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第二十五話「訓練をしよう」


 その日はとても穏やかな陽気で、青い空にはほとんど雲も無く、爽やかな風が吹き過ぎている。街から少し離れた草原では、一組のパーティが何やら訓練のようなものをしている。といっても本格的なものと言うよりは、どこかゆるゆるとした空気で行われているのだが。

 その場に居るのは女性が二人と男の子が二人。直立した虎と言うべき女性のヘルガとエルフ女性、ステラ。そして人間のユウリと小人のリリルト族であるマットの四人である。

 何故街の外で訓練をしているのかと言うと、まずユウリが滅茶苦茶にした、ギルドの訓練場の修繕がまだ終わっていない事が一つ。それ故に場所がなく、ちょっとした広場でもユウリが加減を間違えれば大惨事間違いなしと判断され、ヘルガとステラ両名の意見の一致により強制的に街の外での訓練となったのだ。


 本来なら危険過ぎて推奨されないのだが、シルバープレートのヘルガとそれを凌駕するユウリが居る以上、彼らの実力を知る者は絶対に近寄って来ないという確信があったからだ。

 寧ろ来ないでくれと思っているのはステラの方で、下手すれば街の外だからと黒竜のテュポーンがその姿を現し、暴れるかもしれないと危惧しての事だ。

 完全に杞憂であるし被害妄想も甚だしいのだが、それを知る者はいない為、今後も暫くはこのままなのだろう。最初に街に来た時に脅した、テュポーンの自業自得とも言う。

 それを知ってか知らずか、相変わらず黒竜はステラの背嚢の中を寝袋代わりにして、日々何もせず怠惰に過ごしている。


 訓練の方はと言うと、完全な素人であるマットに剣の握り方から盾の使い方まで細かく指導した後、素振りをさせて簡単に型を覚え込ませたら、ステラとの打ち合いの稽古を行った。

 その間、ユウリはヘルガと共に気功の修行を開始。昼になる頃には、マットの剣術はともかく、元々気功を半ば無意識的に使いこなしていたヘルガは、あっという間に基本的な使い方をマスターしていた。


「……なんだろうね。いや、有り難いのは有り難いんだよ。今以上に強くなったって言う確信があるし。そりゃあ、ユウリが強いはずだよ。こんな力を操って強化出来るんなら、大抵の相手は一撃で終わっちまうさ」

「うーん。でもトロールエンペラーとかオーガタイラント辺りは、普通に気功とかでステータスを上げて来るから、こっちも出来ないとあんまりダメージ出ないし、ダメージをすぐ回復されちゃうからね」

「いやいや、なんで王級の妖魔を引き合いに出したんだい。いや、そいつらも使ってくるのかい?」

「うん。使えない方が変だし、使えなきゃ弱すぎるよ」


 ユウリとのやり取りに、思わず顔が引きつったヘルガは悪くないだろう。妖魔とはつまりゴブリン、オーク、オーガ、トロールの人型に近い四種を指すのだが、その中でも王級とされる存在は群れを統率し、大勢力となって国を滅ぼす存在だ。

 個の最強がドラゴンであるなら、群の最強はこの妖魔たちとも言われる程に厄介な存在で、何十年か前にも国が一つ滅ぼされていると言う。

 王級は見つけ次第、様々な組織や国が最高戦力を投入してでも滅ぼさなければならないという、極上の危険生物である。それを指して弱いと言い切るユウリは、ワイバーンを一撃で沈めているだけに冗談とも言えず、ヘルガは何とも言えない表情を浮かべるしかなかった。


「この気功って奴は、自分を回復も出来るんだろう? ちょっと万能すぎやしないかい?」


 とりあえず話題を変える為、気功の話に戻す。ヘルガの言う通り彼女からすれば、気功は筋力や攻撃力を高め、保護し、それがそのまま防御力を高める事に繋がる。その上で肉体を活性化させて、体力や傷の回復に役立つのだから、万能すぎると言いたいのも頷けるというものだ。


