八
二十一世紀に到達した地球で、大災害を発端とした世界中の混乱に乗じて、正義の皮をかぶった悪意達が戦争という業を重ねた。ただでさえ人の命が価値の無い物のように消えていく地獄の様な世界に、人類の天敵と呼ばれた化け物達が出現している。
罪深い人類への神罰だと唱える者や、人類が生物として限界にきた為頂点が入れ替わるのだと考える者もいた。超能力者という新たな存在まで出現し、人間では知覚出来ない大いなる存在を人々は恐れたが、ある種の人間達は神ではなく自分の知識を頼っている。歴史に名を刻んだマードック博士を筆頭とした研究者達は、超能力やファントムを科学的に解き明かそうとしたのだ。
ファントムのいる世界では救いの希望となり、いなくなった世界では奪う絶望となりえる力を持った能力者達を、研究者達は調べ続けた。結果として、解明できていない部分を多く残してはいるが、能力者達の体内で金属生命達達が活動している事を解き明かしている。
省吾の元居た時代では、ケイト達が持ち込んだ金属生命体の固まりという切っ掛けを掴んだだけでしかないが、そこから研究者達は時間をかけて色々な真実を見つけ出した。それにより、能力の測定結果だけでしか判断できなかったレベル分けは、別の方法で明確な基準が作られた。
別の方法とは、超能力者達の体内に潜んでいる金属生命体の、種類と量を計器で測定する事だ。五分未満の保有者をSPと呼び、二割までをファースト、六割までがセカンドと定められた。
練度や能力者が持つ意志の強さによって発現する力が大きく左右されるとはいえ、金属生命達達の量が根本的に違う事による差は覆し難い。また、血中に金属生命体が溶け込んだだけの者と、細胞レベルで共生する者では、最大保有量に倍近い差ができる。
サードと呼ばれる者が最大保有量にまで達したとしても、細胞に金属生命を持つ者達の最大量と比べ半分にしか到達できない。更にフォース達は遺伝によって金属生命体がいる細胞を持つ為、最低含有量も決まっており、三割以下の者は生まれてこないのだ。
それは、血中に金属生命体を持つ者達でいえば、最初から六割の量を持っている事になる。その上で、サードの者達は暴走するほど力が不安定になり、フォース達とは別ものといえる存在だ。省吾は知らないが、精神的に不安定な状態でサードになった子供達が暴走する事故が、社会問題になった事もある。
ケイト達の時代にはいなかったフィフスとは、含有量の限界だと思われていた数値を突破した者達であり、最大量の七割を超える者達をさす。持っている力を最大限にまで引き出せないサード達と比べると、フィフス達は倍以上の能力を自在に使いこなせる事になる。
「あの人が血の中に保有した金属生命体は、最大値の約二割五分ってところだね。最初期のセカンドとしては、少なくはないよ」
ジャケットに両手を差し込んだヤコブの言葉で、暗算を済ませたオーブリーが、顔をしかめて問いかけた。
「じゃ……じゃあ、あれだけ強くて、私達からすると一割ちょっとって事なの? 特別どころか……」
「それも説明するよ。あのね……」
自分の言葉を遮ったオーブリーの言葉を遮り返したヤコブは、過程からの説明を後にまわし結論を口に出す。
「血中の保有量は、二割五分。でも、体内の保有量でいえば五割を超えているんだ。それも、無意識で完全に使いこなしてる」
ヤコブの説明にケイト達三人はすぐに推測がつき、驚いた顔で見合わせ、語り手に答え合わせをしてもらおうと質問する。
「エーは……もしかして……金属生命体が、細胞に?」
フォースと呼ばれる事になる者は、災害から七十年後に初めて生まれた為、省吾の時代にいるはずないとケイト達は驚いているのだ。回答を待つ三人に、うなずいて見せたヤコブは、運命的にも思える省吾の体内でおこった偶然について説明を始めた。
「一割……僕達からすればたかだか五分の、量だけどね。その細胞を生み出す切っ掛けは、本来存在しない金属生命体が細胞と融合できる情報を持ち込んだ……貴女なんだよ」
