第六章 力こそ秩序 ならば俺は……2
窓から差し込む光で目を覚ました。
天井のプロペラは、相変わらずゆっくり回っている。柱時計は十一時半を指している。もうそんな時間なのか。たしかさっきまでユーチェンと話していたような気がしたのだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
ユーチェンはどこだろう? あいつの寝床を俺が占拠してしまったからな。
それにしても、うまそうな匂いがする。これは中華か? オニオンとガーリックを炒めている、なんとも食をそそる匂いだ。ユーチェンが座っていた椅子には、服が畳んである。しっかりとした生地の黒いジャケット。それにはシャープなラインが入っており、嫌みもなく、わりとイケているデザインだ。膝下の短いハーフパンツは動きやすそうであるが、それほどラフにも見えない。そして服の色とマッチした紺のブーツ。あいつ、思ったよりいいセンスしているな。そういえば先日買ってくれた服は、レオンの攻撃を浴びて血まみれになったはず。また買いに行ってくれたのか……。裸だとどこにも行けないので、服に手を伸ばした。
――ぐふぅ!
全身がデタラメに痛い。まるでスノボーでハッスルしまくった翌日の朝の状態を何倍にも悪化させた感覚だ。這うように椅子の背もたれに手をかけて体を起こした。なんとかベッドから這い出して、起立状態になれた。だが足をあげることができない。む!? これではパンツがはけない。そのまま背中から転んでしまった。
今度は上半身を起こすことすら困難になってしまった。まるでびっくり腰になった人が、どうやっても自力で起き上がることができない、そんな状態だ。
俺にはオートヒールスキルがあるはず。五秒で回復するんだろ? まぶたを閉じてHPを閲覧したらMAXになっている。だったら何なんだよ、この状態は!?
HPの下部に『STATUS:SIDE EFFECT 6:31』とある。しばらくすると右の表記が『6:30』へと変わった。
――SIDE EFFECT(副作用)……。
もしやこれは、秘められし力とやらを使った代償なのか?? このタイマーを見る限り、六時間半はこの状態が続くってわけか。冗談じゃねぇ。集会が始まる時刻じゃないか。その前に、調べておきたいことがあるってのに。俺は全裸のまま、床に仰向け状態のまま無様にもがくしかできない。嫌な汗をたらふくかいた。どうやったら起き上がれるのだ? とにかくうつ伏せになろう。そうして腕で体を持ち上げ、膝をまげて――
「修二、ごはんにしよう。入るよ」
部屋の外からユーチェンの声がする。
「だぁ! ま、待て!」
「着替え中? それ、気に入ってくれた?」
「……あ、あぁ。後でちゃんと金を払うよ。いくらしたんだ?」
「そんなのいいよ。それよか、いつまで着替えに時間かかっているんだい? 女子の化粧でもあるまいし」
「いや。折角買ってくれたんだ。バッチリ、キメようとだな……」
「ははは、どう着たってあんまり変わらないよ」
「……い、いや。激変する。どのボタンを外して、襟は立てたり曲げたり、ズボンの裾を折って左右の長さを変えるだけでもイメージは随分違うもんなんだぜ」
……知らねぇけど。
「てことは、もう服を着ているんだよね。私が見立ててあげるよ」
「お、おい。待て! 俺はまだ――」と、言うよりも早く、ユーチェンは戸を開けてきた。
ちょっと沈黙。
そして。
「キャァァァ――――!」
バタン。
「ななななな、何をやっているんだ!? そうやって裸で天井を見上げながら着こなし方を考えるのが君の流儀なのか? それならそうと早く言ってよ!」
「……あぁ。こうやって俺は頭を整理して、イメージを膨らませるんだ」
さらに三十分経つ。ユーチェンは部屋の外で待っている。
「いつまで考えているんだい? さすがにお腹すいたでしょ? ごはん食べようよ」
「俺はいい。空腹の方が、イメージが膨らむんだ。先に食べてくれ」
「折角君のために作ったんだよ。中華は出来立てがおいしいんだから。もう適当に着て出てきなよ。あとで考えたら?」
……どうするべきか?
正直に言っちまうか。きっとみんなを助けるために、俺はギルドに入る事になるだろう。その後、どんな現実が待ち受けているのか想像もつかない。だからどうしてもレオンと会う前に、できることはすべてやっておくべきだ。まず、俺達が戦った場所をこの目で見て、確かめておきたい。俺は本当に覚醒したのだろうか? 実際、どのような戦いをしたのだろうか?
ユーチェンの説明は、まったく見えなかったとか、派手に爆発したとか、そういった曖昧な表現なので、実際に何をどうしたのか皆目見当がつかないのだ。レオンの放つ衝撃波を、俺が相殺したり、その逆もあったり、そして派手に爆発したとか、派手に壊れたとか、派手派手と連呼するばかりで、まったくイメージができない。それに俺はどうも『オーラ』を破ったようなのだが、どうやったのかのかもまったく覚えていない。とにかくそのヒントは、あの場所にしかない。――と、真剣に考察しているわりに、現状はあまりにも間抜けすぎる。全身筋肉痛で、全裸仰向け。そういえば、ユーチェンにはすでに裸を見られているんだっけ。それも一度ではない。ここまで運んでくれた時と布団から出た時、そしてさっきの事故を含めて三回だ。これ以上見られても減るもんじゃねぇし、ユーチェンにも免疫ができているだろう、うん。
「……あ、あのさ~」
「何だい?」
「すごく迷惑なお願いなんだけど、してもいいかな?」
「前も言ったけど、私は君を出世させる為に汚れ役は全部引き受けるつもりだよ。なんでも言ってよ。理由はともあれ、ギルドに入るつもりなんだろ? そのための準備がしたいんだろ?」
「……え……。まぁ、うん」
「言いにくそうだけど、別に遠慮はいらないって。こっちは嬉しいんだから。君がやっとその気になってくれたんだから。修二とレオン様、ちょっと似ているところがあるんだ。うまく言えないけど、ちょっぴり影があるところ。例えば、えーと、本心を悟られないよう、たまに嘘をついたり相手を欺いたり。でもそれは自分の為ではなく、誰かを思いやっての優しい嘘。修二は修二で、何かすごいことを考えているんだろ? 私は期待しているんだから!」
そ、そうっスか? お言葉に甘えていいんですか?
「……あの……ですね……。パンツ、はきたい」
長い沈黙が続いた。
言うんじゃなかったと後悔もしたさ。されどユーチェンが「え、え、修二! どうしたんだ!? パンツがはけないって一体どういうことなんだ!?」と、部屋をガンガンノックしながら猛烈に心配してきたので、現状の俺は要介護認定クラスであることを正直に伝え、パンツをはかせてもらった。ユーチェンがどんな顔をしていたかって? そんなの分からないよ。俺はただただ恥ずかしくて、ずっと目をつむっていた。
服を着せてもらった後、食事介護まで受け、それを済ませるとユーチェンの肩につかまり転移魔法で昨夜戦った湿地帯のちょっと手前までやってきた。
目の前の惨状に、言葉を失った。
木々は全壊し、いたる所にクレーターが生まれている。全壊といっても折れているとかそのようなレベルではないのだ。まるでロケットランチャーやバズーカー砲……対戦闘機用ミサイルといった重火器で戦ったような惨劇が広がっている。木はごっそり根から持っていかれ、完全に荒野となり、ちょっと前まで森だったことの面影すら残していないのだ。
これが……シャドージェネシスの力……。
もはや化け物同士の戦いだ。一歩間違っていたら、マジでみんなを巻き込んでいた。この力、可能な限り使わない方がいい。もし使うなら、その時は――




