エルネスタの日記
△月×日
今日はミコラーシュと、宰相のスレザーク卿との対面を果たしました。
ミコラーシュは陛下の相棒の狼で、ふわふわでとっても素敵。スレザーク卿はわかりにくいけど親切な方です。
陛下とは少しだけお話ししましたが、今の所どんな方かよくわかりません。藍色の瞳が夜空のようで、とにかく綺麗な方です。
今日一番嬉しかったのは、ダシャと仲良くなれた事、かしら。
◇月△日
建国祭で舞踊を披露する事になりました。つい出しゃばってしまったけど、大丈夫でしょうか。
教えてくださるシルヴェストル・クデラ将軍はとっても素敵な方で、親身になってくださいました。
×月◻︎日
練習がなかなか大変です。本当に踊れる様になるのでしょうか。
陛下とは顔を合わせる機会すらありません。
◎月◇日
クデラ将軍になぜそこまでするのかと聞かれました。いろいろと勝手な事を言ってしまったけれど、結果的に励まして下さいました。本当に優しくて思い遣りのある方。
そうそう、今日はルージェナにも心配してもらったんです。優しいところがそっくりな御夫婦だわ。
◯月×日
建国祭を終えた瞬間に倒れたようで、一週間も風邪で寝込んでしまいました。どうやら頑張りすぎたみたいです。私ってダメね。
その間沢山の方に親切にして頂きました。陛下まで看病して下さって、申し訳ないのに嬉しかったわ。近頃はみなさんすごく優しくて、壁がなくなってきた様に感じます。
陛下にどう呼んだらいいかと聞かれて、エリーと呼んで欲しいと答えてしまいました。しかも陛下を名前でお呼びして、敬語もなしと言う事に。本当におこがましい事をしてしまって…。ごめんなさい。
×月▽日
陛下と星を見ながら、色々な話をお聞きしました。そして、陛下がどれほど自身の行いを戒めているのか知ったのです。
真面目なひと。悲しいひと。精一杯のことをなさっているのに、それでもご自分を責めておられる。私はとても悲しくて悔しくて、つい泣いてしまって……起きたら朝になっていました。本当に子供みたい。恥ずかしいわ。
そういえば、陛下は苦しい時は星を数えるんですって。
◻︎月◎日
今日は陛下と織物工房に行って、いろいろなものを見せて頂きました。シェンカの織物は本当に綺麗で、職人の皆さんも優しくて、お仕事なのにとっても楽しい時間でした。しかも恐れ多いことに、沢山の織物を買って頂いたんです。仕上がりが楽しみですね。
△月◻︎日
今日は大事件が起こりました。同盟反対派に拉致されてしまったのです。しかも亡くなったと思われた陛下のご友人、テオドルさんが反対派のリーダーだったなんて、本当に驚きでした。
人間と人狼族の間にどれほどの隔たりがあるのか知って、私は悲しむことしかできませんでした。けど、陛下が助けに来て下さって、すごく安心したんです。
きっと大丈夫。陛下と共に歩めば、いつかはわかりあうことができる気がするのです。楽天的すぎるかもしれないけど、何故か信じることができるのです。
そうそう。人狼のお姿は初めて拝見しましたけど、凛々しくて格好良かったんですよ。
◯月△日
そうだったのですね。陛下が人への希望をつないで下さった事に、力になってくれた人間がいたのですね。
人に裏切られ、傷つけられて、自国の民にまで背かれてなお、人と生きる道を選んで下さった。
なんて嬉しいことなのでしょう。陛下が心の内を打ち明けてくださる度、私は自身の浅ましさに恐怖しています。
◎月◇日
戦争が起きてしまいました。
私はここへ来てからずっと、自らの無能に打ちのめされています。
それでも出来る限りのことはしたかった。私の行動は正しかったのでしょうか。
どうかご無事で、陛下。どうか全員が元気に帰ってきますように。神さま、お願いします。
***
イヴァンは何度も何度も、その整然とした文字列を追いかけた。
日記の合間に挟まれているのは、講義や仕事の内容に、出会った人たちの年齢や似顔絵。絵に関しては少々、いやちょっとばかり拙いものの、その量を見れば書くために膨大な時間を費やしたことが知れる。身代わりである可能性は感じさせず、ところどころエルメンガルトへの言葉が込められた内容からは、彼女の聡明さが滲み出ているようだ。
しかし何よりも感じ取れるのは、一人の女性が抱えた血の滲むような苦しみと、あの優しい人がどれ程この国に心を寄せていたのかという事。そして、どれ程に仮初めの夫を案じてくれていたのかという事だった。
「きっと書いてる本人には自覚がないのでしょうが、ちょっと泣けてしまいましてね。ですから私は、いっそのことあの子が王妃を務めたら良かったんじゃないかと思ったのですよ。とはいえ、これが私に課せられた仕事ですから、今更打ち捨てる訳にもいかず……ですから、あなたが気付いてくださって良かった。本当に」
様々な想いが去来して、収まりの付かなくなった頭をのろのろと上げると、エルメンガルトはさっぱりとした笑みを浮かべていた。
「さて、もう少しだけ頑張って下さいますね、陛下。恥を忍んでお願い申し上げますが、私はお役目を放棄しますので、どんな手を使っても連れて帰ってきて下さい。あの子の居場所ならエンゲバーグが存じておりますので——」
恥を忍んでもいなさそうな台詞を最後まで聞くことはなかった。イヴァンが王妃の部屋を出て行った時の勢いは、扉がけたたましい音を立てて風が巻き起こるほどだった。
***
「ふむふむ。恋、夫婦、愛……画題として面白そうじゃないか」
威圧感の無くなった部屋で、エルメンガルトは満足げに頷いていた。しかしヨハンはその顔に諦観を乗せていて、彼にとってはあまり望ましい事態ではないことが察せられた。
「悪かったね、宰相殿。今この時期に国王陛下が城を空けるのでは困るだろう」
「……もういいです諦めたので。たまにはいいんじゃないですか、こういうのも」
その微苦笑は、ヨハンが見せるにしては珍しく表裏のないものだった。
二人は同じような笑みを浮かべて開かれたままになった扉を見つめる。これからやらなければならないことが山積しているが、可愛い妹のためなら頑張る意味も価値もある。
「さて、仕事に取り掛かりましょうか。貴女にも手伝って頂きますよ、エルメンガルト様」
「ああ。どんとこいだ」
今からブラル皇帝にいかに抗議するかを考えねばならない。恐らくはエンゲバーグに掴みかかっているであろう国王陛下を捕まえて正気に戻し、最低限の検討に参加させなければ。
何せあの子にしてやれるのはこのくらいなのだ。一度くらい姉として格好をつけたって、誰にも文句は言わせない。




