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第十六話「準備をしよう」


 あれからすぐにギルドを出て、ヘルガの案内で冒険者用の装備を扱っている店へと向かった。といっても何か変わった事がある訳でもない。

 冒険者に必要な最低限の道具と、マットの武器や防具を購入しただけだ。

 小人種族であるリリルトは、成人でも一メートル前後にしかならない、とても幼い見た目をしており、その見た目同様に非力だ。なので使える武器もおのずと限られてくる。

 それでもマットがこれだと決めたのは、彼自身の希望でもあった剣と盾であった。

 ただショートソードでもマットの体格では長すぎる為、刀身が長めの短剣を選んでいる。盾も鉄製では重いので、硬くて軽い木に獣の革を張り、中央の部分と縁の部分を鉄で覆った小型の丸盾を採用した。

 鎧は軽さと防御力を考えハードレザーアーマーに、足元や腕には薄い鉄板を張り付けた防具を着ければ大丈夫だろうと、ヘルガの提案を受け入れた形だ。

 鎧は運良く少し調整するだけで使えそうな物があったので、割とあっさり買い物が終わってしまった。とはいえ、初めての冒険者向けの店だった為、終始ユウリとマットはご満悦であった事を記しておく。


 武器も防具も、金の無いノービスプレートが買う様な中古の物ではなく、ちゃんとした装備を購入している。ヘルガが何か言いたそうではあったが、装備に掛けられる金をケチるべきではない為、あえて口をつぐむ事を選んだようだ。

 値段もマットの体格ではあまり値も張らず、ヘルガが一緒であったことも加えて、良心的な値段に収まった。諸々の装備を買い揃えても銀貨一枚を超えなかったのだから、相当な安上がりだと言える。

 ユウリの装備を見た店員が、あまりにも上等過ぎて目を剥いていたりしたが、些細な事である。ヘルガもどこか遠い目をしていたが。


 当然ながら、ユウリの装備はこの世界において、並ぶ物はまず存在しないと考えていい。彼の剣と盾はいわゆる神器であり、人の手で再現できる代物ではない。また鎧一式は神器でこそないが、備わっている防御効果や扱い易さ、装備同士のシナジーなど諸々の関係で、ユウリが愛用するに足るだけの性能を持っている。

 少なくとも最新のハイエンドクラスのボスと対峙するのでなければ、十分なレベルの防具なのだ。それは同時に、この世界においては今のところ過剰過ぎる装備であるのだが、当然ながら今のユウリがそれを理解するには、情報が足りなかった。

 何故ならここは冒険者向けとは言えど普通の店であり、あくまでもパーティメンバーであるマットの装備を揃えるのが目的だからだ。それもマジックアイテムの類ではない、極々普通の装備を求めているのだから、自然と得られる情報が限られてしまう。

 なのでユウリは自分の装備の貴重さや非常識さを認識する機会が得られぬまま、当分過ごす事になってしまうだろう。自分の存在がこの世界において、どれほどの影響を及ぼす存在なのか、正確に把握するにはもう暫くの時間と、経験が必要であった。



「じゃあ、次はマットの服かな?」

「……そっちは用意するのに時間がかかるだろうから、難しいところだね。上着は今着てるのでいいとしても、街の外に出るなら丈の長いボトムスか、脛まで覆うようなブーツは必須だよ。森や山野を歩くのは楽じゃないんだ」


 次は服を買おうと提案したところ、ヘルガが渋い顔をする。それも当然で、ユウリがマットと出会った時も、彼は体中あちこちに傷があった。

 オーガに追われていたせいもあって、その辺の枝や草に引っかけたり、切ったりしていたのだろうと言うことを思い出す。

 またヘルガが言うには冒険者の装備ならまだしも、亜人の服を扱っている店というのは限られている。

 そもそも彼らは身体の構造が人間と異なる部分があり、獣人や半獣人のような尻尾を持つ種族や、天族や魔族、フェアリーのような羽がある種族などの服は、特殊な形状や加工が必要となるからだ。

 なのでヘルガが穿いているボトムスは、既存の物を自分で加工したり、布を買って自分で作った物なのである。どうしても仕事柄、衣服の破損が避けられないため、多くの冒険者がそうであるように、彼女も自力である程度修繕できる程度の技術は持っている。

 人間主体の国や街で、そのような余計な手間のかかった衣服を取り扱っている商店は、滅多に存在しない。それがこの国での、この世界での亜人の立ち位置や地位を暗に示している。

 それにユウリが気付いているかどうかは、分からないが。


「……マットって、僕らとそんなに変わらないよね? だったら、人間の子供服を買えばいいんじゃない?」

「まず亜人相手じゃ渋られるか、吹っ掛けられるかだよ」

「僕が行けばいいじゃないか。人間だよ?」


 渋るヘルガにそう提案すると、彼女は気付かなかったと言わんばかりに大きく目を見開いて、ユウリを見た。


「……盲点だったよ」


 相手が人間であるなら、商人もそこまで邪険な扱いはしない。ただユウリは見た目も言動も子供過ぎるので、そこはヘルガの出番であろう。エルフのステラでは物価が分からないし、マットは論外。

 どこぞのお坊ちゃんとその御付きを装えば、どうにでもなると結論付けるのであった。


 結果だけを言ってしまえば、あっさりと買い物は済んでしまった。ユウリが金をちらつかせながら、しかしヘルガがしっかりと店員を牽制し、少々高くつきはしたが、常識の範囲内に収まる額で買うことが出来た。

