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第三十九話「宴会の後は買い出しをしよう」


 支部長の部屋に残っていたのは、ダグとヘルガの二人と、部屋の主であるグイン。


「……本当にそれでいいのか?」

「流石にこの街を出るしかないからね。急ぎ貰えるだけの資金だけあれば十分さ」

「ヘルガ……」


 少し大事な話があるからと、ヘルガはユウリ達だけを退出させて残ったのは、報酬の一部権利の放棄と、譲渡についてだった。

 彼らはネメアンライオンのような特殊な魔物を、一部とはいえ持ち帰って来た。本来なら査定にも数日を要する。それらの権利はダグ達や他のパーティに譲渡するとヘルガは言い出したのだ。

 ダグやグインは目を丸くして驚いていたが、ヘルガも考えを変えるつもりはない。もうユウリの事を隠し切れないのだから、すぐにでもこの街から旅立たなければ、碌な事にならないだろう。

 その為に手っ取り早く現金を手に入れ、数日中に旅に出る。既にその方向でユウリ達や、ダグ達のパーティとも意見を纏めている。


「……わかった。まあ聖剣と同等かそれ以上と思われる、神剣などと言う代物を扱う少年が、普通の人間であるはずもない。あの小さな黒い竜が、手を出していい類の存在ではないのも、嫌と言うほど理解したからな」

「すまないね支部長さん。悪いけどこの街を守る意味でも、貴族に目をつけられる訳にはいかないんだよ」

「全くだ。折角有望な新人たちが優秀なベテランに弟子入りして、まさにこれからだと言うところで、ベテランごと手放さなきゃならんのだからな」


 その損失は計り知れない。今回の調査と討伐だって、彼女たちのパーティが居たからこその成果なのだ。だがこれ程の魔物が出た以上、領主への報告義務が発生するのも事実。

 ならば貴族が動き出す前に、彼らを快く送り出すしかないだろう。

 グインは何度目かも分からない、溜息を零した。


 支部長の執務室を後にして、それぞれが今回の報酬を受け取った後。ユウリ達は多くの冒険者に囲まれていた。

 彼らを囲んでいたのは、先の調査と討伐に参加していた冒険者達だ。無事に戻って来れた事を喜び、宴会を開くために主役を待っていたと言う事らしい。

 ヘルガ、ステラの両名としては十分な報酬が入った以上、早いところ旅の準備を整えて、この街から移動してしまいたいところだ。ギルドには異動の手続きを頼んであるので、早ければ明日にでも許可が下りるだろう。

 今回の戦いで、ユウリの異常な強さは本物である事が冒険者中に知れ渡ってしまった。領主への報告は、支部長があれこれ理由をつけて遅らせてくれるとのことで、多少の余裕はあるだろうが、油断はできない。

 そんな保護者達の考えなど露知らず、少年二人は楽しそうだと自分達から、冒険者の方に混ざりに行ってしまっている。とはいえ、ここ数日は移動と野営で退屈していたところでもあり、彼らを咎める気にもなれない。

 本来なら無事に生きて依頼を達成できたことを祝して、盛大に騒ぐのが冒険者のお約束だろう。


「今回は仕方ないね……」

「ユウリも怪我人を運ぶのをずっと手伝っていたから、羽を伸ばしたくなる気持ち、よくわかるわ」

「帰った途端、大騒ぎ。その上すぐに支部長から呼び出されて、休む暇もなかったのは、ちょっとあの子等には耐えられなかったか」


 ヘルガやステラにしても、少しくらいは休みたいと言うのが本音だ。ユウリの事が公になった以上、急がなければならないのは事実なのだが、それでは気が滅入ってしまう。

 ユウリが冒険者として現実を受け入れ、少しだけ精神的に成長したのはいいが、それですぐに心構えが出来るかと言うと、現実はそう甘くはない。こういった息抜きでストレスを発散させなければ、思わぬところで躓いてしまうかもしれない。

