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悪役令嬢のメイドさん〜お嬢様が婚約破棄されたので、イチャラブスローライフに突入です〜  作者: りんご飴ツイン


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ブーケトス

 

『ごほん。えー昔の結婚式には「次の花嫁を選定する儀式」があったみたいでっすっ。それこそがブーケトス! 空高く投げられたブーケを掴んだ人こそ次の花嫁となれるんだとかっ』


 というわけで、と。

 風系統魔法を用いて拡張された司会のお姉さんの声が会場に響き渡る。



『次の花嫁は誰だ!? 花嫁選定戦(ブーケトス)の始まりでっす!!』



 五感で感知できるような、わかりやすい反応はなかった。しん、と静まり返った会場に、しかしわかりやすい歓声なんかよりも濃密な『反応』が炸裂する。


 点ではなく面での爆撃のように、見えざる圧が魂をねじ伏せるがごとくで、だ。


『ぶるっ。なんだか寒気が……ちょっと煽り過ぎたというか、ヤバイ予感が、いや、ビビっちゃダメ! 司会としてきっちり進行しないと!! さあセシリー様、ブーケトスどうぞ!!』


「ええと、本当に良いのでございますか?」


『もちろん!!』


 ふと。

 困ったようにセシリーが隣に立つミーナを見つめる。ウェディングドレス姿の『好き』な人は毎度の無表情、いつもの平坦な声音で、


「死人は出ないと思いますし、やっちゃっていいと思いますよ」


「大丈夫のラインがとんでもなく低く設定されているような気がするのでございますが!? いや、でも……ミーナがいますし、なんとかしてくれるのでございますよね?」


 こくり、と頷きを返されたセシリーは意を決したように花束を握りしめる。


 そして、


「えいっ!」


 花束が宙を舞った、その瞬間。

 かつてない大闘争が勃発した。


 もう、なんていうか、メチャクチャであった。どれほどメチャクチャであったかと言えば、流石のミーナであっても一歩後ずさったほどである。


 そして。

 そして、だ。


 人間に魔族に天使に純血の悪魔に後天的な悪魔に『勇者』に聖女にとそれはもう多くの猛者が激突した余波に流されたブーケが中心点から逸れて、落ちる。



 ぽすん、と。

 ついていけねえとそこらの木にあぐらをかいて寄りかかり、座り込んでいた『クリムゾンアイス』所属のパンチパーマの股の間に入り込むように。



「……な、あ!?」


 思わず、手に取ってしまった。やってしまってから後悔がどっと押し寄せてくるが、もう遅い。


 世の中には経験と割り切って成長に繋がられる類の失敗もあれば、次なんて存在しない致命的な失敗も存在する。


 さて、これはどちらだろうか?

 そんなの論ずるまでもない。


「ぱ、ぱーすっ!!」


 だから。

 今更ながらに失敗に気づいた時、すなわち追い詰めに追い詰められたその時にこそ人の本性は噴出する。


 クソッタレの本性?

 近くにいた別のクソッタレにブーケを投げ渡したその行動こそ全てである。


「ば、ばか、おまっ、お前え!!」


「は、ははははあ!! 俺だけなんて不公平だろうが共に堕ちようぜ地獄によお!!」


 思わず受け取ってしまったクソッタレを見て、パンチパーマが嘲るように笑う。途端に笑われたクソッタレも別のクソッタレにブーケを投げ渡して、受け取ってしまったクソッタレがまた別の、と無意味なループが続く。


 もしも、そんな不毛な争いに時間を費やすのではなく、飢えに飢えた『中心点』へとブーケを放り込んでいればまだしも生存確率も上がっただろうに。


 擦りつけるその行為を昇華させるくらいに突き抜けた悪性を発揮できず、理性が焼き切れた『中心点』へと暴力は良くないだとかそんなことしてもパートナーは喜ばないだとか突き抜けた善性を発揮できない半端者だからこそ彼らはどこまでいってもクソッタレなのだ。


 ゆえに、時間切れであった。

 膨れに膨らんだ『何か』が一線を超えたその瞬間、なんでお前らがブーケ掴んでいるんだよ空気読めとでも言わんばかりの暴虐が炸裂した。



 ーーー☆ーーー



 あるところに無表情な女がおりました。どこかズレている世間知らずな彼女はセシリー=シルバーバースト公爵令嬢に拾われて、メイドとして働くこととなりました。


 彼女の名はミーナ。かつて『魔の極致』第一席としてぶいぶい言わせていた頃もあったのだが、そんなものどうでもいいと切り捨てられるほどの『何か』を見つけ出した。


 ゆえにセシリー=シルバーバーストが(男爵令嬢の色香に乗せられた)第一王子から婚約を破棄され、公爵家からも勘当、国外追放となったその時もセシリーについていくことを選択した。


 なぜか? そんなのセシリー=シルバーバーストのことが好きだからに他ならない。


 その後、何やら物騒な闘争があったような気がしないでもないが、そんな些事はどうでもいい。今大事なのはミーナと同じくセシリーもまたミーナのことが好きだということ、そして結婚という儀式をもって次に進んだということだ。



 で、ここから何が変わるというのだ?



