第七十二話 拉致された先は
「うぅ……」
うめき声を上げながら目を開けると、そこはどこかの部屋の中だった。
内装はとても豪華で、ベッドも私が使っているような、大きなものだ。恐らく、どこかの貴族の屋敷だと思う。
私、どうしてこんなところにいるのだろう? 確か、女の子の怪我を診ていて、それがどこにも無くて疑問に思っていたら、突然口に……もしかして、睡眠薬を嗅がされた?
「あ、頭がクラクラする……でも、こんなところにはいられないわよね。早く帰らないと!」
部屋の入口から出ようとしたが、当然の様に鍵がかかっている。窓にも鍵はあるし、簡単に割れなさそうな厚いガラス板が、私の脱走を阻んでいる。
「……閉じ込められているって思えばいいのかしら?」
「その通りだ。貴様には逃げてもらっては困るのでね」
「あなたは……確か、モヴェーズ家の当主様?」
「うむ。久しいな、チュレヌス家の娘」
「……お久しぶりです、モーヴェズ卿」
部屋に入ってきたモーヴェズ家の当主様は、大きな葉巻を吸いながら、私と挨拶を交わす。
モーヴェズ家は、伯爵の爵位を持つ家だ。あまり関わりがない家だから、よくは知らないけど、当主様とは何度かお会いしたことはある。
「まさか、あなたが私を無理やりここに連れて来たのですか?」
「その通り。貴様のギルドは繁盛していて、すぐに依頼を引き受けてくれん。だから、一芝居を打ってここに来てもらったのだよ」
なにが来てもらった、よ……拉致なんて立派な犯罪じゃないの。
「それで、私にとっても素敵なエスコートをしてまで連れて来て、何をしてもらいたいのですか?」
少し嫌味っぽく聞いてみると、別の部屋に案内された。その部屋では、小さな男の子が、息を荒くさせながら眠っている。
「貴様への依頼はただ一つ。息子のマークを、一日でも早く動けるようにしろ」
「なるほど……この症状は……何かの毒物を飲んでしまったのですか?」
「の、飲んだのではない。飲まされたのだ! 最近、この屋敷に侵入した輩がいたのだ。その男が、逃げる際にマークに毒を飲ませたのだ!」
……? 貴族の家に侵入するなんて、金目の物が目当てだろうから、お子さんに毒を飲ませる必要は無いはずだけど……もしかしたら、恨みがあるどこかの家の刺客かもしれない。
この焦り方も気になるけど、私には関係の無いことだ。私がするべきことは、この子を元気にしてあげることだけだ。
「それで、息子は治るのかね! この子に死なれては、私の後継者がいなくなってしまう! それでは困るのだ!」
「……はい、あなたがなりふり構わずに、迅速に薬師を連れてきたおかげで、ギリギリまい合いそうです」
「ふんっ、低俗な嫌味など言っていないで、さっさと息子を治せ! 失敗したら……わかっているな?」
「わかってますが、その際はそちらも覚悟をしておいてくださいね。私の周りの人達は、一筋縄ではありませんから」
相手は依頼人ではあるけど、拉致して無理やり診せるような人間に、敬意をもって接する必要は無い。
それが気にいらないのか、彼は私を蔑むかのような目で見てから、部屋を後にした。
「すぐには作れないから、まずは症状を抑える薬からね」
このまま本腰を入れて解毒剤を作り始めると、十中八九間に合わない。だから、毒が広がるのを抑える薬を与えてから、本格的に作り始める。
「この注射で薬を……よしっ。あとは解毒剤を作るだけね」
今回使われたと思われる毒は、比較的簡単に手に入る。即効性は無いけど、飲んでしまうと、中々完治しないのが特徴的だ。
とはいっても、私はこの毒を完全に無毒化する方法を知っている。素材も、この家が用意しているものだけで事足りる。
「待っててね、すぐに元気にしてあげるから」
拉致されたとか、なんで毒を飲んだのかとか、言いたいことや聞きたいことはいくつもあるが、治療が先だ。だって、この子には何の罪もないもの。
「…………よし」
無事に完成させた薬を、先程と同様に注射で投与しようとすると、部屋の中に一人の男性が入ってきた。
