第五十一話「続・この世界の事を知ろう」
アイリスによるこの世界の一般常識についての説明は、まだまだ続く。亜人を率いる魔王と言う存在と、人間国家との対立について触れた後は、魔王と同じような存在と思われる者に関する話だった。
「えっと、魔王に関連する人物として、冥王についても説明します。冥王は私が教わった一番古い記録では、百八十年から二百年ほど前に現れ、先程も言ったグレイヴマウンテンという、アンデッドの巣窟を根城にしたのだとされています」
「冥王も、他の国と戦ってるの?」
「……それが、なんとも言えません。冥王自体は殆ど姿を見せず、グレイヴマウンテンから出てこないそうです。ただアンデッドが増殖する事は喜ばしいことではないので、周辺の国々が何年か置きに、大規模な討伐を行っているそうなのですが……」
「まあ、成功したって話は聞かないね」
ユウリの疑問に対してアイリスが言葉を濁すと、結果は芳しくないようだとヘルガが苦笑した。グレイヴマウンテンにアンデッドが増えれば、更にその周囲にもアンデッドが引き寄せられ、生まれやすくなってしまう。
そんな事態を見過ごせる訳もなく、周辺国は定期的に山の麓のアンデッドを駆除して回っているのだと言う。
「えー、話は少しそれましたが、冥王と魔王は互いに対立しているらしいとの事です。そのお陰で進路上にグレイヴマウンテンが在る為、魔王の侵攻は遅々として進まず、精々その辺の野盗と同レベルの悪さしか出来ていない、ということなのだそうです」
「……うーん。冥王っていい人なの?」
「そんな事は無いと思いますが、同時に人間の国が魔王の国に攻め込めない理由でもあるので、ワタシが教わった知識だけでは、何とも言えませんねー」
冥王に関する情報は殆ど無く、グレイヴマウンテンに攻め入った軍の記録しか残されていないと言う。そのどれもが互いに大きな被害を出しての痛み分けであるとされ、冥王と言う存在の実在すら怪しくなってくる。
しかしグレイヴマウンテンの存在が魔王の侵攻を食い止めているのも事実であり、冥王が居ないと言うには周辺への影響が大きすぎる。
「なるほど……うーん」
「難しく考える必要はないよ。自分達からちょっかいを掛けなきゃ、私らには基本的に無関係なんだからね。知識として知っておけばいいってだけだよ」
魔王と冥王。そのうち戦わなければならなそうな相手について聞かされ、本当に挑むべきなのかとユウリが本気で悩みだしたのを見て、ヘルガが慌てて止めるようにその必要は無いと諭す。
するとユウリもホッとしたような表情を浮かべて、とりあえず自分には関係のないものとして、頭の隅に追いやった。
「そっか。それじゃあ、僕が気になってる事を聞いてもいい?」
「ええ。私にわかる事でしたら」
「えっとね。金貨と銀貨って凄く綺麗でしょ? でも銅貨類は全部なんていうか、歪だよね。造りとか」
じゃらじゃらと小銭を出して、双方の違いを示すユウリ。 この世界に来てずっと不思議に思っていた事を聞ける、良い機会だと判断したのだ。
取り出した金貨と銀貨はデザインこそ同じだが、銀貨の方が一回りほど小さい。銅貨は金貨と銀貨にデザインを似せて作られているが、形が歪である。その下に半銅貨と小銅貨があり、一般に使われているのはこの銅貨類であった。
それを見てアイリスは、小さく微笑みながら頷いた。
「ええ、勿論存じております。まず金貨と銀貨、そして銅貨類の違いについてですが、その事を語る上で先にダンジョンについても、説明させて貰おうかと思います」
「ダンジョン?」
「はい。ダンジョンとは、古くから存在する不思議な空間のようなもの、とされています。ある種の異界でもあると言われてまして、その中は罠と魔物と宝物に溢れ、ダンジョンの最奥には非常に高度な魔法の宝物が眠っている、ともされているのです」
この世界の通貨に感じた疑問を問うただけなのに、何故そのような場所の説明になるのか。ユウリは不思議そうに首を傾げた。
アイリスもそれが分かっているようで、一つ頷いて更に説明を続ける。
「ダンジョンで得られるものは魔法の宝物だけでなく、莫大な銀貨や金貨もあるのだそうです。なんでも神代に流通していたであろうという、非常に純度の高い金と銀が用いられており、全て同じデザインで一切の歪みを持たず、金貨と銀貨はそれぞれ重量も大きさも全て完全に一致しているという、どれほど高度な技術を持つ職人であっても、再現できない特殊な物なのです」
ユウリは思わず目を見開いた。ダンジョンからお金が得られるという、まるでゲームのようなシステムに驚きを隠せないは仕方がないだろう。ステラはダンジョンの存在は知っていたらしく、余り驚いていないようであった。逆にマットとルナは知らなかったらしく、凄い凄いとはしゃいでいる。
「少なくともこの大陸にはいくつものダンジョンがあり、ダンジョンを擁する国や都市が、それらを共通の通貨として使いだしたのが始まりとされています。ただ金貨や銀貨の産出量は一般に流通するには少なく、そう多くは使われていません。なのでそれぞれの国で自国の通貨として、ゴルンの下にセタという単位と、ヒトの技術で作られた銅貨が使われているのはこの為です。このセタと言う単位も多くの国で採用されており、仮に名称が違っても銅貨類の価値には大きな違いはないそうです」
