#85 衝突
「っ……………」
距離はあるはずだというのに、あまりにも近くにあるように感じてしまうほどの圧倒的な大きさはヒユウの視界のほとんどを埋め尽くしていた。
かすかにやってくる熱波だけでも相当な熱さ。熱した鉄とまではいかないが、それでも沸騰した水から出る水蒸気以上には感じられる。近くにいるだけで自然と火傷してしまいそうだ。
さっきまでの火球が可愛く感じてしまうほどのそれは、天に右腕を掲げ、掌を翳しているレイアの真上に位置している。行使する側故か、火球のすぐ近くにいるというのにレイアは汗一つかいておらず、それどころか少し涼し気な笑みを浮かべていた。
「おっ……おい………流石にやりすぎじゃないか………?」
「もう見てられない……!」
「黙って見ていろ………!」
思わず口にしてしまう受験者たち、だがそれもネストによって一瞬で治まる。
が、彼らの気持ちはよく分かる………しかしそれでも、目を背けず見届けなければならない。この戦いで、彼女の今後の人生は大きく変わるのだから。
体が痛い、刀を振るう力もほとんど残っていない、頭が回らなくなってきた。ここまで蓄積されたダメージは彼女の体を確実に蝕み、動きを封じる枷となってしまっていた。
だが、そんなもの言い訳に過ぎない。やらなければ、成すことなど出来ないのだから。
「いくぞ……ヒユウ!!」
レイアが掲げていた右腕を前におろす。そしてそれに合わせるように、空中の疑似太陽も前方斜め下へと繰り出される。
逃げ場などない。目の前の高熱の塊をどうにかしなければ、夢は潰える。
だが、ヒユウは冷静だった。見る者によれば、全てを諦めてしまったのではないかと思うほどに。
「……?なんで……木刀を納めているんだ………?」
ヒユウは左足を後ろに下げ、木刀を腰に納めてしまった。だが、戦うのをやめたわけでは決してない様子………まだ、彼女の目は死んでいなかった。
「蛇……昇流……居合の型………!」
またもや太陽を引き付ける。先の火球かのように。
その姿はひどく落ち着いており、挙句の果てには目すら瞑っている。その時が来るのをじっと待ち、やがて……………
「っ……!っっぁぁあああああ!!!!!」
木刀の射程圏内に入った瞬間、それを察知したかのようにヒユウは開眼。そこから繰り出されたのは、斬られてからそれに気付くレベルの凄まじい速さの抜刀からの斬撃。瞬く間にそれはレイアの日炎試練と激しく衝突……することは無かった。
「っぁっ……!?ヒユウ!!」
巨大な炎は質量を持たない。純粋な魔力で作り上げられたものである。その極炎は無情にも、ヒユウの体を飲み込み、地面にへと到達した。
それを見た受験者たちは、全員が戦慄を覚える。
現状の自分たちではどうやっても勝てないほどの格上。ヴェラリオの冒険者といえばと聞かれれば、必ず名が挙がってくるほどの名声と実力を持つ第二階級冒険者。それと戦う、冒険者試験の受験者。
濁すことなく言ってしまえば、普通に考えて受験者側が瞬殺されると、誰もが思うだろう。だがそれでも、ここまで耐え抜いて見せたオレンジ髪の少女の戦いぶりに、この場にいる誰もが心を震わせた。
これ程の魔術を直撃。普通に考えれば………助かるはずがない。誰しもがそう思っていたその瞬間だった―――
ギュゥゥン……!―――ギュゥゥン………!―――
「ッ!?」
「なんだ………?私の日炎試練が……どんどん小さく………」
ヒユウを飲み込んだ日炎試練は、約五秒に一回くらいのペースで一回り小さくなり、更に一回り……もう一回りとどんどんそのサイズを失っていく。
疑似太陽の大きさが半分くらいになってからだろうか、小さくなるペースは体を動かす際に体中に響く心音のようにどんどん早くなっていき、次第には、太陽を模した紅蓮の塊は、その姿を完全に消した―――――
「はぁっ……はぁっ………はっ……………」
そして疑似太陽の中心と思われた場所。そこに―――ヒユウは立っていた。ボロボロになりながらも。
服もいたるところが焼け焦げ、火傷も先ほどまでの比ではないほどに広がってしまっていた。ヒユウが俯いているため顔はよく見えないが、間違いなく火傷は顔にまで広がっているだろう。
そして、相棒だった木刀は………炭となってヒユウの手元からボロボロと崩れ落ちてしまった。彼女とその武器が共にした時間がどれほどのものなのかは分からないが、相当大事に使われていたのはよく分かる。
レイアは、自分の今出せる最大の技をヒユウにぶつけた。少し大人げないが、それでも目の前で未来をつかみ取ろうとしている者に対し手を抜くなど、武人としてあるまじき行為。出せるものは出し切ったレイアは、ただ相手に一言。
「ヒユウ………おめでとう」
そして、爆発的な熱気が冷め始めてきたころ―――
「………十分経過……ヒユウ・シュドラーテ―――――合格だ」
「ッ!!ヒユ―――」
私が歓喜したのも束の間………ヒユウはここまで、執念で立っていたのだろう。ネストの言葉が聞こえて安心したのだろうか、糸が切れたように前のめりに倒れ、そのまま彼女は意識を失った―――