口元を押さえて両目を見開いたケイトを見つめたヤコブは、シスターとしてケイトが時間に介入した時の事を喋り出す。
省吾の体内での変化は、ケイトが何気なく汗を拭いた際に触った手によって始まっており、本人達の知らぬ間に金属生命体達は情報交換を行っていたのだ。細胞内の殻に閉じこもっている金属生命達と違い、血中に溶け込むタイプのものは、そういった情報交換が発生しやすい事も、要因の一つとなっている。
その時、金属生命体を含んだ細胞を持っていなかった省吾は、体調不良の具合がかなり軽かった。そして、常に限界ぎりぎりで戦い続けていた事で、省吾は目眩や吐き気が日常茶飯事になっており、変調に気付きもしなかったのだ。
血中に溶け込むタイプの金属生命体の情報を持っていたケイトに至っては、省吾からの情報を受け取っておらず、体に異常はおこらなかった。
「えっ? えっ? 私も過去で、能力者の体に触れてるわよ? なんで、中尉さんだけなの?」
再び話をさえぎってきたオーブリーに、ヤコブは苦笑いを浮かべ、それに気付いたカーンはそっと手で想い人の口をふさいだ。
「まあ、ケイトさん以外にも、セカンドになれるだけの量を保有した人と接触した人はいましたけどね」
セカンドとなれるだけの金属生命体を保有した者に、ケイト以外も接触はしているが、省吾以外の者は情報交換だけにとどまっている。その情報交換にも意味があり、フォースが生まれる時期を早め、第三世代の者達がいた時代の戦争を激化させてしまっている。
「僕達の体内にいる友人達の栄養源は、知っているよね? 細胞を変化させるだけの栄養……強い意志は、あの人だけが持っていたんだよ」
「あ……ああ……なるほどなぁ……」
省吾の鬼気迫る戦いを見ているケイト達は、ヤコブに問いかける事もなく、納得して首を幾度か縦に振った。
「ケイトさんを知らなかったあの人は、ファントムから人を守ろうと意思を爆発させて、セカンドに覚醒したのと同時に、細胞まで変化させ始めたんだ。本当に、偶然だよ」
含有量ではフォースの最低条件もクリアできていない為、セカンドであってセカンドではない存在に省吾は変わっている。異なった金属生命体を保有する事で、強くはないが複数種類の能力を省吾は使用できるようになったのだ。
「武器だけに効果がある能力は……多分、あの人が戦おうとした結果だと思う。能力は使う本人の心に影響されるからね」
オーブリーの口を押えたまま含有量という言葉で疑問を持ったカーンが、一度顔を空に向けて首をひねった。
「あれ? 二足す一は……三? ああ?」
カーンの筋肉質な腕を両手で押し下げたオーブリーは、今度こそヤコブの話が途切れたと、我慢していた事を問いかける。
「それだと、五割ないわよね? 三割五分。残りの一割以上は、何? きっと何かあるのよね?」
省吾だけが特別な金属生命体を保有しているのかと考えたオーブリーの推測は、正しくはなかった。あり得ない回復と、いとも容易く肉体の限界を突破させる要因となっているそれは、省吾しか保有し続けられなかったが、特別ではないのだ。
「最古の能力者達だけが、スタートラインに立って……。あの人だけがゴールしたんだよ。内在した……激し過ぎる感情でね」
最古の能力者達だけが、体内にどう進化するか保留した金属生命達を保有しており、省吾もその一人だ。その自分がどう進むべきかをすぐに判断しかねていた金属生命達達も、時間をかけて人間との共存か体外に出てファントムを生み出す存在になるかを決めていった。
最古の者達は、二割以上の保有者も多かったが、セカンドになるまで時間がかかった原因はそこにある。
「あの……それって……もしかして……」
「そう。ファントムを生み出す金属生命体を、あの人は今も体内に保有している。それが残りの一割五分さ」
金属生命体で出来たナイフや弾丸は、ニコラス老人のいった通り、省吾にしか扱えない物だ。