とてもお年を召しているが、背筋はピンッと伸ばし、目もとても力強い男性だ。
「エリシア様、大変申し上げにくいのですが、坊ちゃまの治療は終わりにしてくださいませんか」
「えっ……?」
「なんといいますか……事情がありまして。もちろん、安全に元の場所にお戻りしていただきますし、その後に報復のようなこともいたしません」
「……申し訳ありませんが、あなたの言葉に頷けるほど、私はあなたに信頼がありません。それに、どこの子は私の患者です。患者は……苦しんでいる人は助ける。それが薬師です」
私は持論を展開してから、解毒薬を注射すると、患者の顔色が段々とよくなっていった。
これで、すぐにとは言えないけど、三日もあれば元気になれるわね。
「申し訳ありませんが、この家の当主様を呼んでください」
「……かしこまりました」
どこか悲しそうな雰囲気な男性は、すぐに当主様を呼びに行ってくれた。その間に、男の子はゆっくりと目を開けた。
「ここは……僕、天国に来られたの……?」
「ううん、ここは現実よ。あなたは助かったの」
「助かった……? あなた、どちら様ですか?」
まだそこまで歳が行っていないのに、とても丁寧な話し方な子だ。きっと、しっかり躾けられているのね。
「私は薬師ギルドの人間よ。あなたが毒を飲まされてしまったから、その治療を任されたの」
「そんな……では、僕は助かってしまった……??」
しまったって……どうしてそんな言い回しをするの? そう聞こうと思った瞬間、彼は物凄い形相で、私の胸ぐらに掴みかかってきた。
「ふざけるな! どうして……どうして僕を助けたのですか! どうして……僕を死なせてくれなかったのですか!!」
し、死なせてって……え……ええ……? ど、どういうことなの……?
「ぜぇ……ぜぇ……よ、余計なことをしないでください! 僕は……僕は、死にたかったのに!」
「わ、私は……ただ、あなたを……」
「出ていってください! 出ていけぇ!!」
まだ幼い子供とは思えないほど、強い殺意に気圧されてしまい、言われた通りに部屋を出ていった。
……一体、なにがどうしてこうなっているのか、全然わからない。私はただ、苦しんでいる彼を助けたくて……でも、彼はそんなのを望んでいなくて……。
「エリシア様。お分かりになられたでしょう。だから私は、お止めしたのです」
「…………」
「坊ちゃまには、私がついておりますので、主様の元に報告に向かってください。案内は、他の者にさせますので」
「…………」
半ば呆然としながら、私は若い女性の使用人に連れられて、モーヴェズ今日の元に行って報告をすると、ずっと険しい表情だった彼の顔が、少しだけ和らいだ。
「おお、そうか! 伊達に有名な薬師というわけではないな。ふむ、褒めてやろう」
「……ありがとうございます。それで、私を開放してくれるのですか?」
「当然だ。わかっていると思うが……口外は絶対にするな。それと、今回のことはすぐに忘れろ。わかったか」
「はい……」
色々聞きたいことはあったが、今の私は自分のしたことが、間違っていたのかということで頭がいっぱいになっていて、聞く余裕が無かった。
そんな状態で部屋の外に出ると、中からモーヴェズ卿の独り言が聞こえてきた。
「まったくあのクソガキめ……私に歯向かうとは、しつけが足りないようだな。今後は余計なことをされないように、地下牢に閉じ込めて鎖にでも繋いでおかないとならんな……」
「……は……? 今のって……?」
「エリシア様。帰りの馬車を用意してございますので、こちらへ」
明らかにただごとではないことが聞こえてきたのに、使用人は平然とした態度を取っている。まるで、このようなことは日常だと言わんばかりに。
――その後、結局私はそのまま馬車に乗せられてしまい、誘拐された場所で強制的に降ろされた。
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