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第三十七話「偉い人に呼び出された」


 その日、ベルンの冒険者ギルドは、割れんばかりの歓声に包まれた。

 領主から押し付けられた無理難題。それこそ最悪ギルドが立ち行かなくなる程のダメージを負いかねない、危険な討伐クエスト。それが見事に果たされたのだ。

 相手の正体も分からない、どれほど強い魔物なのかすら分からない曖昧な依頼に対して、十分な成果と呼べるほどの大物が担ぎ込まれてきた。

 いっそ不自然なほどに、頭から綺麗に真っ二つにされている不死身の魔獣とも呼ばれた獅子は、並の刃を通さない程の頑強さだ。唯一その皮を切裂くことが出来たのは、獅子自身の鋭利な爪と牙のみ。

 それだけでも冒険者だけでなく、国軍ですら傷をつけられるか怪しいほどの相手だと、誰もが戦慄するには十分だった。

 他にもオークの群れが居た事も判明しており、上位種が居る事から領主へと報告され、ロクセイル山から下りて来ないよう防衛に力を入れてもらう必要があるだろう。

 しかし今回の討伐依頼を出すような領主である。ギルドの職員たちからは再び依頼として、領主がやるべき仕事を押し付けられるのではないか、との見方が強い。



「しかしまあ、不死身の魔獣とはね。話にだけは聞いたことがあったが、まさか実在するとはな」


 ベルン冒険者ギルドの建物の中で、最も立派な部屋の主はそう呟いた。

 この街の冒険者を統括する、支部長のグインその人である。


「じゃあ、詳細を聞かせて貰おうか。ダグ、そしてヘルガ」


 支部長の部屋には現在、ユウリ達とダグ達の即席混成パーティが揃っている。というのも、今回の依頼で組んでいたからこうなっているだけで、深い意味はない。ただ討伐に関して中心的な役割を果たしているから、彼らが冒険者達を代表して呼ばれたと言う理由はある。

 どこか張りつめた空気の中、マットが少々おっかなびっくりと言った様子で、忙しそうに首を動かして部屋の中を観察していた。


「ネメアンライオンとかいう、物理攻撃にやたら強い魔物だそうだよ。実際、こっちが全力でモールを叩き込んでも、まともに痛痒を与えられた様子はなかったね。対処法は罠を張って水や沼に沈めるか、魔法で倒せ、だってさ」

「とりあえず、魔法もないオレらアイアンプレートじゃあ、どうしようもなかったな。実際ヘルガが戦うところを見ているだけだったし、間に割って入ることも出来なかった。下手に入ってたら、すぐにズタズタにされてただろう」


 促され、ヘルガとダグがそれぞれネメアンライオンについて語る。というのもこのような魔物と戦って、満足に生きて帰って来られた例は少なく、ギルドとしても貴重な情報となるからだ。

 しかし支部長のグインは、彼らの報告を聞いて訝し気に視線を向けて来る。


「ダグの方はまあいい。だがヘルガ。アレを仕留めたのは自分じゃないと言いたげだな」


 鋭い視線を向けるグインに、ヘルガは気にした風もなく、当然とばかりに頷く。


「悔しいけど、私じゃあないよ。ウチの期待のルーキーくんのお手柄さね」

「まあ、オレ達以外も見てるから、他の奴らに聞けばすぐにわかるさ」


 これまでユウリの能力を隠し通そうとしてきたヘルガだったが、今回の件は多くの冒険者に見られてしまっている。口止めなど出来る訳もないので、ありのまま伝えるしかない。そして今後どうするかも、既にパーティ内での方針は決定しているからこそ、堂々としているのだ。

 そんな彼女の様子を見て、グインは大きく溜息を吐いた。彼女が何を考えているのか分からないが、これだけの魔物を仕留められる冒険者だ。領主が是非にと欲しがるだろう事は目に見えており、どうするべきか判断に迷う。


「あのなあ……簡単に言ってくれるなよ。何かやらかすとしたら、そこの新入りの坊主だろうってのは、こっちでも想定はしていたんだ。お前らがもう少し隠す気があるなら、今回の件はヘルガとダグ達の手柄ってことで、手を打つつもりだったんだぞ?」

