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第八十三話「混乱」


 土煙が晴れ、アルベルトは慌てて体を起こし、獣人の姿を探す。つい先程、スキルとスキルでぶつかり合ったのだ。お互いに弾き飛ばされた事、それだけは理解していた。その後どうなったのかが、分からない。


「勇者様、お怪我はありませんか!?」


 仲間のシャルロッテが、慌てたように彼の下へ駆け寄り、癒しの奇跡を唱え始める。思ったほど身体にダメージは無く、五体満足に動くことを確認して、アルベルトはホッと息を吐いた。


「ありがとうシャルロッテ。俺は平気だから、君は下がって。相手も多分、無事なはずだ」

「……あのまま倒れてくれているのであれば、それに越した事はありませんが。怪我をしていても、お仲間の神官様に癒して貰えるでしょうし、放っておいても良いでしょうね」


 シャルロッテの冷たい印象を受けるその言葉に、アルベルトは小さく頷く。自分達を挑発し、弄ぶような言動を繰り返したあの獣人の女には、余り良い印象は抱いていない。

 この辺り、まだまだ他者の言動の裏の意味、というものを読む事が苦手である事を、彼らは認識していない。

 彼らがゆっくりと立ち上がって、周囲を確認する。獣人の姿は無く、どうしたのかと思っていると、背後から声が掛かった。


「悪いけど、あの程度で倒れられるほど、私はか弱くないんだよ」


 ニヤリとヘルガが笑う。剣を突きつけようと思えば出来たのだが、ここで試合を終わらせるのは趣旨に反するし、彼女としても面白くない。

 勇者と呼ばれる存在が放った、先程のスキル。全く興味が湧かなかったわけではないのだ。だからこそ、もう少しだけ彼の修行に付き合おうとさえ、ヘルガは考えている。

 アルベルトは咄嗟にシャルロッテの手を引き、自分の背後に彼女を庇う。相手がその気なら、自分達は負けていた。それが分からないほど、彼らは愚かではない。


「い、何時の間に……!?」

「弾き飛ばされたからって、のんびりと治癒の奇跡を受けてちゃ、こうなるってことさ。後ろから襲ってくださいと言っているようなもんだよ。連携するにしても、やり方を改めた方がいい」

「くっ……」


 何も言い返せるはずがない。背後を取られ、相手は何時でもトドメを刺せたのだ。それをせずにあえて口頭で注意しているのは、ただ自分達を辱めたいと言うだけではないことくらい、理屈では理解できている。ただ感情がそれに従う程、成熟もしていない。

 感情に任せてそのまま再び切り結ぼうかと、アルベルトが構えた瞬間だった。


 ドォンッと大きな破壊音がした。音のした方を振り向くと、そこから見知った者達が駆けて来るではないか。


「ユ、ユウリ!? どうして君がここに!?」

「ユウリ、アンタら今度は何をやらかしたんだい!」


 アルベルトとヘルガがほぼ同時に叫んだ。こんな形で乱入されるなどと、誰が思うのか。ヘルガがちらと視線をクレストの方に向けると、あちらは顔を引きつらせていたし、勇者の仲間は顎が外れんばかりの表情で固まってしまっていた。


「ヘルガさん! クレストさん!」

「おいおい、何をどうやったらそんなのに追いかけ回されるんだ!?」


 驚くクレストたちに駆け寄ってくるユウリ達の後から、ぞろぞろと武装した兵が入ってくるのが見える。中には聖兵と呼ばれる、ローヴィス教会の私兵も存在していた。


「あいつらわたしたちを捕らえて、奴隷にしようとしてくれたのよ!」

「何とか逃げ出したのはいいんですけど、ユウリさんが兵士さん達を簡単に吹っ飛ばしてたら、どんどん応援を呼ばれちゃって」


 ステラとアイリスが口々に現状を説明し出した時、兵士たちが彼らを取り囲もうと動き始めていた。


「そこまでですよ。無法者たち」

「……お前達には奴隷契約における、脱走容疑が掛かっていたのだ。しかしこのような騒ぎまで起こした以上、法の裁きが下るものと思え!」

「全てを力で解決せんとする、獣の如き所業。……陽光神エルードと聖者ローヴィスの名において、見過ごす事は出来ません。我々聖兵も、無法者を鎮圧する役目を果たしましょう」


 そう言いながら兵士たちの間から出てきたのは、三人の男。商人のロッコとオレール・ドッス侯爵、そしてマクシム司祭の三人だった。

 それを見たアルベルト達は、当然ながら目を丸くするしかない。


「ど、どういうことですか!? マクシム司祭様!」

「勇者アルベルト。試合を中断させて申し訳ない。貴方たちは一度下がりなさい。この問題は、我々で処理します。良いですね?」

「司祭様!」


 アルベルトの言葉に耳を貸す様子も無く、マクシム司祭は手を出すなと、そう答える。しかし彼らも事情がよく分からない為、深入りする訳にもいかず、シャルロッテに促されてアルベルト達は渋々後ろに下がる。