ファントムを生み出す金属生命体は、常に食事となる意思を取り入れられない為、休眠してしまう。その状態では、ただの固いナイフと弾丸であり、敵にあてることが出来ても情報交換は発生しないのだ。
まだ白い色を保持していたとしても半覚せい状態にならなければ、情報交換は起らないし、黒く変わる完全覚醒まで進まなければ、黒い霧は生み出さない。
「まっ……待ってください。エーは、ファントムも産みださないし、ファントム化もしませんよ?」
「それはね、ケイトさん。あの人が、あれを完全に支配下に置いているからだよ。えと……サードと同じく、ファントムが暴走するのは知ってるよね?」
悪意がまだ弱かった乾隆の産みだしたファントムは脆弱で、イザベラの産みだしたファントムは主自体を暴走させている。省吾のように尋常ではない意思を持たねば、ファントムになってしまう力は、制御しきれないのだ。省吾の残酷な現実と自分を憎む怒りは、ファントムを生み出す金属生命体を体内に留まらせ、強い意志はそれを制御してしまった。
金属生命体が意思を食らい、産みだされる超能力とファントムは、扱い難さと効果が違うだけで、本質は同じものだ。省吾の体内で発生した黒い霧は、折れた骨を補強し、切れた筋肉の代わりとして働き、破裂寸前の内臓を無理矢理抑え込む。
また、主からの強い意志に呼応したのは、ファントムを生み出すもの達だけではなく、血中にいるものは血流を操り、細胞の中にいるものは分裂を促す手伝いをしている。
幾度も立ち上がった省吾を回復したと医者ですら勘違いしたが、本当は完全な回復などしていない。戦う為だけに金属生命達達の助けを借り、体の機能を取り繕う省吾は、本当に自分自身の命を削って立ち上がり続けていたのだ。
説明を聞き終えたケイト達は、歴史上省吾だけが到達できた孤高といえる頂を知り、固まっている。
「あの人は強い。最古にして最強……なんて呼ばれるのには、理由があるんだよ。あ……あと、これは強さとあまり関係ないけど……」
目の前にいる三人の整理が出来るまで待とうとしているヤコブは、省吾の強さとは関係ない部分を喋り始めた。省吾がケイトの事を覚えていたのも、ファントムを生み出す金属生命体を保有していた事が原因なのだ。
教会でファントムから、気を失わされるほどのダメージを受けた省吾だが、戦う意思が消えなかった事で眠っていたもの達を起こした。その血に触れたケイトは、情交換によって能力の発動が不完全になり、省吾の記憶が消すことが出来なかったのだ。
「あ……ああっ! そういえば、あの時のケイトって……泣きながら吐いてたわよね。もしかして……」
「そうだよ。まあ、フォースのケイトさんは、フィフスほど症状が重くないからね」
自分を見ずに思い当たった事を口に出したオーブリーに、ヤコブはうなずいて返事をした。
「し……失恋のショックで気分が悪くなっていたのかと……思っていました……」
省吾を想う気持ちが一時的に逸れたケイトは、目をしばたたかせながら、シスターの変装のままタイムマシーンの中で寝込んだ事を思い出す。
「これが……これが、英雄の……」
「そうだね。ただの偶然が重なったこれを……。皆は運命っていうんじゃないかな……。でも、ただの偶然だから、あの人は特別であって、特別じゃないんだよ」
予知能力を持ったヤコブは、意味ありげにカーンへ返事をすると、二酸化炭素を多く含んだ息を空に向かって吐く。
能力を使って部屋に帰ってこなかった息子を探していたガブリエラは、偶然だがヤコブの決断を知った。ベッドから天井を見つめてしばらく動かなかったガブリエラだが、弱弱しく上半身を持ち上げると同時に、班長である者達にテレパシーを飛ばす。
「失礼しま……あっ! いけません! おい! 手伝ってくれ!」
「お、おう!」
ガブリエラのいる部屋に一番早く到着した古株の男性は、鍵のかかっていなかった扉を開くと同時に、驚きの声を出した。鍵を開く為に、ガブリエラが扉の前まで這って来ており、苦しそうに胸を掴んでいたからだ。
