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第五章 夜明けへの逃走4

 名目上の喧嘩別れをして、すでに二時間が経過している。

 そろそろ移動を始めないと、本日中に次の街に行く事は困難になる。それなのに俺は街の中をぶらぶらしている。ユーチェンがしつこく付きまとってくるからだ。右のおさげを指でくるくる回しながら、俺の前や後ろにうろちょろまとわりついてマシンガンのようにガンガンしゃべりかけてくる。それも中国語交じりの英語で。中国語のパートは理解不能。理解する気もさらさらないが。

「修二ってすごいよ。デス・アライザにログインしてたったの一日でレオン様からスカウトが来るなんて天才だよ」

 すべて洋介のおかげだ。あいつの事、思い出してしまったじゃないか。考えると目の奥が熱くなるじゃねぇか。

「私なんて、もう一年以上いるのに、ギルドでは万年平社員。実は私、アシストなんだ。だから仕方ないんだけどね。ギルドでの待遇は、レベル1は家畜。アシストは、名も知らない三流校卒業クラス。実力でレベルを上げたマイスターは、超一流大学を主席で卒業したエリート扱い。いくら頑張ったところで、その差を埋める事はできない。修二はマイスターなんだろ? いいなぁ。将来安泰だ」

 家畜ってなんだよ。イラつく表現だ。ギルドに入る気なんてさらさらないし。

「ユーチェン。もういい加減、どこか行ってくれないか。俺は忙しんだ」

「暇そうに見えるよ。ねー。ショッピングに行こうよ」

 仕舞いには俺の腕を掴んで、店を案内しようとしだす。

「俺は初心者狩りをしている奴と話なんかしない。どこかへ行け!」

「酷いな。私たちが初心者を駆除しているから、街が安全なんだよ。元の世界だって増えすぎた害虫は駆除するだろ?」

「なんだよ、その屁理屈! 初心者と害虫を一緒にするなんて、どうかしている!」

「ギルドの言うことを聞かないアシストは、ギルドから追放されてしまうからね……」

 急にユーチェンの声音が沈んだ。アシストという身分は、ギルドの生み出した階級社会において虐げられる位置にあるとだけは理解できた。だからといって殺人集団に平然と手を貸すなんてどうかしている。それほどまでにこの世界では、ギルドの支配力が強いということなのか。

「お前の魂胆は何だ? 俺がレオンの推薦者だからか? だから今のうちに仲良くしたいんだろ?」

「え、ひどいよ。修二が友達と喧嘩別れをして一人になっていたから声をかけただけだよ」

「俺がギルドに入れば出世しそうだから、こうやって近づいてきた。そんなところだろ」

「もちろんそうだよ。私の目に狂いはない、多分ね。あはは」

 悪びれることなくニッコリと頷いた。ここまで堂々と言われると、逆にすがすがしくも感じる。考えてみればユーチェンとは、育ってきた文化や環境が大きく異なる。それに日本人だってこういう人はたくさんいる。できそうな者や出世しそうな者に唾をつけておくなんて、別におかしいことではないのかもしれない。俺だって将来大化けしそうな会社へ就職したいと思っていたし。だからって甚だ迷惑だ。

「修二。あのさ。多分、君はここのルールや常識をあんまり知らないと思うんだ。だから私がいろいろ教えてあげるよ。そうしたらもっと早く出世できるよ! どんどんのし上がって行こうよ」

「いらないお世話だ。俺はギルドには入らないし、いずれ……」

「いずれ?」

「いや、何でもない。……ひとつ教えてくれないか。レオンってどんな奴だ?」

 俺が見た限り、ユーチェンはとぼけた口調だが、平均以上の観察眼は持っているし、言葉の誘導だって巧みだ。利用できるものは利用するタイプに思えて仕方ない。それなのにレオンを話す時だけは目を輝かしている。まるで憧れのアイドル――いや、もっと上だ。崇拝する神の話でもするかのように、レオンの話題になると声色を上げる。奴はアシストを人として見ていないのに……。

「レオン様が私達を救ってくれたんだ。もしレオン様がいなければ、今頃、みんな死んでいた」

「それはどういうことだ!?」

「プレーヤー同士が激しい殺し合いを始めてね……。まぁ、それ以前も時々はあったんだけど、半年前に起こったのは、今までのレベルをはるかに凌駕していた。サード・デス・ステージという全プレーヤー同士の凄惨な戦争にまで発展した。それをくい止めたのがレオン様を始めするギルドの偉い人たち……」

