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第五章 夜明けへの逃走1

 辺りは明るくなってきた。

 俺はオーク十八体、スライム一体分の金塊を手にすることができた。それにレベルだってふたつも上がった。それは目標以上の収穫である。なんとなくだけど、希望の光が見えてきた。喜び勇んで宿へと戻り三階まで駆け上がると、部屋の戸をノックした。

 しばらくノックを続けているのだが、返事がない。……もしかして、俺が戦っている間に――一瞬だけそのような不安がよぎったが、すぐに黒瀬先輩が戸を開けてくれた。

 ちょっぴり疲れた顔をしており、目は充血している。

「もしかして寝てた? ごめん」

「いや。ちょっとな……。ようやく落ち着いたみたいなんだが……」

 寝室では、ひなたが泣いていた。

「痛むのか?」

 ひなたは首を振った。では、どうして泣いているのだろう?

「……伊賀くん……。これ、現実なの?」

 ひなたの視線は、包帯の巻かれた右腕に向けられていた。

 ひなたが泣いている理由が分かった。昨日は錯乱状態だったから、ほとんど覚えていなかったのだろう。そんな彼女は、目を覚ましたら自分の利き腕がないのだ。今起きている現実を受け止められずにいるに違いない。ロイの日記によると失った器官は取り戻せないとあった。レオンに問うても曖昧な返答しかなかった。そしてあのザパンだって、オートヒールスキルがあるのにも関わらず、最初に潰した目は最後まで潰れたままだった。

 俺は泣いているひなたの肩に手を置いた。

「知っているか? この世界にも魔法が存在するんだ。俺がやってきたゲームは魔法で何でも治癒できた。きっとひなたの怪我だって治るさ。俺が保証する」

「ほ、ほんとう!?」

 今はこうでも言って、元気づけるしかない。だから力強く目で頷いてみせた。

「あぁ本当だ。俺が嘘をついたことがあるか?」

「あるよ」

 即答さてしまった。俺、あんまり嘘をつかない方だと思っていたんだけどな……。

「俺がついた嘘って何?」

「教えてあげない。伊賀くんは嘘つきなんだもん」

「……そっか。でも俺がゲームのことで嘘をついたこと、ある?」

「……ない」

「そういうことだ。俺はゲーマーの誇りにかけて断言する。ひなたの腕はどうとでもなる! そう考えてみるとひなたはラッキーなんだぜ? こんな機会でもないと、左手が器用にならんだろ?」

「左手なんて器用にしてどうするの?」

「一年で三百のゲームを突破するには、左手だって重要なんだよ」

「え? ゲームって。もう現実には戻れないんだよ?」

「戻れようが戻れまいが、常にトレーニングを重ねていくのが真のゲーマーだ。お前だってゲーム研究部の一員なんだろ。自覚しろよ」

 ようやく、ひなたが笑ってくれた。

「もうちょっとしたら朝飯を食って、チェックアウトしようと思う。みんなの服、血だらけで目立つから、これ」

 昨日、薬と一緒に購入しておいた簡素な服をバックから取り出すと、みんなに差し出す。

「悪いけど下着まで買ってない。これから店を回ろうと思うからその時に好きなのを買って」

 黒瀬先輩は、「おい、伊賀。別にお前好みの物を買ってくれればそれを着るのに」とか言っているが無視だ。どうも今は冗談に付き合う気にはなれない。

「ターニャ。ひなたの着替えを手伝ってやってくれ」

 いつもなら嫌がるターニャだけど、素直にうなずく。

 黒瀬先輩の肩をちょいちょいとたたいて、応接間に来るように目で合図を送った。

「え? この前の続きか……?」と何やら色っぽく頬を染めて上目遣いで俺を見た。

「違いますよ。何を言っているんですか。これからの話です。先輩だけには知っておいて貰いたいから」と小声で耳打ちして応接間へと移動した。

 黒瀬先輩にだけは、今後の計画を話しておいた。近い将来、浮浪者だらけのこの街から脱出して、比較的安全な次の街を目指そうと思っている。どうもギルドの連中が逐次プレーヤーを見張っているようなのだが、この街だけでも六万人いるのだから遠くにいった冒険者が何をしているかなんて分かる訳がない。

 応接間では――

 とりあえず、一回だけキスをしてソファーに座った。対面の席に座れば良いものを、どういうつもりなのか俺の横に腰を下ろした。

「先輩は遠出についてどう思います? あ、そこ触らないでください。変な気持ちになってしまいます」

 始終変な所を触っている黒瀬先輩なのだが、顔は至って真面目。いつもの冷静沈着でクールなまなざしで俺を見つめている。声を一段と落として、真剣な顔つきで話を続ける。

「そなたが見つけたという川べりの村の話なんだが……。その周りにはゴブリンやオークより遥かに速い巨大蜂――キラービーと言ったか。そんなのがいるんだろ? 私もだが、ひなたやターニャは大丈夫なのか。どこかでゴブリンを倒してレベルを上げておかなくては……。だが、そなたのバックアップがないとモンスター攻略は不可能だろう。でもそれをすると、ギルドに狙われるのではないのか?」

「そのことですが、うまく演出できないでしょうか? 俺がたまたま取り逃がした敵を先輩達がやる。そういう筋書きで、みんなのレベル上げをするのです」

「かなり単純かつ幼稚な作戦だと思う」

「……やはりそうですか。あ、真面目な顔してそんなところ触らないでください。先輩のも揉みますよ?」

 黒瀬先輩は表情一つ壊さず、されど指では俺の服のボタンを一つずつ外している。

「やるのなら徹底的にそれらしく演出するしかないだろうな。そなたと私達三人が、街を出るときに大喧嘩をした。そして別行動を始める。たまたまそなたが大ダメージを与えた敵が、こっちへ逃げてきた。それを私たちは身を守るため、仕方なく迎撃してなんとか勝利した、か……」

「やはり違和感がありますか?」

「いや、こうしてネタを知っているから異様に思うだけで、別におかしげな話ではない。偶然とはそういうものだ」

「やりますか、先輩?」

「どの道、やるしかないのだろ?」

「ギルドを敵に回したまま、みんなのレベルが1のままなんてメルヘンだ。だったら完璧にやり抜けるしかない。分かってくれましたか、先輩。――え? せ、先輩!! てっ、ちょっ、ちょっと待ってください。やるってそっちですか?」

「当たり前だ。朝は元気と聞くぞ」

「あ、先輩。駄目です。そんなところに舌を這わさないでください。それにひなた達だってもうじき着替え終わってやってきますよ。せ、先輩、どうして脱ぐんですか?」

「そなたはシャドータイプだと聞いた。速いんだろ? 色々と」

「し、知りませんよ!」

 戸越しにひなたの声が聞こえてくる。

「おーい、伊賀くん。着替え終わったよ。何しているの? 食堂へ行くんでしょ? 入るよ?」

「やばいよ、先輩。ひなたがやってくるよ。ちょっと離れてよ」

 ひなたがドアノブを開く直前、急いでズボンを上げて服を整えた。もちろん勝手に脱ぎだす先輩の服もね。色々と速いシャドータイプで助かった。

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