古株の男性から依頼を受けた班長の一人は、部屋の隅に置かれた車椅子まで走り、埃を少しだけはらうとガブリエラの前に持っていく。いくら掃除をしているとはいえ、地下の廃墟になった場所を改造した拠点は埃が多く、数日使わなかっただけの車椅子にも埃が降り積もるのだ。
「あ、ちょっと待って。これで……」
女性の班長が、ハンカチとして使っている布きれを出し、埃で汚れた車椅子を拭き取った。呼吸が落ち着き始めたガブリエラは、自分を気遣ってくれる班長達に笑顔を見せ、差し出された手を取る。
「いくぞ? 一……二の……三! と……大丈夫ですか?」
ガブリエラの体を掴んだ班長二人は、タイミングを合わせて車椅子に乗せ、確認を取った。笑顔を維持したままうなずいたガブリエラは、班長の一人に息子がいる丘の上へ移動させてほしいと頼んだ。
それから少しだけ時間の経過した丘の上で、ケイト達と話し合いをしていたヤコブは、驚きで喋っていた内容を忘れてしまう。
「つまり、まったく別種の能力を使うあの人だけが、フィフスに匹敵出来る存在なんだ。他の誰が……ママ? えっ? なんで?」
「ガブリエラさん? それに……」
班長達を引き連れて丘に現れたガブリエラは、息子がいる場所まで移動し、笑顔で息子の手を取る。
「ママ? どうし……」
息子の手を握ったガブリエラは予知の能力を使い、ヤコブもそれに引き摺られるように、能力が発動した。
(見えますか? ヤコブ?)
「あ……ああ……こんな……こんな未来……なかった……なかったはずなのに……」
両肩をびくりと跳ねあげ、空へと呟くヤコブを見てケイトは班長達に目を向けるが、期待した反応は得られない。ガブリエラの指示に従っていただけの班長達も、二人が何を見ているのかは教えられておらず、ケイトに首を左右に振って見せたのだ。
「兄ちゃん……これで……僕達の悲願が……。よおおぉぉっしっ!」
母親の手を離したヤコブは、両拳を握り、喜びを体全体で表現して叫んだ為、ガブリエラ以外の者達は驚きで動きを止めた。新たな未来へと繋がる道が、見る間に広がっていると分かったヤコブは、喜びを表現し終えると母親に顔を向ける。
命を使って歯車を高速回転させている省吾は、絶望の作った世界を切り裂き続けており、新たな未来が形成され始めたのだ。
「ママ……。いいんだね? 僕が決めても?」
優しくうなずいた母親を確認したヤコブは、班長達に顔を向け、息を吸い込みつつ目を閉じた。
「あの人が、未来への道を開いてくれた! 今が動く時だ! 全員を……会議し……いや、食堂に集めて!」
目を見開くと同時にヤコブが叫んだ指示内容は分かったようだが、理由が分からない班長達は顔を見合わせたまますぐには動かない。それを見ていたヤコブは、怒りとも取れる感情を混ぜた、先程よりも大きな声で仲間に命令した。
「今すぐに!」
「あ……ああ。分かった。おい……」
幼い少年でしかないヤコブだが、威厳のある声には大人達に有無もいわせない力があり、班長達は急いで拠点内へと戻っていく。
「さあ、行こう。これが……僕達の最後になる絶好の機会だ」
まだ成功すると確定したわけでない省吾の作戦に全てを賭けると決めたヤコブは、指導者と呼ばれる者達が持つ独特の雰囲気を纏って、班長達の後を追う。
反乱軍の者達まで動き始めた事態に、世界の隅々まで見渡せる絶望が目を見開き、歯ぎしりをし始めた。自分を睨んでいる絶望の字名を持つものに、気を回せないほど限界に達し始めた省吾だが、強い意志で無理矢理体を支え続けている。
ダメージをどんどん深め、体を動かすごとに命が削れ落ちていく省吾だが、戦闘力自体はほとんど低下していない。体の内側から、黒い力で支えられた省吾は、死ぬ事によって完全に意思が途切れるまで、戦う事を止めないのだろう。
「なっ! どこから!」