銀貨以上の硬貨はダンジョンから持ち帰られた物で、銅貨以下の通貨はヒトが作った物。意外ではあるが、確かにそう言う理由であるならば、貨幣の出来の違いにも納得がいく。
「それと、ユウリさんは金貨と銀貨を見せてくださいましたが、それらよりも希少な大金貨や白金貨は、流石にお持ちじゃないようですね?」
「え、そんなのもあるの!?」
「はい。デザインは同じなのですが希少すぎて、それぞれの価値は大金貨が金貨の十枚相当、白金貨は大金貨十枚に相当する価値となっております。流石にこれだけ希少価値の高い貨幣ですので、大商人や大貴族、または国の取引などでしかお目に掛かれないものなのだそうです」
更に高価な硬貨もあるのだと聞いて、ユウリは思わず声を上げる。少なくともゲームだった頃には金貨しか存在せず、金貨一枚を一円だか十円だかのノリと感覚で、皆が使用していたのだ。焼き鳥とか一本金貨五百枚とかで売られていたからこそ、ギャップの大きさに眩暈を覚えた。
金貨が高価なものなのはこの世界に来て割とすぐに理解してはいたものの、ここまで色々と違うとゲームだろうからと目を逸らし続けなくて良かったと、内心冷や汗が出ていた。
そんな彼の心の内を知ってか知らずか、ヘルガがくしゃくしゃとユウリの頭を撫でる。同じようにステラもそっと背中を撫でてくれたのは、ユウリが思ったよりもショックを受けている事への心配なのだろう。
「ついでなので、ワタシが知る限りのダンジョンについても、説明しますね」
アイリスの説明ではダンジョンとは、古代遺跡のように危険な罠や強力な魔物が存在している、危険な場所なのだそうだ。浅い層であれば魔物も弱く、腕に覚えのある者なら何とかなるらしい。
また内部で手に入れられる財宝は、比較的浅い部分で手に入るような物ですら、非常に高価で貴重な物が多い。魔剣なども極稀に産出するのだが、それよりも物が大量に入る魔法の袋などが一般には望まれる事が多いと言う。
またダンジョンの数自体はそう多くはないが、人知れず存在しているものも少なくはない。こういった人知れず存在していたり、管理されていない物は基本的に誰にも手が付けられない高難度なダンジョンらしく、安易に挑むのは死を意味する。
ダンジョンはどこであっても攻略は難しく、踏破した者は少ないとされており、先述の通りダンジョン探索では魔剣の入手例もあるため、かなりの頻度でその国の騎士団や専門の調査チームが入ることさえあると言う。
「という訳でして、ダンジョンはとても貴重で有用な資源であり、また国の武力と財政さえも支えるものだと思っていただければよろしいかと」
「一つ追加するなら、ダンジョンに挑む事は冒険者にとっては憧れみたいなものでね。魔剣を手にすればそれだけ名を上げるだけの機会が巡ってくるし、それを売って安穏と暮らす事も出来る。そういうものなのさ」
「魔剣自体が、国の武力の象徴ですものね。強力な魔剣、または聖剣と呼ばれる物は、多くの国が血眼になって探しているのだとか」
魔剣については詳しく知っている訳ではないとの事で、アイリスは少し申し訳なさそうに頭を下げた。ヘルガは上出来すぎるくらいだと賞賛しており、ステラも人間社会は本当に面倒で複雑だと呆れている。
その隣ではマットとルナがそろそろ舟を漕ぎ始めており、気付いたステラが二人の上にマントを掛けてやっていた。
ヘルガやアイリス、そしてステラも先程の内容から、その内ユウリがダンジョンに挑みたいと言い出すだろうと考えている。可能な限り、世界樹を植える場所を探すと言う使命を優先して欲しいところなのだが。
『ダンジョンか……へえ、面白そうだな』
黒竜のテュポーンまでもがこの調子なので、そのうちダンジョンを見つけたら行かざるを得ないだろうと、彼女たちは遠い目をするのであった。
せめてもの救いは、この周辺の国々にはダンジョンを擁する国がないと言う事。急にどうしてもダンジョンに行きたい等と我儘を言われない限り、まず挑む事もないだろう。
その後はこの周辺の国々の歴史を交えた簡単な説明をしたところで、アイリスも流石に疲れたらしい。ステラが用意した飲み物でのどを潤しながら、次は何を教えるべきかと悩んでいるようだった。
「あとはやってなさそうなのは、宗教関連でしょうか。意外と自分が信仰している神様以外は無知であるという方も多いので、有名なところは御教えしておくべきでしょうし。あとはローヴィス教についてや、神々の神話についても触れておくべきですかねぇ?」
「そっちはまた今度でいいさ。マットとルナも寝ちゃったし、アイリスもかなり疲れただろう? 今日はこのくらいにして寝ようじゃないか」
「そう言っていただけると助かります」
そう言ってヘルガが終了を告げる。何時もならとっくに眠っている時間であり、ユウリも何度かあくびを零しているのだ。アイリスもホッとした様子で、ゆっくりと頷いた。
「それでは皆さん、おやすみなさいませ」
アイリスが優雅に礼をすると、ユウリ達は既に眠っているマットとルナを抱えて、それぞれの部屋へと向かうのであった。
本当は前話で終わってたはずが、お金とダンジョンについて入れてたら分割せざるを得なくなったと言うオチ。
ダンジョンは今後行く機会はある筈なのですが、大分先の話になりそうです。
ただ金貨や銀貨、マジックアイテム類の出所として重要な位置を占めており、今まで触れられなかったので思い切って説明させていただきました。
次の話からはちゃんと通常進行に戻ります。はい。