 なるほどな。それ以降、この世界の連中は考えることを放棄して、ギルドが作った身勝手な身分制度に従っている訳か。

 だが、考えてみるとうまい構図が出来上がっている。

 一度アシストに陥ってしまった者は、どうやってもマイスターに昇格することはできない。だからアシスト達は、後発のマイスターの出現を恐れる。そのおかげでアシストは必死になって、初心者に排除しようとする。ギルドもそのことを推奨している……。いや、ユーチェンの口調だと、おそらく義務化している。

 まるで歴史で習った身分制度そのものだ。ギルドの幹部連中は自分達の地位を守りたい。だからアシストという底身分を作り、新参者を見張らせる。例え有能な者であっても新参者にアシストを倒せる訳もなく、屈服して、アシストの下につく。つまりは、ギルドの奴隷になる。そうやって底辺同士、毎日のように憎しみ合い、奪い合うことで、上層部に怒りの矛先は向かない。運よく網の目を潜り俺のようにマイスターになれた者は、ギルドが直接拾い上げて餌付けする。昨夜のスカウトのように。これでギルドは盤石になる。刃向える者は皆無になるのだから。このゲームにクリアという概念があるのかどうか、それは分からない。ラスボスはいるのだろうか。そいつを倒したら現実の世界に戻れるのだろうか。ただ一つ言えるのは、モンスターの強さは半端ではないというのは確か。だからギルドは、安全な地位と権力、そして従順な下僕を構築する方を選んだ……。

 ――そうなのか? レオン。

 当初、ユーチェンは身勝手な理由でデスゲームに加担していると思っていた。でも本当は、ギルドの作りだした仕組みに踊らされているだけなのかもしれない。だって彼女は、地位の低いアシストなのだから。ユーチェンは「レオンが救ってくれた」と何度も言っていた。まるで神を崇めるかのように。過去に、想像を絶するほどの凄まじい戦争があったのかもしれない。

 その後もユーチェンは、しきりに話しかけてくる。もう聞くことなんて何もない。キリがないので、街からでることにした。強いモンスターでもけしかけてやれば逃げるだろう。

 街の門を出る前に、ステータスウィンドを開き、サーチスキルを発動させた。黒瀬先輩たちはちゃんとついてきているようだ。耳を澄ませば、先輩たちのヒソヒソ話まで聞こえてくる。

『なんだ。あの中国人の女。どうして伊賀にべったりくっついているんだ。おい、ターニャ。ピストルで撃ち殺せ』

『了解』

 お、おい。さすがにやめてやれよ。ひなたが止めに入ったようだ。

『殺すのはさすがに可愛そうだよ』

『昨日は散々痛めつけられたというのに。もしかして記憶がないのか?』

『覚えていないのもあるけど、あの子、あんなに楽しそうにしているのに、殺すなんて可哀そうだよ』

『ひなた先輩。忘れたのですか? 死んでもなんか色々頑張ったら蘇生するらしいのですよ。問題ありません。殺して差し上げましょう』

 ターニャ、わりと物騒なことを平気で言うようになったな。いや、元の毒舌姫に戻ったというべきか。

『確かにそうだけど、もし復活の魔法を唱えてくれる友達がいなかったらどうするの?』

『知った事ではありませんわ』

 ターニャに続き、黒瀬先輩も、

『ふん、自業自得だ。昨日の罪だけで無期懲役クラスだったのだ。更に私の伊賀修二に馴れ馴れしく近づいたことで死罪と決定したわ。ほら、伊賀が困っておるではないか。されど敵は女。せめてもの慈悲だ。一発で殺してやれ!』

 マジっすか? 殺っちゃうんスか? そしてターニャは弾を装填して、片目を閉じ、銃口をユーチェンに向けて狙いを定める。――と、目視できない場所にいる彼女らの様子をまるで見たように言ったが、サーチスキルの恩恵で音だけで手に取るように分かる。それにしても先日はあれだけ怯えていたターニャだったのに、装備が充実した途端、無茶苦茶するようになった。バイクや車に乗ったら豹変する危ないタイプか。さて、どうしたものか、と考えているうちに容赦なく、ズドーン! と発砲してきた。

