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17.頼り

 失踪したのはアニーと下位クラスの生徒の二人だった。

 だが生徒達には深刻には捉えられる事は無かった。


 ――どうせ逃げ出したんだろう。


 雑に聞こえるこの言葉もあながち有り得ない話では無かったからだ。

 シェオル王立魔法学院は将来有望な魔術師の卵の集まり。

 才能が認められ、実技試験を突破する事が出来れば身分問わず入学する事が出来る。

 その才能は現時点での腕前は勿論、魔力量や繊細なコントロールなどの一部の秀でた能力や今後の成長性も含まれる。教師達や無作為に選ばれた外部の魔術師達などが生徒達を評価し、本人でもわからない部分を評価された結果入学が決まるのだ。

 それゆえ、入学後に周りとの差を感じて出ていく生徒は少なくない。

 特に実習後のクラス分けは生徒の実力を分ける指標でもあるため、実習後のこのタイミングは特に自主退学したり逃げ出す生徒が一人や二人は出てしまうのだ。


「だから、今回もそうだろうって……大々的に調べたり、探したりはしないみたい。彼は私と同じ男爵家だから平民と大差ないし……」

「前日に何か変わった事は?」


 セーマは二人が失踪したと聞いて昼休みにすぐ下位クラスの教室へと向かった。

 下位クラスには森でセーマが返り討ちにした女子生徒のクルシュがおり、授業後に食堂で話を聞いている。

 昼は多くの生徒達がいる食堂だが、授業後のこの時間は授業終わりの生徒が軽食をつまみながらゆっくりと過ごすティールームのようで人もまばらだ。

 噂の件もあってセーマをちらっと見る者はいるものの、全体的に落ち着いていて話の邪魔をするような者は現れない。


「特には……よく知らない人だったし……。同じ男爵家といっても横の繋がりが強いわけでもないから」

「そうか……」


 クルシュは肩にかかる三つ編みを手で押さえながらカップを口に運ぶ。

 思い出そうとしているようではあるが、その姿はどこか落ち着きが無い。


「ね、ねぇ、大丈夫なの?」

「ん? 何が?」

「私と、その、こうしてて……大丈夫?」


 ひそひそと話すクルシュの言葉の意味をセーマは理解できなかった。

 何が問題なのだろうか。実習で気絶させた相手と話しているこの状況か、それとも上位クラスの自分と下位クラスのクルシュが会っている事か。


「リュミエ様は今日はいいの……?」

「は? リュミエ? リュミエならカウンセリングに行っているけど……何でリュミエ?」

「いや、その……いいならいいんだけど……」


 ごにょごにょとクルシュはどこか濁したような反応。

 そんなクルシュと今日まで学院で過ごした経験から、セーマは自分でも冴えていると思えるような仮説を叩き出す。


「も、もしや……貴族は別の友達に会いに行くのに他の友達の許可が必要なのか……?」

「いやそんなわけないでしょ……」


 自分が全然冴えていなかった事を一瞬で突き付けられて落胆するセーマ。

 友達という関係も曖昧な彼に今のクルシュの懸念を推し量るのは難しい。

 公爵家のリュミエがずっと一緒にいるセーマと今二人でいるクルシュ……ここが学院でセーマが平民でなければいらぬ邪推を生む状況だ。


「というか、友達……なんだ? 私達って……」

「え? やっぱり違うのか?」

「やっぱりって……何でそっちが自信無いの?」

「いや、森で少し話したし……今こうやって一緒にお茶してるわけだから友達なのかなって……。ようやく少しわかってきたと思ったけど……難しいな……」

「…………まぁ、別にいいんだけど」


 クルシュはごにょごにょとセーマに聞こえないくらいの声量で呟いて、その言葉を呑み込むかのようにカップに残る紅茶を一気に飲み干す。


「他にその生徒について何かないか?」

「そう言われても個人的な付き合いはないし……あなたの噂があった時は一緒になって悪口を言ってたわ。といっても、下位クラスはほとんどあなたの噂があった時に色々言いたい放題だったから参考にはならないかも」

