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第七十四話「狙う者 狙われる者」


 ユウリがアルベルトとフィルに挟まれて、仕方なく移動を開始する少し前。食事を終わらせたマットとルナが、探検と称して周囲をうろつき始めていた。

 二人で一緒に行動するようヘルガから厳命されており、ちゃんとフードも被ってルナがマットの手を引いているので、あまり問題はないだろう。また迷子防止と訓練を兼ねて、アイリスが二人をそれとなく見張っている。ステラも精霊を使って二人を見ているらしく、寧ろ過保護なくらいだと言えた。

 とはいえこういう街では油断はならない。子供だけだと簡単に誘拐されてしまうし、そう言った事件は毎日のように起こっているのだと言う。

 特に成長の遅いエルフ族と、子供の姿と精神のまま生きるリリルト族では、身体的にも他種族に後れを取りやすいので、保護者達の判断は決してやりすぎとは言えないのだ。


「色々あるんだなー!」

「うん。面白いね」


 この辺りは冒険者ギルドが近い関係で、人間と亜人の割合は半々と言ったところ。亜人を邪険に扱う者も居ない為、小さな二人でも安心して周りを見て回ることが出来る。いざと言う時にはルナの精霊魔法とマットの気功で対応でき、保護者が気付いて助けに来る時間を稼ぐくらいは可能だろう。


「君たち、ちょっといいかな?」


 二人に声をかける若い男の声に、ルナとマットは足を止めて振り向く。そこには万神殿で働く神官のような、優し気な若者が立っていた。手足にゴツゴツとした手甲や拗ね当てを着けていなければ、二人は警戒せずに近付いた事だろう。

 明らかに警戒する二人を見て、若い男は苦笑する。


「ああ、すまないな。少し話を聞きたいだけなんだ。そのままでいいから、こちらの話を聞いてくれないかい?」


 若い男は二人から距離を取り、片膝をついて彼らの目線を合わせる。よく見ると男の後ろには、棒を剣のように腰に差している少年もおり、どこか落ち着かなさそうな態度で周囲を見ているのがわかった。


「オレはバートと言います。最近この辺で暴れている、悪い亜人が居ないか調べているんですが、二人は何か見たりしていませんか?」


 そう言いながらバートは優しく笑いかけると、二人は少し困ったように顔を見合わせる。バートは二人の目の前に飴玉をちらつかせて、「どうぞ」と手渡してくれた。


「ううん。知らない。たまに怖そうな男の人が、近寄ってくるけど……」

「ヘルガねえちゃんがコラッ、って怒ると皆逃げちゃうんだ!」


 飴玉に気を良くした二人がそう告げると、バートが僅かに目を細める。


「お姉さんは、具体的にはどんな風に怒るんだい?」

「えっとな。ステラねえちゃんやアイリスねえちゃんに触ろうとすると、すっごい怖い顔するんだ!」

「うん。みんな、それで逃げちゃうの」


 無邪気に答える子供たちの言葉に、自身が求めた答えではなかったバートは内心で落胆しつつも、その様子を表には出さない。怒った理由も他の女性を守る為であるならば、その程度で咎められる謂れもないのが実にもどかしい。


「そうですか、教えてくれてありがとう。この辺は危険だから、あまり子供だけでうろついてはいけないよ」

「うん。ありがとな、飴玉のあんちゃん!」

「ありがとう、ございます」


 バートが二人に礼を言って立ち上がると、マットとルナもぺこりとお辞儀をする。そのまま踵を返して保護者達の所へ戻っていく二人を見つめながら、バートは静かに息を吐いた。視線の先には虎獣人の女がいる。


「件の獣の仲間らしき子供と、接触出来たのは幸運……ですが、困りましたね」

「どうしてですか、バートお兄さん?」


 虎獣人の女と目を合わせないよう、バート自身もすぐにその場を離れた。自身の後ろにいる、先程の二人とそう変わらぬ年頃の少年は、バートの様子を見てよくわからないと言う風に首を傾げている。任務はあくまでも情報収集。だがそれだけではダメなのだと、バートは少年に言い聞かせた。


