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第六章 力こそ秩序 ならば俺は……3

 セントレイズ教会。

 街の中心に位置するその場所には、すでに大勢の人が集まっていた。腹黒い連中がアジトにしている場所だから胡散臭い建物とばかり思っていたが、美しいステンドグラスがなんともきらびやかで敷地も広く、まるで小さな城を連想させるような佇まいだった。

 教会の鐘が鳴っている。この音は、集会が始まる一時間前の知らせだそうだ。ぎこちなくではあるがなんとか歩けるまでには回復した俺は、ステータスを確認した。『STATUS:SIDE EFFECT 00:59』となっている。このハードな筋肉痛状態は、集会開始ギリギリまで続くのか。今の俺は、浮浪者共に襲われても危ういかもしれない。だけど早めに行って下見をしておくべきと判断した俺は、こうして集会が始まる前にやってきたという訳だ。

 俺とユーチェンは門を潜り、敷地の中へと歩を進めた。

 サーチスキルを発動させる。教会の地下に、先輩たちの反応を感じる。

 水浴びでもしているのだろうか。ざぷんと水面に体を沈めるような音が聞こえた。HPは減っていないし、ステータス異常もない。でも、とにかく心配だ。今すぐ助けに行きたい衝動に駆られるが、この状況下ですべき行動ではない。教会の内外あわせて千人以上はいるこの敵本陣で、無防備のまま突っ込んで勝てる見込みはまずない。ちなみにHPが閲覧できる者は二十名程度。つまり八十人はレベル4以上。今は、大人しく様子をうかがうべきだろう。

 礼拝堂を前にして、ユーチェンは歩を止めた。

「ここから先は、私は入れないから」

「もしかして、アシストは礼拝堂に入れないのか」

「うん。集会の時は、いつも外から話を聞いているんだ」

 なるほど……。さっそくチラホラと見えてきた。わりとエグイ差別がありそうだ。でもユーチェンは、明るく振る舞っている。俺は彼女に聞いておきたい事が山のようにある。ギルドの歴史や習慣。組織の構成はどうなっているのか、トップは誰なのか、そのような内部事情を根ほり葉ほり質問した。ユーチェンはそれに逐一答えてくれるが、話題はすぐに脱線する。

「修二、どこまでやったの?」

「は? やったって何を?」

「私に言わせるなよ。分かっているクセに」

 ニヤニヤしながら肘で俺の二の腕をクイクイ突いてくる。やめてくれ。体中が痛いんだ。押されるだけで、HPが1も減ったじゃないか。

「ハッキリ言ってくれなければ分からん」

「なんだよ。エッチはしたのかと聞いているんだ?」

 やっぱそんな話題か。めんどくせぇ。

「してねぇよ」

 キスをして、下半身を色々触られた程度だ。

「じゃーチューは?」

 ……。

「あはは、真っ赤になった。当たりぃ! ふーん、そっか。やっぱ好きなんだ?」

「まぁ……」

「否定して欲しかったけど、まっ、いっか。私は修二のあそこをバッチリ見たもんね。多分私の方が圧倒的にリードしている」

 ……何の話だよ。

「でも、あの赤毛の子を守る時に修二の顔、怖いくらいすごかった。かなり進んでいるのかと思ったら、まだチューか。ふーん」

「えっ、俺がチューしたのはだな……」

 そこで口を塞いだ。思わず墓穴を掘ってしまった。

「あれ? てっきり修二は赤毛の子が好きと思っていたのに、まさか金髪の子?」

 ……。

「え?? マジ?? 黒髪のお姉さんとチューしたの??? ……うーん、修二はああいうのが好みなのか。まぁ美人だけど、強烈じゃん? 絶対に尻に敷かれるよ?」

 もういいだろ、そんな話、と言おうとした時、西洋人の男女がやってきて俺たちを取り囲んだ。人数は七名程度、年齢は十七、八くらいだろうか。皆、高価な身なりで、HPは閲覧できない。

「へぇ。こいつがレオン様の推薦するシュージか。どんな奴かと思ったが、パッとしない小柄なガキじゃねぇか。ははは、アシストと仲良くつるんでやがるぜ」

 男は、ユーチェンを指差してGannetと言った。イギリス英語独特のスラングで、元々は『北ヨーロッパの海鳥』を差す言葉なのだが、今では意地汚く卑しいといった暴言として使われている。アメリカだとPigとか言って見下すアレに近い。とにかく気分が悪い。

「ユーチェン。行こう」

 一人の金髪の女が、「シュージ。待ちな」と声をかけてきた。話すのもウンザリするが、無意味に揉めることは極力避けたい。顔だけ振り返った。

「あんた。レオン様のお気に入りだってね。なのに、どうしてアシストと一緒にいるんだい? やっぱ、あんた奴隷長の席を狙っているんだろ? そいつを奴隷代わりに見立てて調教しているのか? 私も今期の奴隷長を志願している。その辺の浮浪者のガキを捕まえてしごいてみたが、ムカついて三日で殺してしまったよ。とにかくヨロシク」

 そういって女は手を伸ばしてきた。ユーチェンは何も言い返すこともなく、ヘラヘラと笑っている。正直、かなりムカついていると思う。だけど、こんな所でいざこざなんかを起こして、俺の顔に泥を塗りたくない――そう思っているのか?