 ユーチェンは咄嗟に反応した。

「修二、危ない!」と俺の体に抱きついて、地に突っ伏した。

 ユーチェンのダイビングプレーをまともに受けて、彼女の下敷きになった。俺の顔面に、胸が覆いかぶさって苦しい。ユーチェンの胸はわりとでかいんだな。窒息死しそうだ。

「修二が圧倒的残念脳な持ち主で、変態凌辱プレーばかり要求してきたからって命まで狙う事ないじゃん。どうせあの子達みんなレベル1なんだろ? ほっといたらのたれ死ぬよ。修二、行こっ!」

 俺の手をとってユーチェンは走り出した。

「おい、離せよ! あんまり強く握るな。俺の体はやわなんだから」

 数メートル引きずられるように走って、ようやく手を振りほどいた。そのままユーチェンを無視してズンズン進むが、ユーチェンはしつこくついてくる。

「おい、ユーチェン。いい加減にしろよ! もう帰れよ」

「君は狙われているんだよ。危ないよ」

 えーと……、狙われているのはあんたの方だぜ?

 でも、まぁ、考えてみれば、喧嘩別れしている以上、俺が狙われていると思われていた方が好都合なのかもしれんが……

 とりあえず、「いくら狙撃してこようが、簡単にかわせる」と言っておいた。

「迅速な動きを持つシャドーだって人間さ。油断しているときは、一般人となんら変わらないよ。四六時中、気を張ることができる? なんなら私があの子たちを殺してあげようか?」

「ざけんな! もし」とまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。ここでキレてしまっては意味がない。そこから作戦がバレちまう恐れがある。もしかして、こうやって探りでも入れているのだろうか?

「分かる、分かる。腐っても同期だもんね。ははは」と、俺の肩をポンと叩いた。

 こんな奴に付きまとわれては、何もできない。こうなったら口から出まかせでも言って、どこかに行かせるか。少しばかり歩き、考えをまとめて、ゆっくりと話を切り出した。

「……なぁ、ユーチェン」

「ん?」

「ギルドって、そんなにいいとこなのか?」

「当たり前じゃないか。組織の恩恵は大きいよ」

「こうやってモンスターを倒していても金になるし、別にそれなりに暮らしていけるだろ?」

「あはは、夢がないな。一人でひっそり生きていくだけならなんとかやっていけるかもしれないけど、そんなことでは部下を雇ったり、屋敷や城、馬や船を買ったりする事なんて到底できないだろ? 維持費だってかかるんだから」

「へぇ、城まで手に入れられるのか?」

「うん。そうだよ。ちょっと興味わいた?」

「別に。ところでなんでお前は、そこまで俺に肩入れしようとするんだ? やっぱり権力が欲しいのか?」

「それも多少はあるけど、やっぱ見返してやりたいのが大きいかな。アシストをまるで無能者のようにバカにしてきた連中にね。ギルド上層部にはそんな奴がたくさんいる。たまたま手にした地位だけなのに……」

 さっきまで明るい口調だったが、ちょっぴりうつむき悔しそうに漏らした。

「俺が出世したら、お前は用無しになる。そうしたらバイバイするけど」

「大丈夫だよ。もし無能と判断したら遠慮なく切っちゃって。でも私、頑張るから。一人の力だけで大組織を渡り歩くのは難しいよ。激しい権力闘争だってあるからね。目立つと妬まれちゃうし、場合によっては消されてしまう。そんな人を何人も見てきた。裏工作や汚れ役は私がやってあげるから。ところで、修二。さっきまでギルドに入るつもりないとか言っていたのに、急にどうしたの?」