「そうは言うけど、気功はあくまでも自分が元々持ってる、治癒しようとする力を高める補助をするだけであって、一瞬で治せる訳じゃないからね。大怪我をしても自力で命を繋ぎとめられるだけで、回復魔法とかないとジリ貧になるだけなんだ。だから過信は禁物だよ」

「……ユウリに言われると、微妙に悔しいね。本当は私がアンタ達を指導する立場だってのにさ」

「それはそれ、これはこれ」

「はいはい」


 普段とは立場が逆転したような会話に、二人は思わず笑ってしまう。そんな風に彼らの訓練は、穏やかな空気で進んでいくのであった。



 昼食を食べる為、訓練を切り上げて街に戻るべきかと、ヘルガが少し悩み始めた頃。そんな彼女の考えなど露知らず、ユウリがセーフハウスカードを使ってコテージを出し、彼女を驚かせる一幕がありつつ、ステラが諦めたように昼食を作ってくれた。

 それを天気がいいからとテラスで食べる事にしたのだが、人目を気にしたヘルガに、このコテージには許可したヒトにしか入れない事、そして見る事すら出来ない事を聞かされ、彼女が頭を抱えたのはある意味でお約束通りであった。


「しかし、ワイバーンが丸々一頭ねぇ。どっかで鎧にでもして貰ったらどうなんだい?」

「うーん。ワイバーンはあんまりなぁ……」


 皆で昼食を食べたすぐ後、そんなことを言い出したのはヘルガだ。昨夜、部屋の中でステラからワイバーンを倒したと言う話を聞いて、ユウリに証拠を見せて貰った時から、そんなことを考えていたらしい。

 それに対してユウリが全く興味を持たない事を訝しんだヘルガは、やれやれと言わんばかりに口を開く。


「そりゃそうだろう。少なくともドラゴンを除けば、最高の素材だ。ツメや尾の毒針だって武器に加工できるし、ユウリの装備を最高の物に……」

『今更ワイバーン如きの装備なんぞ、ユウリに使わせる意味がねえ。こいつの鎧はオレ様以下ではあるが、一応はエンシェントドラゴンの皮革と、竜鱗を使っているんだ。ゴミみたいな雑魚とは格が違うんだから、無駄なんてもんじゃねー』

「……」


 横から口を挟んできたテュポーンが語る衝撃の事実に、その場に居た一同は完全に言葉を失う。

 一般に最高峰の防具素材として知られているのは、おとぎ話にも語られている通り、ドラゴンである。だが現実には飛竜と呼ばれるワイバーンや、地上の覇者とされるテラーレックスと言う亜竜が限界だ。

 まずドラゴンを見つけること自体が難しく、遭遇できたとしても傷つける為の武器がないのだから、仕方がないとも言える。

 そしてワイバーンやテラーレックスに並ぶ武器防具の素材として、霊鋼と呼ばれる希少金属がある。これはヒトが扱える金属の中では最高峰の物で、軽く頑丈で自然と魔力を帯び、剣にすれば最上の鋼ですら容易く切裂き、低ランクの魔剣をも凌駕するとされる代物だ。

 しかし魔剣と違い特殊な効果や自己修復能力、固有ウェポンスキル等を一切持たないので、あくまでも普通の武器の域を出ないのが欠点と言える。それらを使ってすら、ドラゴンに有効打を与えられるかどうか、怪しいのだ。これは扱うヒトの能力や、スキルや魔法といった超常能力の使い手の少なさと、練度の問題もある。


「そうだったね。ユウリの持つ武器は、とんでもない魔剣ばっかりだった。完全に忘れてたよ……」

「普通、魔剣なんてそう簡単に手に入る物じゃないって、聞いているんだけど」


 ワイバーンを一刀両断に出来る剣だ。並の魔剣よりも更に上の物なのだろう事は、容易に想像できる。テュポーンと言う超生物がユウリに与えたであろう武具なのだから、ある意味当然なのだと二人は小さく息を吐いた。


