第五十七話「ギルドマスターとヘルガの過去」
ユウリ達が賑やかな食事を終わらせ、冒険者ギルドへとやって来た。先頭を行くヘルガが妙に疲れた様子を見せていたが、誰もが見て見ぬふりをしている。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、一行がギルドの建物に入った途端、冒険者達の視線がこちらに集中し、ざわめきが一層大きくなった。
「……ったく」
「あはは……ヘルガさんは何処でも人気者だね?」
不機嫌な様子を隠さないヘルガに、困ったような表情でユウリが場を和ませようとするが、荒い鼻息が返って来ただけであった。それを見たヘルガを知る一部の冒険者は、相当に機嫌が悪いらしいと勘付いてそっと建物から避難したのを見て、ステラ達も若干顔を引きつらせている。
「ちょっと問い詰め過ぎましたかね?」
「結局肝心な事は、何一つ答えてくれなかったのに」
「でもヘルガさん、あの時少しだけ、優しい目をしていました。素敵な方が、居たと思うのです」
反省しつつもしかし、どこか楽しそうな三人。マットとユウリはとても話についていけず、小さく息を吐いていた。
ヘルガが職員に用向きを伝えると、それを待っていたと言わんばかりに奥の部屋へと向かい、すぐに違う職員を連れて来た。それを見たヘルガは、あからさまに嫌そうな顔をして牙を剥く。
「ヘルガ殿と、その一行ですね。ギルドマスターがお待ちです。ご案内しますので、こちらへ」
「断る。こっちは先日の獲物の査定結果と、その代金を貰いに来ただけだ。そっちの事情に付き合うつもりはない」
やって来たハーフエルフの男性は、まるで執事のような出で立ちだった。冒険者ギルドと言う組織にはおよそ似つかわしくないそんな彼に対し、ヘルガは有無を言わせるつもりもないような口ぶりである。
「ギルドマスターとの会談後にお渡しします。これはギルドとしての命令です」
「あんにゃろう……!」
「あれ程の魔物が現れ、それを撃退ではなく狩猟した。それだけの実力を示したのであれば、ギルドとしても遊ばせる訳にはいかない。シルバープレートの位を頂く貴女なら、その意味はご存じでしょう?」
正面から正論をぶつけられ、ヘルガは隠そうともせずに舌打ちする。彼女の珍しい行動に、一同は目を丸くしていた。
「それではご案内いたします。皆さんもついてきてください」
ヘルガの態度を気にもせず、男は淡々と自分の業務をこなす姿は、どこか恐ろしいとさえ感じさせるほどであった。ユウリ達も一瞬気圧されるように、彼に対して静かに頷き返してその後に続いた。
一行は四階にある一番奥の部屋へと通される。室内は明るく広々としていて、ベルンの支部長室とどこか似た雰囲気なのは、ある意味当然だろうか。しかし内装の方はこちらの方が豪奢になっており、床にはふかふかの青い絨毯で精緻な刺繍が施されている。燭台も精緻な彫刻が施された物のようで、こちらも高価な物なのだろう。
思わず内装に目を奪われるが、背後で扉が閉まった音が聞こえて、一行は現実に引き戻された。
「はじめまして、皆さん。私がこのメイージュの冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスター、ロドルフォ・サウセドと申します。家名の通り、この国の貴族であるサウセド男爵家に連なる者ですが、縁あってここのギルドマスターの役職を頂いております。そして、お久しぶりですね。ヘルガ」
「こっちとしちゃあ、出来るだけ会いたくなかったけどね」
部屋の主が立ち上がって丁寧に名乗るが、ヘルガは不機嫌そうな態度を隠しもせずに睨みつけた。だがそんな彼女の迫力もどこ吹く風と、ギルドマスターを名乗ったロドルフォには通じないようだ。
