31.天狗族の矜持
「スフレ、アタゴ様と銀色狼の戦いが始まりましたわ」
「そう、頑張ってアタゴ……!」
私がシャルロットたちの武器に加護を付与していると、さっきまで睨み合っていたアタゴと銀色狼の戦いが始まった。
「凄い速さ……今まで見た誰よりも速いわ」
「烏天狗は魔族一のスピードを誇る種族ですわ。その中でもアタゴ様は随一と聞き及びます。悔しいですが私よりもずっと速い。ですが……」
スピード自慢のシャルロットも敵わないと認めるアタゴは、一直線に銀色狼に向かって飛んでいく。
凄いスピードで攻撃を繰り出すアタゴだが、その攻撃は悉く空を切った。
私が付与を施した聖分銅鎖なら銀色狼を倒すことができるはずである。
でも、それも当たらなければ意味がないのだ。
「……まずいな。恐らくアタゴは自分より速い奴と戦った経験はないだろう」
「それってアタゴが危ないってことですか?」
「ああ、経験がないとはその対策も知らないということだ」
ブールドネージュ様の見解では苦戦中のようだ。
自分の自慢である速さで上回れている以上無理もない。
「だが、何か仕掛けがあるのかもしれん」
「仕掛けですか?」
「ああ、私が知る限りアタゴに匹敵するスピードの持ち主は古代大天狗くらいだ。私には銀色狼がアタゴのスピードを超えるとは思えんのだよ」
ブールドネージュ様は何かに気付いたように意味深げに答える。
仕掛けってことは実際の速度が速いんじゃなくて、魔法や特殊能力を使っているってこと?
みんなの武器に加護を付与しながら戦況を見守っていると、銀色狼は躱すだけでなく攻撃を始めた。
鋭い牙で腹を抉られたアタゴから鮮血が舞う。
「くそっ! あれは重症だ……! やはり私が!」
「くるんじゃねえブールドネージュ!! これは俺たち天狗族の戦いだ!!」
苦戦を見かねて動き出そうとしたブールドネージュ様にアタゴが檄を飛ばす。予想通り自分たちだけで戦うつもりのようだ。
あの石頭の頑固天狗め。見てるこっちは心配でたまらないよ。
「心配すんな。今のでこいつの秘密が何となくだがわかってきたんだ。今はそこで大人しく見ててくれよ」
「アタゴお前……!」
アタゴはブールドネージュ様とアイコンタクトを交わす。
この二人って仲が悪い割に何か通じ合っているところがあるみたい。
「手品の種は割れたぜ狼野郎!」
アタゴは銀色狼に視線を移し、大きな黒い翼を広げて高速で飛ぶ。
銀色狼にぶつかる! と思った瞬間、その身体をすり抜ける。それと同時に突風が吹き抜けた。
突風が吹きやむと、巨大な銀色狼の身体は半分ほどの大きさに変化していた。
「えっ! 銀色狼が縮んだ?」
「なるほど、銀色狼は自身の能力で幻影を見せ、身体のサイズを偽っていたのか。アタゴはその幻影を突風によって吹き飛ばしたわけだ」
つまりアタゴは幻影を攻撃していたわけだ。
誰もいない所を攻撃していたんだもの、空振りするわけだよ。
「何っ! 突風で我の霧の幻術が……!?」
「うぉぉおおおおっ!!」
突風を作り出したアタゴは急旋回して戻ってくる。
だが、その軌道は銀色狼のいる方向とは少しだけずれていた。
アタゴは銀色狼の傍を超スピードで何度も往復する。
そして、アタゴが動きを止めると聖分銅鎖を巻きつけられて拘束された銀色狼の姿があった。
「今だブールドネージュ! お前が止めを刺せ!!」
「誇りを捨ててでも天狗族を守るか、見事だアタゴ! 気に入ったぞ、その心意気!」
アタゴの言葉を聞いたブールドネージュ様は銀色狼に向かって駆ける。
そして、その手に握られた聖刀で心臓を突き刺した。
「滅びよ銀色狼!」
「ぐぅぅおおおおあああああ!」
銀色狼に突き立てられた聖刀が光りを放つ。光に包まれた銀色狼の身体はボロボロと崩壊し消えていった。
聖属性の加護はしっかりと効いているようだ。
「見事だアタゴ」
「へっ、お前もなブールドネージュ。俺は出血で限界だったぜ」
ブールドネージュ様が差し出した手をアタゴはがっしりと掴む。
二人の表情は蟠りを感じられない晴れ晴れとしたものだった。
ブールドネージュ様をあんなに嫌っていたアタゴも、自分を破ったその強さだけは認めていた。ブールドネージュ様だってそれは同じだろう。だからこそ打ち合わせもなしに、あんな連携プレイができたんだろうな。
手を取り合う二人を微笑ましく見ていると、急にアタゴが意識を失い倒れた。
「すまないスフレ。アタゴはかなりの重傷だ。治療してくれるか?」
「はい!」
アタゴの傷は深そうだけど私ならまだ治せる範囲だ。
誇り高き天狗魔貴族アタゴ・ペリー。だが、天狗の里を守るために、その誇りを柔軟に曲げることもできる偉大な戦士だ。
そんなアタゴを死なせるわけにはいかない。
絶対に助けるよ!