 すると素早く兵士たちが間に入って、ユウリ達を取り囲んでしまう。アルベルトは何かを言いたげな顔をしていたが、諦めたように目を閉じて下を向いた。


「どういうつもりだい。ローヴィス教の司祭様まで出張って来て、私の可愛い弟子たちを奴隷にしようたあ、どういう了見だい!」

「……六年前、街で暴れ回っていた無法者の獣人ですか。貴女がこちらの商人ロッコの奴隷を、勝手に解放して連れ歩いていると言う通報を受けています。穏便に済ませたいのであれば、大人しく彼らを引き渡しなさい」

「馬鹿言ってんじゃないよ! そんな証拠がどこにあるっていうんだ!」


 噛みつくヘルガを一瞥もせずに、ユウリ達を渡せと言うマクシム司祭。当然そんなことは受け入れられるはずも無く、彼女が怒りを露わにする。


「おいおい穏やかじゃねえな、ローヴィスの司祭様よ。それにオレール侯爵閣下も、何のつもりでこんな無茶をしでかそうと思ったんだ?」

「……【剛剣】、貴様も大人しく下がれ。無関係な者が首を突っ込むな」

「無関係じゃねえから、聞いているんですがね。それじゃあ答えられないほど、後ろ暗い事情があるって言ってるように聞こえるぜ?」


 クレストの言葉に、侯爵は鋭く睨み返す。流石にこの程度の挑発でボロを出すほど、相手は軟ではない。すると意外なところから、一石を投じる者が現れた。


「少なくともそこの人間とリリルトの少年、エルフの女性が奴隷であったという事はありえないと、私が証言しましょう」


 貴族席の方から、そんな声がした。誰もが驚いてそちらに視線を向けると、そこには冒険者ギルドマスターのロドルフォが立っていたのだ。


「……どういう意味だ。サウセド家の三男坊」

「オレール様。彼らは隣国であるフィンダート王国の、ベルンの街から来た冒険者です。その確認も取っています。そんな彼らが不当に捕らえられそうになれば、逃げ出すのは当然ではありませんか?」

「自身が潔白だと言うのであれば、大人しく取り調べを受ければ良かろう。こうやって逃げ出し、陛下も御覧になっているこの試合を滅茶苦茶にした時点で、自らが罪を犯していると認めているも同然だ!」


 ロドルフォの言葉を、オレール侯爵は一喝する。しかし冒険者ギルドマスターの言葉を軽々に扱う訳にもいかず、場は膠着状態に陥ろうとしていた。



「ああもう! 何でさっさとあいつらを捕まえないんですか!? 奴らは奴隷です。我々の物、我々の商品なのに! もういい、これ以上邪魔をすると言うのなら、我が神の審判を受けろ!」


 焦れたロッコが、狂乱するように髪を振り乱しながら、聞き慣れない言語で叫び始める。それは何故かとてもおぞましく、耳を塞ぎたくなるような、呪いのような言葉だった。

 そしてロッコは懐から小さな杖のような物を取り出して掲げると、彼を中心に魔法陣が展開される。


「ロッコ、何をしている!?」

「我が神の意思を邪魔する者は、消えてしまえ!」


 ロッコがそう言い終わる前に、魔法陣から何かがせり上がって来た。一つや二つではない。黒く小さな、しかしヒトではないフォルムの、おぞましい何かだ。小さな翼を持ち、ギーギーと耳障りな声で鳴きながら、その数を増やしていく。


「さあ、神の使徒よ。奴らを捕えろ! 邪魔する者に裁きを与えるのだ!」



 会場は大混乱に陥っていた。黒い小さな怪物が無軌道に飛び回り、観客にさえも構わず攻撃し始めてきたのだ。鋭い鉤爪や槍のような先端の尻尾だけでなく、魔法による攻撃をしかけてくるのだ。前代未聞の事態に、観客はパニックを起こしている。


「なんなんだい、あれは!?」

「あれって、インプだよね? って事は神邪魔法の使い魔召喚なんだろうけど……あんなに沢山の数を一度に召喚出来るなんて、僕知らないよ!?」


 サモン・インプと言う使い魔を召喚する魔法は、便利ではあるがインプ自体は弱く、すぐに死んでしまう。しかも一度に一匹しか召喚できず、召喚されたインプが居る間は、他のインプを召喚することが出来ない仕様だった。

 だが今目の前には、多くのインプが召喚されて、周囲を無差別に攻撃しているのだ。ゲームには無かった出来事にユウリも混乱しており、襲ってくる相手を叩き落とすので精一杯だ。