「貴女がたのパーティを呼びつけたのは、他でもありません。かの【剛剣】の相棒であり、【鉄虎の女傑】である貴女にしか頼めない案件があるのです」
「他の銀級に頼みな。それはわざわざこの街に来たばかりの、流れ者に出すような依頼じゃない」
殆ど前置きも無しに依頼の話に入ったロドルフォを、ヘルガは真っ向から切り捨てるように断った。一見して至極真っ当な主張ではあるが、それを覆せるだけの理由があるのか、ロドルフォに動揺した様子はない。
「なるほど、一理ある。ですがヘルガ。貴女はここで既に、実力と実績を示した。何日もあのデムルの森を探索し、レッドホーンベアを倒してしまった、という実績をね。ああ、先日の魔物の買取に関しては相応の額を用意してあるので、話の後に持ってこさせましょう」
「……他のシルバープレートパーティに出来ないなんて、言わせないよ?」
「ええ、出来るでしょうね。シルバープレートだけのパーティが、全員で戦うならば、ですが」
ヘルガの反論にも眉一つ動かすことなく、ロドルフォは淡々と言葉を続ける。その姿はとても冷たく、人の姿をしていながら、人の温度を感じさせないもの。彼らに口を挟むことが出来ないユウリ達ですら、背筋が冷たくなるような感覚を味わった程だ。
「ヘルガ。貴女はカッパーが二人、オブシダン一人、そして冒険者になりたてのノービスプレートを二人も引き連れて、あのデムルの森で何日も活動し、あの魔物を倒している。そんなことが他のシルバープレートに出来ると? それも女子供ばかりで」
「……」
「レッドホーンベアだけでも異常であり、他の大型の獣と魔物も複数を仕留めて、全員が無事でいるなど常識的には有り得ない」
ヘルガは何も言わない。ただ静かにロドルフォを睨みつけているだけ。それを意にも介さず、ロドルフォは続ける。
「今の貴女はシルバープレートを超え、ゴールドプレートに至れるだけの実力があると判断します。少なくとも、スキルが使えるようになっているのでしょう?」
ゴールドプレートに至る為の条件の一つとして、ギルドその物への貢献度と、スキルまたは魔法と言う超常の力を使えるかどうか、というのが基準の一つとなっている事を、ロドルフォはユウリ達にも説明する。故に今のヘルガは、再び周囲を黙らせられるほどの功績を示しさえすれば、ゴールドプレートへの道が開けると言う。
実際、ユウリ達と出会う前のヘルガに対して、ゴールドプレートにならないかとベルンの冒険者ギルドが打診していた。
その時の彼女は不完全ながらも、気功スキルを半ば無意識的に使えている。そして普通の冒険者では成し得ない功績を挙げ続けており、常人を超えた戦闘能力を持っていると判断されていたからだ。
ゴールドプレートとは即ち、英雄と同義だと言っていい。国に一人いるか居ないかと言われる、ヒトの領域を超えた存在。
国や貴族がこぞって召し抱える為、ゴールドプレート自体も殆ど居ないのに、最早幻となっているプラチナプレートという更に上の位階があるのもおかしな話だと、素朴な疑問が自然とユウリの口から洩れ出てしまった。
するとロドルフォが言うには、なんでも遥か南の国々には何組か、プラチナプレートに至った真の英雄と言うべきパーティが本当に存在するらしい。
そんな風にわき道に逸れる彼らを無視するように、ヘルガが不快だと言わんばかりに口を開いた。
「ゴールドだあ? 冗談じゃないよ! 私がシルバーに上がった事で、どれだけの嫌がらせを受けたと思っているんだい! 私だけならまだいい。当時の仲間や他の冒険者にまで仕事に支障が出たのを、忘れたとは言わさないよ!?」
「……貴女のそれは、的外れな八つ当たりだと分かっていて、言っているのですか?」
「ギルドは何もしてくれなかったじゃないか! アレが嫌がらせでなきゃ、何だと言い訳するつもりだい!?」
