#82 変幻自在の赤き炎
あぁ本当だとも。あまりにも密度が高いためかなりの時間が経過したように感じられるが、実際にはまだ一分も経過していない。四十秒……予想より経っていてもせいぜい五十秒程度だろう。
約七倍から八倍の体感時間のヒユウは相当に驚いているようだった。だがまぁ、それだけ集中しているという証拠だ。
「まだまだここからだぞ、ヒユウ……!」
「……っはい!!やります……何分でも、何時間でも……!!」
「その意気だ………炎圧旋風波……!!」
完全に慣れた様子でフォームを確立させ、火属性と風属性の魔力を同時に生み出し、一気に押し出す。
見たところ最大出力ではないようだが、それにしても流石にやりすぎなのではないかと思ってしまう。忘れてしまいがちだが、ヒユウは本来であればただ冒険者試験を受けに来た少女だ。
たまたま私と行動してしまったが故に色々巻き込まれてしまってはいるが………いや、私はヒユウが弱いと言いたいわけではないのだ。彼女は十分に強い。だが、今はまだ第十階級ですらない冒険者の卵なのだ。
「……ッ!たあっ………!!」
ヒユウはその場で大きく跳躍、伸びて襲ってくるそれを回避する………が、
「ヒユウは攻撃を避ける際に跳んでしまう癖があるみたいだな………!炎圧縮矢!」
空中にいるヒユウにレイアが放ったのは、戦い序盤にも見せた炎の矢。弓は無い。ただ矢の形に形成された炎……のはずなのだが、なぜか相当鋭利なように見えて仕方がない。そこらの木程度であれば貫通してしまいそうだ。
「はあっ……せいっ!!」
跳躍直後、回避行動がとれないヒユウは、木刀で矢を弾き落とす選択肢を選んだ。結果、何とか炎を叩き落すことに成功し、その後まもなくして地面にへと着地した。
「はあっ……はぁっ………」
「この程度で息が上がっていては、まだまだ上への道のりは長いぞ………!」
少し離れた私にまで聞こえてくるほど呼吸の荒いヒユウに対し、レイアは流石と言うべきだろうか、息が全く上がっていない。鍛え方が違うというのもあるのだろう。まるで散歩程度しか体を動かしていないのではないかと疑うほどにその呼吸の仕方も表情も落ち着いていた。
「っ!………ふぅぅぅぅ……………」
この間に呼吸を整え、集中力を切らさないように気を付けながら体制を立て直す。
レイアに対し攻撃禁止というのも、ヒユウを縛る要因となっている。それに関しては実戦でもない上にレイア側が丸腰だからしょうがないとしても、気軽に打ち込んでいけないというのは、もし私がヒユウの立場であったのだとしたら、もどかしくて仕方ないだろう。
更に、レイアの方は何の気兼ねもなく魔法、魔術をヒユウへと打ち込むことができる。ヒユウは絶対に向かってくるそれら……中々のレパートリーを誇っているレイアの火属性魔術に対抗せねばならない。
(ハンデとは謳っているが………中々に厄介だな………)
「火圧矢雨」
「今度は………!?」
レイアが今度は右腕を天に掲げる。そして天はまるでそれに呼応するかのように炎の霧のような物がその場に現れる。そこから繰り出されるは―――先ほどの炎圧縮矢。しかも無数の。
そう、霧ではなく、あれは雨雲だったのだ。今から降り注ぐ、炎の雨の。
「……ッ!!蛇昇流、堅守の型ぁっ!!」
火球相手には相当引き付けていたヒユウだったが、レイアの火圧矢雨は矢本体の加速力に重力も加わって相当なスピードを実現している。いつもの引き付けでは攻撃が間に合わないことを察したヒユウは、剣の射程圏内ギリギリで空からの攻撃を弾いて見せる。
だが、その全てを弾き返すことは叶わなかった。この攻撃により、ヒユウの全身に痛々しい火傷の痕が付いてしまう。それは見ているこちらにもその熱さと痛みが伝わってくるようなものであり、それを直接受けているヒユウは、実に険しい……苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「グッ………!!まだまだぁ……!!」
「ふむ……相当な胆力だな………そう睨むな。すでに回復系魔術を扱えるものを待機させてある。試験が終わり次第早急に彼女の傷は癒える。火傷痕も一切残さないと約束しよう」
どうやら、私が相当睨みつけていることに気付いていたらしい。
この男、本当にヒユウの実力が知りたいだけのようで、彼女の戦いぶりを見ては何やら腕を組みながらぶつぶつと呟いている。
「当然だ。もし一つでもヒユウに傷が残った時は………」
「私を誰だと思っている?少しは信用したらどうだ?」
「しないし、したくもない」
「ふん、強情な奴だ………」
強情で結構。女を傷物にするということがどれだけ罪なことであるかということを、この男はちゃんと分かっているのだろうか?
「遅かれ早かれ……長くてもあと五分でヒユウ・シュドラーテの試験は終わる。貴様も準備しておけ」
「私は今すぐやっても構わんぞ?」
「………少しくらい待て。今は貴様の友人を見極めねばならん」
残り五分……それでヒユウの命運が決まってしまう。そう考えるとただ戦いを見ているだけだというのに、私の胸は緊張で締め付けられているようだった。




