短編 変化、その元凶
『この大陸にも「勇者」がいるんですね。わたくしたちの大陸にもかつてミリファ=スカイブルーという「勇者」がいたんですよ』
それは『魔王』の結婚式の際、仲良し決定戦の参加者にして異なる大陸から観光にやってきたシェルファという元公爵令嬢から聞いた言葉であった。
ふと、クソッタレどもの頂点に君臨する兵士長アリス=ピースセンスはそんなことを思い出していた。完全なる現実逃避である。
「ふふ、ふーふふー☆ 人間ー出ておいでー。今なら苦しませずに殺してあげるからー。出てこないならー悶え苦しんで死ぬことになるよー? だから、ねー???」
「ベタベタと穢らわしい限り。今ここに消毒しないと気が済まないと知れ」
「ミュウ様に近づくお邪魔虫はズッコンバッコンぶち殺すのっ」
魔法的に気配を殺した上で兵団所有の寂れた酒場のカウンターの裏に隠れたアリスの耳に外を練り歩く悪魔の群れの声が届く。ヘグリア国が首都の片隅、すぐそこまで脅威が迫っていた。
見つかれば、殺される。
では、なぜこんなことになった?
(あの結婚式で知り合ったミュウとちょっと酒場でばったり遭遇してぇ、話が盛り上がってぇ、これはもう朝までコースだとわっちの家で飲み交わしてぇ、気がつけば抱き枕感覚で服がほとんど脱げていたミュウを抱いて寝ていただけなのにぃ!! なんで悪魔の群れに追いかけ回される羽目になっているのぉ!?)
自業自得にもほどがあった。クソッタレの中のクソッタレは今日も平常運転である。
と。
カウンターの裏に隠れ潜むアリスの隣に気配が浮かび上がる。そう、これでも世界の命運を決する特大の闘争を生き残った実力者たるアリスが極至近まで近づかれてようやく気づくほどの『何か』が出現したということ。
そんなの。
悪魔である可能性が高いだろう。
「チィッ!!」
咄嗟に腰の剣を抜き放つアリス。こんなものが通用しないことは理解している。あくまでこの斬撃は目眩し。逃げるための隙を作れればいいだけの捨て駒。
だから、受け止められるのは予想の範囲内。『運命変率』でもって逃走の可能性を引き上げるまでの隙ができればそれでいい。
だというのに。
そんな可能性、どこにもなかった。
「逃げないでほしいんですが」
「な、ぁ……『魔王』!?」
「はい、『魔王』ミーナです」
まさかの『魔王』。
よもや悪魔だけでなく『魔王』まで敵に回したのかとどっと脂汗を噴き出す。そんなアリスの内心など知ったことではないと言うようにミーナはこう告げた。
「貴女、モテモテですよね。どうやったらそんなにモテるのか教えて欲しいんです。あ、もちろんセシリー様にだけモテたならばそれでいいんですが」
「はぁ?」
「あれ、違いました???」
無表情に首を傾げる『魔王』。正直モテモテとやらは自覚がないのだが、わざわざ『魔王』に真っ向から噛みつくことはないと適当に『そうねぇ。わっちぃそれはもうモテモテで困っちゃうのよねぇ』と返す。
その返事に一つ頷き、ずいっと『魔王』が迫る。
「教えてください。どうすればモテモテになるのかを」
「うぐぅ。そうそうなんでそんなにモテモテになりたいのよねぇ? セシリーだっけぇ。彼女とは随分仲良さそうだったけどぉ」
「結婚したとしても安心はできないと本に書いてありました。倦怠期。どれだけ熱々でも冷めてしまうことがあるというのです。セシリー様に冷たくされるなど耐えられそうにもありませんし、そうなる前にモテモテになって倦怠期にならないほどに熱々にならないといけないのです」
「そういえばあの結婚式からあと少しで一年だっけぇ。そうねぇ、倦怠期対策ねぇ」
結婚どころか誰かと付き合ったこともない幼児体型な三十路女に振る話題ではないと内心ぼやきながらも、『魔王』の期待を裏切るような真似をしてはロクなことはないと思考を回すアリス。
とはいえ一歩も二歩も先に進んでいる相手に恋愛など素人も素人なアリスが気の利いた答えを示すことができるわけもなく。
ではどうすれば取り繕うことができるのか。そんなの細かい突っ込みどころを勢いで塗り潰すしかない。
「一発ヤッちゃおっかぁ。うんうんそれがいいわよぉ」
「ヤる……」
「そうそう結局モテたいなら身体と身体で接触しちゃえばいいのよぉっ。態度よりも言葉よりも快感が一番のコミュニケーションツールってねぇ。生物ってのは苦痛には耐えられても快感には耐えられないものだしねぇ。だからヤろう初夜を超える一発かまして心が離れそうになっても身体は離れたくないってくらいにねぇ!!」
『魔王』の顔など見れるわけもなかった。
とにかく思いつくままにまくし立てるアリス。なんだか色々と最低なことを言っている気がしないでもないが、果たして『魔王』の評価は?