すでに現役を退いていた高齢のフィフスは、動体視力すら省吾についていけないようで、防御膜の変化が間に合わない。大通りで、避ける場所もないほど大量に光る刃を放ったその高齢のフィフスは、省吾がマンホール内に退避した事に気付いていなかった。
高齢のフィフスが犯したミスは、自身の視界を自分の発生させた光る刃で遮った事であり、その隙を省吾は見逃さない。攻撃を仕掛ける場合や、敵を倒したと思い込んだ時に場合に、人間は隙を作りやすいとよく知って省吾は、最大限に心理の裏を突き続けている。
本当に少しだけ蓋をずらしたマンホールの中から、いきなり敵の防御膜内に侵入した省吾は、そのままナイフをふるう。二世代ほど前に最強の一人に数えられていた高齢のフィフスも、人間とは思えない動きをする省吾に、全く歯が立たなかった。
黒く変色しているナイフの刃は、高齢の男性が着ている上等な服だけでなく、腕の皮膚を切り裂き、血を滲みださせる。フィフスである男性の負った怪我自体は、軽症もいいところだが、金属生命達達の情報交換により戦う力は根こそぎ奪われてしまう。
その男性が敵を倒したと思い込んでいた高齢の夫婦は、仲間の上げたただならぬ声に顔を向けはしたが、防御能力の発動が遅れた。
夫は頭髪が全て抜け落ち、若い頃丸太のようだった腕が枯れ木のように細くなっており、妻も腰が曲がり、髪が真っ白になるほど年を重ねている。二人ともフィフスであるその夫婦は、すでに無力化された男性よりも高齢で、戦場に出るには時がたちすぎているようだ。
長い年月により、練度自体は極端に低くはないが、能力の発動等、基本的な脳の動きが戦闘についてきていない。
……遅いっ!
省吾の内側に入り込んでいた男性の防御膜が消えても、自分達の防御が開始できなかった老夫婦は、ナイフの一降りで肩と足を傷つけられ、ゆっくりと座り込んでいく。
可能な限り発射弾数を抑えていた省吾だが、敵の強さによって無駄弾もかなり使わされ、ナイフを使用する率が増え始めた。主戦力となる現役のフィフスをすでに戦闘不能にしている為、なんとか戦えているが、接近戦が増えた事でダメージもどんどん加算されていく。
現役を退いたフィフス達は、反応速度こそ遅いが、能力は若者達に引けを取っておらず、省吾を十分苦しめていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
立ち止まった事で、限界を超えている体が指示を一時的に受け付けなくなった省吾は、呼吸を整えながら血が出るほど歯を食いしばる。
……まだだ。まだ、終われない。まだ、俺は戦える!
「いたっ! いたぞ! あそこだ!」
残り少ない現役のフィフス達と、それに息を切らせながらついてきた高齢のフィフス達が、省吾のいる大通りに到着した。
「はっ……ははっ! ぼろぼろじゃないか! 今こそ、勝機!」
濃い顔と立派な口髭が目立つ、短い髪の男性は、使う必要がないのではないかと思える腰に差していた細身の剣を抜き、切っ先を省吾に向ける。
……あいつは! まずい! 能力がくる!
口髭の男性が使う能力も、情報によって知っている省吾は、足元に座り込んだ高齢の三人に視線を落とした。敵を前にして逸っている濃い顔と筋肉質な体を持つ男性は、仲間を巻き込んでしまう事を考えずに、省吾に向けていた剣の先を発光させる。
「やめ……やめて……助け……」
すでに意識を手放している男性二人と違い、朦朧としながらも助けが来たと喜んでいた老女は、自分も敵もろとも殺されると恐怖で顔を歪めた。
……動け! 動けええええぇぇぇ!
戦闘能力を奪い取った時点で、保護対象となった年女の言葉を聞いた省吾は、激しい意志の力で黒い力を駆け巡らせ、瀕死の体に鞭を打つ。
「神速の我が力! 食らうがいい!」
「おおおおおおおおぉぉぉぉ!」
口髭の男性が剣の先を眩しいほど光らせた所で、なんとか体が動き始めた省吾は、微弱に輝かせた足で地面に蹴り付け、足元の三人を抱えて道の端まで飛び退く。
……間に! 合えええええぇぇぇぇぇぇ!