 とはいえ買ったのは古着だけでなく、今後も必要だろうと言うことで全員分をユウリが購入したのである。服は体に合うように、裾を少し調整するだけで済んだのは僥倖であった。それでも結構時間がかかってしまったが。

 気になる点と言えば、やはり臭いだろう。古着は一応洗濯されているとはいえ、それでも簡単に消えるようなものではない。古着用の部屋に通された時も、その独特の臭いに誰もが顔を顰めていたのだ。


「……うん、ちょっと無理。消臭コロンを使おう」


 店を出た後、そう言ってユウリが魔法の多機能鞄を使い、ごそごそと目当てのアイテムを取り出した。それは消臭コロンと言う、臭い消しのマジックアイテムである。

 ユウリは基本的に、一切魔法が使えない。なのでこういう場合は大抵仲間の魔法に頼るか、このようにアイテムの力を使うのが常套手段である。

 消臭コロンと言うストレートであんまりなネーミングのアイテムだが、彼のように魔法を一切使えないプレイヤーにとっては、とても有り難いアイテムなのだ。使用回数に限度こそあるが、職人系プレイヤーが大量に作っているので安価で手に入り、それなりの数を確保してある。

 というのも、ゲーム内では汚れや匂いも重要な要素の一つとして存在しており、追手から逃げる為に匂いを消す、または逃げた対象を追いかける為に匂いを辿る。というような場面も少なくなかったからだ。

 また染料用の花や食料系アイテムも味は薄いが普通に香りがあった為、五感を存分に使う設計のゲームでもあった。


 そんな訳で余りの臭さに耐えかねたユウリは、店を出てすぐに自分達も含めて消臭コロンでこびりついた臭いを、綺麗さっぱり消してしまったのである。


「……本当にあの、何とも言えない臭いが消えた……? な、なんなんだいその道具は?」

「有難いから、何も言いたくはないけど……やっぱりユウリはおかしいわ。色んな意味で」

「やっぱりあんちゃんはすっげーな!」


 常人よりも遥かに鼻が利くであろうヘルガが、使われたアイテムの効果に困惑し、ある意味そう言うものだと覚悟を決めていたステラでさえも、やはり納得がいかなそうな感想を漏らしている。

 ただ一人、新しい服を着てご満悦なマットだけが、劇で見た英雄のように様々な魔法の宝物を駆使するユウリを見て、手放しで喜んでいるくらいだ。


「……なんというか、驚かされっぱなしで眩暈がしそうだね。ユウリ、アンタは本当に何者なんだい?」


 思わずそう零すヘルガだが、何者かと聞かれてもユウリ自身、わからないとしか答えられない。ゲーム中の装備やアイテムがそのまま使えて、しかし有り得ないほどの現実感を伴っている今は、夢ではないと断言できた。

 では何なのかと言われても、分かるはずがない。最初に相棒の黒竜に言われた通り「異世界に迷い込んだ」のだと仮定しても、それはそれで現実味が無い。と言うよりも、ユウリ自身がまだそれを認めたくないと、心のどこかで思っている。


「この子はちょっと、よく解らないけど特別なのよ。そう、特別。エルフとしては認め難いけど、仕方が無いの。だからヘルガ。貴女もそう言うものだと、諦めてちょうだい」

「エルフとして、ねぇ。なんだか、色々と厄介そうな話を抱えてるパーティに、首を突っ込んじまったかねぇ?」


 そんな風にぼやくいて早まったかと少々警戒するが、しかし彼らの幼さや世間知らずぶりは本物だ。だからこそ、自分が彼らに付いていてやりたいと、そう思った。その気持ちが偽りでない以上、投げ出すと言う選択肢はない。


「まあ、よっぽどの事でもないなら大丈夫だろうさ。それにユウリと一緒なら、珍しいモノも見られそうだしね」


 そう答えて、ヘルガは笑った。

 冒険者として胸が高鳴るのは、何時ぶりだろうか。このところ血沸き肉躍るような強敵相手に、信用のおける仲間と共に、死闘を繰り広げるような事もしていない。

 有体に言えば、退屈だったのだ。この街を拠点にするのも潮時だと思っていた、そんな時にたまたま、彼らが現れたのである。

 余りに危なっかしい面々で、世間知らず。これは下手すると最悪、今日の夜にでも路地裏で冷たくなってるかもしれない。そんな事を思わせるほど、不安定なメンバーだった。

 だからちょっかいを掛けたのだが、実際に蓋を開けてみれば、そんな心配など無用だったのだから驚きだ。

 得意とは言えない剣術勝負だったが、それでもこの街で彼女に敵う相手はいない。それだけの腕前がある事を自負している。それを、まだ毛も生えてなさそうな子供に、圧倒的な力の差を見せつけられて負けたのだ。


 これほど驚いたことも、そして心が躍った事も久しく無かった事だ。だから彼らと一緒ならば、絶対に面白いものが見れるはずだと、ヘルガは直感したのである。


「……後悔しないでよね?」

「私が一緒にパーティを組むのが、そんなに気に入らないかい。ステラ?」

「そう言う意味じゃないわ。まあ、あまり関わる者が増えるのは歓迎しないけど、それでも必要な事だから諦めてるの」

「なんだかよく分からないけど、よっぽどの事情があるんだろうね。まあ、中途半端に投げ出したりしないから、安心しなって」


 そんな風にどこか気楽に答えるヘルガだったが、すぐに自分の直感が正しかった事を知る。それと同時に上には上があり、それが途方もない高みと、おとぎ話のような使命が存在するのだと言うことを。


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