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終章 終焉、そして始まり

 あれから三ヶ月の月日が流れる。

 奴隷長試験は、ガナンの暴走によって幕を閉じた。たった一晩の出来事で、ギルドはほぼ壊滅状態となった。誰がこの結末を予測していただろうか。だけどそのように仕向けたのは、もしかして私なのかもしれない。

 伊賀達は装備を整え、街の外へ繰り出そうとしている。隣には黒瀬綾乃がいる。綾乃の髪はずいぶんと伸びた。そよ風を浴び、ゆっくりとなびいている。

「おーい。伊賀君。待ってよ!」

「ひなた、遅いぞ! ターニャ、準備に何時間かけているんだよ」

 私は彼らにエルザスカの話をした。

 そこは、かつてこの世界に住んでいたプレーヤー達が独自に作り出した貿易都市だと噂されているが、実のところよく分かっていない。その街には、いまだ未開の地下迷宮があるそうだ。最下層は地下六十階とも七十階とも言われている。だが、 実際の深さは誰も知らない。その先はただの闇なのか、はたまた明日へと続く一筋の光明なのかすら。

 伊賀が私に気付くと一礼した。

 私は軽く会釈を返すと、背を向けた。

 すぐさま彼は「ヨースケ、待っていろよ! 絶対に復活させてやるからな!」と、元気よく走り去っていった。それは普段物静からな彼の振る舞いからは想像もつかないくらい気迫に満ちた声音だった。彼は一見、冷静で潔癖そうな性格に見受けられるが、実はそうでもない。彼は芯に熱い信念を秘めた魅力ある青年だ。

 少し前、伊賀から一緒に冒険に行きませんかと誘われたことがあるが、私は頑なに首を横に振った。

「レオン様。風がでてきましたので、そろそろ」

 私が頷くと、コーネルは私の膝にケープを掛け、車いすを押してくれた。

 この世界には、まだ攻略していないステージが無数にある。そのひとつが伊賀達の目指すエルザスカの遺跡である。この世界にはまだまだ解明されていない謎が多いというのに、皆はギルドという安全で堅苦しい壁に閉じこもり、未来の扉を開けようとはしなかった。新たなる可能性、それは好奇心と探求心の先にあるのだというのに。

 また転送ゲートが開かれた。希望と不安を胸に秘めた新参者たちが、この世界に訪れたのだ。カジュアルな服装に、楽しげなピクニックを感じさせる荷物いっぱいのリックを背負った少年少女たち。そんな彼らと相対する壁の向こうでは、行き場を失った冒険者が野盗となり、背中にナイフを隠して鋭い眼光で息を潜めている。

 そんな野盗たちの肩を軽く叩く者がいた。

「ダメだよ! いつまでこんなことをするつもりなんだい!?」

 少女はレイピアで軽く空を斬る。その仕草だけで、野盗たちは到底叶わない存在だと気づく。怯えている彼らに向かって、少女はニッコリと笑いかけた。

「まともに生活できるまでは手伝うから、私とレベル上げに行こうよ!」

 赤毛の少女はそう言うと、彼らに手を伸ばしていった。

 彼らは沈んだ眼の奥に、少しばかりの安堵と喜びの火を宿した。少なくとも私には、そのように感じた。だからなのだろう。彼らたちは不安そうではあったが、恐る恐る少女の手をとったのだ。少女が私に気付き、私の名を呼んだので、小さく手を振った。

 ギルドの生み出した文化を変えていくには、まだまだ時間を要するだろう。私は空を見上げた。雲のエフェクトがどこまでも静かに、そして雄大に流れていく。私たちが住んでいるこの世界は、誰かが生み出した虚像の世界。だけど、本当によくできた世界だ。

 そういえば、誰かが言っていた。そもそもゲームとは、クリアできるように出来ている、と。プレーヤーは冒険を進めるにつれ、様々なヒントを貰い、段々とレベルが上がり、いずれは敵幹部と渡り合える力を手に入れることができる。それがゲームのセオリー。

 だが、この世界はゲームであって、ゲームではない。誰も攻略法を教えてくれやしない。そもそも攻略できるのかどうかも分からない。それはまさに人生と同じである。人の道に答えなどない。それは、各々が生涯をかけて見出していく生きた証なのだから。

 誰がこのような世界を望んだのだろうか。ただ分かることは、己の欲望に準じた者は、みな死に絶えた。その屍を乗り越えて、私たちはここにいる。このデジタルの大地を踏みしめて、力いっぱい生きている。

最後までお読み頂きまして、本当にありがとうございました。

これからも何卒宜しくお願い致します。<(_ _)>

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