「神邪魔法? なんだそりゃ!?」

「邪属性の、邪神と呼ばれる神様から貰える魔法、って言えばいいのかな?」

「よくわからんが、アレは神々から授かった奇跡。そうなんだな!?」

「う、うん。神聖魔法とは対になる魔法のはず!」


 クレストに聞かれ、ユウリは自分が知っているままに答える。神聖魔法と対になる、そんな魔法が存在するなどとは想像すらしなかったクレストは驚きはしたものの、しかし自分に出来る手段を即座に導き出す。


「邪神だかなんだか知らんが、対になっている邪属性だというのなら、聖なる力が働くのは嫌いだと考えていいんだな!?」

「うん! ただお互いに特攻があるし、防ぐ方法もあるけど……」

「やるだけやってから考えりゃいい! アイリス、手伝え!」

「は、はい!?」

「一番簡単な祝福の奇跡だ。俺に続け! 『豊穣を齎す貴き方よ。微かな奇跡を我らに。その慈悲にて導き給え』」

「わ、わかりましたっ。『豊穣を齎す貴き方よ。微かな奇跡にを我らに。その慈悲にて導き給え』」


 ユウリから驚き以外の何ものでもない話を聞いて、クレストは迷わず聖句を紡ぎ、そしてアイリスまでもがこれに続く。

 これまで神官として、人前で力を使うことは殆どなかった。ゴールドプレートの冒険者でありながら神官である事を知られれば、自身は間違いなく冒険者ではいられなくなるだろう。

 それどころか誰もが、こぞって自分を欲するはずだ。そんな面倒が嫌でこれまで隠し通してきた、彼がたった一人でも冒険者として生き残って来れた、もう一つの理由。

 そしてアイリスもまた、これまでクレストから信仰について教わり、万神殿での修行を経た事で豊穣の神より声を賜っていた。万神殿的には、アイリスはクレストの教え子となるのだが、それを知っているのは万神殿と当人たちのみ。ゆえに二人が突然魔法を使いだして、ユウリ達は驚き目を丸くしている。


 微かな祝福の力が、周囲を包む。本来は対象の一人に僅かな幸運と言う形で、身を守る力となってくれる魔法だ。インプ相手に通じるはずが無いとユウリはゲーム上での知識として知っていたのに、まるで自分達を守るように包む淡く儚い輝きが、確かにインプ達を僅かに遠ざけているのだ。


「豊穣神ニアーの祝福ブレスは、自身の周囲に聖なる守りを齎すものだ。同時に使う者が増えれば、その分だけ力を増す。全てのヒトを愛するニアーさまらしい、いい奇跡だろ?」

「い、いきなりぶっつけ本番は、勘弁してほしかったです~」


 神官の師弟であった事が判明したクレストとアイリスが、そんな気の抜けたやり取りをしている。今の魔法で、それが出来るだけの余裕が彼らに生まれたのだ。


「……っていうか、クレストさん魔法が使えたの? しかも神官だったの!?」

「はあ。まあ自分から使ったんだから、別にいいけどね。コイツ、万神殿での修行も糞真面目だったろ? 本当は立派な神官様でもあるんだよ。筋肉達磨の癖に」


 神様関連でヘルガがクレストに対して、微妙な表情や態度だった理由が明かされ、一同は驚くと同時に納得もしていた。そしてこの危険な場において、状況を打開する一縷の望みが見つかったと、希望を抱く。

 しかしそれを面白くないと、不快だと露わにする者が居た。ロッコだ。彼の周りは無数のインプが取り囲み、他の兵士やローヴィス教の聖兵たち、そしてオレール侯爵とマクシム司祭さえも近付けない状況にあった。

 インプは倒しても倒しても、彼の周りから湧き出て来るのだ。敵味方を問わず、何もかもを破壊しようとするロッコの明らかな暴走に、彼らは止める手立ても無く、目の前のインプを叩き潰すことで精一杯だった。


「おのれぇえ! 下賤な神モドキの奇跡などで、我が神に抗うか! 『塵よ覆え、吹き荒れろ! 穢せ、汚せ、塗りつぶせっ、イービルダスト!』」


 黒い嵐が吹き荒れる。視界は黒い塵に覆われ、ユウリ達を護る聖なる力を削り取らんと襲い掛かった。


前々からそれっぽい描写は幾つか入れてましたが、アイリスは二章の本筋が変わった事も影響し、得るはずのなかった神官としての才能を開花させました。ドラゴンローブとメイス持たせたのもあって、違和感ないなって。

一応、彼女だけ冒険者として無能力過ぎたのもあっての補強でもあります。


しかしユウリと言う存在の恩恵によって強くなれてるの、前衛組だけなんですよね。ユウリ脳筋なんで。

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