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第三十話「遭遇戦」


 ユウリ達がロクセイル山に入ったのは、翌日の早朝。少し西に進んだ、見晴らしのいい場所であった。大きな岩がゴロゴロとしており、生えているのも背の低い草ばかり。どういう訳かはわからないが、この辺り一帯だけはこんな有様なのだ。他の場所だと背の高い草と木々が生い茂る森になっていて、非常に視界が悪く、探索する上ではとても厄介な場所となっている。

 彼らがこの探索しやすい場所を任されたのは、ユウリ達がまだ初心者のノービスプレートである事を、他のパーティが気遣ってくれたからだと言う。


「普段ならうちのノノラが先行して、周囲の状況を探りながら進むのがウチのやり方だ。しかし今回は何が相手になるかも分らんから、お互いに別行動は控えるって事でいいよな。ヘルガ?」

「こっちに異論はないよ。うちの子達にそんなノウハウもないだろうしね。それに今のところ周囲に変な気配もないし、何か見つけたら互いに注意し合うくらいで大丈夫だろうさ」

「よし、じゃあ気をつけて進むとしよう」


 ダグとヘルガが意見の最終確認してから、混成パーティはロクセイル山を登り始める。足場は良いとは言えず、出来るだけヒトが二人並んで歩ける場所を選んで進んでいた。

 最前列をノノラとマットが歩き、周囲を警戒。そのすぐ後ろをダグとヘルガが続く。ステラを守るようにアランが側を歩き、最後尾はユウリとキールという順番になっている。

 これはスカウトである犬の獣人ノノラが、小人のリリルト族であるマットにスカウトの基本を教えるつもりでの編成であり、接敵した場合は小柄な二人がすぐに下がって、ダグとヘルガと言う主力の二人がすぐに前に出られるようになっている。この二人ならいざと言う時に、先頭の二人を飛び越えて前に出られると言うのも大きい。

 ステラを列の真ん中に配置しているのは、彼女が切り札となる貴重な魔法士であり、最も守らなければならない対象と見做されているからである。なので熟練の盾役であるアランがあえて側にいるのだ。

 そして不意に列の後背を突かれても大丈夫なよう、重装備のユウリとフードをしたまま正体を明かさない謎の男性、キールが殿を務めている。

 この編成はダグ達の意見を取り入れつつも、ユウリ達ならどう動いた方がよいかと言う事を理解している、ヘルガによって決められた配置である。


「山の麓の方に、魔物が下りて来てるんでしょう? だったらそんなには登らないよね?」

「ああ。だからここまで見晴らしのいい場所だと、警戒もしやすいね。こういう場合は、目の数が多い方が助かるんだ」


 歩きながら、ユウリは自分の前を歩くアランに話しかける。キールは返事こそするものの、会話にならない事をこれまでの旅で学習した結果であった。

 アランの前を進むステラも苦笑しつつ、しかし警戒を解くことなく二人の会話に耳を向けている。相変わらずステラの背嚢には黒竜のテュポーンが潜り込んでおり、いつも通り寝ているようだ。この黒竜を揺り起こすような事が起きない事を、ステラは心の中で強く祈るのであった


「でも勾配も少しきついし、岩陰なんかに潜まれてると、簡単に挟み撃ちにされちゃうね」

「お、良いところに気付いたな。ノービスにしとくのが勿体ない、期待の新人君だけはあるぞ」


 感心したようにアランが笑う。その言葉に嘘はないようで、半獣人である彼の狐の尾が優しく揺れている。最後尾を歩くキールは特に反応はないが、少しだけ空気が和らいだような気がした。


「じゃあユウリ君。キミならどこに潜む?」

「そうだなあ。僕ならもっと上の方かな」

「……ほほう。なんでだい?」

「だって狭いんだし、上から大きな岩でも幾つか転がせば、一発だよ。倒せなくてもバラバラになったところを、弓矢とかで各個撃破しようとするんじゃないかな。そろそろ来ると思うよ」


