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第二十二話「依頼達成の報告をしよう」


 まだまだ太陽は高い位置にあり、今の時間帯は昼を過ぎた所だろうか。腹の虫が鳴ってもおかしくない頃合いだが、不思議と大人しくしているのは、それどころではなかったからだろう。


「……なんというか、ユウリが居ると色々な前提が崩れちまうねぇ」


 呆れたようにヘルガがそう呟いて、元凶である少年の方を見た。少年は素知らぬ顔をして、意気揚々と帰路についている。

 その後ろでは生まれて初めての実戦の空気を肌で感じた、リリルト族のマットが興奮冷めやらぬ様子で、彼を宥めながらエルフ族のステラが手を引いて歩いていた。


 倒したファングボアは、一応食用に出来るとの事で血抜きを済ませてから、現在依頼人のところまで運んでいる最中だった。ここまでなら、普通の事だ。だが当然のように普通や常識など、投げ捨てるような出来事が起きている訳である。

 ファングボアの血抜きをするにあたって、ユウリが「丁度いいのがあるよ」と愛用の魔法の多機能鞄から取り出したのは、獲物の血抜きを速やかに行う注射器のような物と、その肉の冷却を行う為の袋であった。

 それを使って速やかに血を抜いた後、ユウリから渡された解体用のナイフ。これがまたよく切れるので、ヘルガとステラが手際よく、内臓を傷つけないように処理して、ユウリとマットが地面に掘った穴に埋めた。

 流石に一瞬で穴を掘るような道具は持ってなかったのだが、それでも彼が取り出したスコップは魔法の道具の一種で、ユウリの力も合わさってあっという間に穴を掘ってしまっていたのは、ある意味で既にお約束のようなものだろう。

 どこか遠い目をする保護者の二人に気付くことなく、ユウリとマットはいい仕事をしたとご満悦であった。

 その後、処理の住んだファングボアを冷却するという袋にいれると、明らかに口の大きさがあってないのに、するするとそれが入っていったのも、既に見慣れた光景のようなもの。

 ステラもヘルガもどこか諦めと悟りの境地のような表情をしているが、気のせいである。

 こうして本来なら結構な時間がかかる筈の解体作業を、驚くべき速さで終わらせてしまい、女性陣が呆れたのも仕方のない事であった。


「この袋に入れておけば、肉が臭くなったりしないんでしょ? 野生の獣を狩った時は血抜きと内臓を処理して、すぐに冷やすんだって聞いたよ」

「あんちゃんは物知りなんだな! やっぱりすっげーや!」


 自信満々に語る少年の姿に、目を輝かせているのはマット唯一人。女性陣は呆れたようにユウリを見ながら、世の理不尽さを噛み締めていた。


「……まあ、概ね間違っちゃいないけどね。なんだろうね。楽なのは有り難いけど、釈然としないねぇ……」

「今更ユウリの事を言っても無駄よ。まあ、ユウリのお陰で依頼も早くに終わったんだし、良しとしたらいいんじゃない?」

「それもそうだね。流石に魔物が出て、それを退治したんなら間違いなくこれで、依頼は終了さ。依頼人に見せてからギルドに報告して、依頼料を受け取ったら、それでおしまいだ」


 普通の駆け出しであるノービスプレート達であるなら、下手をすればあのファングボアに遭遇した時点で、最悪全滅を覚悟しなければならなかっただろう。それを彼らはステラの魔法の援護があったからとは言え、殆どユウリ一人で片付けたような物だ。

 ステラ自身もそれは分かっており、街へ来る前にワイバーンを一刀のもとに切り伏せた彼の実力は、十二分に理解している。今更ファングボア如きで後れを取るなど、露ほどにも思っていなかった。

 当然それを知らぬヘルガは驚愕してはいるものの、彼女も彼女でユウリが自分を圧倒出来るだけの実力を持っている事は承知の為、装備や持ち物の常識外れな性能を除けば、概ね予想通りでなのである。


「依頼料とファングボアを買取に出した分を、例の修繕費用の返済に充ててしまっていいかい? 変異種だし、普通よりもいい値段が付くだろうから、結構いい額が残るはずだよ」

「うん。僕は全然いいけど、ステラさんとマットは?」

「まあ、わたしも特に異論はないわね」

「おれも!」

「だったら二、三日は、無理に依頼をこなさなくてもいいはずさ。その間に基礎だけでも、マットの戦闘訓練をしようじゃないか」


 そんな風に言う彼女に、ユウリ達も同意する。

 流石に今回はある意味で、予想通りに魔物が相手になった為、完全な初心者であるマットを前線に出す訳にはいかなかった。だがそのお陰で数日は、無理に働かなくても済むのだ。短い時間ではあるが、彼を鍛える余裕が生まれたのは有り難い。

 ユウリの資金を遠慮せずに使うのであれば、働くと言う事自体無意味なのだが、そこに誰も触れないのは暗黙の了解と言うやつである。やはりユウリの存在は、彼女らにとって様々な前提を崩してしまうのである。実に理不尽。


 意気揚々と依頼人の所へ向かうと、相も変わらずの様子でこちらに上から物を言い始める男であったが、ヘルガに言われてファングボアを見せ、彼女が牙を剥いて凄んだ事によって、即座に大人しくなった。

 切り落とされた頭の見事な断面を見せた事で、ユウリの剣に恐れ戦いていたのは、気のせいではないだろう。更にユウリ達が気付かぬうちにヘルガがしっかりと脅して、今後はちゃんと討伐対象が魔物か獣かはっきり区別をつけるよう、釘を刺していた。