「ぶっちゃけ、俺、ギルド入るつもりだったし」

「え? そうなんだ。なんで嘘ついていたの?」

「お前がうろちょろまとわりつくから」

「ひどいなぁ」

「当たり前だろ。見ず知らずの人間に本音をいう奴がどこにいる?」

「私、わりと誠実な方だと思うよ?」

「知らねぇよ。野盗を束ねて初心者狩りをしているくらいだ。信用はゼロに近い。まぁ、命がけで俺を助けてくれたようだし、ちょっぴりだけ加点してやる」

「そりゃどうも」

 おどけたように笑顔を作るユーチェン。

 俺は真顔を作り、声のトーンも一段落として話を続けた。

「ところでユーチェン。お前はマジで、出世するのを手伝ってくれるのか?」

「なんだ? やっぱり出世したかったんだね? あはは。権威には興味ないようなこと言っていたのに」

「バカか。あるにきまっているだろ。それよか、ギルドに入るのにやっぱり袖の下とか用意した方がいいんだろ?」

「うーん。まぁお土産のひとつくらい用意した方がいいかなぁ~」

「やっぱそうか。俺はまだ新参者だからあんまり手持ちがないんだ。だからこれから時間ぎりぎりまでモンスター退治をして金を稼ぐ。一つ頼みごとができないか?」

「何?」

「俺、こんなしょぼい服しか持っていない。こんな恰好じゃぁ推薦してくれたレオン様に恥をかかせるだろ? 金は後で払うから、立派な服を新調してくれないか?」

「なんだ。そんなこと。お安い御用だよ」

「ところでおい、ユーチェン。センスは良いのか? あんまり中途半端な服を選ぶなよ」

「なんだよ。失礼だな。私に任せておきなよ。修二の門出にぴったりの服をチョイスしてあげるから。ちょっと採寸させて」

 ユーチェンは親指と人差し指の間隔で、俺の肩周りやら手足の長さを調べてメモしていく。

「OK、後は任せて。びっくりさせてあげるから! でも集会まで後三時間くらいだから、二時間ほどで帰っておいでよ。教会の近くの喫茶店で待っている。それと、あの子達、ずっとつけているようだから気をつけなよ」

「大丈夫だ。気を張っている限り、絶対に撃たれることはない。あいつらも今は感情的になってああやって後をつけているんだろけど、そのうち諦めるさ」

「確かに。じゃぁ頑張ってね。私達、いいパートナーになれそうだね」

「どうだかな」

 ユーチェンは何やらぶつぶつ呪文を詠唱すると霧状のエフェクトが彼女を包み、そのまま姿を消した。ふぅ。やれやれだ。ようやく追っ払う事に成功した。さて、遅くなってしまったが、いよいよ、みんなのレベル上げだ。黒瀬先輩は、かなりご立腹な様子だし。背中に突き刺さる視線が怖いです。

 十キロ程度、南方へと移動した。たまに見かける冒険者も、この辺りになるとめっきりいない。その間ゴブリンやオークがうようよ出てくるが、もはや敵ではなかった。

 街で購入しておいた武器は次の通りだ。

 まず、ダガーを二本。それらは左右に備え付けている腰の鞘に収めている。攻撃力こそ低いが、秒間一万連打が可能。両手装備なら、二倍の攻撃回数になる。その他には、ナイフを胸に巻いたベルトに六本程度忍ばせている。残りの五百本近くは、アイテムボックスに収納している。ナイフは安価でかつ軽量だったので俺の腕力でも投げることができた。だから大量に仕入れておいた。最期に一振りの小太刀を背中に忍ばせている。これが現状の俺が装備できる最強の武器だった。ロングソードより遥かに軽く、切れ味は抜群。

 あらかじめ川べりの街まで偵察していた。だから、ここから先の道のりも熟知している。もう少しの間、見晴らしのよい草原地帯が続くが、その先に足場の悪い湿地帯があり、敵もワンランク強くなる。湿地帯の中央に細い道があり、キラービーが飛んでいる。一定以上のスピードが無いと逃げることは困難だろう。ここを抜ける前に、みんなをレベル3まで成長させておきたい。今までは視界に入るゴブリンやオークは皆殺しにしていたのだが、そろそろ討ち漏らして、みんなのいる後方へ流そうと思う。みんなも、新しい武器を試してみたくてウズウズしているだろうし。

 このゲームは敵にダメージを与えると、動きが鈍くなるので助かる。当たり前といえばその通りなのだが、大抵のゲームはどういう訳かHPが1になっても平然と戦えるものがほとんどだ。攻撃する度にだんだん弱体化していったら面白くないというのも分からなくもないが。

 俺はゴブリン五体の群れに向かって走り寄り、ダガーで斬りつけた。レベル6もあるのに、倒すまで四発も必要だった。だが攻撃力が低いということは悪いことばかりではない。敵のHP残量を調整できるからである。

