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科学コラム  作者: もりを
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死んだらどうなるか?問題・32

まだヨチヨチ歩きのあなただけど、かつて空っぽの容器だった脳の中には、世界を組み立てる素材が徐々にそろってきた。

赤ん坊として生まれたての当初に、外環境から目が濾し取った情報は、病院の白い室内空間と、いくつかのうごめく人体、お湯とタオル・・・といったところ(視覚が完全な機能を発揮したとは言えなかったけど)で、それがあなたの世界のすべてだった。

それでも、日がたって退院し、車に乗っけられて街を流し、両親の家にたどり着き、その場で生活というやつをはじめてみると、あなたの世界は広々と拡張をはじめ、その内容も具体的なものになっていった。

情報は目からだけでなく、いろんな感覚器官からももたらされる。

抱っこをされ、肉に包み込まれる質感を覚えた。

耳元のささやき声に心地よさを覚え、遠くでやり合う怒鳴り声に身構えた。

まるく柔らかい肉塊の先にあるピンクの吸い口にむしゃぶりつくと、ほの甘い汁が体内にほとばしり、味わうという官能を知った。

クオリア(感覚質)とは、多様で多面で多角で、かつ厚く奥行きのある重なり合わせなのだ。

脳裏のスクリーンには多彩なクオリアがオーロラのように踊り、あなたはぼんやりとその風景を眺めて過ごした・・・

と、幼い心象風景をポエムのように描いてみたよ、やるねオレも。

さて、つたない感覚神経系しか持たなかったあなただが、構築中の世界に向けた運動神経系による働き掛けが可能であることを直感で知ると、受動的なばかりでなく、こちらから触れたり、嗅いだり、口に入れたりという作業もしはじめた。

が、これは本当の意味では、自主的的な活動や経験とは言えない。

なぜなら、あなたはまだ「目的」「能動」という観念を持たないからだ。

未成熟なあなたは、今のところ、神経系のアウトプットで動くいろいろな機能の操作手順を試し、どこをどうすればどうなるか?と、文字通りの手さぐりをしてる段階なのだ。

ところがついにあなたは、「オレが動かしてるこの装置って『自分』ってやつじゃね?」と気づく。

その活動の様式こそが「主体性」という概念なのだと。

そして、操作の行き届く肉体と活動意思を総合したものこそが「わたし」なのだと。

わたしとは、つまり、他者でない、ということだ。

あなたはふと、「ママ」と呼びかけた相手が、内なるものの操る対象ではなく、神経系のコントロールの外にある「他者」であると思い至った。

なんと賢いことに、そこからあなたは逆説的に、「他者から見た対としての自分」という相対性にたどり着いたのだった。

この観念の理解には、なかなか深いものがある。

相手がいるから、自分がいるのだ。

あいつのおもふこと、わからない・・・

だけど、オレおもふ、ゆえにオレあり・・・というわけだ。

誰かの言葉からパクったわけじゃなく、あなたは経験から、あなたというものがあなたの中に内在している発想に漕ぎ着けた。

どうやら、外環境からきた情報を積み上げて構築した脳内世界の中心部にはコアが存在し、視界はそこ視点において描き出され、感知された触覚もまたそこで統合されて質感と奥行きを獲得するようだ。

重要な情報は経験や記憶となってその核で一元管理され、同時に、肉体操作の命令もまたすべてそこから発せられる。

その核、すなわち俗に言うところの「タマシイ」は、神秘的なものではない。

細胞内の遺伝子に元々組み込まれていた指令(本能や直感)を受けた生命機械が、感覚器官を駆使して収集した情報で脳内に世界を構築し、それに対する応答から、鏡面としての内的な存在をつくり上げ、それを膨らませて、行為者意識(すなわち主観)を持つ「自己」を成立させたわけだ。

主体的な意思を持つ自己の誕生だ。

自己は、生まれたときに霊的に吹き込まれる質のものではなく、分子生物学的な機構がミクロからマクロに向けて発展に発展を重ね、洗練に洗練を繰り返して練り上げた末にたどり着いた、創発の現象なのだ。

ちなみに創発とは、「縦と横を合わせると斜めになる」なんて単純なベクトルじゃなく、「縦と横だけで立体的な奥行きができちゃった!」なんという、効果の相乗的跳躍を言うんである。

原始生物がミトコンドリアを得ただけでエネルギー効率を数百倍化させたように、遺伝子と神経系は、酸素の燃焼で動くタンパク質製のメカニズムに、「わたし」という観念を吹き込むことに成功したのだった。


つづく

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