 そう言われてアランは目を丸くした。明らかに知恵のある相手との戦いを想定した答えではあったが、今この場でも似たような状況はあり得る。そして最後の不穏な一言に、アランが少しだけ表情を険しくした瞬間、最後尾のキールと先頭のノノラが同時に声を上げた。


「落石だ、気をつけろ!」


 どちらが言ったのかは分からない。分かるのはまるで計ったかのように、岩が転がって来ている。ユウリの言ったとおりになって、アランは目を大きく見開いた。


「数は多くない、なら!」

「おい、先走るな!」

「ヘルガさん! 右下の岩陰、来るよ!」

「ああ、任せな!」


 アランとキールの二人が制するよりも早く、ユウリが上に向かって駆けだした。重装備とは思えないほどの速度で走りつつ、ヘルガへ声をかけると、分かっているとばかりに彼女は武器を抜き放つ。


「ノノラ、マット。二人とも下がりな。ステラ、相手は分かるかい!?」

「ねえちゃんたち、前にもいるよ!」

「精霊が言うには人型で臭いが強いそうだから、オークかゴブリンだと思う。気をつけて!」


 ヘルガの声を聞いてすぐに後ろに下がったマットが、前方にも敵が隠れていると告げる。そしてステラもまた精霊の力を借りて、襲撃を予測していたらしい。

 これに舌を巻いたのはダグ達だ。魔法が使えるステラは別としても、どう見ても駆け出しのマットですら、自分達が気付けなかった相手を発見しているのだから、驚くなと言う方が無理がある。


「……おいおい、魔法士のエルフは別としても、リリルトのチビは本当に初心者か?」

「探索の仕方なんか、完全に素人のはずなのに!? 一体どうやってワタクシよりも先に、待ち伏せた相手に気付けるの!?」


 驚愕する二人を置き去りにするように、ヘルガは既に戦闘態勢を整えている。一拍遅れて、ダグもすぐに武器を構えた。

 彼らが戦闘態勢を整えているその間に、ユウリは重装備をしているとは思えない程の軽やかさで岩場を駆け登り、転がって来る落石を手にした愛用の盾で思い切り殴りつける。


「シールドバーッシュ!」


 青白い輝きを纏った大盾が岩を殴りつけ、そのまま粉々に粉砕し、弾き飛ばす。勢い良く転がってきた大人ほどもあった大きさの、どう考えてもヒトの身で受けてはならない類の落石は、この一撃によって限りなく無害な小石へと砕け散った。


「あれは……まさかスキルの光と言う奴か?」

「うわっ、あのヘルガに実力で勝ったってのは、マジだったのかよ。こりゃあとんでもない拾い物だぞ」

「そこの二人、後ろから来てるわよ!」


 アランとキールがユウリの行動に目を丸くしていると、ステラが叫んだ。慌てて列の後ろを向くと、三体のオークがこちらに迫って来ていた。


「チッ、どこで待ち伏せてやがった!」

「落石にでも紛れて、降りて来てたのかもね」


 それぞれの武器を構え、オークの接近に備える二人。それを注意深く観察しながら、ステラは全体の状況を把握するのに務めていた。彼女はこのメンバーで唯一魔法が使える存在だ。だからこそ適切なタイミングで魔法を使う必要があり、戦場全体を見る役割を担わなければならない。

 突然の落石から始まった戦いは、直前に気付くことが出来たとはいえ、限りなく相手の不意打ちに近い状況から始まるのだった。


 ヘルガが振りかぶったモールが唸りを上げながら、大きく横に薙ぎ払われる。すると岩陰に隠れていたであろう、武装した二匹のオークが砕けた岩と共に宙を舞い、剥き出しの荒い山肌を転がり落ちて行った。