「クルシュもか?」


 何気なくセーマが聞くとクルシュはきっと怒ったような目付きに変わる。

 心外だと言わんばかりの表情だ。


「言ってたら今あんたと平気な顔して一緒にいないでしょうよ。まぁ、ジャンとかは滅茶苦茶に尾ヒレつけてたけど」

「ジャンって誰だ?」

「森であんたが一番最初に蹴り飛ばした男の子よ」

「………………誰だ?」

「……まぁ、いるのよそういう子が」


 こうして話を一通り聞き終わると、セーマはクルシュにお礼を言って別れた。










「最近は明るくなったなリュミエ」

「本当ですか? ありがとうございますレイリーナ先生」


 教室から少し離れた学院の相談室。

 古めかしい本棚にソファとテーブルとお茶を淹れる魔道具くらいしか置かれていないシンプルな部屋だ。

 変わった点があるとすればやはり壁から伸びる木々だろうか。他から見れば奇妙かもしれないが、この学院に長くいるリュミエとレイリーナにとっては今更。

 この学院はこうして至る所に木々が生えている。樹木魔法の使い手を長とするこの学院ならではの光景だ。


「中等部までは正直、『竜の息吹(ブレス)』を使えなくてもおかしくないと思っていた……魔術の世界でもそうだが精神的な焦りから十分な力を発揮できない魔術師は多々いる。魔術の術式はイメージから……できないと思い込めばそのイメージも必然弱くなるからな」

「レイリーナ先生にもお世話になるようになって二年経ちますからね……」


 リュミエはこうしてほとんど日課のようにカウンセリングに通っていた。

 小等部の頃からなので相当長く、縋るように続けているが……『竜の息吹(ブレス)』を使えるようになる兆しはない。

 それでもリュミエの正面に座るレイリーナは教室で見せる顔とは少し違う柔らかい表情でリュミエに接している。それがリュミエにとっては何よりもありがたかった。


「私などは大したことない。ミヤ教諭やガイゼル校長はもっと長いだろう?」

「はい、校長先生はもう八年くらいお話を聞いて頂いていて……ミヤ先生にも何度医務室でお世話になったかわかりません。本当に感謝しています」

「二人共、私なんかよりも生徒思いの方々だからな」

「レイリーナ先生だってそうですよ。こうして……ずっと聞いてくれていますから……」


 初めはリュミエを不憫に思って話を聞く教師も多くいた。

 しかし、時間が経つにつれてリュミエに話を聞いてくれる人間は減っていった。

 むしろこうして聞き続けてくれる教師のほうが稀なのだ。この学院の教師は魔術の専門家であって、生徒のメンタルケアを気長にしてくれる医者ではない。


「そうやって悩み込むとまた落ち込んでしまうぞ」

「そ、そうですね! せっかくいい兆候なのに……明るくなります! ごめんなさい!」

「ははは、謝る必要はない。そうして前向きに切り替えるようになっただけ中等部の頃とは全く違う……やはり友人の影響か?」


 レイリーナに問われてリュミエは頭の中に思い浮かべてこくりと頷く。

 高等部になってから明るくなったというのなら、その理由が友人だというのはリュミエ自身確信がある。


「はい、素敵なお友達が出来て最近は楽しいです……今日もセーマくんが待っていてくれて……」

「実習の時も同じ班だったな。噂の件もあって少し話したが、平民ながら校長室に呼び出されたというのに大して動じていなかった強い男だ。もし気分が落ち込むような事があれば奴にも頼るといい」

「それは……もう結構頼っていますね……。『竜の息吹(ブレス)』が使えないって打ち明けたら色々調べてもくれました……」

「存分に頼るといい。同年代の異性に頼られるというのは向こうからしても悪い気はしないはずだ。リュミエのような美人なら尚更な」


 レイリーナが言うと、リュミエは少し頬を染める。


「え? ええ!? そ、そんな……セーマくんに限って……」

「思春期の男というのはそんなものだ」

「れ、レイリーナ先生にも経験が……?」


 興味津々といった顔でリュミエが聞くと、レイリーナは少し困ったように顎に手を当てて昔を思い出す。


「いや、私は……うむ、どっちかというと頼られる側だったな」

「レイリーナ先生、かっこいいですもんね……!」

「そんな輝いた目で見るんじゃない。私とて照れる。さあ、もうすぐ鐘も鳴る。今日はここまでにしよう。また来週来るといい」

「はい、ありがとうございました」


 カウンセリングが終わり、二人は相談室から出る。

 相談室の鍵をレイリーナが閉めると、リュミエが一礼してお開きとなった。


「セーマくんは……頼ったら嬉しいって思ってくれるのかな……」


 一人になったリュミエは呟いて中庭のほうを見る。

 今日もまた待っていてくれるに違いない。


「ぁ……」


 つい自分の顔が綻んでいるのに気付いて、リュミエはぶんぶんと首を横に振る。

 違う。喜んじゃいけない。違う。安心しちゃいけない。

 『竜の息吹(ブレス)』が使えないのは自分のせい。悩んでいるのも自分の勝手。

 こうしてカウンセリングして貰えるだけでも十分恵まれているのに、これ以上を望んでいるのか。

 リュミエは思い直して、自分の両頬をぺちぺちと叩く。

 そして日差しにような髪を揺らしながら、セーマが待っているであろう中庭へと向かった。ほんの少しだけ足取りは重かった。

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