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機械仕掛けの神(16)

 病院に着いた頃には夏凛の出血は止まっており、輸血だけをしてすぐに病院を出ることにした。ここに長居をするのは危険だ。うっかり普通の病院来てしまったことによって、敵に居場所がばれてしまう確立が大きくなってしまった。夏凛は今更ながら悔やんだ。

 雨はすでに止んでいたが、空に広がる曇天が地上を圧迫している。

 病院を出ると二人の人物がファリスたちを出迎えた。白い影のひとりは夏凛にも見覚えがあった。

「こんにちは夏凛様」

 夏凛に声をかけたのは政府組織ヴァーツに所属するフィンフであった。その横にいるのは同じくヴァーツに所属するツェーンだ。

 ファリスを後ろに押し退けて夏凛が前に出た。

「こんにわぁ、フィンフさん。アタシ今すご〜くヒマなんですよぉ、だから一緒にお食事に行きませんかぁ?」

 夏凛の声のトーンはいつもよりも高めで、態度もぶりっ子している。

 失笑を浮かべるフィンフはすぐに表情を戻して落ち着いた口調で話しはじめた。

「夏凛様、嘘はいけませんよ」

「ウソだなんて、そんなことないですぅ」

「いえ、あなたは敵に命を狙われているはずです。ですから、こうしてわたくしとこちらに居りますツェーンで、あなた方お二人の保護と事情聴取に参りましたのですよ。事情がお分かりになられたらのなら、わたくしたちとあちらの車にお乗りください」

 フィンフは後ろに止まっているリムジンを指差した。

 夏凛が後ろを振り向くとファリスが心配そうな顔をしていた。

「この人たち誰なの、夏凛の知り合い?」

「申し訳ありません、わたくしとしたことがファリス様に自己紹介をするのを忘れておりました。政府組織ヴァーツに所属するフィンフと申します」

 続いてツェーンも自己紹介をした。

「僕も同じくヴァーツに所属するツェーンと言います」

 ツェーンの口調はとても柔らかで、それを聞いたファリスの心をほっとさせた。

 夏凛はフィンフがヴァーツであることを知っていたし、フィンフが戦っているところも見ている。そのため、何の疑問も抱かずにリムジンに乗り込んだ。

 ファリスもまた、夏凛がリムジンに乗り込んだのを見て安心してリムジンに乗り込む。そして、全員が乗り込んだのを確認してから、最後にツェーンは車に乗り込んだ。

 走り出した車は大きな通りを進み、巨大都市の中心に向かっている。

 都市の中心には円形の土地があり、その周りは濠で囲まれているその都市の中心に聳え立つ絢爛豪華な巨大建築物は天を突き、現代風というよりはバロック建築の宮殿を思わせる宗教かがったデザインがなされていた。その宮殿の名は夢殿――政府の総本山だ。

 リムジンの中で寛ぐファリスと夏凛は、フィンフに勧められるままに飲み物を受け取った。

 車内は広々としていたが、フィンフは夏凛の横に、ツェーンはファリスの横に、常に神経を尖らせながら座っていた。

 咳払いを軽くしたツェーンはファリスをちらっと見てから夏凛に目を向けた。

「僕たち二人で夏凛様とファリス様の護衛をさせていただきます。僕がファリス様を、フィンフが夏凛様の護衛をさせていただきます。そして、今向かっている場所は夢殿です。夢殿の中に入れば、お二人の安全は絶対に保障されます」

 ツェーンの言葉に真剣に耳を傾けていた夏凛の眉がぴくりと動く。ファリスも驚いて口をO型に開けてしまった。

 夢殿の出入りを許されているのは主に要人であり、一般人の出入りは基本的に許されていない。つまり、ファリスと夏凛は基本的外ということになる。それほどまでの重要人物のファリスと夏凛はなってしまったということだ。ヴァーツがわざわざ向かいに出向くだけのことはある。

 ツェーンは一息つき、

「質問はありますか?」

 とファリスと夏凛の顔を交互に見た。

 ファリスはいろいろと尋ねたいことがあったが、考えが錯綜して何を質問していいのかわからなかった。ファリスが難しい顔をしていると、夏凛が可愛らしく手を上げて『魅せた』。