 握手をするために伸ばしてきた手を、俺ははたいてやった。そしてユーチェンの肩に手をポンと叩いて、「行こう」と告げた。

 仲間の連中が、真っ赤な顔で俺を指差し、鼻息を荒げて噴気してきた。

「お、おい! てめぇ! ガーネス様の推薦状を持つアイリーンに向かってなんなんだ、その態度は!! 身の程を知れ!」

 そして俺の胸をドンと押してきた。全身筋肉痛の負荷があったせいで、思い切りよろけて背中からドスンと転んでしまった。アイリーンと呼ばれた蒼い眼の女は、真上からマジマジと見下ろしてくる。

「たったレベル6なのに推薦状を持っているから、どれくらいの実力者かと思ったら……。たったあれだけで、HPが8も減って、残りHP残量は72になった……。これは一体……」

 アイリーンには、俺のHPが見えている。つまりこの女、レベル9以上もあるっていうのか? 単純計算だと、ザパンよりも強い……。

 今度は別の男が笑い出した。

「へっ? こいつ。雑魚だったの? 闇魔法専門の俺だってHP320はあるってのに。あははは。アイリーン。こいつ、アシストを使って奴隷ごっこの練習をしているんじゃねぇよ。似た者同士クズだから群れているだけなんだよ。それにレオン様はかなりの変わり者でね、レベルでは評価しないんだよ。でも、それ以外でどうやって評価するってんだよ? こいつ、生まれも育ちも意地汚いアジアンだし、どうせ上手に袖の下でも贈ったに違いない。そうそう実技試験は実戦もやるんだっけか。生死は問わないって言われていたしな」

 そこまで言うと、俺を見下ろしてきた。

「ひゃはは、いいカモみっけ。俺はガナンだ。お前を殺してやるから、名くらい覚えていてくれ。戦闘開始直後、真っ先にお前を始末するけど恨むなよ」

 他の奴も、

「ダメだ! 俺が殺る! シュージは、弱っちいのに推薦書持ちってことは、つまりおいしい高得点キャラなんだろ!?」

「シュージは私のおやつよ!」「待てよ。俺は来月結婚するんだから、金がいるんだ! 頼むから祝儀にしてくれよ」「知らねぇよ! つーか、俺に食わせろよ!」

「まぁ、待て。仲良くコインで決めようぜ」

 ガナンは他の連中を制すると、指にコインを乗せ、クルリと飛ばして、それを手のひらで受け取る。賭けが成立したのだろう。腹を抱えて大笑いしながら、どこかへと姿を消した。

 ユーチェンは悔しそうに目を真っ赤に腫らして「あいつら、もし修二が……」とまで言いかけてやめた。アイリーンがまだ残っていたからだ。青い瞳を一層大きく見開き、俺をガン見している。まだ奴の手を叩いたことを根に持っているのか。面倒な奴だ。ユーチェンの手を借りて立ち上がり、歩き出そうとした時、アイリーンがおもむろに口を開いた。

「なるほど……。死亡が確定したか」

 俺の事を言っているのか。「あぁ、死んだ、死んだ」と、適当にあしらって立ち去ろうとした。だけどアイリーンは妙なことを言ってきたので、思わず足を止めてしまった。

「……どうしてだ? 少なくとも私があれだけの侮辱を受けたら、0.001秒で殺す。先に仕掛けてきたのは相手の方だ。なんら問題はない。なのにあんた、どうして我慢する? 何故隠す?」

「何か勘違いしているようだけど、別に俺はすごかねぇ。それに、ほらっ」

 俺はガナンの方に、顎をクイと向けた。

 ガナン達が立ち止まったまま、振り返っている。

「どうした? アイリーン。早く行こうぜ。集会が始まっちまう。今、そいつを殺したって、どうせスコアにはならないんだからさ」

 アイリーンは、短く嘆息を吐くと小さく呟いた。

「弱いくせに虚勢を張る輩は、この世界ではすぐに死ぬ。どうしてそれが分からないのだろうか。シュージ。お前は本当に恐ろしい奴だ……。ガナンなんて所詮小物、どうせいつでも殺せると思っているのだろう。あんたがガナンを何秒で、そしてどうやって殺すのか、早く見てみたい」

 何を言っているんだ、こいつ。不気味な女だ。アイリーンはまだ続ける。

「昨夜の集会は、あんたが無断欠席したせいでお流れになった。まだギルドに入会もしていない候補予定者に、この待遇は異常すぎる。私は納得が行かず、ずっとこの場所で待っていた。レオン様がギルドに戻られた時、左目を眼帯で覆っていた。どうしたのか訪ねたら、目でしか見えない小さな世界は半分になったが、目を閉じることにより知ることのできる世界は何倍にも膨れ上がった、と嬉しそうにおっしゃっていた。何をおっしゃっているのか、私には皆目見当もつかない。が――、ひとつ分かる――。……あの傷をつけたの、それはあんただろ?」

「……何をバカな。冗談も休み休み言ってくれ」

「とぼける気か! まぁいい。私の推薦者である司法長ガーネス様は、監査長レオン様と対極に位置し、まさに敵対関係にある。だから、いずれ私達はぶつかることになるだろう。そのときはヨロシク」

 司法長ガーネス? どうせギルドの辛気臭いルールを作ったお偉いさんなんだろ? 奴隷制度とか、アシストの差別とか、本当に胸糞悪いぜ。

「お偉いさんたちの政権抗争に興味なんてねぇし、お前と戦う気もサラサラねぇ。俺は俺だ」と軽く流しておいた。俺の目的は仲間の救出。それ以上もそれ以下のない。ただそれだけだ。

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