 俺はわざと一体だけ瀕死状態にして別のモンスターの一団に向かって走った。

 まずはひなたからレベルを上げる手筈だ。彼女はメンバーの中で一番死亡する確率が高い。

 俺はかなり離れたところで戦闘を続けている。だけど、みんなの様子を肌で感じ取っている。今、ひなたが、ゴブリンをやっつけた。嬉しそうに、飛び跳ねてはしゃいでいる。きっとレベル2になったんだな。

 その時だった。今、鋭い殺気を察知した。ひなたの背後から襲いかかる凄まじい気配。敵はひとり。最初に俺の眼光に移りこんだのは、赤い影。続いてひなたの上部から剣撃が振りかかる。黒瀬先輩は、反射的に槍で影を突くが、敵はそれを器用にかわし剣先がひなたの脳天に向けられた。

 鈍い金属音がガキンと響く。

 俺の小太刀が、間に合ったのだ。

 まともに正面から防ぐと力負けする恐れがある。だから小太刀の剣先――『蜂』で相手の手元を突き、攻撃の軌道を狂わせたのだ。敵が次の攻撃に転じる前に、俺は小太刀の先を敵の喉元に突き立てた。

「お、お前、ユーチェン!? やはりお前はギルドの手先だったんだな?」

 ユーチェンの声は震えていた。

「そうだよ。言ったじゃない。私はギルドの人間だって。修二と一緒にのし上がっていこうって。後五分程度で始まるのに、いつまで経っても戻ってこないから様子を見にきたら、時間も忘れて夢中で戦っていた……。そして打ち漏らしたゴブリンを、この子が倒したのを見ちゃったんだ。これはれっきとしたアシスト行為。修二にとっては過失でも、絶対に面倒な輩が難癖をつけてくるよ。私は修二の履歴が汚れることを避けたいだけなんだ。なのに……なんで……? この子達、もう嫌だから切ったって言っていたのに……。なんで?」

 ユーチェンは大きな瞳で俺を見つめてきた。うっすらと涙を浮かべている。彼女の左手には紙袋がある。そこから覗いている青藍に染められた刺繍の入った服だった。ユーチェンはマジで俺の為に……?

 時間にしてたったの四秒。それは長い沈黙に思えた。その静寂を破ったのは、俺の斬撃でもユーチェンの魔法でも、仲間達の援護でもなかった。突如レオンが、俺達の前に現れたのだ。昨夜見た黒のスーツ姿ではない。赤焼けに反射した銀の胸当てに、白いマント。後ろに固めていた長髪はとかしており、風に撫でられて舞っている。

 最初に反応したのはユーチェンだった。

「レ、レオンさま」

 レオンはユーチェンへ軽く視線を流した。それはまるでくだらないものを蔑むようなまなざしだった。

「……どうしてアシストは、身勝手な行動をするクズばかりなのだろう……」

「え?」

 ユーチェンは驚いた表情をしたとほぼ同時に、彼女の姿は消えていた。

 刹那――

 後方からの激しい音で、俺は振り返った。木々が次々に倒されていく。くの字体勢で吹き飛ばされたユーチェンの背中が、木々を薙ぎ払っているのだ。最後に岩に激突をして、ガハッと血を吐きそのまま横たわった。レオンは何をしたんだ? 全く見えなかった。雷の軌道すら捉える俺の眼力をもってしても……。 

 レオンは微笑を浮かべた。

「計算通りだ。あの女のHP残量はジャスト1。ギリギリ死んでいない」

「てめぇ。どうして仲間を!?」

「仲間? 冗談はよしてくれ。昨夜も言ったが、我々はアシストを軽蔑している」

 ユーチェンは、レオンを尊敬していた。レオンがアシストの存在を認めてくれたから、自分たちは生き延びることができるとも言っていた。なのに、どうして!?

「とろこで、あんた。集会があったんじゃなかったのか? こんなところをうろついていてもいいのか?」

「無論、問題ない。私の推薦者が来ない集会なんて、やる意味がないからな。結論から言おう。今日……。そうだな、きっちり十分後。君は自らの口でギルドに入会したいと言うだろう。そして奴隷長を目指す」

「何をバカな! そんなつもりは毛頭ない」

「昨夜忠告したが、ギルドはアシスト行為を認めていない。もしアシスト行為をしている者を見かけると、殺すとも」

 ひなた達は、レオンという驚異的存在を目の当たりにして完全に硬直している。

「別に俺はアシストなんてやってはいない。たまたま……」

 レオンはクスッと笑う。

「いいさ、たまたまで。なんら問題ない。たまたま良くできた偶然が続いただけなんて、よくある話だ。たまたま友人と喧嘩別れをして、たまたま致命傷を与えたモンスターが不仲となったかつての友人に近づき、たまたまその友人がモンスターを倒し、たまたまそれを目撃したアシストからたまたま不仲な友人を和解もしていないのに、たまたま守った。それもたまたま死力を尽くして。何一つ問題ない。これは、たまたまでまかり通る」

 何が言いたいのだ、こいつ!

