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第94話 魅惑なる花々は田園に咲く その1

◆ ノルミッツ王国 城下町 入り口 ◆


「働かずども食える! 食えるなら働かず! そいやぁさっ! そいやさっ!」

「おいおい、そこの娘っ子ぉ! こっち寄れこっちこっち! うしゃしゃしゃ!」

「やーん、すけべぇ」


 なにこれ。

 ノルミッツ王国。国民のほとんどが農作業に従事し、新鮮な野菜や果物は他国の追随を許さないほどで、美しい田園風景が広がる緑の国。何より最大の名物は王様までもが畑に出て働いている事。観光客なんかにも陽気に挨拶をしてくれる事で有名な人のいい王様。

 到着1時間前まではロエルがそう話していた。そのはずなんだけど、なにこれ。そこらに散らかっているお酒のビン、路上で寝転がって大の字で眠りこけている人。女の人を囲んで地べたに座り、楽しそうにしている人。

 そして何よりひどいのがお酒の臭い、まるでこの国全体がそれに包まれているように見える。


「ロ、ロエル。ここが働き者の国だよね?」

「そのはずだけど……」


 丘の斜面に広がるだだっ広い畑が奥に見えるし、場所は間違えていないと思う。冒険者ギルドもあるけどアバンガルド王国ほど大きなものじゃないし、宿屋みたいな施設も最低限の大きさと数しかない。

 それらの施設を経営している人も、日替わりで交代しながら農作業に勤しんでいるほどだとロエルが熱く語ってくれたはずなんだけど。

 宿屋には誰もいない。他の宿泊客も見当たらない、と思ったら2階が騒がしかった。客室から聴こえるバカ騒ぎ。ドアを開けるとむわっとお酒の臭いが部屋から解放されたかのようにあふれ出てくる。そして裸で女の人を囲んでいるジルベルトとバームの姿を見つけた時は、ショックだった。


「ジ、ジルベルトさん! バームさん! なにやってるの!?」


「んぁ?」

「んぁ、じゃなくて! な、なんで裸……」


 ボクもロエルも目を背けてしまった。妙な恥ずかしさがこみ上げてきて、まともに見ていられない。というか見たくない。耳まで真っ赤になっているロエルだってきっと同じ思いのはずだ。


「リュ、リュアちゃん……あの、もう出よ?」

「ダメだよ! ねぇ、バームさん! 依頼はどうなったの? こんな事してる場合じゃ」

「おー、るあ君かぁ! そうかそうか、こっちにきなさい!」

「こっちって……ぎゃぁぁ! は、離れて!」


 裸で抱きついてきたバームがあまりに気持ち悪くて平手で突き飛ばしてしまった。奥の壁に激突して気絶させてしまったけど、不思議と罪悪感はない。


「ばぁむさぁん、起きてぇ」

「はぁい!」


「この世の天国とはあったもんですなぁ! なぁ、ジルベルト君!」

「いやはや、まったくですなぁ! うちの堅物ロイヤルナイツなんざ不純異性交遊は厳禁なんて、もうね! アズマの修行僧かってんですよ!」

「わっはっはっはっ! 女遊びの一つも知らんで何が騎士かぁ! 守るべきものをすみずみまで知ってこその騎士! ほれ、こんな風に!」

「やぁだぁ、もう!」


 ぴょこんと起きたバームは何事もなかったかのように今度はジルベルトと肩を組んで踊り始めた。ジルベルトがいつも着ていた鎧はそこら辺に脱ぎ捨ててあって、しばらく触れられてないとわかるほど乱雑な扱われ方をしていた。

 やぁだぁ、なんて女の人もまんざらじゃない様子だしなんだかクラクラしてくる。ボクは夢を見ているのかな。そうなら、早く覚めてほしい。


「ロエル、どうしよう」

「私が聞きたいよ……」


 まさかこんな事になっているなんて。魔王軍に襲われていたなら倒せばいい、そう思っていた。でもこれは、平和どころじゃない。宿屋の窓から見渡す限りでも、人、女の人、お酒、踊り、歌。

