表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

第六章 力こそ秩序 ならば俺は……5

 ガナンは少しばかり笑い、

「な~んだ? 目鼻がスラっとしているから、遠目からだとヒスパニックかと思っていたが、てめぇ、意地汚いアジアンだったのか?」

 黒瀬先輩はターニャに耳打ちした。

「この不作法な男はなんと言っておる? 早口過ぎてよく分からん」

「スペイン人ならお持ち帰りするけど、日本人ならどーでもいいと吐き散らかしています」

 ガナンは両手を大きく開き、「君はアジアンだが綺麗だ。俺はとびっきりの美人なら国籍なんて問わない。直々に脱がせてあげる価値はあるよ。そして今夜は特別に抱いてあげるからね。感謝してよ。なんたって俺は将来安泰のマイスターだ。それに今期の奴隷長を目指している。大丈夫。君を大事に調教してあげるから」

 ターニャは黒瀬先輩に、「通訳するのも嫌になるくらい、かなりクズいことを吐き散らかしてます」

「あぁ、なんとなく分かる。ゲスの吐く息は大抵どれも同じ臭いがする」

 黒瀬先輩は日本語で返した。

「悪いな、先約がいてな」と一点を指差した。

 ガナンは、つられて指の先を見やる。そこには俺の姿がある。ガナンと俺の焦点が一致した。

「……あいつはシュージ? どうしてあいつを指差した? あいつはお前にとって何だ?」

 簡単な英語だったので、先輩も分かったのだろう。

「darling(恋人)」

「なんであいつが、西の国の女王と……?」

 ザーパスは、「おい、ガナン! 早く脱がさんか? ――な、なんだ!? レオン殿」

 レオンはいつの間にかザーパスの背後に立ち、彼の肩を掴んでいた。物凄い握力なのだろう。ザーパスは辛そうに片目を閉じる。

「いい加減にして貰えぬかな?」

「いい加減にするのはあんたの方だ。みんな、裸を見る事をこんなに楽しみにしているのによ。なぁお前達。それにあんた、その左目を隠している眼帯は、一体どうしたんだ? どうせ甘っちょろいことばかり言っているから、奴隷に隙を突かれて引っかかれたんだろ? とんだマヌケだ」

「……そうか。分かった。私が脱がせてやろう」

「レオン殿。ようやく分かってくれ……。あん?」

 レオンは腰の細身剣に、やや手をかけたまで見えた。瞬きする間もない、ほんのわずかな動作。たったそれだけで、ザーパスは丸々太っただらしない体を会場中に晒すことになった。

「あああ!! なんだ。俺っちが裸になっているじゃねぇか! てめぇ! まさか、オーラを使いやがったのか!? あれは超チート過ぎるのよ。駄目でしょーが! 覚えとけよ! 後でひでぇ目に合わせてやるからな!」

 そう捨て台詞を言い放つと、手で前を隠し、ガナンとその一団を置き去りにしたまま壇上から走り去った。

 隣にいたアイリーンは小さく言った。

「あれが噂のオーラか。突如服が消滅した。……まったく見えなかった。さすがレオン様だ」

 俺はクスリと笑った。

「違うぜ。オーラはあんなもんじゃねぇ。きっとザーパスなんかに、オーラを使うまでもなかったんだろうよ」

 俺の眼は捉えていた。超高速の突きの連続で、ザーパスの頑丈な鎧をすべて削り取っていくのを。レオンにあれだけの事をされたってのに、今は素直に彼の活躍を誇らしく思えた。レオンの大胆とも思える言動の数々、だが選び抜かれた行動を選択している。動きひとつをとっても、実にスマートで洗練されている。レオンの起こした一連の行動で、ギルドを内部から改革するつもりなのはよく分かった。

 でも不思議なのだ。これ程までに出来る奴なら、わざわざギルドに入らずとも対抗組織を作ってしまえばいいではないか。多少時間はかかるかもしれないが、少なくとも俺ならそうする。ザーパスのような強欲な野郎と言葉巧みにやりあう自信なんてないし、早々にプッツンしてしまうに違いない。レオン、どうして――これだけできるのに、強引な手法で俺を舞台に引き上げて、何を急いでいる? 

 ――もしかして、レオンには時間がないのか?

