第二十七話「仕事のお誘い?」
「……なんか、やりたい感じの依頼がないね」
「そうね。流石に街の中での依頼は避けたいし、困ったわね」
「ニンゲンいっぱい居るとこ、おれやだ」
そんな風に貼り出された依頼を見ながら、ユウリ一行は好き放題に言い合っていた。害獣退治などの街の外に出る依頼が欲しいのなら、もっと早くに来るべきなのだが、彼らはのんびり優雅に、朝食をしっかり食べてからやって来るのだ。
当然その分時間がかかり、先に来ていたやる気のある冒険者達に、先を越されてしまう。それを理解しているが故に、パーティのお目付け役とも言えるヘルガは、深い深い溜息を零した。
「だったらのんびりと朝食を食べるのを止めて、真っ先にここで依頼を受けてから、朝食にすればいいんだけどねぇ」
そう呟いたところで、賛同は得られない。エルフのステラは騒がしい場所を好まないし、小人のリリルト族であるマットは元奴隷だっただけに、見知らぬ人間を恐れる。そしてユウリは朝ご飯を食べないで動きたくないと言い、それらが彼らの利害にぴったりと一致してしまっているのだ。
そんな訳で彼女が何を言ったところで、彼らは朝早くから動こうとはしないのである。ヘルガは細く長い人差し指で、仕方ないとばかりに頬をかき、ギルド内を見渡した。
「よう、ヘルガ。相変わらずヒヨッコのお守りとは、誰とも組もうとしなかったじゃじゃ馬が、随分と長続きするじゃねえか」
そう言って近寄って来たのは、アイアンプレートのベテランと呼べる冒険者で、歳は三十を少し超えたくらい。茶色い毛並みにピンと立った耳は、片方が半分くらいしかない。顔にも大きな傷があり、なかなかの強面だと言えるだろう。背丈はヘルガよりも頭半分程、低いくらいだろうか。
彼はヘルガがこの街に来たばかりの時に世話になった、猫の獣人であるダグという男性だ。装備はソフトレザーアーマーに二本のハンドアックスを腰の後ろに備えた、身軽な格好。まさに冒険者といった姿で、こちらに近付いてきた。
「ダグかい。アンタ相変わらず、自作のハンドアックス使ってのかい? 武器は命を預ける物なんだから、ちゃんとしたのを買えと、前に言わなかったかねぇ?」
「ハッ、駆け出しの頃に粗悪品掴まされて以来、どうにも信用ならなくてな。頭にきて自分で作ったの物を使ってるうちに、癖になっちまった。それにこいつは骨と石で出来ちゃあいるが、なかなかいいもんだぞ?」
ヘルガの返しに、ダグと呼ばれた男は寧ろこれがいいんだと、笑ってハンドアックスを見せつけた。
本人の言う通り粗雑とまではいかないものの、原始的な作りの手斧は一見して頼りない。しかし魔物の骨や石も種類を厳選してあり、長年自分で作り、修理し続けてきた一品だけに、決して店売りの鉄の武具に引けを取る物ではないと、ダグは語る。
「それで詰めが甘いから、アンタは何時までもアイアンプレートなんじゃないのかい? ここのギルドなら、アンタはシルバープレートにだって上がれるだろうに」
「ケッ、誰かさんを見てたら、こっちからお断りするっつーの。ここは良くても……他所じゃあな」
「まるで私が失敗したみたいに、言わないでくれるかい?」
「ハッハッ、悪い悪い。まあ、実際オレらみたいな亜人は、アイアンプレートまで上がれりゃあ上等さ。わざわざ在野最高位の銀の板を貰う必要なんかねえよ」
「それもそうだね。どうせ碌な依頼はないんだし、アイアンで堅実に依頼をこなす方がまだマシってもんだろう……それで? 私に用があるから、わざわざ絡んできたんじゃないのかい?」
「おっと、ヘルガにゃお見通しか。流石シルバープレート様だ」
どこかおどけるように言うダグに、ヘルガは肩を竦める。気安いやり取りではあるが、二人の間にあるのはあくまでも同業者という意識のみで、特別仲が良いという感じでもない。
「なんだい。私を怒らせに来たってんなら、喧嘩は買うよ?」
「悪かったって。あー、用件ってのは簡単な話さ。……オレ達と組んでくれねえか?」
ばつが悪そうに頬を太く短い指で掻いて、少し間をおいてから真剣な表情で、組んでくれと言われた。予想外と言えば予想外だし、そうでないと言えばそうでもない。過去にヘルガはダグのパーティと一時的に組んだこともあるし、その辺りは冒険者同士持ちつ持たれつだ。だが今は時期が悪い。彼女は自分が背負ったクエストを放り投げるつもりなど、さらさらないのだ。
「は? 私が今何をしてるか、知ってるだろうに。その気はないよ」
「勿論、そっちのパーティと一緒にって意味だ。ちと厄介な話になって来ててな。人手が欲しい。それに噂の、お前を負かしたって言うガキンチョの実力も、多少は当てにしているんだ」