「いいかいレーヴィ? オレ達の任務は、かつてこの街で乱暴狼藉を働き続けた悪党、獣人のヘルガが再びこの街で、悪さをしていないかを調べることだ。もちろん悪さをしないに越した事は無いが、相手は獣人。所詮は獣が、人間の真似事をしているだけの存在なんだ。一度でも悪さを働いた獣は、その味を覚えて必ずまたやらかす。今は大人しくしているからと言って、油断してはいけないんだよ」

「そ、そうなんですね!」


 バートが諭すように、レーヴィに説明する。油断せず、悪党の尻尾を掴まなければならないのだと。

 恐らくそのままこの情報をマクシム司祭に報告したら、落胆されることだろう。咎められる事は決してないだろうが、自分達の見聞きした情報で万が一の事が起きた場合、自分達ではなくマクシム司祭が全ての責任を被ることになる。

 あの誠実な司祭様が、悪を見抜けなかった自分達の落ち度を理由に、叱責するとは思えない。ここまで何も悪評がない事を、不審がられての情報収集なのだ。相手が上手だったのだと素直に認めると同時に、責任を持って自ら聖兵を率いるくらいはするかもしれない。


「しかしやつらの仲間、しかも子供がああ言うからには、暴力を揮った様子はないらしい。そうなると手詰まりになってしまうな……どうしたものか」


 バートは腕を組み、考え込む。彼らとしても、余り残された時間は多くない。勇者は既に、王都にほど近いところまで来ていると聞いている。今日明日には到着する見込みとの事だ。万神殿が空振りだった以上、調査に残された時間は殆ど無いと言ってよく、焦燥を覚えるなと言う方が無理だろう。


「おいバート、レーヴィ。そこに居たのか」

「ああ、カスパル兄さん。そちらはどうでしたか?」


 どうしたものかと途方に暮れかけていたところへ、別行動をとっていたカスパルが合流する。


「……冒険者の野郎ども、露骨にこっちの邪魔をしやがる。冒険者ギルドもグルだと思った方がいいぜ」


 左の掌に拳を打ち付け、苛立ちを隠そうとしないカスパル。バートは予想していた事とはいえ、収穫が無かった事に内心落胆する。そんな中レーヴィはおろおろとした様子で二人を交互に見ながら、しかし自分には何も出来ない事を理解して歯噛みするしかなかった。


「なるほど。こちらは目的の獣人の関係者らしき子供と接触し、話が聞けました」

「本当か!?」

「……ですが怪しいところは、何一つ見つからなかったんです」

「なんだそりゃ!?」


 バートは先程の事を詳しく説明すると、カスパルも難しい顔で腕を組み、唸るしかない。


「畜生っ! 改心したんじゃないか、なんて報告は出来ねえぞ。六年前、あいつとその飼い主が起こしたゴタゴタのせいで、神官だった俺の兄貴は死んじまったんだ! 冒険者ギルドが教会に難癖つけて面倒を押し付け、他の神官と共に魔物の討伐に向かってな」

「ええ!?」


 将来を嘱望された若手の神官を多数失った、六年前の事件。セタジキス王国のローヴィス教全体への影響は非常に大きく、この国での影響力を大きく落としたのだ。そしてその失われた神官の中に、カスパルの実兄が居た。

 その事を知らされてなかったレーヴィは驚きの声を上げ、バートがすかさず彼の口を塞ぐ。


「勿論、カスパル兄さんの事情は理解しています。マクシム司祭様も当時は相当苦労されたそうですし、今もその事を悔やんでおられる程。だからこそ我々が、あの獣の本性を暴かなければならない。ですが……」