 ウィザードキングダムでボク達の歓迎祭りを開いてくれた時にハスト様が踊っていた踊りも見られる。あそこでも裸だし、もしかして流行っている踊りなのかな。

 いや、そんなのどうでもいい。問題はまず何をしたらいいのか、それだ。


「あらぁ、もしかして旅人さんですかぁ?」


 客室のドアにいたのはチョコレートのような肌色をした、ピンク髪の女の子だった。背中まで伸ばした波みたいな髪、上向きに伸びたまつげ、緑色の瞳。短くしたバスローブみたいな服から伸びる細い手足。この国の人にしては何だか違和感がある。

 うふ、とウィンクした女の子はボク達を歓迎してくれている様子だ。


「うぉぉぉぉぉ! ラフーレちゃんきたぁぁぁぁぁ!」

「ちゅーちゅー!」


 ちゅーちゅーと言いながら、タコみたいに唇をすぼめたジルベルト。元々裸なんか見たくもないし、あまり直視していないんだけど、余計に何も見たくなくなった。


「あはっ、驚きましたよねぇ。ようこそ、ノルミッツ王国へ。

この国ではぁ、長い間農作業中心だったんですけどぉ。手軽に栽培できる魔法のキノコが発見されたおかげでみーんな働かなくてよくなったんですぅ!」

「ま、魔法のキノコ?」

「はい、これですぅ。マジーック、ショー!」


 何がマジックショー、と言う前に女の子は胸元からキノコを取り出した。それを見て沸くバームやジルベルトを初めとした人達。


「すげぇぇぇぇ! いつ見てもラフーレちゃんのマジックは驚くわぁぁ!

それタネどうなってんの?! おせーて!」

「ひみつぅ、ですぅ。うふふふふ……」


 タネって何を言ってるんだろう。普通に胸から取り出しただけなのに。あれだけ大きな胸だし、キノコの一つや二つは入る。

 あんなに大きかったら戦いの邪魔になりそうだなぁと、胸の大きな女の人を見ていつも思う。でもあそこで飛びつかんばかりに興奮している2人を見ていると、男の人ってやっぱりそういうのが好きなんだろうな。

 あんな風にギラギラ見られるくらいなら、大きくないほうがいい。絶対に。


「このキノコはぁ、食べるととーっても気持ちよくなってぇ。疲れや病気なんかもぜーんぶ飛んでっちゃうんですぅ。お一つサービスしちゃいますよぉ」

「い、いいよ。いらなもごっ」

「リュアちゃん! ちょっと、何するんですか!」


 無理矢理口の中にキノコを詰め込んできた女の子はケラケラと笑っている。ボクが吐き出したキノコを我先にと争うようにジルベルトとバームが取り合いしているのを見て、なんだか無性に腹が立ってきた。


「ご、ごめんなさぁい。だってぇ、旅人さん元は綺麗なのに肌や髪が荒れていてぇ……

だからラフーレ、キノコで治してあげようとおもってぇ」

「ラフーレちゃん、泣かないでくれたまえ! こら、リュア君!

ラフーレちゃんの優しさをわからないとは見損なったぞ!」


 こっちのセリフだよ、そう言いたかったけどどうせ言っても無駄なんだろうな。


「こんなに遊んでばっかりじゃ、ダメになっちゃうよ……」

「そうですかぁ? 働くも働かぬも結局は同じだと思うんですよねぇ。

働いて体を壊すか、働かないで楽をして死ぬか。同じ寿命なら楽しんだほうが得じゃないですかぁ。

せっかく生まれてきたのに人生の大半が働き詰めなんて、家畜と一緒ですよぉ。

あなたも楽しんでますぅ? 見たところ、冒険者さんみたいですけどぉ……」

「ボクは楽しんでるよ……」


 確かに冒険者は思ったよりも楽しい。嫌な事もあったけど、やってみてよかったと思える。でも今はイークスさんの事が頭のどこかで引っかかっていて、そんな事も言ってられない。