 疑問にミーナは答えを出せなかった。世間知らずな無表情メイドにとって恋愛とは手探りにして未知の領域。敵対者を粉砕するなんて話であれば簡単な話なれど、それ以外に関しては知識が追いつかないのだ。


 ゆえに、だ。道筋となるのは双子にしか見えないが単なるそっくりさんな二人のメイドから受け取った、(ちょっと過激な)恋愛小説となる。


「好きな人同士がすること。同棲、結婚、そして生殖活動……。最後の、まだです」


 あくまで平坦な声音でメイドは言う。過激すぎると話題になった恋愛小説を片手に、次に進むために。



 ーーー☆ーーー



 セシリーは赤い顔を隠すように頭を抱えていた。脳裏に浮かぶはミーナが真っ直ぐに告げてきたプロポーズ。


『セシリー様』


『なんでございますか?』


『結婚しましょう』


 そして、そこから繋がった結婚式。


『セシリー様はアタシとキスするのは嫌ですか?』


『えっ!? そ、そんなことはないでございます! というかしたいに決まっていて、でもっ』


『それは良かったです。アタシもしたいに決まっていますから』


 唇の感触が今も忘れられない。熱く、柔らかく、刺激に満ちた快感に理性が溶けていく。


 ……あんなにも大勢の前でやっちゃったのだと思い出して、別の意味で頬が赤くなったりもしていたが。


「う、うう……」


 ウェディングドレスを着替えることも忘れて、人が数人寝転んだって余裕があるベッドの上でうずくまり、今更ながらに湧いてくる羞恥混じりの歓喜にセシリーは身悶える。つい先ほどの出来事が雪崩のように脳裏を荒れ狂い、魂をかき回す。


 好き、と。

 猛烈なまでの想いが溢れて止まらない。


 と。

 そこでぽすんとベッドがセシリーの動き以外の衝撃に揺れる。


 顔を上げると、そこにはセシリーの純白とは真逆の漆黒に染まったウェディングドレス姿のミーナがベッドに膝を立てて座り込んでいた。


「みっミーナ!? いつの間にでございますか!?」


「セシリー様、初夜がまだです」


 …………。

 …………。

 …………。


「しょ、にゃっ、ひゃひ!? なんでそんな、ええ!?」


 真っ白に、塗り潰される。結婚式という幸せな記憶さえも目の前の『好き』の言葉でぐじゅぐじゅに溶けていく。


 というのに、だ。

 セシリーがこんなにも心乱されているというのに、当のミーナといえばいつも通り動じず無表情のままであった。表情から感情が読み取れないだけなのか、それとも、


(意味を、理解していないのでございますか? そう、そうでございます、ミーナならあり得るでございます! どこで耳に挟んだのかは知りませんが、初夜という単語を結婚してはじめての夜程度にしか考えていないオチに決まっているでございます!!)


「ちなみに、ミーナは初夜の意味を理解しているのでございますか?」


「ええ。身体を重ねて、生殖活動するんですよね」


「ふへっはふっ!?」


 思わず元にしても公爵令嬢だったとは思えない声が溢れ出た。その間にもミーナは続ける。


「魔族は基本的に生殖活動を必要としませんので機能を備えていませんが、そもそもアタシが人間の女であったとしても女同士では子供をなすことはできません。ですが、『あの恋愛小説』によると女同士であっても、子供をなすことが不可能であっても、生殖活動という行為自体に意味があるようでした」


「せっせいしょっ、ふひゅっ、はふっ!」


 ぐいっ!! と。

 両肩を掴んだミーナがセシリーを引き寄せる。純白のウェディングドレスの上から漆黒のウェディングドレスで塗り潰すように。


 抱き寄せて、耳元に口を近づけて、いつもの平坦な声音で囁く。


「セシリー様」


「あ、あふっ、……」


 熱い。

 生暖かい吐息が耳の穴を刺激する。甘美な言葉がぐぢゅぐぢゅと魂を刺激する。


「生殖活動によって子供をなすことは『今は』不可能にしても、こうして触れ合うだけでも幸せの上限値なんて突き抜けているのです。ならば、もっとくっつけばより一層幸せになれるはずです。ですから、セシリー様さえ嫌でなければ、直にセシリー様の肌に触れる許可をいただけないでしょうか?」


 そんなの。

 答えなんて一つしかないではないか。


「やさしく……してくださいで、ございます」


「もちろんです」


 その後?

 セシリーの素肌を直に見た時点で(無表情でも伝わるほどに)いっぱいいっぱいだと言わんばかりであり、直に触れでもしようものなら耐えられるわけもなく、その時点でミーナの意識が破断、胸に顔を埋める形で倒れて終結となった。


 セシリーがそばにいるだけで幸せの上限値なんてぶっちぎっているのだ、『それ以上』なんて許容できずにショートするのは当然である。


 いかに(ちょっと過激な)恋愛小説で知識を得ようとも、セシリーにぞっこんなミーナの本質そのものが変化したわけではない。


 というわけで、見事な寸止めを味わったセシリーは言葉にならない叫びを漏らすしかなかった。

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