099 その死には何の意味もなく
「小早川家当主――いや、その身体に入ったアンタは、小早川闇水さんで間違いないかな?」
オレが言うと、総髪壮年の当主は、目をわずかに見開いた。
「……ほう」
「寛永――江戸時代からご苦労様、ずいぶん気の長い計画だな」
オレが言うと沙月が戸惑った声をあげた。
「は、ハルカさん……。その人は闇水などではなく、小早川苑世ですよ……?」
「たしかに肉体はな。だが、中身はまったくの別人だ」
真白さんから電話で聞いた名前、闇水。
それは江戸時代に御前試合で戦った男の名前だ。オレはその名前に覚えがあった。
小早川本家の奥の部屋に侵入したときの、醜悪な日本画に記してあった名前が闇水だ。
あの絵が江戸から残ったというわけではない。
顔料が、あの時代の物よりもかなり新しいものだったからだ。
顔料についてもオレは多少は知っている。ダンジョン配信絵師のゴーストとして、ダンジョンの奥地でモンスターのスケッチをさせられたときの経験だった。
「なあ、闇水さん。あんた、そこまで力が欲しかったのか? そんなにも負けが悔しかったのか? 恐ろしいほどの数の人間を、犠牲にしただろうに」
オレが言うと、闇水はギラギラした眼でオレを見た。
「当たり前である。剣技を用いた武力こそ、この世に生れ落ちた意味なのだ。立ち姿だけでわかるぞ。貴様、かなりの使い手だな? 貴様のような、才人にはわからぬだろうよ。非才の身の辛さはな」
その眼には憎しみがこもっていた。
今思えば、彼が小早川家の者を見つめる目にも、それは多少なりとも宿っていたような気がする。
「……確かに、非才であればよほどのことがない限り、同じ舞台には立てないだろうな」
たとえば、何度も何度も何度も何度も何度も死にかけて、九死に一生など生ぬるいくらいの地獄を終わりが見えない程に経験し続けるとか。
「我は強くなりたかっただけ。何が悪いというのだ?」
彼は小早川家の人間が聞いているにも関わず、認めるような発言をする。
「…………それで、殺したのか。本戦前の顔合わせという名目で、間引きしたな?」
闇水がパン、と手を鳴らす。
すると、小早川たちの目が虚ろになる。
沙月と、上総兄弟を除いて。
「ふむ……。まあ、その通りである。重ねて問おう。何が悪いのだ?」
つまり、彼がやっていたのは、ガチャだった。
何度も何度もガチャをして、強い肉体を引き当てて乗っ取る。
そのためにはどうしたら効率がいい?
弱者を間引き、強者だけを残し、強者と強者を配合し、高レアの排出率を上げるのだ。
そしてまたガチャをする。
そこでまた弱者を間引き、残った強者でガチャをする。
それを数百年続けた結果が今の小早川だ。
彼らには、才能のある個体しかいない。
オレと真白さんが横浜でたまたま出会った男や少女だって、一般的に見れば秀才の部類だった。
もしかすると天才と呼ばれたかもしれない程に。
少なくとも、オレより才能はあっただろう。
それすらも弱者と切り捨て間引き、間引き、間引き――
天才の出現率をあげる。
「弱者を間引き、小早川を――いや、お前が乗っとるための肉体を強くするためだけに、そこまでしたのか」
彼らの死には何の意味もなく、ただ選別する途中で殺されただけ。
「そうだ。だからこそ、我はここまで強くなれた。そして次はもっと強者になれる。四百年に満たずともここまでこれた。千年後はどこまでいけるか、楽しみで仕方がない」
そう言って闇水は歪んだ笑みを浮かべた。
「そんなの、嘘……嘘よ」
沙月が青い顔で言った。
「だって、そんな、くだらないことのために……?」
沙月が叫ぶ。
「そんなことのために……!? そんなことのために、お姉ちゃんは死んだの!? 妹たちも殺されようとしてるの!?」
闇水は冷たい顔で沙月を見て言う。
「それが才人の驕りである」
「自分で、努力すればいいじゃない……! 努力して強くなればいいじゃない……!」
闇水がカタナを握る力を強めた。
「努力ならした! 気が狂うほどに! それでも追いつけぬ、足元に及ばぬどころではない。足元も見えぬ。影さえ踏めぬ……!」
一族のすべてを生贄にし、長い年月をかけてまで力を求める。そんな妄執だ。
「だからって、そんなことをして、いいはずがないでしょうが……!」
「今の世の人とて、植物に、牛や豚などの家畜に、似たようなことをしているではないか。人にやってはならぬと、誰が決めたのだ」