「ぐっ! がはっ!」
フィフスの男性が剣から放った雷は、省吾の背中と首筋を焦がし、心臓にまでダメージを与えたが、致命傷には届かなかった。敵の放電によって発生したオゾン独特の刺激臭を嗅ぎながら、体から離れていきそうな意識を意思の力で引き戻した省吾は、老人達から手を離してすぐに立ち上がる。
「あんた……いったい……」
省吾の腕に抱えられ、稲妻のダメージを受けなかった高齢の女性は、敵であるはずの男性の行動がすぐには理解できない。三人を抱えてさえいなければ、省吾はダメージを負う事もなかっただろう事が分かった老女は、敵としてではなく燃える瞳を持った青年を曇りなく直視する。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
体内の金属生命体が情報交換の処理をまだ行っている老女の視界は揺らいでいるが、省吾の姿ははっきりと見えていた。敵として相対した省吾に高齢の女性は怖さで冷たい汗を流したが、命懸けで自分を守った血塗れの青年からは、暖かさすら感じる。
戦う力を失った時点で、省吾から殺気が飛ばされなくなっており、印象が変わった原因だと高齢の女性は気付けない。だが、省吾が自分達を殺そうとしない事は感覚だけで理解し、生まれて初めて敵となった者の事を知りたいと感じていた。
背嚢のサイドポケットから素早く黒いシートを取り出した省吾は、三人を戦いにまきこまない為に、敢えて大通りの中央付近に戻っていく。自分達を助ける為に左足を引き摺り始めた省吾を、老女は石畳の上に横向きに寝転んだまま見つめた。
「はぁぁぁ……はぁぁぁ……」
敵を睨みながら、深い呼吸でなんとか体内に酸素を送り込んでいく省吾は、ナイフとシートを強く握って、仕掛けるタイミングを待つ。
電撃という厄介極まりない能力を使う敵に対する策を、省吾はすでに幾種類か考えていた。しかし、連戦によって疲労がピークに達した所で出会ってしまい、退避することも出来ず、選べる策は限られてしまったのだ。
……来い。俺はここにいる。逃げる足もない。お前の力で、殺しに来い。
諦めによる絶望など寄せつけもしない省吾は、勝機が生まれる一瞬の為だけに、力を溜めこんでいく。
「いっ……いい度胸だ! 今、楽にしてやる!」
省吾の放っているぎらついた気迫に気圧された口髭の男性は、自分の感じた恐怖を拭う為に叫び、ろくに考えもせずに下していた剣を持ち上げた。
先程とは違い、男性が剣全体を発光させ始めたのを見た仲間達は、自分達が巻き込まれない様にと後ろに下がっていく。人間の対処できるような速度では進まない雷を使う男性の力は、全体防御を持っていなければ防げないからだ。
その場に集まった者達は全員フィフスだが、全体防御の能力を持っている者はおらず、男性を止めようともしなかった。長い年月洗脳され続けた者達は、自分で思考するという能力が衰えており、超能力者特有の優れた直感の信号も感じ取れない。フィフス達の直感は、活火山の地下で滞留するマグマのように力を溜めこんでいく省吾に危険信号を出しているが、主はそれに気付けないのだ。
「我が雷は、神にも匹敵する力だ! 貴様がいかに……」
……見える! 今だ!
