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第六十二話「彼らの実力」


 夕食や顔合わせ等を終わらせた後、ユウリは自分達の担当地域の話についての話し合いに参加するべく、ヘルガに連れられてステラ達と別れ、ベースキャンプの中央へと移動した。とは言っても彼らの隣には、当然のようにクレストがついており、ユウリはあくまで経験を積むための見学だ。

 ステラ達が居ないのは、彼女達は亜人であることと、女性であることを考慮した結果である。勿論ぞろそろと押しかけては邪魔になる、という意味もあるが。

 この場に居るのはそれぞれのパーティの代表者であるため、ユウリは少しだけ自分が場違いなところにいると感じ、居心地が悪そうにしている。


「さっきも言った通り、新しいパーティが来たとは言え、彼らは俺と行動を共にして貰うことになっている。なのでそれぞれのパーティの活動範囲には、特に変更はない」

「了解。【剛剣】の判断ですし、まあ妥当でしょう」

「いくら【剛剣】だからって、今まで一人で大丈夫だったという方がおかしいんだから、少し安心したよ」


 一時的とはいえ、ユウリ達のパーティに加わることになったクレストが、中心になって話し合いを進めていく。やはりこういう場では階級が上の者が仕切るのが普通なようで、この場に居る誰もがそれを当たり前のように受け入れていた。

 寧ろクレストが誰とも組まず、個人で活動していたと言う事実が驚きだし、だからこそユウリ達と一緒に行動すると言う事には、一定の理解と安堵があったようだ。

 しかしそれを、面白くなさそうに見つめる男が一人。先程ヘルガの持つプレートを、偽物だと侮辱したパーティに所属している男だ。クレストに睨まれてさっきは仕方なく引き下がったが、恥をかかされた恨みを忘れたわけではない。


「それもそうだ。ゴールド様は精々雑魚のお守りをしてくれや。うっかりガキを庇って死ぬような、マヌケを晒したりはしないだろうしな」

「ああ。よほど大群で来られない限り、俺と彼女が居れば何も問題はない。他の子達も、自衛くらいは出来るそうだからね」


 嫌味を軽く流すように、クレストは努めて冷静に、穏やかな口調で言う。彼の隣には、ヘルガが控えている。かつてのパートナーが一緒だと言うことをどう思っているのか、ユウリは不思議そうに二人の事を交互に見つめていた。


「ハッ、亜人を手懐けるのがお上手なようで、羨ましいもんだ。亜人の機嫌を取って上手く使い、美味しいところは独り占め。それでゴールドプレートにまで、のし上がったって話だもんなぁ。あやりたいもんだぜ。よかったなあ、優しいご主人様でよ?」

「……俺の事を悪く言うのは構わんが、彼女達への侮辱の言葉は取り消せ!」

「テメエこそ、偽の銀板使ってるクソ獣人を、何でのさばらせてんだ! 言ってみろ!?」

「彼女のプレートが本物だからだ。お前たち全員よりも数段強いぞ、コイツは」

「んだとゴラァッ!?」


 ランクとしては下の位に位置するアイアンプレートの代表者が、クレストに食って掛かる。階級としては二つ差。だが本来アイアンとシルバーの間には、越えがたい一流という名の壁が聳えており、更にシルバーとゴールドを隔てる壁は、ヒトの域を超えると言う意味での、絶望的な差が存在するのだ。

 ギルドへの貢献と、たゆまぬ自己研鑽。その果てに漸くシルバープレートへと至れるのだと言うことを、彼らは理解していない。だからこそ彼らは、それなりの実力と活動年数を持ちながら、アイアンプレート止まりなのだ。

 無論、シルバープレートに至る事も、決して容易ではない。在野における最高位と称される地位は、伊達ではないのだ。

 ここまでの彼らの言い合いに、二つのシルバープレートのパーティは、一切口を挟んでこない。表面上は穏やかではあるが、彼らがヘルガやユウリ達のパーティに対して、どのように思っているのかが、何となく透けて見えた。


「ねえ。ヘルガさんが十分に実力があると、判ればいいんでしょ?」

「だったらどうしたクソガキ! 討伐証明でもあんのかよ!?」

「あるよ」


 凄む男に対して、ユウリは毅然と向かい合う。ユウリだってヘルガや他の皆の事を悪く言われるのは、非常に腹立たしい。だから彼は、隠しておくべき魔法の多機能鞄から、昨日倒した獲物を引っ張り出すことに決めた。