「……驚いた。まさかそんな気があったんてね。でも悪いけど、目撃者がこうも多くちゃ、箝口令を敷く暇は無いしねぇ?」


 ユウリの規格外さは既に、受付担当として関わりのあったラッセや他の職員からも、支部長に伝わっているものだと想定はしていた。そしてあのような動かぬ証拠が齎されたのだ。だからこそ余計に、ユウリを今回の件で英雄として祭り上げるだろうと考えて先手を打ったら、見事に当てが外れた形となったようだ。

 だからこそヘルガも素直に驚いているし、目撃者さえ少なければ、彼女も誤魔化したかったと思っている。


「折角の有望株、しかもウチで一番腕のいい冒険者の弟子だぞ? 貴族から掻っ攫われないよう、どう手助けしようか考えてたってのによ……」

「でもまあ。ここにいるのは私らだけだろう? 期待していいかい、支部長さん?」

「まあ時間稼ぎでしかないが、善処はするつもりだ。ただアレをどうやって仕留めたのか、ちゃんと把握はしておくつもりだったから、問い詰める手間が省けたのはいいんだが……一応、お前らに事実を吐かせる為の準備とかしてたんだぞ。全部無駄になったわ」

「あははっ、そりゃあ悪かったね」


 頭を抱えるグインに対し、あっけらかんとヘルガが笑う。


「それは構わん。で、実際どうやって仕留めたんだ? 確かユウリだったな。教えてもらうぞ」


 表情を引き締め、グインがユウリの方を見据える。その歴戦の迫力に、ユウリが思わず緊張してしまうのも当然だ。どれほど強くとも、ユウリの中身はただの子供なのだから、人生の経験値が圧倒的に違うのだ。


「え、えっと。別に大したことはしてないんだけど、僕の剣を振り下ろしただけ……じゃ、駄目?」

「……剣やナイフの刃を通さない皮を、どうやって一刀両断にしたのかってのを聞きたいんだ。どんなスキルを使った?」

「スキル……ああ、うん。あれは僕の剣、フラガラッハの固有ウェポンスキルです。スキル名は確か、アンサラー」


 ユウリが促されるままに応えると、グインは目を丸くして「固有ウェポンスキル……だと?」と驚きの声を上げていた。

 固有ウェポンスキルとは読んで字のごとく、その武器でしか使えない専用スキルの事を指す。

 この世界において固有ウェポンスキルを持つ魔剣というものは、希少な魔剣の中でも更に希少且つ、強力な能力として、権力者を中心に一部の者に知られている。

 そんなものを所有している者がいるなど、誰が予想し得ようか。グインが急激に頭痛を覚えたのも、仕方のない事だろう。


 アンサラーとは「応えるもの」という意味を持つ、フラガラッハの呼び名の一つでもある。中威力程度の攻撃スキルで、クールタイムが短めの、かなり出の速いスキルだ。フレーバーテキストに書かれた、いかなる状況、状態からでも必ず相手の攻撃に対して先手を取れる、と言うものを形にしたスキルと言える。


「ユウリのアレ、派手だったからな。目を開けてられないくらい眩しい光が森中を照らして、森も山もぶった切っちまってる。ちょっと調査すりゃあ、現場の惨状はすぐにわかる事だから、隠しても意味がないってヘルガも言ってたぜ」

「……追々、調査はさせる。が、そうか。魔剣持ちか……」


 どこか楽しそうに語るダグの話を聞いて、グインはぐったりとしたように頭を抱えた。強力な固有ウェポンスキルを有した魔剣持ちなんて、公になれば国そのものがユウリを手に入れようと、あらゆる手を尽くしてくる事だろう事が予想出来るからだ。