「キアラと付き合っているネコミミの人も同じようなことを言っていました。あのキアラに好きを与えた人も、モテモテな貴女もそう言うなら、やはり初夜を果たすことが倦怠期対策となるんですね」
「えぇとぉ、そうよぉっ。というわけでジャンジャンヤッちゃえファイトォっ!!」
もうヤケだった。何故だか知らないがまさかの好印象、うまく纏まりそうなのだ。このまま押し通すに決まっている。
「待っていてください、セシリー様。一年前に果たせなかった初夜を今度こそ果たしてみせますから」
言って、『魔王』が転移と消える。
ようやく脅威を退けることができたと安堵のため息を吐くアリスの鼓膜を轟音が震わせる。酒場の扉を蹴り破り雪崩れ込むは悪魔の群れ。そう、結局こっちは何も解決などしてはいなかった。
「きゃきゃは☆ やっべぇ今度こそ死ぬんじゃないわっちぃ!?」
この後? 駆けつけたミュウを悪魔の群れに放り込んで囮として何とか生存を勝ち取ったのであった。
ーーー☆ーーー
「にゃあ」
「……っ……」
「にゃんにゃかにゃむっ」
「ふっ……ぅ……っ!」
「にゃーにゃーにゃんにゃー」
「ひっ、ふ、ふうっ!!」
「にゃーにゃにゃっにゃんっ」
「んっ、んんんっ!!」
ーーー☆ーーー
「ねーさま、盛り上がっているね」
「妹ちゃん、これもまた自然の摂理なのです」
「ねーさま、本当に?」
「妹ちゃん、生命とは愛を確かめ合うものです。そのための手段として生殖行為が分かりやすいものなのですから。生命が絶滅しないために種の本能として刻まれた欲望、好きというトリガーにて発現する欲望の一つなんですよ」
「ねーさま、でも魔族には生殖機能ないけど」
「妹ちゃん、生命とは染まるものなのです。好きに溺れ、性質そのものが染まって、相手に合わせて変わったということですね」
「ねーさま、私たちもいつかそうなることもある?」
「妹ちゃん、それが摂理であるならば」
「ねーさま、でも私はお外で作り物の尻尾や耳をつけてあえて人混みの中でというのはいくら摂理であっても、その、ちょっと遠慮したいかも」
「妹ちゃん、あそこまでのは稀ですから心配せずともいいですよ」
ーーー☆ーーー
「最近『魔の極致』ってなんだって考えるようになってネェ」
「はあ」
ネフィレンスの言葉に巨人から美女と生まれ変わったノールドエンスは困ったように、
「それはまたどうして?」
「かつて人類を恐怖のどん底に突き落としテ、大陸を鮮血と死で染め上げた魔族の精鋭って位置づけだというのにどいつもこいつも色ボケやがってサァ!! 世界征服っ!! せーかーいーせーいーふーくーしようヨーッ!!」
駄々っ子のように吠えるネフィレンスであったが、ノールドエンスといえばやはり困ったようにこう告げるのであった。
「そもそも『魔の極致』ってどいつもこいつも自分勝手なクソ野郎の集まりよねえ。魔族とは生命を殺すものであり、『魔の極致』とは恐怖の象徴たる侵略者であるなんて世間が抱く印象に合わせるような勤勉な奴はいないよねえ」
「使えないわネッ!!」
「まぁまぁ。一人そんな勤勉に頑張らずとも、この機会に世界征服以外の目的見つけてみればいいよねえ。ほら、何ならミーナたちのように好きを見つけるとか」
「フンッ。私チャンが何だってそんなものにうつつを抜かさないといけないワケ? 絶対、ぜえーったいにそんなものには溺れないカラ!!」
と。
そんな風に吠えたネフィレンスがいつか、どこかで、好きに沈むこととなるのだが、それはまた別のお話。