「はぁ〜い、質問で〜っす。アタシたちはどこの誰に狙われているから、保護されるんですかぁ?」

 ツェーンが答える前に、フィンフが速答した。

「それは夏凛様たちもご存知のはずです。わたくしたちにはそれ以上申し上げられません」

 何かを隠すような言い方をしたフィンフに対して、夏凛は顔を伏せて舌打ちをした。

「では、僕たちからも質問をさせていただきます。夏凛様たちは誰に狙われて、狙われる理由を何かご存知ですか?」

 今のツェーンといい、先ほどのフィンフの回答といい、どちらも遠まわしな言い方だった。必要以上に政府の事情を知られたくないという意図と、それでいて夏凛たちが知ってしまった事情を聞きだしたいのだ。

 答える気のなさそうな夏凛は外の景色を眺めている。できれば夏凛から事情を聴いた方が、より詳しいことがわかるのではないかと考えていたツェーンであったが、相手に答える気がないのならファリスに訊くしかない。

「ファリス様は何かご存知ですか?」

「ユニコーン社のハイデガーって奴が――」

 話している途中で自分を睨みつける夏凛が目に入ったので、ファリスはすぐさま口を噤み俯いた。

 口を閉ざす二人に対して強引な手を使うこともできたが、あくまで二人は保護する対象であり、犯罪者の類ではない。ツェーンはお手上げという素振りを見せてフィンフに後を任せた。

「仕方ありませんね。夏凛様たちを狙っていたのはハイデガーだということはわかっています。しかしながら、夏凛様とハイデガーの接点はなく、ハイデガーとの唯一の接点はファリス様です。ファリス様はハイデガーが社長を勤めるユニコーン社によって〈ホーム〉から立ち退かされたというところまでは調べがついています。ですが、それがハイデガーに狙われる原因に成り得るのか。――そもそも、狙われたのはどちらなのか、それともお二人が狙われたのか、そのことについてお聞かせ願いたいのですよ」

 ファリスは夏凛に顔を向け、夏凛は無表情に外の景色を眺めている。

 あやふやな状況下であったが、それでも政府は二人を保護――というより野放しにできない理由があるのだ。最悪の場合、このようなことも検討されている。

「お話し願えないのなら、お二人を『拘束』もしくは、この世から消えていただく場合もありますよ」

 フィンフは微笑みながら言ってのけた。真横にいたファリスはぞっとする思いだった。これでは車に乗り込んだその時から、『保護』ではなく『拉致』されたようなものだ。

 人心に穏やかではない雰囲気が車内を満たし、ファリスは全てを告白したい思いだった。しかし、夏凛が話すようすを見せないのでファリスは想いを喉の奥へ呑み込んだ。

 場の雰囲気を汲んでツェーンが苦笑いをして見せる。

「夏凛様は一流のトラブルシューターとして名を馳せていますから、脅しには屈しないでしょうし、こちらのファリス様も口が堅いようで、〈ホーム〉育ちの人はみなさんこのようなのでしょうかね」

 突然車内が揺れた。

 リムジンは何かの攻撃を受け、近くを走っていた車に衝突しながら緊急停止した。

 運転手からの声がスピーカー越しに響いた。

「街中ではありえない数のキメラ生物が襲ってきます! どうしますか、このまま逃げますか?」

 窓の外ではリムジンを囲うようにキメラ生物が群がっていた。それを見たフィンフが車外へ飛び出そうとする。

「わたくしが足止めしている間にお行きなさい!」

 夏凛も席を立った。

「狙われてるのはファリスだから、さっさと車を出して!」

 急いでフィンフが車を降り、夏凛もそれに続いた。

 車を降りた夏凛を見てフィンフが渋い顔をする。

「わたくしひとりで十分でしたのに」

「加勢しますから、その後に食事に行きましょうねぇ」

 ニコニコする夏凛を見てフィンフは肩を落とした。

 二人をこの場に残してリムジンがタイヤを鳴らす。フィンフたちの手を溢れたキメラ生物たちが、高速で走るリムジンを追って来る。

 見た目が白い虎であるキメラ生物――その名も白虎と名づけられた四つ足の獣が長い道路を失踪する。空からは翼のある獅子に鷹の頭を付けたグリフォンが追って来る。

 風を切るリムジンは周りを走る車両にお構いなしに無謀な走行を続ける。車の往来が多い道路をジグザグに走り、道が空かないものなら体当たりをしてでも空ける。市民の安全よりも任務が優先なのである。