 こうして依頼が完了した事を示す、依頼札と対となる木札を受け取り、一行は帰路に就いたのである。

 ここまでは順調だったのだが、問題なのはその後だった。



「……まあ、魔物が出る事自体は予想されていたからな。それは仕方ねえとは思うぞ。だが、なぁ……」

「何か駄目だった?」


 受付のラッセが遠い目をしながら、ユウリ達を見た。まずユウリがファングボアを出した袋が、常識のそれから外れた物だ。


「魔法の袋の類なのは、まあ百歩譲っていいとしよう。冷却効果? 訳が分からんが、入れた物を冷やせるって、どこの貴族の持ち物だよ……」

「ラッセ、現実を見な。気持ちは分かるけど、アンタのやるべきことはこっちが受けた依頼達成の確認と、その清算だよ。ちゃんと働きな」


 受付の男に現実を受け入れろと、ヘルガは言う。それ以外に言いようなど無いし、ユウリがふらふらと次の依頼を探しに行きそうな雰囲気なので、早急に捕まえておかなければならないのだ。

 ギルド内に持ち込まれた巨大なファングボアを見て、一部の者達がざわついている。ファングボア自体はそう珍しくはないが、少なくとも駆け出しが狩ってくるような相手ではない。

 一つ上のオブシダンプレートの者達でも、パーティ全員でかかって一匹を何とか倒せるだろう、とかそう言うレベルなのだ。この世界において、野生動物でも非常に危険な存在であり、その中でも魔物というのは段違いに危険度が高い存在である。

 当然ゲームとは違い、現実の命は一つしかない。死んだからと言ってリスポーン地点からリトライなど出来ないのだから、好き好んで命を張る馬鹿はほぼ居ないと言っていい。 

 冒険者だからと言って無謀な事はしないし、そう言う輩はすぐに命を落とす事になるか、大怪我をして強制的に引退する他なくなる。なので冒険者と言うのは長く続いている者ほど用心深く、用意周到だ。

 今回のユウリ達のように、ある意味偶発的に魔物に遭遇したのなら、可能なら身を隠して様子を伺い、戦うかどうかを決める。多くの場合はターゲットでなければ撤退を選び、無用なリスクを避けるだろう。


「とりあえず、ガキどもの初依頼が無事完遂された事は確認した。ま、おめでとさん」

「じゃあ裏の訓練場の修繕費用は、今回の依頼料を全部を充ててくれるかい。ファングボアはギルドに買取をお願いするよ」


 どこか呆れたように言うラッセに、ヘルガは早速とばかりに交渉を始めてしまう。因みにユウリ達は完全に置いてけぼりだ。


「……まあ、これだけの獲物を持ってきたなら、そうするよな。修繕費もこの依頼料だけで終わりってわけじゃないが、そんなに高いもんでもない。こいつはファングボアの変異種だろ? 毛皮も殆ど傷ついてないし、いい値が付くだろうさ。こいつを買い取った金で残りを払っても、十分お釣りが来るわな。一発で借金返済とは、随分と運がいいじゃねえか」

「幸か不幸か、やっぱり魔物が出る仕事だったからね。これくらいはないと割に合わないさ。だけど今回はユウリ達だったからいいけど、他の駆け出しじゃあオブシダンプレートでも、死人が出る可能性が高かったよ」


 ヘルガの言う通り、並のファングボアならまだ勝ち目はあるが、今回の変異種とも呼ばれるレア個体は、通常よりも体力が高くて力も強い。その上、より凶暴になっている。相対したヘルガでさえ少々面倒だと感じる程度には、厄介な相手だったのである。


「この大きさだからな。相当タフだったろうに、一撃で首を落としてるだろ、これ。とんでもない切れ味の剣と腕前だな」

「それについては詮索しないでくれるかい。私がついてたから運よく勝ちを拾った。それでいいだろ?」

「仕方ねえ、そういう事にしておくよ。夜道で後ろから刺されるのはゴメンだからな」


 理解したと降参するように両手を上げ、これ以上詮索はしないとラッセは示す。それを見て小さく息を吐いたヘルガは、今後の予定を考え始めた。

 ファングボアは既にギルド職員らによって裏の解体用の倉庫に運ばれており、すぐに査定が始まるはずだ。その間は暇になる。

 なのでユウリはマットを連れて、あちこちをフラフラと見て回っていた。ステラはそんな二人が何かやらかさないよう、時折注意しつつ見守っている。

 査定にはまだかかるだろうから、どのように時間を潰そうかと考えていると、ヘルガが思い出したように顔を上げて口を開いた。


「そういやなんだかんだで、お昼を食べそびれてしまっていたね。獲物を買取して貰うにしても、まだ時間がかかるだろうし、どこかに食べに行くかい?」


 初めての依頼達成の興奮に昼食の事を忘れていた彼らは、ヘルガの言葉に漸く空腹を思い出した。意識すれば唐突に腹の虫が鳴き、空腹が襲い掛かって来る。

 ユウリが変な事をやらかさないよう、捕まえておくための思い付きだったのだが、思いのほかがっつりと食いついてきた。


「お腹空いた! 早くご飯にしよう!」

「さんせーい!」

「……はいはい。食べるところも、ヘルガにお任せしていいのよね?」


 元気よく腹が減ったと主張する少年達を、呆れたように見てたからヘルガの方を向く。そんなステラの様子が可笑しくて、ヘルガは笑いを堪えながら頷いて、彼らと共に建物の外へと歩いていく。

 そんな彼らを見送るように見ていた他の冒険者たちは、何事も無かったかのように、いつも通りの日常に戻っていくのであった。


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