35.アルスside②
ショコラの様子を見に行った翌日、私は父である国王から呼び出された。
要件の見当はつく、大方先日ショコラが治療を休んだ件だろう。私だって、まさかショコラがあんな姿になっているとは思わなかったんだ。仕方ないだろう。
私が呼び出された会議室に入ると国王に宰相と王国軍大元帥、そして軍の中でも優秀な兵が傍に控え、王国の重要人物たちの守りを固めていた。
何だこのメンツは? ショコラの件ではなく軍事会議でも開くのか?
「きたかアルス、先日聖女ショコラと会ったそうだな? 何でも随分衰弱していると聞いたぞ。彼女は聖女スフレの代わりができるのではなかったのか? これはどういう事なのだアルス?」
「……は、はい、そ、それはぁ……」
国王の要件は私の予想通りショコラの容態についてだった。
くそっ! 誰だショコラの容態を広めたのは!
私の聞いた話だとショコラは醜くなった姿を嫌い、大きな外套を目深に羽織って身体を隠していたと聞くぞ。ショコラについていた兵士が洩らしたのか?
む、そういえば昨日ショコラの部屋を出てから私が大声で愚痴を言ったが、まさかそこから国王の耳に入ったのか……?
何とか上手くごまかさなければ。
「そ、それはですね。ショコラは苦しむ民を憂い、私が止めるのも聞かず自らの身を投げ出し力を行使してしまったのです」
「おおおっ! さすが新たな聖女ショコラ嬢。素晴らしい心の持ち主だ」
私の言葉に王国軍大元帥が感嘆の声を上げる。
ふふふっ、上手くごまかせたか? そう思ったのだが国王と宰相の表情は暗い。嘘がばれたのか?
「はぁぁ、アルスよ。ショコラが忙しいからとお前が全く会いに行っていないことは私も宰相も知っているぞ。下らん嘘を吐きおって、どうせ別の女の所にでも行っていたのだろう? お前が我が息子だと思うと情けなくなるわ……」
国王は溜息を吐きながらぼやいた。
はっ? この私が恥ずかしい息子だと? お前など古い因習に固執した老いぼれのくせに!
「納得いかないといった顔だな?」
「当たり前です陛下。女遊びにしても、それは王家の血筋を絶やさぬためにやっていることです。私は悪くない」
「バカ者が! 子を作りすぎれば争いの火種を増やすだけとなぜわからぬ!」
会議室中に国王の怒声が響き渡る。私は国王の迫力押されて後退りしてしまう。
くそっ……年寄りのくせになんて迫力だ。これが一国を背負う者のオーラだというのか……。
「王国に流行病が蔓延したのはやはりお前がスフレを追放したからではないか? やはり、王家に伝わる伝承通り、聖女は重用しなければならなかったか……」
「いつまで古い因習に囚われているつもりですか! 聖女ならばショコラがいるではないですか!」
「お前が代役として連れてきたショコラも倒れたではないか!!」
「ひぃっ」
国王がさらに激昂し、その勢いに押されて私は尻もちをついてしまう。
くっ……なぜこの私がこんな辱めを受けるのだ……。
「私がどうかなさいましたか?」
私が国王に気圧されていると突然会議室のドアが開かれる。入ってきたのは醜く老いさらばえた姿ではなく、以前の美しい姿のショコラだった。
「シ……ショコラ! その姿は以前と同じではないか。身体が治ったのか?」
「ええ、見ての通りですわ。浮気王子のアルス殿下」
「なっ! 何を言うのだショコラ、私は君だけを愛しているのだぞ!」
「……ふふふっ」
私の弁明にショコラは嘲笑で答える。
くそっ! 上手く隠したつもりだったがばれていたのか?
「申し訳ない聖女ショコラよ。息子が大変な失礼をした……」
「あら、一国の王が簡単に頭を下げるべきではないですわ」
私たちのやり取りを見ていた国王が頭を下げて謝罪する。
だが、ショコラの言葉通り一国の王は簡単に謝るべきではない。そう私に教えたのは国王だ。それがなぜ頭を下げる?
「謝る必要はないですわ陛下。あんなバカ王子はこちらから願い下げですもの」
「なっ……何だと……!? シ……ショコラ、私たちは愛し合っていたではないか!」
「はんっ、そんなの演技に決まっているではないですか。貴方のようなバカを好きになる女性などおりませんわ」
「はっ、はああぁぁぁあああ!」
開いた口が塞がらないとはこのことか、私はショコラの衝撃発言に愕然としてしまう。
「それは王族に対し言葉が過ぎるぞ聖女ショコラ! いくら聖女といえど度が過ぎる!」
「止めろ大元帥! それで聖女の気が晴れるのならば構わぬ。王国において、聖女とはそれほどに重要な存在なのだ」
「くっ……聖女とはそれほどの存在なのですか。承知しました」
私への暴言に大元帥が怒りをあらわにする。だが、国王が怒る大元帥を止めた。
大元帥は不承不承ながらも国王に従う。
聖女は王国にとって重要な存在? 噂には聞いていたがそれほどなのか?
「へぇ、さすがに国王ともなれば多少は聖女の役割を知っているようですね。ですがもう遅い。今の私は邪龍の巫女ショコラ。ヨル……いえ、邪龍ヨルムンガンドの依り代にして、現人神の巫女でございます」
「邪龍ヨルムンガンドの巫女だと……!? ……もしや、はやり病は伝説の邪龍の仕業なのか……!!」
はっ? 邪龍ヨルムンガンドだと? 何でそんな伝説の存在の名前が出てくるんだ? あれはお伽話だろう?
「私もう聖女の真似事には飽き飽きしてしまいましたの。これからは邪龍の巫女として王国に災いをもたらす災禍となりましょう」
「まっ、待つのだショコラ!」
ショコラは国王の言葉を無視して掌を兵士に向ける。
「な、何だこれは! くるなっ止めろっ、うああぁぁああああ!」
すると、掌から禍々しい色の波動が出現し、待機していた精鋭兵士たちを飲み込んだ。
禍々しい波動がおさまると、後には白骨と化した兵士の残骸が残されていた。
「アッハッハッハッ! これが邪龍の巫女の力なのね! 素晴らしいですわ。これならあの化け物じみた回復力を持つスフレだって殺せるかも……!」
高笑いを上げるショコラの顔には狂気が張り付いていた。
王国の精鋭兵士が一瞬で何人も死んだ……!? これがあの美しいショコラなのか? まるで別人のようではないか……!!