「勇者が来るまで時間が無い、か」

「はい。そうなります」


 関係者と思しき相手から話が聞けたものの、それも空振りだった。冒険者ギルドはカスパルにとって、敵そのもの。憎しみを隠して笑顔を張り付け、上手く聞き出せるはずがないとバートは理解している。

 完全に手詰まりだと、深い溜息を零したその時だった。


「もし。ローヴィス教の神官様方ですかな?」


 不意に、彼らの背後から声をかけて来る者が居た。一同が振り返ると、そこに居たのは一見してどこにでもいる、ただの男だ。

 やや痩せぎすで年の頃は分からないが、中年に入ったあたりだろうか。背は高くも低くも無く、この辺りの成人男性と大差ないくらいだろう。ちょっと人混みに紛れてしまえばすぐに分からなくなるような、特徴のない男だった。


「……確かに我々はローヴィス様の教えを支えとし、昏き世に明かりを灯さんと志す聖兵見習いです。何かお困りごとですか?」


 バートとレーヴィを背に隠すように、堂々とした、しかし礼儀正しい振る舞いで、カスパルが男の前に立つ。それを見て男は軽く目を瞠ったが、しかし何事も無かったように、その顔に笑みを張り付ける。

 男が驚いたのは、カスパルが正規の聖兵でなかった事に対してだった。肉体面においては十分に成熟し、良く鍛えられているカスパルだが、未だ見習い扱いなのは神聖魔法を授かるまでは、という本人の希望でもある。なので単純な実力だけなら、既に正規の聖兵と遜色ない能力があるのだ。


「ええ。恥ずかしながら、どうしてもご相談したい事がございまして。教会まで赴くつもりでしたが、ローヴィス教の方々だとお見受けしたので、お声をかけさせて頂いた次第です」


 男の方も折り目正しく、温和な態度で言葉を返す。


「俺……いえ、自分はカスパルと言います。失礼ですが、貴方は?」

「ああ、名乗りもせずに申し訳ありません。私はロッコと言いまして、商人をしております。捨てられ通りの……と言えばお判りになるかと」


 ロッコという男が名乗った途端、カスパルは一瞬表情を険しくする。彼の言う捨てられ通りの商人と言えば、殆どの場合が奴隷商を指すのだ。奴隷商は亜人だけでなく、人間さえも商品として扱う者たちで、隙を見せれば誰であっても、物として商品棚に陳列されてしまうという噂さえある。


「我々の噂はご存じのようですね。ですが、実体は全く違うのですよ。私はあくまでも合法的に、国から認められて商品を仕入れております。そもそも商品になるようなモノは、野盗のような犯罪者や、借金を返せずに身を落とした方などが殆ど。彼らが負った罪を償う為の、手伝いをしていると言っても過言ではないのです」


 やや芝居がかった言い方だが、嘘を言っているようにも見えない。

 確かに、ロッコは嘘を吐いてはいない。そう、彼は、だ。彼が所属するギルドそのものは、ロッコの語る通りではないことに、まだ年若く教会と言う狭い世界で生きて来た彼らでは、気付くことが出来るはずも無かった。


「……少々わざとらしい気もしますが、きっと貴方の言う通りなのでしょう。ロッコさんでしたね? 貴方の姿はローヴィス教会でも、見た覚えがあります」

「おお、覚えて頂けていたとは有り難い。私も熱心なローヴィス様の信者でして、教会にもよく寄進させて頂いておりますから」


 寄進を受け付ける際の手伝いで、ロッコの姿を見た事があるのをバートは思い出した。そこに駄目押しとばかりに、ロッコはローヴィスの聖印を取り出して軽く宙で印を切り、祈りの言葉を諳んじる。

 自分達と同じ尊き存在を奉ずる信徒であるならば、邪険にしてはならない。そうしてカスパル達はロッコに誘われるまま、広場から移動するのであった。


誰が狙い、誰が狙われているのか。

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