 コーネルはぽつり言った。

「レオン様は、『オーラ』というスキルを武器に今の地位をお築きになりました。ですが、ある日を境に『オーラ』を封じました。あの奥義は危険過ぎます。あなただから、オーラを使用したのです。あなたに、あることを伝えたくて」

 ステージの上では「え……? あ……?」と焦燥するガナン達に、レオンは、「自ら人前で脱ぐこともできぬのに、他人に同等のことを要求するなど人のすることではない。ここは聖なるギルドの集会所。野盗の輩の来るような所ではない。早々に立ち去れ」

 ガナンをステージに上げたザーパスは、もういない。他にガナンを弁護してくれる者など、いるはずもない。それなのに――

「……ククク。あはははは……」

 ガナンは腹を抱えて笑い出した。

 いったいどうしたんだ!? 恐怖で気でも触れてしまったのか。

「アハハハ。俺、たった今、レオン様の正体が分かっちまったよ。どうしてクズのシュージを推薦したのか分かった。シュージもゲスなら、あなたも同様にゲスだ。いえ、いいんですよ。ゲスでも。だってここにはゲスしかいませんもの。ザーパス様なんて立派なゲスですよ。だって堂々と欲望を貫かれている。ですが、あなたは……ククク。アハハハ! 言おうかどうしようか迷いましたが、この際です。ハッキリ言っちゃいます。どうせあなたに楯突いてしまった以上、俺はあなたの院に属することはできませんし、それに監査院系の奴隷長なんて興味もありませんから。だったらあなたのゲスいこと、全部暴露します!」

 ステージ中央の団体が一斉に立ち上がる。レオンと反対勢力の団体なのだろうか?

「面白ぇ小僧だ。名は何だ?」

「ガナンです。タイプは『ナイトメア』」

 ナイトメアというキーワードで、場内がざわめく。

「ナイトメアといったら、確かトリッキーでレアなあれか?」「かなり面白ぇスキルがあるらしいぜ?」「でも、あいつは馬鹿そうだけどな」「そりゃ、大馬鹿だろう」

「まぁいいから、ガナンよ。早く暴露してくれや!」

「それでは皆さまに問いかけます! そこのシュージは、たかだかHP80の底辺なんです。そんな奴を、どうしてレオン様は推薦したのでしょうか?」

 皆の視線は、ガナンに集まる。ガナンは自信ありげな表情で一呼吸のタメを作ると、大きく空気を吸い込むと大声で叫んだ。

「それは自分の彼女だった西の国の姫役の女を、レオン様に上納したからです!! シュージは自分の女を売り飛ばす卑怯なクズで、レオン様はそれを受け取る最低な外道です!!」

 聞き耳を立てていた連中は、ドッと大笑いをする。レオンに限ってそれはありえない、そう思ったに違いない。だからガナンの言っている戯言に、誰も耳を傾けなかった。だけどレオンは、ガナンに向き直り声をかけた。

「なるほど。君はなかなか面白い青年だ。確かに私はクズなのかもしれない。もしかしたら、君こそギルドを救う救世主なのかもしれない」

「当たり前ですよ! 俺はエリートなんですから!」

「では、そのエリートに問う。どうすれば、ギルドは今より良くなる?」

「え? え? そりゃ、もっとマイスターの地位を良くして、馬鹿なアシストや無能な奴隷たちを徹底服従させて……ですね」

「なるほど、それが君の理想的なギルドの姿か」

「いや、急に聞かれたので、すぐに答えられなかっただけで、時間を頂ければ、ですね……」

「こういった質問に体裁など不要。君の言葉で、率直な想いを伝えればいいだけ」

「なら簡単です! 俺が圧倒的な支配者になることです! どいつもこいつも俺に平伏せるくらいの力を手に入れさえすれば、きっとギルドは良くなります! 断言できます!」

「なるほど……。それもあながち悪くないかも」

 それはレオンなりの皮肉だったのだろうか。軽く微笑を浮かべると舞台裏へと姿を消した。

 ガナンは俺を指差した。

「おい、クズのシュージ。聞いたか? レオン様は俺に興味があるってよ。だけどザーパス様が先に俺に声をかけてくださったから、今更移動しないけど。分かり切ったことだが、俺はすぐに頂点まで登り詰めるからな! それよかお前、マジで最低な男だな。東の王女もお前の女だろ? 片手がもげた壊れた人形までレオン様に差し出すとは、マジで正真正銘のクズだな」

 それ……ひなたの事か!? 今まで我慢していた俺だったが、完全にブチキレた。

「おい、待てよ!」

「あーん。なんだ。やるのかよ? ちいとばかしどついただけで尻餅をついてHPまで減っちまう雑魚なのによ!」

 ガナンは両手を大きく広げると、虚空に紫色の矢を生み出し、マシンガンのように飛ばしてきた。なんだよ? これ? これで本気なのか。止まっているようにしか見えない。こんなハエでも止まれるような魔法、よけても構わないだろう。ここはハイレベルの者しかいないハズだ。俺は、すっと横にシフト移動した。俺の後方の机が派手に壊れ、そして数名の男女の脳天から血が噴き上がった。しまった! 弱い者もいたのか?