たしかに人間は味を良くするための品種改良として、果物や野菜にそういったことをしている。
牛や豚もそうだ。
競走馬など、走れぬものは潰され、強者と強者を掛け合わせて最強のサラブレッドを作ろうとしている。
「わかるよ。目的がそうなら、それは合理的だな」
闇水が、ほう、といった。
「貴様もさらに強くなりたい部類か? 貴様も自分の一族を作って、試しにやってみるか? 我も小早川内の血が濃くなり始めたゆえ、他にも似た一族があると助かる。……来るか? 貴様も最強――とはいえぬが、二番目くらいにはなれるであろうよ」
「だが、悪いな。クソほどどうでもいい。――オレは既に、強いからな」
言うと闇水は興ざめしたような顔でカタナを振るった。
オレに向けて、ではない。
その場で、振るった。
そこには彼の娘がいた。
剣閃の狙い先はその首だった。
虚ろな顔のまま、ただ首を斬られようとしている。
オレは地を蹴って、カタナを抜き放ちそのまま刃を振るう。
ギィン! と音が響く。
オレは闇水のカタナを弾き、娘を救う。
名前はたしか紫苑だったはずだ。沙月との対戦でそう名乗っていた。
「……なぜ自分の娘を殺す? この子は、かなり強かったはずだが」
闇水は何でもない顔で言う。
「たしかに紫苑の肉体はかなりの才能がある。だから我も目をかけていた。だが、いかんせん精神が弱い。他の強者の血に、薄弱なる精神の血が交じれば、血が汚れる。そう思ったからよ」
沙月から歯を噛む音がした。
「私を、私たちを、何だと思って――るのよ!」
沙月が跳んだ。
当主を斬りつける。
その斬撃は、今まで見た沙月の中で一番のモノだった。
だが、軽々と当主に防がれ、蹴り飛ばされる。
「その肉体は我が使う。ゆえに、あまり傷つけないでもらいたいが?」
「が、がはっ……な、なによ……ま、まだ……!」
沙月がとびかかり、闇水に打ち据えられる。
「ぐ、うう……」
たった数発殴られた。それだけで、沙月の体には大きなダメージが残った。
砂利に膝をつき、抜き身のカタナを杖のようにして、立ち上がろうとする。
そして、崩れ落ちる。
だが再び立ち上がろうとする。
彼女が勝てればそれでよかった。だが、勝てそうにはなかった。
「沙月。あとは、オレに任せてくれ」
沙月は黙ってうつむいた。
沙月の足元の砂利が、ぽたり、と、水で濡れた。
「…………配信はやめておくよ」
オレはそう言った。
これは、沙月の恥部になりかねない。
炎上したりする可能性もあるし、あとあとまで何か言われる可能性もある。
オレならいくら炎上してもいい。
どうなったって、なんとかしてやる。
だけど仲間を売った再生数は、欲しくなんかなかった。
オレはタイムシフトで設定していた配信の設定を、切ろうとした。
もし何かマズいものが映ったら配信をやめられるように、タイムシフト設定にしていたのだ。
気づけばいつの間にか雨が降ってきている。
「待って……」
掠れた涙声だ。
「ハルカさん……。お願い…………」
「ああ」
「配信を――してください。もう何があっても、こんなひどい武祭が、行われないように」
「……いいのか?」
オレは声を少し険しくして尋ねた。
「…………うん。こんなひどい話に、妹たちが、巻き込まれないように……。お願いします…………」
「わかった。――沙月。オレが全部、ここで全部終わらせてやる」
「…………う゛ん゛……」
オレは今まで撮りためていた分の配信も含め、配信開始のタップをした。
「行くぞ……。闇水……!」
◆オマケ◆
第一弾! 小早川家オンリーピックアップ!
★95%
★★4.5%
★★★0.45%
★★★★0.049%
★★★★★0.001%
第十弾! 小早川家オンリーピックアップ!
★20%
★★35%
★★★40%
★★★★4.9%
★★★★★0.1%
現行小早川家オンリーピックアップ! ★★★以上確定!
★★★70%
★★★★29%
★★★★★1%
なんてひどいんだ……。
やはりガチャは悪い文明。
皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!
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もちぱん太郎




