り替えで、□はキャラ視点切り替えです。

ちなみに、一回ずつしか使ってませんが、◇は回想で、☆は夢です。


えっとですね、第三章35話まで、会話文の直前に空白を入れてしまっていました。

随時修正していきますが、第二章までの内容修正は終わっている為、今後改稿更新されていても内容に変化はありません。第三章は表現の言い回しだったり、文構成が変わる可能性はあります。

あらかじめご了承ください。

この度は、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。


では、引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁあの動画を握ってる以上クズ2人は破滅一直線として、とうとうブチギレた佑紀がどう解決するか楽しみやね
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