 本当の幸せを掴む為に今をがんばっているけど、いつかは報われるんだろうか。どこにもそんな保証なんてない。


「ここにいる冒険者さんも来た時はとっても疲れた顔をしていたんですけどぉ。

今ではほら! あんなに楽しそう! 冒険者って常に死と隣り合わせじゃないですかぁ。

割に合わないお金をもらう為に命をかけるくらいなら、楽しんだほうがいいですよぉ」

「そ、そうだけどそれでも楽しいよ」

「リュアちゃん、もういこ……」


「リュア……?」


 ロエルに引っ張られてボク達は宿を出た。ボクの名前を聞いた途端、今までの陽気さが消えうせたようにその場で静止したラフーレ。魔王軍や彗狼旅団、ファントムといろんなところから狙われているボクだし、そうなると嫌な予感しかしないけど気にしない。


「本当に国全体がこんな感じなのかな。1人くらいまともな人がいてもいいと思うんだけど」


 バームとジルベルトはあんな状態だし、ロエルの言う通り話が通じそうな人を探す事にした。

 そこら中でアバンガルド祭で見た出店が立ち並んでいる。看板にはさっきラフーレが取り出したキノコらしきものの絵が描かれていてどの店も形は違うものの、全部があのキノコの店だ。

 マッタンゴ焼き、マッタンゴエキスジュース、マッタンゴ飴、店の人がしきりにそれらを連呼して呼びかけている。


「キノコ、キノコ、キノコ、マッタンゴ……同じのばっかり」

「珍しいね、ロエルなら飛びついてどれも食べ漁りそうなのに」

「リュアちゃん、私の事なんだと思ってるの」

「この前の仕返し」

「なんだかね、どれも食べたいと思えないの。確かにいい匂いだし、食べたらおいしいんだろうなとは思うけど……」


 かくいうボクも同じ意見だ。お腹はそこそこ空いているはずなのに、あれらを食べたいとは思えない。それどころか、何か嫌な感じがする。

 あそこの人なんか幸せそうにマッタンゴ焼きにかぶりついているけど、目の焦点が合ってなくて何だか怖い。変な奇声まで上げている人もいるし、突然何かに怯えて逃げ出す人までいる。


「お、あっちでそろそろ始まるみたいだぞ!」


 見ると左の広場に何かのステージがあった。そこに集まる人達とステージの上に立っている女の子3人。その子達に熱狂的に呼びかける男の人達。


「花の三姉妹きたぁぁぁぁ!」

「チュリップちゃんちゅっちゅ!」

「ラベンタちゃん!」

「バアラ姉さん踏んでくれぇぇぇぇ!」


「今日は私達の為に集まってくれてありがとう!

うれしいので今日はぁ、とーってもサービスしちゃいます!」

「してぇぇぇぇぇぇぇ!」


 女の子の一人が甲高い声で喋ると、その一言をありがたがるかのように奇声を上げる観客。よくわからないけど、何かのイベントなのかな。

 それよりも、アバンガルド闘技大会でティフェリアさんやアマネさんを応援していた人達と似た感じがして気持ち悪い。


「皆さん、マッタンゴエキスジュースは飲んでますかぁ?」

「飲んでまぁぁぁす!」

「はぁい、よかった! 私達もとってもうれしいです!

すっごく気持ちよくなって体にもいいので毎日飲んで下さいね!」

「一日、30杯は飲みまぁぁす!」


「ロエル、もういいや……行こう。なんだか理解できないよ……」

「そうだね……ここにいても、得られるものなんてなさそうだし……」


「それでは一発目! マッタマタにする乙女のタンゴ! いっきまーす!」


 意味がわからない名前と共に黄色い声の歌が聴こえてきたけど、もう振り返る気も起きない。それよりも他にまともな人がいないのか、そっちのほうが重要だ。


◆ ノルミッツ王国 城下町 田園地帯 ◆


 匂いだけで気持ち悪くなりそうな街道を少し歩くと、そこは辺り一面畑だった。更に奥には果物か何かの木がたくさん生えている。クイーミルにいた時に果樹園の害虫退治をした事があったけど、あそこよりも数倍大きい。