「ほら、これが証拠のヒポグリフだよ」

「は……?」


 目の前で起こった、非常識な何か。まだまだ尻の青い小僧が取り出して見せたのは、間違いなく魔物のヒポグリフだ。思わず、シルバープレートの者達も目を剥き、そして一つの事実に思い当たる。

 それはユウリの所作が、戦士としてかなりの経験を積んでいるであろうことが、読み取れたからだ。この少年の言う通りなら、一緒にいる虎獣人の女は間違いなく自分達と同レベルか、下手をするとそれ以上だと言う事。

 ヘルガへの評価自体は、シルバープレートである事は胡散臭いが、実力は自分達に並ぶ程度はあると言うものだった。

 かなり場慣れしていて、大きなハルバードを背負ったままで、苦も無く動けている。獣人の身体能力を加味しても間違いないだろうと、これまでの経験と一流という領域にいるからこその知見で、そう判断されていた。

 アイアンプレートの代表者は、瞠目したまま固まっている。クレストさえも驚いた表情のまま固まっているのを、ヘルガは面白そうに眺め、こちらの様子を窺っていた他のパーティのメンバーも、同様に停止したままだ。


「わかったらこれ以上、ヘルガさんの事を悪く言うな」

「……んだと、クソガキッ!」


 僅かに怒気を含ませた口調で、ユウリがアイアンプレートの代表者へと強い視線を向ける。それを受けて漸く我に返った男は、逆上して拳を振り上げた。


「ユウリ、許可するからやっちまいな!」

「うん。僕もちょっと頭にきた!」


 殴りかかって来た男の拳を軽々と左手で受け止め、ユウリはそのまま男の手首を掴んで、頭上で縄のように男を振り回す。その非常識な光景に、慌ててこちらに向かってきていたアイアンプレート達へ、ユウリは男を軽々と投げつける。

 成人男性の、それも相応に鍛えている武装した冒険者。それ自体が凶悪な質量兵器として男達に襲い掛かり、投げつけられた一人とぶつけられた二人は、そのまま弾き飛ばされて気を失ってしまう。

 その非常識的な光景に、誰もが己の目を疑った。剣を振るのも難しそうな、小柄で華奢な少年が、自分より大きな男を軽々と力任せに投げ飛ばせば、そうもなるだろう。


「これで三人。その程度? 弱いね」

「ガキの分際でいい気になりやがって!」


 ユウリの挑発に我を取り戻した残りのアイアンプレートの冒険者が、駆け寄ってくる。

 一人が剣を抜いたのを確認すると、ユウリが目に見えぬほどの速度で背中の剣を抜き放ち、そのまま相手の剣を断ち切った。刃は宙に舞うことなく、澄んだ音を立てて、静かに真下へと滑り落ちていく。

 一瞬の事で誰もが理解できずに凍り付く中、ユウリは悠然と相手の眼前に切っ先を突きつける。

 これに特に驚いたのは、クレストだった。あれだけ大きな剣を、自分の目ですら追えないほどの速さで抜き放っただけでなく、相手の剣だけを根元から綺麗に斬り落とした。それは決して粗悪品などではない、階級相応の良い品質の剣だというのにだ。

 ちらりとヘルガの方を見ると、当然と言わんばかりに笑っている。つまり少年は、あのヘルガが認める程の強者。だとするならなんと面白いことか。久しく忘れていた高揚が、ふつふつと不意に湧いてくる。

 だが今はそれを楽しむ時ではない。いい加減この場を収めなくては、今後の活動にも差し障るだろう。


「ユウリ、その辺にしておきな。お前らもこれ以上やるってんなら、今度は私が相手をするよ!」


 そんな時、ヘルガが吼えた。ああ、何も変わっていないのだとクレストは安心したような、しかしさらに混乱が広がるような、微妙な心境を覚える。


「おっと、ヘルガとその可愛い弟子の危機とあっちゃ、俺も相手をしない理由はないよな? だからもうお前らもやめとけ。十分遊んだだろう?」


 わざとらしく咳払いをしながら、クレストも口を挟む。流石にかつての相棒の凶暴さというか、喧嘩っ早さを知る身としては急いで止めないと、自分達以外が全滅しかねない。

 そうなると討伐は続行不能となり、色々と面倒になるのが目に見えている。


「お、思い出した! 六年前、たった二人でサイクロプスを倒し、「巨人殺し」と呼ばれた伝説のパーティ。【剛剣】クレストの唯一の相棒……【鉄虎の女傑】ヘルガ。本当に亜人の、シルバープレート持ちが帰って来ていたのか!?」


