#70 ギルド長室にて
「ギルドマスター、改めて失礼します」
シルカに鍵を渡し終え、リンは再びギルド長室にへと足を運んだ。三回のノックの後、中にいるネストから軽く返事を受け取り、扉を開け中へ入る。
広くはない。だが決して狭くない絶妙な塩梅を保っている面積の部屋。ネストは一番奥のメインデスクには現在座っておらず、一つ手前にある面談用のソファに腰かけている。対面しているのは、もちろんレイアだった。
「お前のいない間に、あらかた事の顛末は聞いた。どうやら、あの青髪がやったというのは本当らしいな………にわかには信じがたいがな……………」
ネストは眉間にしわを浮かべたまま頭を抱える。子供の戯言とばかり思っていたネストであったが、その考えを自ら改めなければならないことに苛立ちを感じていた。
「だが、それとこれとは話は別だ。いくら奴が強かろうと、共用施設を破壊するような者に、このギルド所属の冒険者になる資格はない。いくら自由度の高い職業であろうと、冒険者は一組織だ。その秩序を乱すようであれば、どれ程の実力があろうともこちらから願い下げだ」
確かに、ネストの言うことも理にかなっている。と、聞いていたリンとレイアは思った。
冒険者というのはこの国の職業の中でもかなり自由に活動できる部類だ。受けるクエストは自分で決められるし、休む日があろうとギルドに届け出を出す必要なんかもない。
ギルドがクエストを受ける冒険者を指名したとしても、その冒険者がノーと言えば他の冒険者にギルド側が変更せざるを得ない。冒険者ギルドに所属する冒険者というのは、相当に優遇されているのだ。
なお、冒険者の中にはフリーで活動している者も存在している。
クエストというものは、クエスト依頼者がギルドに赴いてクエストを申請する必要があるのだが、それをせずに冒険者個人に依頼を頼み、それを引き受けて報酬を貰うというのが一般的だ。クエスト申請料、手数料、冒険者を指名する際の指名料などを取られないというメリットもあるが、大体はギルドでは申請できないような内容の場合がほとんどである。
ただしこれらは違法行為に該当しているため、依頼した者と依頼を受けた冒険者はその両方が罰せられることとなる。罰の大きさは依頼の内容によって異なり、場合によっては死刑になることだってある。
ともかく、それほど冒険者はギルドにとって大切な存在なのだ。
(………だが、それをいいことに横暴を働く冒険者も少なくない……)
冒険者はおろか、人としてのマナーすら守れないような輩が所属している冒険者の中にもいる。そしてそんな存在がこれ以上増えることが、ネストの懸念材料だった。
「……レイア・オルフロスト。お前の活躍は目を見張るものだ。ギルド内での評価も、他の冒険者からの信頼も厚い……それ故に私もあまり言いはしないが………シルカ・リザリア、それと……ヒユウ・シュドラーテ、だったか。あの二人がこのギルド所属の冒険者となるのは、私個人としては現状反対だな」
「それは、あなたの勝手な意見です……!巨人の間の修繕費なら、私が今後全て受け持つと言っているでしょう……!もうそれでいいじゃないですか!」
レイアはネストに少し張った声で告げた。第二階級冒険者であるレイアが受けるクエストは、どれも報酬は下位のそれとは比べ物にならないほどだ。
どれだけの負債を今後抱えることになろうとも、あれほどの修繕費程度であればいつか返すことができるという自信がレイアにはあり、それで解決しようと試みていた。
あの二人に、レイアは底知れぬ可能性を感じていた。今でこそまだまだな部分もあるが、成長すれば今よりも遥かに強い冒険者になれるだろうと。そして、もしいつの日か自分が戦えなくなったとしても、その先で人々のためにきっと戦ってくれるような存在になるだろうと。
まだ冒険者にすらなっていない……それどころか、片方は今日初めて会ったというのにも関わらず、夢を見過ぎているとは彼女も思っている。だがそれでも、レイアがその考えを曲げることは無かった。
「駄目だ。もしそれを支払わなければならない者がいるとするならば、それはあの空間と樹拳の指南者を破壊した張本人……すなわち、シルカ・リザリアだ」
「ッ………!」
だが、ネストはそれを聞き入れない。当人がその落とし前を着けるのは至極当然のことだ。何もやっていないものがそれを庇い、そして金を支払うなど、到底あってはならないのだ。
それがネストの思考。人間全てを対等に扱い、良い行いをした者にはそれ相応の評価をし、逆ならば罰する。そこに一切の私情を挟むことは無く、なによりも全体としての秩序を重んじる。それがネスト・ローゼンツという男のポリシーだった。
「なんにせよ、シルカ・リザリアは私が直接見極めねばならんだろう……もう二度と、あんなことが起こらないためにも…………レイア・オルフロスト、お前にも協力してもらうぞ」
「……分かりました…………」
「リン、お前にも少し動いてもらうことになる。頭に入れておけ」
「か、かしこまりましたっ!」
そしてそこから冒険者試験に向け、執り行う側も準備を進める。自分たちが支援する価値のある人間を選別するために。