 ガナンの同僚たちが、真っ青になったガナンの肩を掴む。

「お、おい、ガナン。お前、どこを狙っているんだ?」

「俺のダークアローは外したことがないんだ。絶対に当たる筈なんだ。そ、そうだ! シュージが悪いんだ。だって奴はヘタレじゃん。きっとへっぴり越しだったから、思わずフラついて……」

「お前は関係ない者まで殺してしまったんだぞ。どうするんだよ!?」

「違う! 違うんだよ! 悪いのはシュージだ! そうだ! 全部シュージが悪い!!」

 仲間の一人がガナンの頬を叩き、放心状態のガナンをズルズルと引きずっていった。ステージから消えるとき、あの野郎の声が聞えた。

「シュージ……。絶対に許さんからな……。闇に紛れてぶっ殺してやる……」


 波乱なレオンのショーは、三院が睨み合った形で幕を閉じた。

 その後、司法院奴隷課長と名乗る者より今後実施される『奴隷長試験』についての説明が淡々と行われた。受験希望者たちの多くは、最前列までやってきてメモを取り出す。試験は三次試験まであり、一次試験は筆記。二次以降は実技試験となり、命の保証はないらしい。これを聞いて、ビビる者は誰一人いなかった。眼光を尖らせて、黙々とペンを走らせている。自信があるのか、それとも例え命をかけても奴隷長の椅子をゲットしたいのか、はたまた殺し合いを望む狂人達なのか、今の俺に知るすべはないのだが。質問も許され、次々と手が上がる。

 会が終わるころ、レオンが俺のもとへやってきた。

「シュージ。本日の参加ありがとう」

「ふん、そもそもあんたが強制参加させたんだろ」

「そうだったな……」

 レオンはコーネルにチラリと視線を向ける。

「レオン様の目に狂いはございませんでした」

 そう言うと、頬に柔和な笑みを浮かべた。レオンはひとつ頷いた。レオンのペースで舞台に引き上げられた苛立ちが、どういう訳か彼らの笑みを見ていると薄れてしまった。

 俺は思わず、「その傷……」と言ってしまった。

「あ、これか。希望の代償と思えば安いものだ」

 眼帯を一度取り、閉じた目をにっこりほころばせた。まぶたには大きな傷跡がある。

「シュージ、すまない。まだ雑務がある故、これで退席をする。後はコーネルに一任している」

 レオンは一礼して、姿を消した。聞きたい事は山のようにあったのだが、何一つ聞けなかった。

「いけねぇ! あいつのことを完全に忘れていた!」

 ユーチェンと別れてから、かれこれ三時間以上は経つ。あいつ、きっと腹を減らしているに違いない。

「あのさ、ここのご馳走は、テイクアウトできないのか? まだ腐る程残っているし、それに俺だってあんまり食っていないし、それに先輩達も気になる。みんな、ちゃんと飯を食わせて貰えているのか?」

 捲し立てるように話す俺に、コーネルは柔和な笑みを浮かべる。

「皆さまとお食事をしているところを見られたら、ギルドの者達に嫌みを言われるだけでしょう」

「そりゃ、そうだが……。でも言いたい奴には言わせておけばいいさ。人を外見や身分だけで小馬鹿にするなんて、それだけの人間ってことだから。そんな連中にいちいち腹を立てていても仕方ないし」

「ふふ、あなたというお人柄はよく分かりました。レオン様が惚れ込むのも無理はありません。 この教会の最上階はレストランになっており、一部の上級幹部しか入ることができません。レオン様が特別の計らいをして、一席設けていらっしゃいます。そこであなたのお友達もお待ちです」

