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機械仕掛けの神(22)

 疾走を続け鴉は〈アルファ〉の足元まで辿り着いたが、成す術がなかった。相手は空を飛びながら黄金の羽を地面に撒き散らしている。空を飛ぶ相手にどうやって近づくか。

 〈アルファ〉の飛ぶ進行方向に高いビルを見つけ、その方向へと鴉が先回りしようとしたその時、〈アルファ〉が突然地面に降り立った。

 巨体が降り立ったことにより地面が縦に揺れ、その振動は近くにいた鴉の足を掬うほどであった。

 鴉はすぐさま〈アルファ〉足に飛び乗った。

 聳え立つ塔のような脚に爪をかけながら、鴉は上を目指した。昇らなければならい、天に向かって。

 〈アルファ〉はビルを障害物とも思わずに壊して進む。倒壊したビル片が雨のように降り注ぎ、砂煙の中に魔神の影が浮かぶ。

 砂煙の中に浮かぶシルエットが天に向かって吼えた。制御装置のない〈アルファ〉は本能のままに行動し、あるものを探していた。

 〈アルファ〉は一度動きを止め、慎重に、建物や車などを壊さないように歩きはじめた。本能が感知した。探しものはすぐそこにいる。

 巨大な頭がビルの合間を滑らかに縫い動き、緋色の眼球がそこにいた少女と目を合わせた。

 ファリスは心の底から震え上がった。自分とあの魔神の目が合ってしまった。目を放そうにも放せず、そこに立ち尽くしてしまった。

 緋色の瞳の奥はファリスだけを映し、他のものは一切映っていない。他のものは必要ない。

 身動き一つできずにいるファリスに巨大な手が伸びる。その動きは決して乱暴なものではなく、美しい一輪の花を愛でるように、刈り取ってしまうように。

 巨大な手がファリスに触れようとした瞬間、上空から黒い魔鳥が飛来し、ファリスを魔の手から救い出した。

「私を追って来るとは、死を覚悟してのことか?」

「だって……」

 だってもなにもなかった。迷惑をかけるのがわかっていて、本当に迷惑をかけた。ファリスは居た堪れなかった。

 巨大な両手が風を切って動き、ファリスを掴もうとする。鴉はファリスを抱きかかえながら、アクロバティックを決めながら華麗に宙を舞い飛ぶ。

 だが、鴉が天に足を向けた時、その脚が巨大な手によって鷲掴みにされた。宙吊りにされた鴉はまるで蝙蝠のように宙にぶらさがり、その腕にはファリスが抱きかかえられている。ファリスがいては、鴉は大きな動きが取れない。

 鴉は腹筋に力を入れ、上体を上に向けると、片腕を硬質化させていた

 ファリスは両手で顔を覆った。次の瞬間、ファリスの手の甲に生暖かい液体が迸った。

 胴から下を失った鴉がファリスを抱えながら落下していく。

 黒衣から黒い触手が伸び、ビル屋上のフェンスに引っかかった。フェンスがガタンと揺れ、軋めき悲鳴をあげる。

 黒い触手を使って鴉は振り子のように宙を舞う。フェンスが外れた。勢いがついた鴉はそのままビルの窓を殴り割り、ビルの中に飛び込んだ。

 地面に落下したフェンスの反動で鴉の身体が窓の外へ引きずられそうになったが、爪を床に立てて、すぐに黒衣を元の形に戻した。

 ファリスは鴉の腕から離れ、口をあんぐり開けながら呆然としてしまった。その頬には硝子片で切ったと思われる、一筋の紅い線が走っていた。

 紅い線から流れ落ちる雫。鴉は唾を飲み、歯を食いしばった。

 ここ数日で鴉は極度の渇欲に襲われていた。多くの血を失い、核だけとなった身体を再生させなければならなかったこともあった。失われた下半身は血は止まってはいるが、再生していない。

「鴉、大丈夫!」

「死にはしない……だが、私から早く離れろ、ひとりで逃げろ」

「そんなことできないよ!」

「私を困らせないでくれ」

 鴉の身体に異変が起きつつあった。身体が血を求め、変異がはじまろうとしていた。

 身体を振るわせる鴉の横に跪いたファリスは、鴉の手を取ろうとした。しかし、ファリスの手は激しく撥ね退けられた。

「早く行け! 私がファリスを喰う前に!」

 ぞっとしたファリスは急いで立ち上がった。しかし、この場を離れることはできなかった。

 ファリスは急に窓の方に顔を向ける。

「きゃーっ!」

 窓の外から巨大な手が室内に入って来た。ファリスの身体が掴まれる。鴉は動こうとしたが、下半身がまだ再生していない。再生のスピードが明らかに遅くなっていた。

 鴉は腕の力だけで蛙のように〈アルファ〉の腕に飛びつこうとしたが、それも失敗に終わった。

 ファリスが連れ攫われた後に、鴉は唇を噛み締め、罵った。

「なぜ、私の言うことを聞かなかった、そこまでして私を苦しめるのか『闇』よ!」

 ファリスが付いて来たことにではない。自身にでもない。鴉は自分の命令を聞かなかった『黒衣』に罵った。

 下半身を失った鴉は地面に倒れながら、地面を殴り砕いた。その瞳は緋色に染まっている。

 黒衣は鴉の命令を聞かなかった。鴉はファリスが連れ攫われた時に、〈アルファ〉の手に向かって黒衣を伸ばそうとした。その命令を黒衣は無視したのだ。それで已む無く腕の力だけで〈アルファ〉に飛び掛かろうとしたが、それも失敗に終った。

 窓の外で〈アルファ〉が高らかに吼えた。

 ビルの中に再び巨大な手が伸びる。それは鴉を鷲掴みにしてビルの外に引きずり出した。

 緋色の目が互いを見据える。

 〈アルファ〉は鴉を捕まえたまま、上空へと羽ばたいた。〈アルファ〉は〈Mの巫女〉を手に入れたのだ。

 巨大な口から空気の波が発せられ、鴉の髪を激しく靡かせた。

《わかるか鴉、余は意識を取り戻した。これで地上ノースは余の支配下に置かれたも同じだ》

「ルシエか?」

《その名はもうない。ここにいるのは魔神ゾルテだ。そこで見ているがいい、神となった余の力を!》

 翼を広げた〈アルファ〉から、黄金の槍が、地獄の業火が地面に降り注ぎ、死が地上を覆う。

 〈アルファ〉の視線にジェット戦闘機が入った。

《無力なものよ》

 ジョット機から発さされたミサイルが〈アルファ〉に直撃する。しかし、傷一つ付かず、少し機体が黒ずんだだけであった。

 大きく広げられた黄金の翼から、ミサイルのように羽が飛び、ジェット機は空中爆発を起こして散った。ジェット機程度で〈アルファ〉を破壊することは不可能であった。

 ジョット機は次々と破壊されていき、やがて残った数機のジョット機は逃げるようにして旋回して行った。

 〈アルファ〉の瞳が再び鴉を掴んでいる手に戻された時、すでにそこには鴉の姿はなかった。下半身の再生を終えた鴉は〈アルファ〉の機体を飛び交い、上を目指した。

 鴉はどこからか〈アルファ〉の中に入れないかと考え、見つけたのが巨大に開けた口であった。

 口に並び尖った牙の一つに手を掛け、鴉は闇の中へと飛び込んだ。

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