 そんなクレストの考えを知ってか知らずか、シルバープレート側の一人が、大きな声でヘルガに向けて指を指す。それを聞いた誰もが、ヘルガへと視線を集中させた。

 当時のクレストとヘルガの活躍は、今でも覚えている者は多い。かつて「巨人殺し」と呼ばれた、たった二人のパーティ。彼らがそう名乗ったわけではなく、自然とそう呼ばれるようになっただけで、正式なパーティ名ではない。しかしパーティを解散して以降、「巨人殺し」の名を聞くことは無くなった。

 何故ならヘルガは国を出て、クレスト自身も「巨人殺し」と呼ばれる事を嫌ったからだ。彼らは二人で「巨人殺し」なのであって、どちらか片方だけでそう呼ばれたくは無かったのである。

 そして正体が割れれば、冒険者達の視線がこれまでとは全く違うものに変わる。伝説のパーティ復活と、その弟子。この国で長く活動する冒険者であるほど、それがどのような事を意味するのか理解してしまう。


「ぐっ……こ、こっちだって本気じゃねえんだ。遊んだだけだからな!」


 アイアンプレートの誰かが、悔し紛れのようにそう吼えて、仲間を引き摺って下がっていく。剣を抜いた以上、冗談では済まされないのだが、ここで済ませておかなければ余計な厄介事が増えるだけだと、誰もが理解している。

 ユウリがまだどこか不満げに剣を納めていると、ヘルガが優しく頭を撫でてくれた。思わず振り返ると、楽しそうに笑う彼女が居たので、それまでの不快な気分も忘れて、いつも通りの幼げな笑顔で返す。 

 その様子をクレストは驚きと、少しの寂しさを感じながら眺め、一度目を伏せてから自分達の野営場所へ戻ろうと、踵を返した時だった。


「……ってアンタ、どこに行く気だ?」

「彼らを放っておくのは、仕事の上でも不味いんでしょ? 保護者の一人として、ユウリの後始末くらいはしておこうかと思って」


 クレストが帰ろうとしたところに、いつの間にかやって来ていたステラとすれ違い、彼女は真っ直ぐアイアンプレートの者達が居る場所へと歩いていく。一瞬止めようかとも思ったが、彼女が魔法士である事を思い出したクレストは、あえてそのまま行かせることにする。

 それに気付いたユウリとヘルガも、少し驚いたような顔をしているが、何かあればすぐに出られるように構えるだけで、特に彼女の行動を止めようとはしなかった。


「ちょっといいかしら?」

「げっ、な、なんだ。さっきのはちょっとしたじゃれ合いだろうがっ。まだなんかあんのか!?」

「遊ぶのは結構だけど、怪我までしては仕事に支障が出るわよ」


 そう言って彼女の周りに、少しずつ水が集まってくる。誰もがその光景に目を奪われ、しかし何をするつもりなのかと、気が気ではない。誰もがステラの行動を注視する中、ユウリ達だけが落ち着いていた。


「不満が無い訳ではないけど、治しておいてあげるわ。『優しき水の精霊よ、生命の根源よ。あいつらの怪我を適当に癒してあげて。ヒールウォーター』」


 優しき水がアイアンプレート達に降り注ぎ、ついさっき負った傷が瞬く間に癒えていく。その光景に、彼女が魔法士であることを知ると、先程までの侮りは消え、素直に治して貰った礼を述べた。


「お礼なんていらないわ。わたしは自分の仲間が不利にならないようにしただけ。そこは勘違いしないで」


 そう言い捨てて、ステラは踵を返してユウリ達の元へ向かう。その結果、畏怖と畏敬が入り混じったような、微妙な視線と空気を残したまま、話し合いは解散となってそれぞれの場所へと戻るのであった。


ユウリも怒る時は怒るのです。

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