 保護者の二人は小さく息を吐いて、騒いでいる彼らの輪へと混ざりに行くのだった。


 宴会はギルドに併設された酒場で行われた。騒がしく、何度も乾杯の音頭と共に酒を煽る。

 ユウリやマットは日本ならば酒はまだ早い年齢なのだが、こちらでは少し勝手が違う。元々飲用水が豊富ではない為、薄めたエールなどの酒を、水代わりとして飲むことが多い。

 なのでユウリやマットも挑戦したのだが、口に合わず駄目だった。喉を潤すだけなら我慢すればいいが、好き好んで飲みたくはないものと、彼らは後に語る。

 それを見たヘルガが、ユウリが何かをやらかそうとする前に、果実を絞ったジュースを渡してやると、普段のヘルガを知る者からは驚きの声が上がり、思わずヘルガがそいつらを締め上げると言う、珍しい人物の暴走を見る事にもなった。

 中にはユウリに挑もうとするチャレンジャーもいて、比較的安全な方法として腕相撲大会を始めたりと大変賑やかであった。その中にダグやアランが混ざっていたり、ノノラがマットを巻き込んで周囲から挑戦料をせしめようとしたところを、ヘルガに見つかって大目玉を喰らったりしていたが、概ね楽しんでいた様子だ。



「隣、いいかしら?」

「……」


 騒がしい喧騒の中、ふと見慣れたフードの男が目に入り、ステラは彼の席に向かう。ユウリとマットは、ヘルガが見ているので大丈夫だろう。彼女は自分が気になっていた事柄を確かめたいと思い、男に声を掛けた。


「……キール。貴方、『森を捨てた民』の末裔ね?」

「……チッ。何しに来た、エルフ」

「別に喧嘩したいわけじゃないの。ダークエルフと会うのは初めてだったから、気になっただけよ」

「出会った初日から、こっちに妙な視線を向け続けてたのは、やっぱりそのせいか」


 不躾なステラの言葉に、キールは不機嫌な態度を隠そうとはしない。しかしステラも気にした風はなく、元々それを込みでわざわざ話しかけてきたようだ。


「一つ、訂正しろ。我々はダークエルフじゃない。誇り高き砂漠の民、デザートエルフだ」

「デザート、か。そう名乗ってるのは知らなかったの。ごめんなさい。それはそうと、貴方はなぜ精霊魔法を使わないの?」


 濃い褐色の肌とエルフ同様に尖った耳をもつ彼らは、一般にダークエルフと呼称される。本来は沙漠などの乾いた土地で暮らし、少ない緑を守りながら生きる、逞しい種族だ。故に彼らは自分達を、デザートエルフと名乗るのだと言う。

 遥か昔に枯れ果てた森を見捨てず、残された僅かな緑を守り育てるために、エルフから別れた種だとされている。

 かつて袂を別った種族と言えど、エルフであるなら精霊の力を借りる素養がある筈だ。ネメアンライオンとの戦いでも、彼が魔法を行使していれば、ヘルガは随分と有利になっていただろう。彼女はそれが疑問だった。


「……俺は混血だ。人間だった父と、デザートエルフだった母とは早々に死に別れ、魔法など使えん」

「そうだったの。でも貴方は無意識に、精霊の力を借りているんじゃない? もっとちゃんと周りを見て、受け入れなさい。そうすれば精霊はおのずと応えてくれるわ。わたしに言えるとすれば、それだけ。良い眼をしているから、優れた精霊使いだと思っていたのだけど、勘違いだったのね。教えてくれてありがとう。貴方に、精霊の声が届きますように」