 でも長い間誰も手をつけていないのか、所々が荒れていて雑草がちらほら生えている。農具も放り出されたように畑の上に捨てられていて、まさにこの国の現状を表していた。


「これだけの畑を耕すのにどれだけの人達がどれだけの時間をかけたんだろう」

「すごいよね、さすが世界一の農業国だよねぇ。それだけにあんな事になってるなんて信じられない……」


 楽に栽培できる魔法のキノコのせいでこうなったんだろうか。たったそれだけの事で今までここまで積み上げてきたものを見放すなんて。捨てられたこの畑達があまりにかわいそうだ。

 ラフーレの言った通り、働くのはとても大変な事だ。この国の人達はそんな状態に嫌気が差したのかな。


「耕してあげたいな……。でも畑なんて子供の頃に少し手伝っただけだし、やり方わからないや」


「あ、あそこに誰かいるよ」


 遠くに人影が見えた。畑の上で鍬を振り下ろしては額の汗を首にかけている布で拭う、そんな同じ動作を繰り返している人。


「よかった、あのおじさんは普通みたい」


 ほどよい肉付きの体をしたおじさんはボク達に気づかず、一生懸命畑を耕している。ふぅ、と一息ついたところでようやくボク達に気づいた。


「……冒険者かな?」

「はい、あの、働いているのはおじさんだけですか?」

「そうだ、後は全部あの様さ」

「何があったのか教えていただけませんか?」


 おじさんは何も答えずにまた鍬を握り、土に振り下ろした。それを少し繰り返してから、またボク達を見る。


「驚いただろう。出来ればこんな姿は見られたくなかったな……。

いつからかわからないが、この国に妙なキノコが出回り始めた。それは一口噛むだけで甘美な味わいが脳髄にまで広がるような、言い知れぬ味わいがした。

料理の具材や調味料と用途も広く、それは爆発的にこの国に広まった。安価でうまい、栽培方法も単純。早朝に起きて畑仕事に費やす必要もない。

私らはそれなりに農業に対して誇りを持っていたが、人間というのは楽なほうへと流れるものだ。

次第に人々は農具を手放し、今やあの惨状……」

「そんな……それじゃ、この畑はもう誰も手入れをしていないんですか?」

「最初は何人かいたが、私一人になってしまった。まったく情けない限りだよ……」

「でもあなただけがここでお仕事をしている……立派だと思います」

「ありがとう……でも、もう限界だ。私一人じゃ、とてもこの広い畑の世話はできない。

死ぬなら、この畑の上がいいかな。ハハハ……そうだ、どうせもうこの国も畑も長くはない。

君達、そこに入っている果物を持っていきなさい」


 カゴからあふれんばかりに入っているモモルの実を初めとした果物。隣の箱には野菜がぎっしりと詰められている。多分このおじさんが全部、一人で収穫したんだ。

ボクはどっさりと詰まれたモモルの実を手に取った。細かい事はわからないけど、長い年月をかけて地道に育ててきた結晶がここにある。この国の人達はこれ一つの為に毎日、欠かさず仕事をしてきたはず。

 それすらも忘れて浮かれて遊び呆けている人達にボクは段々、腹が立ってきた。


「さ、いつまでもこんな国にいたって仕事なんかない。

ここからそう遠くない所にアバンガルド王国がある。そこなら冒険者ギルドも賑わっているし、仕事にもありつけるだろう」

「私、決めた。おじさん、これ全部もらっていきます」

「あぁ、そうしてくれると助かる」

「ロ、ロエル?」


 箱一つで前が見えなくなるほどの大きさだし、ロエル一人じゃ運ぶのは難しい。ボクが持ってあげよう、そう思ったけど何事もなかったかのようにひょいっと持ち上げるロエルにボクはしばらく見とれてしまった。