「私もたまたま新しい奴隷を手に入れるためにこの場にやってきた。そしてたまたま、目の前にいる三人に目をつけた」

「お、おい、何を言っているんだ!?」

「血の盟約には、互いの同意が必要だ。おい、そこの女。ギルドに忠誠を誓え」

 レオンは、黒瀬先輩、ひなた、ターニャと、視線を合わせていく。黒瀬先輩がギィと睨み返し、ひなたとターニャは目を逸らした。最初に言葉を返したのは黒瀬先輩だった。

「答えなんて決まっておろう。誰がお前達の奴隷になるか!」

「名は黒瀬綾乃……。かなりの資質をもっているようだが、未だレベル1か。だが悪くない。そういう目ができる者は嫌いではない。ギルドの為に最高の働きをしてくれるに違いない」

「だまれ、ゲス!」

「シュージにも問う。どうだろう? ギルドに入らないか? そして彼女達の調教をしてみないか?」

「な、何をバカな!」

「君の選択肢は次の二つ。ギルドに入って奴隷長を目指すか? それともここで私と戦うか? 私には君を殺す理由だって持ち得ている。君がたまたま殺したギルドの幹部である奴隷長ザパン。その情報を私もたまたま揉み消している。君にギルドに入って欲しくてね。断る以上、幹部殺害の罪で君を消すことになる。理由としては、十分過ぎるだろ?」

 俺の答えなんて最初から決まっている。例えレオンのレベルが二桁だろうが、それでも奴に屈することはできない。

 奴が回答を待っている今こそ、神の時間。奴が俺の敵意を感じ取って意識を集中させるその一瞬に! 雷鳴閃を使いたいが、あれは発動に二秒もかかる。レオンは触れずして敵に攻撃を与えていた。恐らく何かを念じて衝撃波のようなものを発生させているに違いない。だったら、それよりも速く一撃を繰り出す必要がある。だったら、これしかない!

 素早く小太刀に指をかけ、右足に力を入れ、地を蹴ったその時だった。

 軸足に凄まじい衝撃が走った。なんと太ももから血が吹き上がっているのだ。そのまま地に倒れ込んでしまった。いったいどうなっているんだ!? これが『オーラ』という技なのか……。まさに一瞬だった。俺が踏み込むよりも早く、利き足がやられた。

「シャドーの弱点は足。悪いが私は君の実力を認めている。だからそこを突かせてもらった。君の足が回復するまで多少の時間がかかるだろう。三秒、いや、二秒か。ふふふ。さて、次はどこを爆破させてやろうか? だが殺しはしない。死ぬよりちょっとマシ程度の苦痛を与え続けるだけ。御嬢さんたちが、自らの口で奴隷になりますと言うまで」

「い、言うな! 俺の事はいい。逃げろ! ひなたはレベル2だ。黒瀬先輩だってもうちょっとしたら絶対にゴブリンを倒せる。ターニャはきっとすごい魔法使いになるに違いない。俺がいなくても問題ない。生きていける! だから俺なんてほっとけ。俺の事は心配するな! だって……」

 ――死んでも復活できる。あんなの嘘っぱちだ。少なくともひなたとターニャはそう信じている。これはリアルのように良くできたゲームの延長なのだと。

 レオンは、倒れている俺に一歩ずつ近づいてくる。

「なるほど……。君は彼女達に、死んでも復活できると口から出まかせを言ったのか。それに何の効果があるのだ? いずれ嘘とばれる。そうしたら更に辛い悲しみが訪れる。でもそれが君なりの思いやりなのか。嫌いではないよ、そういう不器用な友情ごっこ。でもギルドでは、もう少し考えて言葉を選んでくれ。みんな君に注目することになるだろうから」