ヘルガが吼える。当時、被差別階級であった亜人の中から、冒険者とは言え在野における最高位の称号を授かった事を、苦々しく思う者は相当な数が存在していたらしい。
冒険者ギルド自体も散々足を引っ張られ、ロドルフォ自身も実家の力を借りつつ対処に奔走していた。その事で結果として、実際に動く冒険者達へのフォローが、碌に出来ていなかったのは事実だ。
だが元々冒険者の仕事は自己責任であり、ギルドは仕事の斡旋や獲物の買取などの便宜を図り、税金や行政上の手続きを代行する組織なのである。あくまでも民間の一企業に過ぎない。
冒険者個人を保護するものではないからこそ、彼らは自由に動けるし、他所の都市や国へと比較的気軽に移動できるのだ。
「冒険者達へのフォローにまで、目が行き届かなかったのは事実です。が、ギルドは依頼内容とその結果を照らし合わせ、極々当然の評価と、報酬と、地位を与えただけに過ぎません」
「だったらどうして私以外で、亜人のシルバープレートが居ない!?」
「……非常に業腹な話ですが、周囲を黙らせられるだけの功績を挙げた者が居なかった。それだけです。貴女と【剛剣】のように、怒り狂うサイクロプスのような、国が対処しなければならない程の大物を、たった二人で仕留めた。それだけの力を示すことが出来た者が、居なかったのです」
「……」
「そうでなければ、幾ら正当に評価してやりたくとも、周りが嘴を挟んでくるのです。ええ、他所の組織の癖に、わざわざうちの経営方針にまでね」
ここにきて初めて、ロドルフォが感情らしいものを見せる。腹の底でぐらぐらと煮え滾る溶岩のような、静かな激情が確かにそこにはあった。
またサイクロプスという、単純な強さだけならネメアンライオンをも凌ぐ相手を、たった二人で倒した事にも驚きだ。だがそんな周囲の反応など、二人の耳目には入っていない。
「貴女がどう思おうと、この依頼はギルド命令です。冒険者を続けるつもりなら、拒否権はありません」
「……チッ!」
「場所は街道を北に向かった国境地帯。此処よりも随分と荒れ果てた土地ですが、トレアート都市国家群から来た隊商に釣られてしまったのか、魔物の活動が活発化。この国にも影響が出ているそうです。それらを可能な限り、排除してください」
「私たちだけで、じゃないだろうね?」
「そんな愚は犯しません。既に幾つかのパーティが向かっているので、運が良ければ到着する頃には、全て片付いている事でしょう」
「どうせそんなことにならないから、私らにまで声をかけたんだろう?」
既に他の冒険者が動いているのなら、よほど危険な相手でも居ない限り問題は無い。事実ギルドマスターは、パーティとしてこの依頼を受けさせるつもりなのだ。
魔物の数が多くて広範囲に渡って被害が出ていると見た方がよく、ヘルガと言う強力な応援を派遣する事だけが目的ではないのだろう。
「貴女がたがレガント翁の工房で、新しい装備を発注しているのは知っています。それが完成してからで構いませんので、準備が整い次第、現地に向かってください」
「討伐した魔物の分だけ報酬が上乗せされる、ってことでいいんだね?」
「ええ。なので証明可能な部位は、持ち帰ってくる事を推奨しますよ」
渋々了解を告げ、ヘルガはユウリ達を先に退室させた。
そしてロドルフォと向き合う。少しだけ躊躇いながらも、彼に尋ねなければならない事があったのだ。
「一つだけ。……アイツは、まだここに居るのかい?」
「ええ。彼は今も一人で、貴女の帰りを待っているようですよ」
「……私はもうアイツとは組まない。自分のパーティがあるんだ」
「それはご自分で解決してください。では、健闘を祈ります」
過去は影のように寄り添い、決して自分から切り離す事は出来ないのだと、思い知らされた。
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