「リュアちゃん、早く」

「それ持ってどこへいくつもりなのさ」

「町の人達に食べさせてあげるの、そしたらきっと目を覚ますはずだよ。

自分達の手でこんなにおいしいものを作り上げたんだって思い出してもらうの」

「そんなにうまくいくかなぁ……」


 あの情けないバームとジルベルトの姿がちらついて、どうも良い方に考えられない。首を傾げたくなるロエルの行動だけど、何もやらないよりはマシかな。


「おじさんは収穫を続けて下さい。出来るだけ多くの人に配りたいから」

「あ、あぁ」


 おじさんも困惑している。今はあくまで前向きなロエルにとりあえず、ついていく事にしよう。


◆ ノルミッツ王国 城下町 ◆


 改めて見渡すと店はどこも、閉まっていて営業している様子がない。代わりにそれらを塞ぐかのように立ち並ぶ出店。宿屋だけが開いているけど、正確には開けっ放しといったほうが正しいかもしれない。カウンターには誰一人いないし、2階では相変わらずバームとジルベルトがバカ騒ぎしているのがよくわかる。


「う、うげぇ……飲みすぎた……気持ち悪い……」

「まぁ、大変。でも大丈夫、このマッタンゴ汁を飲めばすぐによくなるわ」


「待って下さい!」


 綺麗な女の人達がマッタンゴ汁とかいうのを酔いつぶれて吐きそうになっている人に勧めているところだった。壁にもたれかかっている男の人の近くには吐いた後がいくつもある。

 そんな中、ロエルが元気よく割って入った。青い顔をする男の人にロエルはモモルの実を差し出した。


「い、いらねぇよ……それより、マッタンゴ汁をくれぇ……早く、早くぅ……」


 とりつかれたように呻く男の人。立ち上がろうとするけど足腰に力が入らないのか、もがくように壁にすがっている。


「そうだ……これをこうして。はい、どうぞ」


 ロエルが水筒を取り出すと、水にモモルの汁を溶かした。水分を多く含んだモモルの実はそのまま食べてもおいしいけど、人によっては味が濃いと感じると前にロエルが話していたのを思い出す。

 確かにそのままだと、お酒で気持ち悪くなっている人にはきついかもしれない。


「う……なんだかなつかしいな……」


 男の人は虚ろな目でモモルを溶かした水を見つめ、そして一口だけちびりと飲んだ。


「ちょっと! 変なものを飲ませないで!」

「そのキノコのほうが変なものだよ! このモモルの実はね、この国の人達が長年、研究して毎日世話をしてようやく完成させたものなの!」

「そ、そうだよ。思い出して、これって皆で作ったものだよね?」


「……うまい」


 そう言って、一気に水を飲み干した男の人を見て、ボクとロエルは安堵した。今までお酒でつぶれて立つ事すら出来なかった男の人が、よろめきながらも壁に手をつきながらなんとか立ち上がろうとしている。


「うまい……うまいぞ……」


 ボクが持っていたカゴに入っているモモルの実を取り出して、かぶりつく男の人。顔中、汁だらけにして食べているけど、そんな中にうっすらと涙が混じっている。


「うまい、うまい、モモルの実ってこんなにうまかったのか……」

「そうだよ、それなのに畑や果樹園はほったらかされてるんだよ」

「そうか……俺、何やってたんだろ」


 おぼつかない足取りで男の人は一歩ずつ、歩き出した。その方向は間違いなく田園だ。


「今は刈り入れか? それとも……。そんなのもわからなくなるくらい放置していたのか、俺は!」

「あっちでおじさんが一人、働いているよ。ボクの肩につかまって……」


 やる気を出してくれたのはいいけど、さすがにこんな状態じゃ働けるわけがない。でも今はあのおじさんを安心させてあげたい。ボクとロエルは何も言わずに、お互い微笑んだ。


「あーあ、なにあれ」

「どうする? ラフーレ様に報告しちゃう?」


「ここで殺っちゃったほうが手っ取り早くない?」

「どうするー?」


 物騒な女の人達だな、なんて。あの人達に関しては薄々感づいてはいたけど、ボクはあえて振り返らなかった。

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