「……礼は言わん」

「わたしが好きに喋っただけだもの。気にしないわ」


 そう言ってステラは席を立つ。彼女の眼には、最初からはっきりと見えていた。彼の周りに、精霊たちが集っている事を。

 この宴会の後、キールは新たに精霊魔法に開眼し、ダグ達のパーティが更なる快進撃を始める前日譚として語り継がれることになるのだが、それはまた別の話。


 そのまま宴会は、夜遅くまで続くのであった。



 嵐のような宴会が終わり、ぐっすりと休んだ翌日。ユウリ達はギルドに顔を出す前に、あちこち買い物に出かけていた。

 街は相変わらず騒がしく、特に市場は客を呼び込むために声を張る者達の声で、会話するのも大変だった。なので道行く人々の話し声も、どうしても大きくならざるを得ず、更に呼び込みの声を張り上げると言う悪循環になってしまっている。


「今回の報酬で、旅に出られるだけの額は入った。今日準備して、明日早くに出発するからね?」

「仕方ないけど、本当にゆっくりする暇もないんだから、本当に人間の街って忙しないわ」

「狩りをするのと一緒さ。準備が大事だろう?」

「この場合、わたし達が狩られる側じゃないっ」


 昨日までの仕事と、その後の宴会の疲れを感じさせないヘルガに対し、気怠そうにステラが愚痴を零す。よほど不服なのか、半眼でこちらを見るステラに、ヘルガは思わず大笑いする。そんな彼女たちの様子を不思議そうに眺める、お子様二名。

 彼女らがこの喧騒の中、どうやって会話しているのかと言うと、ステラが風の精霊の力を借りて、通常の音量でも話せるようにしているのだ。これもユウリから彼女に渡された、魔力を常時回復する指輪のお陰で、少量の魔力消費なら気にせずに済むようになったからこその、贅沢な魔法の使い方である。

 普通の魔法士なら冒険者の場合、使う魔法にもよるが、一日に十未満の回数しか魔法が使えない者が多い。魔力が豊富なエルフで、精霊魔法の修行を積んできたステラでも、一日で十五には届かない、と言った程度だった。

 それが即座に回復とまではいかないものの、こういった小技みたいな魔法の使用回数に、制限がなくなったのはとても大きい。


「食料の買い出し以外で、何か必要な物ってないの?」


 人混みの中で迷子にならぬよう、ユウリはマットを肩車しており、その左右にヘルガとステラが立っている。この並びも近頃はユウリへの、無断買い食い対策用のフォーメーションとなりつつあるのが趣深い。

 先程から購入しているのは、どれも食材ばかりだ。もっと冒険者らしい買い物をするんじゃないかと、ユウリが疑問に思うのも仕方がないだろう。

 そんな彼の様子を見て、ヘルガは苦笑する。


「……そこは悩みどころなんだよね。ユウリが居ると様々な前提が崩れちゃうから、読めないんだよ」

「旅でその辺にある自然の物を使わないなんて、街に慣れるってのも困り物ね。でもユウリの鞄を使うなら、個人的に野菜や果物は多めに欲しいわ」


 悩ましいと頭を抱えるヘルガと違って、ステラは割と自分の願望に素直なようだ。エルフの彼女からすれば、手持ちの武器と多少の食糧があれば問題ない。必要な物は全て森で手に入れるのが、当たり前だったからだろう。

 意外なところで街に暮らすものと、森のエルフとの価値観の違いが見られ、ヘルガは苦笑する。


「本当だったら、私の武器防具の修繕や、場合によっては買い替えたりするんだけど、次の町に行くくらいまでなら持つだろうから、ちょっと保留だね。この手のものは時間が掛かっちまうから」

「その間はわたしの魔法で補佐しつつ、ユウリの剣に期待ね」

「うん。任せてよ!」

「おれも頑張るよ!」


 そんないつもと変わらぬ、和気藹々とした彼らの姿。そんな彼らをそっと、不自然にならないように見つめる姿が複数あることを、この人混みによってユウリやヘルガでさえ、気付く事は出来なかった。



(種族の違いさえなけりゃあ、仲の良い姉弟だと言われても、違和感はねえな)