「……こっちとしちゃあ、厄介事はゴメンなんだけどね」
「頼む! 話だけでも聞いちゃくれねえか?」
「それは私じゃなくて、あの子等に言いな」
そう言って彼女は横に一歩引いて、顎でユウリ達の方を指す。こちらの様子に気付いていたユウリ達は、ダグを少し不思議そうに見ていた。そしてヘルガは一つ溜息を吐いて、「ここじゃなんだから、あっちの席で話を聞こうか」と皆を促すのであった。
ギルドに併設された、食堂兼酒場。そこで彼らは詳しい話をすることにし、ユウリ達は椅子に座って待っている。そう間を置かずに、ダグとそのパーティメンバーらしき冒険者たちが、すぐにやって来た。
メンバーは全員男性で、体格差は意外と激しい。亜人だらけのパーティなのだから、当然とも言える。男ばかりだがそれが普通であり、冒険者になる女性自体が少なく、ユウリ達のパーティの方が特殊なのである。
やってきたのはダグを含めた四人。狐の半獣人、小柄な犬の獣人、そしてフードを被って一見して種族が分からない人物、と言った顔ぶれだった。
「こいつらが、今組んでるメンツだ」
そう言ってダグが後ろの仲間を指すと、それぞれ一歩前に出て自己紹介を始めた。
「まずは自己紹介だね。ボクはアラン。見ての通り、半獣人さ。主に剣と盾を持って、敵の攻撃を引きつける盾役だよ。上手くやらないと盾の消耗が早くなるのと、薬代が嵩むってのが悩みかな」
爽やかそうな口調のアランは、しかしその言動とは裏腹にその防具の傷み方や、僅かに見える肌から覗く傷などが、身体を張っている事を嫌と言うほど教えてくれる。鎧は鉄製のブレストプレートの他、腕や足など要所に鉄を縫い付けた防具で身を固めている。盾はやや大きめのラウンドシールド。軽く硬い木をベースに中央と縁の部分を金属で覆った、マットの盾と同種のものだ。
ユウリが彼を見て、一度手合わせしてみたいと思ってしまう程には、熟達した使い手のようだ。
「ワタクシ、ノノラと申します。このように体が小さいので戦うのは苦手ですが、斥候役はお任せあれ。武器は短剣と、スリングを使います」
次に言葉を発したのは、小柄な犬の獣人のノノラ。ソフトレザーに使い込まれた短剣を腰に佩いているが、一見して武装しているようには見えないほど、身軽な格好と言えるだろう。地球の犬種で言うパピヨンのような、愛らしい姿をしているのだが、しかしその所作は油断なく、常に一定の緊張感を保っているように見えた。
「……キール。棒術を使う」
そう言って口を開いたのは、顔の見えないフードの人物。声からして男性であると言う事は読み取れ、あとは浅黒い肌をしている事くらいしかわからない。両端を金属で覆った長い木製の棒を持ち、槍や剣のように使うのだろう。
棒は素人には使いやすく基本だからと、ゲームを開始した当初は、周囲から棒術を叩き込まれた覚えがある。ユウリとしては懐かしく、一度棒で手合わせしたいな、などと考えていた。
その隣でステラが少しだけ視線を険しくして、キールと名乗った男を見ているのを少し不思議に感じたが、まだ相手の自己紹介が終わってないからと、静かに見守る事にする。
「んでもって、オレがダグ。こいつらの纏め役兼、交渉担当をやっている」
最後におどけたような口調で、ダグが自己紹介を終える。するとユウリ達は立ち上がって、自己紹介を始めるのだった。
「僕はユウリ。久我山勇利です。アタッカーメインだけど、ある程度タンクも出来るよ。とにかく戦う事なら任せて」
「おれはマット! ユウリあんちゃんみたいになりたいんだ。よろしくな!」
「……ワタシは囁きの森に住まうエルフ族。ウィロウとイリスの娘、ステラ。精霊を友とし、森と共に生きる者。訳あって、この子達の保護者をしているわ。あと多少の剣術も嗜んでいるので、自衛くらいなら問題ないと思ってちょうだい」
「何度か顔を合わせているし、知ってるとは思うけど、私がヘルガだ。一応、銀の称号持ちの冒険者さ。で、私もこの子等の保護者をしている。まあ、見どころのある後進を育ててる最中だとでも、思っておくれよ」
互いに自己紹介を済ませ、席に着く。相手側の反応は、特にユウリとステラに対して強く視線が集まっている。
「まずはこちらの話を聞いてくれる事、感謝する」
「受けるかどうかは、そっちの事情次第だ。まずはそれを聞こうじゃないか」
小さく頭を下げるダグに、ヘルガがニヤリと笑う。実に様になっていて、熟練の冒険者なのだとユウリは密かに再確認していた。
「さっきも言った通り、今少々厄介な案件ってのをやらされることになってな。人手が欲しい」