「黒瀬先輩達が!」

「はい」

 嬉しさが込み上げてきた。でも、ユーチェンと同席させるのは、ちょっとマズイかなぁ……。なんか色々と揉めそうだ。

「もっと大きな脅威と戦おうとされている方が、なんて小さな事でお悩みなのですか? どうぞご友人もお呼びください。滅多に入れない空間です。きっとお喜びになると思いますよ」

 コーネルに案内されて、長い螺旋階段を登り、教会の四階までやってきた。

 あれだけうるさかった教会内も、ここまで来ると静かである。そこは外の夜景が一望できる高級レストランだった。客は誰もいないようで、完全に貸し切りのようだ。店内には蝶ネクタイをした数名のスタッフと、ピアノを弾いている女性がいるくらい。ユーチェンは「うわー、綺麗」と目を輝かせている。

 コーネルが手のひらを向ける先に、黒瀬先輩達の姿があった。劇の衣装のままである。

「わたくしはこれで失礼します。何かございましたら、スタッフにお申し付けください。ここにいるスタッフは、みな訓練された奴隷です。ここの会話が外に漏れることはございませんので、ご安心ください。では」

 てっきりコーネルの口から、これからの作戦でも聞けるのかと思っていた。特別な会談をする訳でもないのにこれだけの席を用意してくれるなんて、もしかしてレオンはそれなりに気を遣ってくれているのか?

 先輩は俺と目が合うとおもむろに席を立ち、「い、伊賀ぁ!」と抱きついてきた。そのまま唇を奪われた。先輩の唇は震えていた。無理もないか。他の二人を安心させるために、今まで気丈に振る舞っていたのだろうから。肩に手を置いてちょっぴり顔を離し、小さく尋ねた。

「――先輩。いじめられていない?」

「大丈夫。何も心配いらぬ。ただ、そなたに会えぬのが寂しい……」

「俺……。奴隷長を目指すことにした……」

「分かっておる。そうするしかないのも、よく……」

「最終試験では、俺……」

「私を調教するんだろ? 大丈夫だ。そなたに調教されるのなら……私……」

「……先輩、俺……」

「何も心配するな。そなたは、ただ勝ち上がってくれば良いだけ。そなたを信じて待っている」

 先輩の唇は綺麗だった。再び強く抱きしめて、口づけをした。クラッシクの旋律が、甘く世界を包み込んでいる。永遠に続く、二人だけの時間に思えた。

 折角のいいムードだというのに、ふと後ろから突き刺さるような重たい視線に気づく。

 ハッと我に返り、ちらりと横目で確認した。ひなたは、「なにそれ、お芝居の練習? あたしも伊賀くんとチューがしたい!」とか言って唇を尖らしているし、ユーチェンは、「こんなところでチューするなよ! 修二、後で私にも頼むよ。なんせ私が一番リードしているからね」なんてほざいている。さらにターニャは「何? あなた? まだ生きていたの?」と、いつの間にやらユーチェンの背後に回り、ギラリと拳銃を向けている。

「おい、お前ら、いい加減にしろよ。積もる話もあるだろうが、折角うまい飯にありつけたんだ。食おうぜ」

 席に着き、みんなしばらくの間は、おとなしく食事をしていた。ひなたは慣れない左手でステーキをごりごりやっている。ターニャは上品にスープをすすっている。

 ユーチェンは手で頭をかきながら「いやぁ~、君たちの名演技で、私、てっきり修二と喧嘩していると思ったから近づいた訳だし……。別に君たちに恨みなんてないのよ。あはは」

 ターニャは、ピタッとスプーンを止めた。

「死ねば」

 お前ら、色々あったけど仲直りしろよ。それにしても黒瀬先輩は思いつめた顔つきのまま、じっと料理を見つめていた。フォークを握ったまま、なかなか口をつけようとはしない。

「先輩、どうしたんスか? 気分でも悪いんですか?」

「……いや、何でもない。それよりか、どうであった? 私達の芝居は」

「びっくりしたよ!! たった数時間でよくあれだけの演技ができたね。感動したよ。マジで! 最後まで見たかったなぁ。ザーパスの乱入で中断させられたのが本当に残念だよ。あれからどうなるのか気になるんだけど……」