 突っ伏している俺は、細めた視界でギラリとレオンを見やる。完治するまであと一秒だ。それと同時に――

「ぐはぁ」

 今度は肩が爆破された。猛烈な痛みで草むらをグルグルとのたまわった。

「もうやめてあげて。あたし、ギルドの奴隷になるから!」

「ひ、ひなた! バカな事は言うな!」

 黒瀬先輩は槍をレオンに投げつけるが、奴に到達する前に木端微塵に爆破された。レオンは微動だにしていないというのに。ただただ、口元に冷ややかな微笑を浮かべているだけ。

 次元が違いすぎる。先輩は苦い顔で唇を噛みしめ、「ターニャ、貸せ」と言うと強引にピストルを奪い取り、自らのこめかみにあてた。

「生きるのはそなたの方だ。もう私の事は忘れろ! そなたがひなたや佐伯を変えたんだってな。それを聞いて、私はゲーム研究部を訪ねた。いつか言おうと思っていたが、結局中途半端になってしまったな……。伊賀、そなたらしく生きてゆけ。……元気でな」

 優しい眼差し俺をみつめ、おもむろに引き金を引いていく。せ……先輩、バカなことはやめてくれ! 

「やめろおおおおおおおおお――――!!」

 ズドンと鋭い音が一帯を駆け巡った。

 同時にピストルが上空へ舞い上げられ、クルクル回りながらレオンの足元に落ちてきた。レオンはピストルを踏みつける。

 銃弾はこめかみを外して草むらを少し焦がしている。黒瀬先輩はその場でうなだれた。

「なるほど。自ら命を絶ってまで相手を守ろうとするのか。物凄い友情……いや、愛……なのか。愛してくれた者を救う為に、お前は奴隷長になるしかない。近々行う奴隷長の最終試験に、この三人を起用させてもらうのだから。嫌だろう? 大切な者が、どこの馬とも分からない連中に調教されるなんて」

 て、てめぇ!! だが起き上がろうとした刹那、俺の左ふくらはぎが破裂する。今度は左腕が。右腹部が……。体中いたる所が膨れ上がり、血が吹き上がるのだ。遠ざかる意識の中、腕を前に突き出し、ほふく前進でレオンに向かっていった。

「私には最初からこのような強硬手段にでることもできた。どうしてしなかったか分かるか?」

「……知るか!」

「それは、君という人間を見定めたかったからだ。君の実力を九位と言った」

「そうだ。俺は九位。たった一日でそこまで到達したんだ。その後も急速に成長している。だからなぁ……絶対にてめぇをぶちのめす!」

「ふふふ、あの言葉には少々語弊があった。私は現状のレベルやスキルだけで力を判定しない。レベルだけで話すと、今の君は圏外。私が評価している点は、レベルとは別にある。――話は変わるが、ザパンを消してくれたことを私は喜んでいる。どうしてあのような輩が、ギルドでのさばることができるのだろう。理由は簡単だ。ザパンのような上司にへつらい、部下においては少しでも異を唱える者は徹底的に排除していった。その姿勢が彼の地位を揺るがないものへとしている。ギルドの構図がまさにそうだ。彼らに想像力はないのだろうか。この世界(デス・アライザ)は、いつかは消えやしないのだろうか。それはいつなのか。本当に出口はないのだろうか。様々な検証をしていく必要がある。それをザパンにできるだろうか。他の幹部にできるだろうか。ふふ、少なくとも君にはできると、私は確信している。大抵の者はうまい餌を与えられると、たいして考えもせずしっぽを振って懐いてくる。それが大衆というものだ。でも君は、安易に私の誘いに乗らず、自分の目で判断して、そして可能性を見出して自由へ向かって飛び出していった。これほど私を興奮させるものがあろうものか。どうしても君にはギルド再建の為に尽力して欲しい。まずは奴隷長。そして次は――」

 レオンは三人に向かって言った。

「もう一度問う。ギルドの奴隷になるか?」

 みんな涙を流していた。俺は渾身の力を振り絞り「言うな!」と叫ぶことくらいしかできなかった。最後に目にしたのは、彼女たちがコクリと首を縦に振る姿だった。レオンは懐中時計を開くとそこへ視線を落とした。

「丁度十分が経過する。これが最後の忠告だ。ミスターシュージ、ギルドに入会するか?」

 遠ざかる意識の中……最後の力を振り絞り「……くそったれ。好きにしろ」と漏らした記憶がうっすら残っている。

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