肉眼では映し出さないものまで感じ取っている省吾は、勘によって捉えたそれをイメージとして脳で再生していた。口髭の男性が剣の先から伸ばした雷の道が見えた省吾は、絶縁効果のあるシートをかぶって突進する。
見た目こそ、天からの落雷にも見える男性の能力だが、実際はそこまでの力を有していない。もし男性が使う力が自然現象に匹敵していれば、万を超えた電流と億を超えた電圧で、省吾の用意したシートなどなんの効果もないだろう。それは、空気という絶縁を破壊しながら、地面につき進めるだけの力を持っている事になるからだ。
雷を操る男性は、人を容易に死へと至らしめる事の出来る能力者だが、致命的な弱点があり、最強と呼ばれた事はない。絶縁破壊出来ない程度の雷を敵にぶつける為に、空気中の電子や気体をサイコキネシスで動かさなければいけない男性は、能力発動までに溜めとは別の時間が必要になる。ノア兵士には珍しく細身の剣を男性が持っているのも、電気伝導体である剣の長さで、経路を作る手間を少しでも減らそうとしたからだ。
男性の使う力が、直撃さえ避ければ絶縁のシートでも一時的に防げると知っている省吾は、迷いなく敵に向かって進んでいく。発動後は避ける事が容易ではない能力に対して、迷いによって走る速度を落とせば殺されると、省吾は認識できている。
「こっ! この! 下郎が!」
少し大仰な喋り方をする男性は、自分の作った経路を逸れて進んでくる省吾に対して、十分に力が溜まる前に能力を放った。
戦いに集中していたその男性は、省吾の素早過ぎる動きにも反応を見せたが、他の者達はそうはいかない。野生の獣を思わせるほどの突進を見せた省吾は、雷を放った男性の体を障害物にする事で、それ以外の者達から姿が消えた様に見せる。
「ぐがっ!」
直撃を避けシートをかぶっている省吾だが、隙を塗って入り込んだ電撃は、皮膚を焼いていく。省吾の使う弾丸のように掠めただけで効果がある雷は、頬の皮膚を焦がして髪を焼くだけでなく、片目の視界すら一時的に奪う。
……こんな、ものおおおおおおぉぉぉ!
失敗すれば後などない省吾は、力が抜けそうになった足腰を気力で支え、命そのものの力を注いで前へと進ませた。雷を放つ事に集中した男性の脇を抜けた省吾は、後ろに下がっていた現役のフィフス三人にシートを投げつけて視界を奪い、ナイフで傷付ける。
「ひぃ! な……」
「えっ? あ……いてぇ……」
視界の隅に黒い塊が現れると同時に、目の前が真っ暗になったフィフス三人は、ろくな抵抗も出来ないまま倒れ込んだ。
「こおおおぉぉぉのっ!」
口髭を生やした男性が振り向く頃には、千里眼で視覚を補った省吾が、拳銃を脇のホルスターから抜いていた。
……突き抜けろおおぉぉぉ!
一発しか残っていなかった拳銃の弾丸は、黒く変色しながら光を纏って敵に突き進むが、急激に速度が緩む。省吾を見てすぐに防御の力を発動させた男性は、体を覆うように凄まじい速度の気流を発生させていた。
一秒にも満たない時間で弾丸を止め、持っていた剣を省吾に振り下ろした男性は、常人からすれば化け物だろう。だが、男性が相対しているのは、生きながらにして伝説とまで呼ばれている、最強の英雄だ。
左手で握っているナイフを胸元から外に向かって振るう事で、振り下ろされてくる剣を迎撃した省吾は、勢いを殺さずに左足で地面を勢いよく踏みつける。弾丸の尽きた拳銃を手放して握られた省吾の右拳に、ナイフを振るった勢いだけでなく、腰から伝わった捻転の力が加わる。
血を十分に流している省吾の能力が発動されている右拳は、セカンドとは思えないほど輝いていた。そして、その省吾の意志を乗せた右拳は、貫通の力を付加されて空中にまだ留まっていた弾丸を、押し込んでいく。
省吾の持ったナイフによって砕かれた剣の音が周囲に響き、敵の防御範囲に突き進ませた省吾の右腕からの鈍い音をかき消した。
「な……なんなんだ……。貴様……」
黒い弾丸に脇腹の肉を削られた口髭の男性は、白い軍服の赤く染まった部分を押さえて、崩れ落ちる。エミリの蹴りを受けていた省吾の右腕は、完全に骨が折れる事と引き換えに、弾丸を気流の奥へ到達させていたのだ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