「魔剣じゃないんだけどなぁ」

「そういう特別な武器防具は、全て魔剣と呼ぶ。違うならなんなんだ? 伝説の聖剣か?」

「一応、神剣だよ?」

「……ヘルガ」

「神剣らしいってのは、まあちらほら聞いてる。本当かどうかは、私じゃ証明できないよ。意味が分からなさ過ぎて、わざと聞き流してたからね」


 叩けば幾らでも埃が出て来るかの如く、次から次に飛び出してくる言葉は、大ホラ吹きでも言わないレベルの荒唐無稽さである。

 グインが縋るようにヘルガを見るも、彼女は最初から匙を投げており、悪びれることなく肩を竦めて見せた。

 そんな風に場が混乱し始めていたからだろうか、突如として室内の空気が変わった。圧倒的な気配が場を支配し、何らかの力に部屋全体が包み込まれている。

 誰もその場から動けず、襲い来る恐怖心に必死に抗っていた時。その声は聞こえた。


『ったくしょうがねえな。疑うってんなら、オレ様が証明してやってもいいぜ?』


 声のした方に視線を向けると、ステラの膝の上に置かれていた背嚢から、黒いトカゲのようなものが這い出して来る。いや、それはトカゲなどではない。背中には翼があり、その容姿はとても小さくはあるものの、伝説に語られるドラゴンのようですらあった。


「な、なんだそれは……!?」

「テュポーン。出て来るなんて珍しいね」

『おう。たまにはオレ様が出て行かねえと、お前は妙な騒ぎばかり起こすからな。たかだかネメアンライオンを倒したくらいで、なんでこんな騒ぎになるんだか』


 誰もが驚愕していた。姿形は小さく頼りないというのに、何故か絶対に勝てる気がしない。逆らってはならないと、本能が叫んでいる。今すぐ逃げ出せと、頭の中で警鐘が鳴りっぱなしになっているのだ。

 そんな存在が姿を現した中で、ユウリ達のパーティだけが平然としているのだから、やはり慣れと言うものは恐ろしい。


「……テュポーン様。我々のような矮小な存在であるヒトにとっては、テュポーン様には取るに足らない存在でも、十分に危険な存在なのです」

『ったく、こっちの奴らは貧弱過ぎて困る。折角オレ様やユウリが大人しくしてやってるのに、それでも大騒ぎってんじゃあ、先が思いやられるな』


 漆黒の鱗を持つ竜を膝の上に乗せたまま、どこか諦めたようにステラが窘めると、テュポーンと呼ばれた竜はわざとらしく溜息を吐いた。


「キミ、いや、貴方様は一体、何者なのですかな?」


 酷く緊張した様子で、テュポーンに話しかけるグイン。黒竜はギャアと一鳴きしてしてから、ゆっくりとステラの膝から空中へと浮かび上がり、誰もがはっきりと姿を確認できる位置へと移動した。


『オレ様は古竜の中でも最強種である【純色の鱗カラースケイル】が一柱。【純なる黒の竜ブラックドラゴン】のテュポーン様だ。戦い以外じゃいまいち頼りにならない、相棒であるユウリの世話をする、寛大な心の持ち主さ』

「テュポーンがいつ、僕の世話なんかしたのさ?」

『ステラを仲間に引き入れる切っ掛けを作ったり、持ち場を離れたお前の代わりに、冒険者どもを守る結界を張ってやっただろうが』

「ステラさんの事は分かるけど、後半のそれ僕知らない!?」

『ったくこれだから、おまぬけチビユウリは世話が焼けるぜ』


 余りにも気軽な様子で会話を交わす、一人と一匹。ステラやヘルガでさえ、何度見てもこのやり取りには慣れそうにない。例え見た目が小さいからと言って、これだけのプレッシャーを感じさせる存在を、誰が軽々に扱う事などできようか。

 そんな彼らの態度に気付く様子もなく、ユウリは不満そうに口を尖らせながら、テュポーンとギャーギャー言い合っている。


『ああそうだ、言い忘れていたな。この部屋の周りには既に、オレ様が張り巡らせた防音と探知阻害、盗聴・盗視阻害の魔法を掛けてある。部屋に入れねえようにもしてあるから、安心して話すがいい』


 次から次に飛び出して来る驚愕の言葉に、グインだけでなくダグ達までもが天井を見上げ、遠い目をするのであった。


彼ら常に最後は力技で解決するんだ……

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