 観察対象を見て思った事は、そんなありふれた感想だった。このベルンの街における冒険者の最高位、銀の称号を持つ虎女。その戦闘能力と功績は同じ銀の中でも突出しており、性格は冒険者らしく荒々しいが、面倒見は良くて義理堅い。

 領主からの覚えもめでたく、直接の面識こそないが有事の際に、まず彼女に依頼が出される程度には、便利に利用されている女だ。

 それはそれだけの実力を備えている証拠でもあり、だからこそこのような迂遠な方法で、彼女ら一行の動向を視界に入れている。

 これがどのような感情であれ、じっくりと観察するような視線であれば、主目的の少年はともかく、虎女は気付いた事だろう。そうではない、たまたま目に入った光景を見ているだけのような視線では、気付けと言う方が無理がある。

 それも熟練の腕の立つ者が複数、彼らを囲むように監視しているのだ。


 違和感はすぐに現れた。不思議なことに彼らは、会話がとても少ないように見える。この喧騒の中では盗み聞きをするのも難しく、口の動きを読むほど相手を注視すれば、手練れの虎女が察知しかねないので、諦めざるを得ない。

 近付き過ぎるのもリスクが高く、なかなか手強いと言える。


「アレが噂の冒険者か。あんな子供がねえ?」


 どこにでもいるような、ヒトの良さそうな見た目の男が小さく呟く。多少の独り言など、市場の喧騒に掻き消されるのだから、例え獣人の耳を以てしても拾う事など不可能だ。

 申告された年齢にしては、随分と幼げで華奢な愛らしい姿。娼館でも十分に客が採れそうな整った容姿からは、大きな武器を揮うなど想像もつかない。

 しかしあの虎女に一度は勝利し、魔物も仕留めていると言う話だから驚きだ。ロクセイル山の魔物騒ぎも、少年の活躍で解決したらしいとくれば、自分達の主が目をつけるのも当然だろう。

 エルフの女も優秀な魔法士である可能性は高いので、オマケとして主が所望するかもしれない。あれはかなりの上玉だから、ソッチの意味でも存分に役立つのは目に見えている。


 人攫いをするわけではない。あくまでも調査と監視が仕事だ。とはいえ主の意向次第では、どのような方法を使ってでも手に入れる事になるだけだが。


(買い物するだけだからか、完全な丸腰か。虎女が一緒とは言え不用心……ん?)


 小腹が空いて干し果物を買いながら、横目で彼らを見ていた時。丸腰だったはずの少年が、いつの間にか肩掛けの鞄を持っていた。そんなもの誰も持ち歩いているはずがないのに、だ。


(いつの間にあんなものを買った? 誰か見たか?)


 離れた所に居る別の仲間に視線を送る。帰って来たのは、困惑の表情。周囲に目を走らせると、他の者達も明らかに混乱した様子が見て取れた。


(まさか、魔法の宝物か? あんなガキが!?)


 明らかに入りそうにもない量の購入物を、その鞄はするすると呑み込んでいく。全てを入れ終わると少年は満足気に笑い、次の瞬間、鞄は風に溶けるように消えてしまった。

 有り得ない光景に、驚かないよう装うことに全神経を使う羽目になる。見ようと思えば彼らを見れる位置にいるとは言え、状況的には彼らを見ているはずがない姿勢だったのだ。ここで下手に動揺すると、間違いなくばれるだろう。

 男は必死に自分を抑え込むも、表情が引きつりかけているのを、嫌でも感じるのだった。


(こりゃあ大至急、主に報告だな)


 同じことを考えたのか、既に一人がこの場を離れようとしていた。報告は任せても良いだろうと、男はごく自然に買い物を続ける。監視対象の一行から付かず離れずの距離を保ちつつ、久々に嫌な汗を流したと腕で額を拭った。


面倒ごとは魔物だけでなく、寧ろ人の住む場所にこそ湧いてくるもの。

彼らが街から逃げ出すのが先か、それとも……?

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