体中のいたる所を痛め、その場から逃げ出す力もない省吾だが、膝を折ろうとはせず、敵へと顔を向ける。信じられないほどの苦痛を感じ続けている省吾だが、瞳の中にある炎は強くなっており、眼光に乗せた殺気は衰えを知らない。
「あ……あああ……」
「化け物……化け物だ。あれは、悪魔だ……」
現役を引退している高齢のフィフス達三人は、瞬く間に四人のフィフスを倒した省吾と目があい、冷たい汗を流しながら震えた。
敵が瀕死である事にも気付かず、悪魔呼ばわりした三人だが、能力や数値的な強さでいえば、省吾よりもうえだ。しかし、省吾がどんな技能を隠し持ち、どれほどの体力が残っているかが分からない為、恐怖心が生まれている。
「うっ! 痛っ! うぅぅ……。だれ……たす……」
動けなかったせいで省吾の殺気に当てられ続けた高齢の男性が、腹部を押さえてうずくまってしまう。
「なっ! 見えなかったぞ? なんだ? 今のは?」
仲間に肩を借りてなんとか立ち上がった男性は、若い頃から神経質だった為、慢性的な胃潰瘍を患っている。高齢の男性は、省吾と相対した恐怖で胃液の分泌が阻害され、胃潰瘍が少しだけ悪化しただけだ。
だが、仲間達は省吾から男性が謎の攻撃を受けたと思い込み、恐怖に負けて撤退を選択してしまう。相手に情報を与えない事で正体を掴ませなかった省吾は、敵の勝手な疑心暗鬼すら利用しているようだ。
逃げ去っていく三人の背中を見送った省吾は、折れた腕を押さえながら、片足を引き摺って大通りから路地裏へと向かう。
……まだ、まだだ。俺は死んでない。戦うんだ。戦うことしか出来ないこの命が、消えて無くなるまで。
立っている事さえ辛そうな省吾だが、冷たくなっていくサラの感触と、真っ赤に染まった村を思い出しており、戦う意思だけが強くなっている。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
……俺はまだ! 戦える!
体調不良で声も出せない高齢の女性だけが、ふらふらになりながら消えていく省吾を、見つめ続けていた。
「なっ? ええい! くそっ! またか!」
宮殿内にある施設に、省吾の仕掛けたトラップにはまったフォースの兵士達が運び込まれ、参謀の男性が怒りを声に出す。
すでに一時間ほど前から宮殿内にある救護施設のベッドは、トラップで怪我をしたフォースと、戦闘不能になったフィフスで定員オーバーになっている。フォースである宮殿の使用人達は、他の部屋から布団やマットを運び込み、怪我人達を寝かせる場所を通路にまで伸ばしていた。
「まずい……まずいぞ……。もう、兵士がほとんど残っていない。外にいるフィフスからも、ほとんど返事がない……」
もうすぐ引退するはずだった参謀の男性は、真っ青な顔でおろおろと狼狽えながら、通路を行ったり来たりしている。
「くそっ! 外にいる人数だけでは……どうすれば……あっ! ああ! そうだ! いるじゃないか! 戦力なら!」
「お……おおっ! そうか! そうだな! この際、仕方ない! 行くぞ!」
大きな声を出した男性のいいたい事が理解できた他の参謀は、急いで宮殿の通路を走り始めた。そして、ギャビンとネイサンの考えで宮殿内に留まっていた、戦闘向きではない能力者と、ネイサン直属の兵士達が集められる。
ネイサン直属の部隊は、分かっていればネイサンかリアムが止めただろうが、そうはならない。混乱の極みにある参謀達は、テレパシーも使わず移動しながら声で兵士を集めた為、部屋にいるネイサンは気付けなかったのだ。当然、王のいる部屋の前で待機したままのギャビンも、同じ参謀達が愚かな選択をしたと知る事が出来ない。
「お前達には、街に出て戦闘に参加してもらう! これは、絶対の命令で、拒否は受け付けない!」
ネイサンの部下達はいい顔をしなかったが、参謀達の強い言葉に逆らうだけの勇気は持っていなかった。
「いいか! お前達! 敵は、強力で数も多い! 気を抜くな! お前達ならば出来る! 敵をここに引き摺ってこい! 殺しても構わん!」
愚策を愚策と判断できない参謀達は、その場を取り繕う為だけに、無謀な策を王の許しもなく兵士へ指示している。
省吾が命を削る代償として回転させている歯車は、時代の流れさえ、戦い続ける英雄へと向かわせていく。