「一人魔剣使いを知ってるけど、それを除けば私だってそんな物、持ってないからね。そうそう、忘れるところだった。どんな魔剣であっても、所持していると知られたら最悪、性質の悪い貴族に追いかけ回されて、無理矢理取り上げられるのがオチだから、ユウリは特に気をつけなよ?」


 ヘルガが語るには魔剣と言うものは非常に貴重で、その国その貴族の武力の象徴なのだと言う。だからこぞって魔剣を集めようとしているし、その為には手段を選ばない。

 魔剣を巡る悲劇を幾つか見聞きして来たと言うヘルガは、とても真剣な表情でユウリに語って聞かせた。


「アンタ、ただでさえ魔法の財布とかとんでもない物を持ち歩いているんだから、幾つか依頼をこなして金を貯めたら、すぐにこの街を出た方がいいかもしれないね。そんなすぐにやって来るとは思えないけど、それでいざこざになってテュポーンの存在まで知られたら、取り返しのつかない事になるよ」


 この世界において、ドラゴンはただドラゴンとしか呼ばれない。それはヒトが弱すぎる為、ドラゴンが成長段階によって呼び方が変わる事を失伝しているのだ。

 なのでレッサーやグレーター、エルダーのような種別が存在している事を知らず、またエルダーはまず人前に姿を現す事がない為、存在していないとさえ思われている。

 それらを超越したエンシェントの中でも最強の【純色の鱗】、更に戦闘力に特化したブラックドラゴンであるテュポーンと言う存在は、自らの支配下に置こうとする者であろうと、この世全ての生命に対する脅威を排除する為であろうと、手出ししようとする愚か者は、必ず現れる。

 テュポーンの存在を隠し通す為にも、まずユウリが変に目をつけられるのは避けなければならない。魔法の宝物を多数、個人で所持していると言う一点だけでも、多くの人目を引く。

 変な噂になる前に、違う街に向かうべきだというのは、至極もっともであった。


「そうね。別にこの街に長居するつもりは最初からないのだし、ヘルガの言う通りにするのが正解だと思うわ。とはいえ、マットが戦えないままなのもよくないから、悩ましいところね」

「ま。そんなのは依頼をしながら、毎日少しずつ訓練していくもんさ。丁度いい相手が居たら戦わせてみたりして、少しずつ経験を積んでいくのが一番だよ」


 ステラとしても異論はなく、ここはベテランのヘルガに任せようと素直に頷く。ふと静かだと気になってユウリの方を見てみると、ユウリがマットに気功というスキルの基礎を教えている姿が目に入ってしまった。


「上手上手。最初はゆっくり、力を循環させることだけ考えて」

「おー、なんかポカポカしてきた!」

「気功はきちんとマスターすれば、下手な強化魔法より手軽で素早く使えるからね。その分、ずっとオーラを使い続けなきゃいけないから、よっぽど上手く循環させないと、持続力はあんまりないんだけど」

「あんちゃんみたいにおっきな剣、使えるようになる?」

「それはマットの努力次第かな? 目標は寝てる時も、オーラの守りを持続させられることだね」


 そんな風にやり取りする姿は、仲の良い年の離れた友人同士のようにも見える。流石に気功に関しては一日の長があり、ヘルガも思わず聞き入っていた。

 ステラはそんな彼らの様子を見て小さく息を吐き、「世界樹様に日光浴をさせてあげたい」といつの間にかテラスに出していた世界樹の苗を、我関せずと世話をするのであった。


修行回でしたが、修行したのはユウリ以外という形に。

少しずつこの世界の常識に関して開示していますが、匙加減がなかなか難しい。

そしてヘルガという非常に便利なお姉さんは、とっても頼りになりますね。


次回から話が新たな動きを始めます。

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