 右下から奇襲を仕掛けようとしていたオーク達は、その一撃を見て大きく戸惑い、その隙を突くように、ダグが二本の手製の石斧で飛び掛かっていく。

 動揺し、体勢を立て直す事が出来なかった相手は、一方的に屠られる。逃げようにも突然足元に穴が開いて体勢を崩し、立ち上がる間もなく致命の一撃を受けるのだった。


「……ふう。こっちは大丈夫だ。アラン達は?」

「問題ないみたいだよ。ま、軽い運動にはなったね」

「…………シルバープレート様はとんでもねえな。ま、お陰でオークを倒すのが楽だったのはラッキーだったよ。ステラ、あんたも魔法の援護、ありがとうな!」


 ダグが機嫌よく笑いかけると、ステラは少し困ったような笑顔を浮かべた。訝しんで彼女の視線の先を目で追うと、殿の戦闘も既に終了しているのが分かった。あちらは攻撃力的な意味では、少々足りないはずだと踏んでいたのだが、相手が大したことはなかったのか、意外と簡単に決着がついたようだ。

 それでも何とも言えない空気なのは、一体何があったのか。ただただ首を傾げるばかりであった。



 直撃コースだった落石のみを弾き、または粉砕し。ユウリは落石が起きた方をじっと見つめる。怒り狂う様に襲い掛かって来たのは、オークソルジャーと呼ばれるオークの上位種の一つ。この奇襲を指示したのも、これら上位種の仕業だろう。


「よし、じゃあ僕が相手をするから、かかってこいっ。シールドエフェクト・プロヴォック!」


 ユウリの掲げた盾が輝く。その光は敵対者に不思議と抗いがたく、目を離せばこちらが狩られるという焦燥を覚えさせるもの。道なき岩肌を転がるように、オークソルジャーが三匹、ユウリに襲い掛かって来る。


「まずは、シールドカウンター」


 最初に到達したオークソルジャーが大振りの鉈を振り上げ、ユウリに振り下ろそうとしたタイミングに合わせて、新たなスキルが解き放たれた。相手の攻撃の出掛かりを潰し、逆に小さなダメージとスタン状態を与える盾系のカウンタースキル。

 しかしユウリとオークソルジャーのレベルと装備の差では、そんな非殺傷に近いスキルですら致命の一撃となって、オークソルジャーは顔面ごと頭蓋を砕かれて即死してしまった。


「次は……戦技、チャージタックル」


 左右から襲い掛かる二匹のうちの左側に狙いを定め、ユウリは盾を構えて体ごと相手にぶつかっていく。シールドカウンターと同様に相手の攻撃を潰しつつ、ダメージとスタン、そして相手を弾き飛ばすことが出来る【戦士】系専用の戦技スキルだ。

 所謂タンクと呼ばれる分類のクラスと違い、攻撃的な動きをするのが【戦士】系のクラスである。そもそも【戦士】系は扱える武器の種類が多く、アタッカーに分類されており、あくまでもサブタンクとしても動ける程度でしかない。

 本来タンクに分類されるのは、カバーリングなど味方を守る能力に特化している、【騎士】系のクラスなどである。ユウリは【戦士】系の上位クラスである【ウォーロード】である為、本来このような動き方は滅多にやることはないのだ。


 今回は厄介な敵を自分で引き受けつつ、目立たぬように立ち回る為という理由によるものなのだが、彼がこのようにスキルを連続して使用している時点で、目立たないようにと言う目的は完全に失敗している。

 ユウリはそれに気付くことなく、先の体当たりで遥か彼方へと弾き飛ばされた、哀れなオークソルジャーには目もくれずに、背後から襲い掛かってきた最後の一匹に向けて剣を抜き放った。

 スキルでもなんでもない、居合のように鮮やかに放たれた抜き払いは、哀れなオークソルジャーの武器や防具を、霞のように何の抵抗もなく真っ二つに切裂いて、絶命させてしまう。

 下から駆け上がろうと新たに三匹、ユウリのシールドエフェクト・プロヴォックに引っかかったオークが居たが、それらはアランとキールによって、背後から余裕をもって仕留められていた。


 こうしてロクセイル山での最初の遭遇戦で、彼らは無事に勝利を収めたのであった。


先行してタンクが一番強い敵をかき集めたら、ついでに倒してしまいました。という話。

ダグ達だけだったら人数差的にもかなり危なく、二十六話の冒険者と同じ運命を辿っていた可能性は五分五分といったところ。ヘルガが居たなら、まず負けない相手です。

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