 道の脇から白い塊が出て来て道路を塞いだ。わき道はなく、逃げ場を塞がれてしまった。

 運転手の叫びが車内に木霊する。

「アーマーの大群に道路を塞がれました。でも、こんなにも多くのキメラを見つからずにいっせいに街に放つなんて……」

 道路を塞いだ白い生物の通称はアーマー。その全長は約五から六メートル、全身が硬い甲殻に包まれていて、濁った白色をしている。そう例えるならば白い色をした巨大ダンゴムシのような生物だ。

 多くの車がアーマーを見て引き返して来る。リムジンは動きを止めている。

 道路に並んだアーマーが五つの紅い眼を光らせて行進してきた。後ろからは白虎が来る。空からはグリフォンが飛来して来た。

 ツェーンがファリスの腕を引き車内に飛び出した。そこにすぐさまグリフォンが襲い掛かる。

 紅が道路を彩った。身体と切り離されたグリフォンの頭部が嘴を痙攣させて動かしている。

 ツェーン右手の手首から肘にかけて刃が生えていた。それは鮫の背鰭のような形をしており、拳を振りながら敵を斬るというものだった。

 息つく暇もなく白い四つ足の影が飛び掛かって来るファリスから手を放したツェーンの腕が槍と変わり、白虎を串刺しにした。

 血の雨がツェーンに降り注ぎ、身体中に血臭がこびり付く。微かに笑うツェーンは口元についた血を舌で舐め取った。

 白い波が道路にある車などを呑み込んでいく。足をばたつかせて移動するアーマーによって地面が揺れる。

 手を元に戻したツェーンがファリスを抱きかかえた。

「失礼します。しっかり僕に掴まっていてください」

 大きく広がった翼から羽が抜け落ち宙を舞う。ツェーンの背中に現れた白い翼を見てファリスははっとした。

 天高くファリスはツェーンとともに舞い上がった。

「ここまで来ればまずはひと安心と言えるでしょう」

 ニッコリと笑うツェーンの顔を不安げにファリスは見つめた。

 ファリスは夏凛のマンションで黒い翼を生やし空に飛び立つハイデガーを見た。翼を背中に生やすヒトが滅多にいるはずがない。ということは、このツェーンも鴉やハイデガーと同じ種族なのだろ、とファリスは思う。

 廃墟ビルではじめて出逢った鴉はファリスにとって信頼できる存在であった。ツェーンも政府で働いているのだから、信頼にたる人物なのだろう。鴉と同じ種族の人たちが、種族同士で戦っている。ファリスは自分がどんなことに巻き込まれてしまったのか、不安になった。

「あなたたちは何者なの?」

「僕に答える権限はありません。ファリス様も全てことが済んだら、僕たちのことを忘れてください。では、ここまま空を飛んで夢殿に向かいましょうか」

 翼を羽ばたかせたツェーンの後ろから何かが来た。ファリスはそれを見て叫ぶ。

「後ろに敵!」

「えっ?」

 ぽかんと口を開けたツェーンの身体が大きく揺れ、ファリスがツェーンの胸から投げ出された。

「きゃーーーっ!」

 声をあげながら落下するファリスをツェーンは追った。

 ファリスの手が天に伸び、ツェーンがそれを掴もうとした瞬間、横から割り込んで来たグリフォンが嘴でファリスを挟んで掻っ攫って行ってしまった。

 嘴に挟まれながらできる限りの抵抗をしたが、ファリスに逃げる術はなかった。肝心の護衛であるツェーンは新たに襲って来たグリフォンと交戦中で、ファリスを追うことができないようだった。

 ファリスの叫びは虚空に呑み込まれてしまった。

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