「あれでほぼ終わりだ。決戦前夜で幕は閉じる」

「余計気になるじゃん! なんでそこで終わるんだよ!」

「現状が、そこだから」

「なんだよ? それ? 余計、分からないじゃん」

「そなたとレオンが戦ったあの夜、私なりに感じたことがある……」

 先輩はフォークをコトリと置いた。

 急に話題を変えたことを不思議に思いながらも、黙って先輩の話を聞いていた。

「そなたは確かにゲームの天才かもしれない。だが格闘ゲームと格闘技は抜本的に異なる」

「もちろん、そうだけど」

「されど通ずるところも多々ある。喧嘩上等だった洋介がいち早く格闘ゲームを習得できたのも、おそらくその恩恵。喧嘩とゲーム、共通点は多い。至近距離から突き上げてくるアッパーをかわしてカウンターを決めるには、それなりの訓練が必要になる。格闘ゲームでは断続的な連続コンボを覚えていくように、格闘技ではリズミカルな動作を体に叩き込む必要がある。それを軸に、状況に応じて活用していくことが、いわゆる実戦というやつだ」

「……先輩は何が言いたいのですか?」

 先輩は俺の顔をじっと見ている。

「……これは私の目にはそう思えたに過ぎない程度の、いわば憶測ではあるのだが……。そなたが技を一つ外す度に、レオンは嬉しそうに目元を緩めたのだ」

 レオンは、俺の身体に格闘術を叩き込んでくれた――もしかして『オーラ』を破ったというのも、レオンが俺に戦闘スキルを教えてくれたから――そう言っているのか?

 黒瀬先輩はひとつ首を縦に振った。

「かなり強引なやり方ではあるが、あやつにはステータス閲覧スキルがある。ギリギリのところまでやるつもりだったのだろう。だが、そなたの体には限界が訪れていた」

 そして俺は先輩をレオンと誤認して……

「先輩。あの時はゴメン……。怪我はない?」

「気に病むな。そなたの成長を垣間見る事ができてうれしかったのは、何もレオンだけではない」

 黒瀬先輩はようやく笑顔になった。

「そなたが倒れた後、レオンは深く頭を下げ、今は何も聞かず私を信じて欲しい――とだけ告げた。……その直後、レオンは苦しそうに咳き込むと、吐血したのだ」

 ――血!?

「あの時、逃げようと思えば、逃げられたのかもしれない。ただ、それでは何も変わらぬと感じた。私が自決しようとした時に、レオンは強引なやり方ではあったが阻止してくれた。二度目なんか、もはやあからさまにだ。明らかにそなたを挑発して、舞台に立たせようとしている。それはとても悪意を帯びているようなものには思えなかった。正直に言えぬ何かがあるに違いない。それにあの『オーラ』という奥義、使用する度にレオンの顔から血の気が薄れているように思えた」

 先程、ザーパスに『オーラ』を使わなかったのは、単に出し惜しみではなかった……。病んだ体に負荷がかかるから。コーネルが俺だから見せたと言っていたのは、そのような理由があったからなのか。レオンの目的が、ようやく見えてきた。先輩達に施された血の盟約は、レオンの死と共に解約される――それに含まれた意味も。やはりレオンには時間がなかったのだ。

 それ以降は、重苦しいギルドの話題ではなく、昔話ばかりしていたような気がする。敢えて皆、話を逸らしているかのように思えた。おそらく次、会う時は、奴隷長最終試験になるのだから。

 別れ際、黒瀬先輩は俺の手を取った。彼女の悲しそうな表情を見た途端、いたたまれない気持ちになった。

「もう先輩たちは、こんな所にいなくても……。なんなら俺が……」

 先輩は静かに首を横に振った。

「許可なく教会の敷地内から出たら、血の盟約に規定により、逃亡者とみなされてレオンの意志に関係なく、事務的に抹消されてしまう……」

 みんなを連れて逃亡できる可能性は、ゼロになってしまったということか。もはや腹をくくるしかないと頭では分かっていたが、残された切り札を握り潰されたような苦い感覚を覚えた。 先輩は、「ユーチェン」と、初めて彼女の名前を呼んだ。

「what?(なに?)」

「Observe theIga(伊賀を頼む)」

「Leave it to me(任せて)」

 先輩は英語で続けた。

「今まで色々あったが、現状、自由に動けるのはお前しかいない。本当に頼んだぞ、ユーチェン」

「うん!」

「だが、変な事をしたら、ぶち殺す!」

「え? え? え? だだだだ大丈夫だよ」

 口ではそう言っていたユーチェンだったが、くるりと背を向けるとニヤリとほくそ笑んで、誰にも聞きとれないような小さな独り言をポツリ――『事故は往々にありうる』と漏らした。

 ――事故って何さ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