「だから、依頼内容を話しなよ……って、やらされる? 指名依頼かい?」
「指名、っつーか強制に近い。この街がロクセイル山に近いのは、知ってるだろ?」
「ロクセイル山っていうと、あの山のお陰でこの国は他国と戦争が起きずに済んでいるっていう、強力な魔物の住処だね」
「……あそこに向かった、二つのアイアンプレートパーティが消息を絶った。予定日を過ぎても戻って来ないと、最後に立ち寄った村の人間が、わざわざ伝えに来てくれたそうだ」
「……続けな」
急に雲行きが怪しくなる話に、それでも今はその先を聞くしかない。ヘルガが続きを促すと、ダグもゆっくり頷いた。周りの者は何も言わず、ただ二人の話の成り行きを見守っている。
「その二つのパーティへの依頼は、最近ロクセイル山の魔物が麓にまで降りてきている原因を探る事。そして可能ならば、原因の排除だ」
その言葉に、ヘルガは大きく目を見開いた。ありえない、と言いたげに。だがダグのその真剣な口調と態度が、事実であると物語っている。
「冗談じゃないよ! あの山にアイアンプレートを送った? シルバープレートでもボロボロなって、命からがら戻って来れるような場所じゃないか!」
「元々、倒せるなんて期待はしてなかった。確実な情報が必要だったから、ロクセイル山に多少の土地勘がある奴らを選んで、送り出したんだとさ。だが結果はこれだ」
「それで駄目なら、誰を送り込んだところで一緒だろ! 冒険者を物のように消費するつもりかいっ?」
「気持ちはよくわかるぜ、ヘルガ。で、ギルド職員のラッセは知っているだろ? 手が足りないから無理だと言ったら、あいつがお前らを推したから、仕方なく声を掛けさせてもらったって訳さ」
「……ラッセ! どういうつもりだい!? ここにきて説明しな!」
ヘルガの余りの剣幕に、建物内の誰もがその動きを止めた。彼女自身は半ば無意識だが、ユウリの指導によって研ぎ澄まされた、気功スキルによる威圧が発動していたのだ。
つい最近やらかしたユウリ程ではないにしろ、その記憶が新しい者達にとっては、トラウマを穿り返される結果となっている。
誰もが思った。誰が奴を怒らせたのだと。
「へ、ヘルガ落ち着け……別にノービスを前線に立たせようって訳じゃないんだぜ?」
「おんなじことだろう! ファングボアを狩れる程度の腕前で、ロクセイル山の魔物を相手に戦えるなんて、トチ狂った事考えているんだったら、私が現実ってもんを叩き込んでやるよ!」
その怒気の激しさにマットは首を竦めて、ステラにしがみつく。ユウリも自分が叱られてるような気になって、小さくなった。
「ま、待て待てヘルガ。今回の仕事は、多くの冒険者に依頼しているんだよ。だからそんなに怒るな」
「それが何だって言うんだい。ノービスの駆け出しを使い潰すような真似、この街のギルドらしくないじゃないのさっ」
慌てて出てきたラッセが、ヘルガを抑えるように弁明するが、それで納得するようなら彼女が怒りを露わにする筈もない。わざわざギルドが人海戦術に乗り出したと言う事は、何かとんでもない化け物が出たと考えるべきだろう。
普通の冒険者パーティでは対処できないからこそ、人数を増やして何とかしようとしているに違いないと、ヘルガはそう読んでいる。
「確かにそうだが、お前んとこはそうじゃねえだろ? 腕っぷしだけはある駆け出しのガキに、エルフの魔法士、ギルドとしても遊ばせておく訳にゃあいかねえんだよ。それにお前らんとこが受けるなら、ヘルガ。報酬はシルバープレートのパーティとして相応の額を支払う事になってる」
「何をどう考えたら、それが通ると思っているんだい」
「……通るさ」
小さく呟くように、何かを押し止めるようにラッセが返す。それを見たヘルガは裏に厄介事の気配を感じ、それまで怒気をまるで無かったかのように引っ込めて、いつもとは違う様子の相手を見る。
「それは……どういう意味だい?」
「この街の領主が早急に解決しろと、こっちに仕事を押し付けて行きやがったのさ。あっちもあっちで領主の私兵に、随分と被害が出ているらしい。だからこれは、全冒険者に向けた、限りなく強制に近い依頼として扱われている。プレートの種類を問わず、全冒険者を対象に、この依頼を可能な限り遂行せよと、領主の命令さ。相手の正体を掴むだけでいい、と言いたいが、現実はそうじゃないと思ってくれ」
そして非情な言葉が紡がれる。その意味が解らぬ者など、この場にはいなかった。
フラグを折るのが保護者なら、仕事の方から来ればいいじゃない(暴論)




