第93話 新たなる決意
◆ アバンガルド城 王の間 ◆
「あのですね、私だってがんばって番したんですよ?
でもあんなのに『邪魔をするな』なんて恫喝されたら、誰だって反射的に逃げますよ!
皆さんに事前にお伝えしていればよかったんですけどね、でもそれって邪魔をしたと同義じゃないですか!
ホントもう、生きた心地がしませんでしたよ! しかもあれ、絵本でしか見た事ないですけど漆黒の地竜ドグラですよ? え、それ実在したのって感じでしたよ?
魔王軍はあんなのまで従えているんですか?」
「わかった、わかったからお黙りなさい、キキィ。
確かに相手が悪い、そこで挑んでも勝ち目はなかったでしょう。
陛下も私もあなたを責めるつもりはありません」
「あ、そうなんですか? ホッ……」
胸を撫で下ろしてようやく落ち着いたキキィ。事前にイークスさん、いや葬送騎士が侵入していた事について黙っていたのはカークトンにたっぷり責められはした。ボクもそこはどうでもいい。
実際に葬送騎士が現れた時にはムゲンでさえ牽制されていたし、戦ってみればあの結果。ムゲンが勝てない相手をどこの冒険者が止められるんだ。
ボクだって止められなかった。相手があのイークスさんだから、そんな言い訳は出来ない。
結局イカナ村の調査は、ブラックビーストを生け捕りに出来なかったという事で依頼失敗だ。でも、王様も宰相ベルムンドも怒ってはいない。
「それにしても長らく行方不明だったイークスがのう……」
「冒険者ランク不動の1位、ティフェリアと並ぶ実力と功績を持つ彼を信頼していたのですがねぇ」
「陛下、申し訳ありません。今回はこのムゲンの力不足故に招いた事態。いかなる処罰も覚悟の上です」
「何を申すか、キキィもそなたも不問だ。
ブラックビーストの件は残念だったが、これからの事はじっくりと考えていく」
それにも関わらず、ムゲンは床に頭をこすりつけるように土下座している。カークトンも同じだ、この2人は本気で後悔している。
そしてボクはというとそんなやり取りさえもどうでもよくなるほど、上の空だった。報酬なんかどうでもいい、これからの事も何よりもイークスさんの事で頭がいっぱいだった。
――――魔王城に来い すべてを話してやる
どうしてイークスさんが魔王軍にいるのか。イークスさんは本当に世界を滅ぼそうとしているのか。今になっても信じられなかった。ウソだ、ウソだ、さっきからずっとこればかりが頭の中を駆け巡っている。
「……ちゃん。リュアちゃん!」
気がつくとロエルに揺すられていた。ハッとなって辺りを見渡すと、王様も宰相もカークトンもムゲンも兵士も全員がボクに注目している。
「……どうかしたのか?」
「い、いや、別になんでもない、です」
「カークトンの話によると、葬送騎士イークスと互角に渡り合ったそうだな。
いつかの襲撃の際にもそなたには助けられた。今回の件で私は確信した、そなたは我が国にとって必要不可欠な存在だと。魔王軍の勢力は日増しに強まっており、いつまたこの国にその手が及ぶかわからん。
そこでそなたには……」
「ボク、疲れたからもう休む」
「ぬ、待て。話はまだ……」
「リュアちゃん……」
玉座から立ち上がる王様を無視してボクは王の間の入り口に向かって歩き出した。疲れていたのは本当だけど、それ以上になんでボクがという思いもあった。どうせまた千年草を採って来いだの、言うに決まっている。
ボクは王様の奴隷じゃない。冒険者なんだ。更に言うと、イークスさんが現れる前に感じた殺気の事だって忘れてない。どういう理由かはわからないけど、間違いなくムゲンとカークトンはボクを殺そうとした。
そんな事されてまで従っていられない。どうせ聞いたってとぼけるに決まっているし、最悪ムゲンの言う処罰だってされるかもしれない。そんなのたくさんだ、ボクはボクだしやりたい事をやる。
「陛下、よろしいので?」
「いいだろう、確かにあの葬送騎士を相手にしたのならば疲れが出て当然。
今日のところはゆっくりと休んでもらおう」
後ろの王様とベルムンドが交わす会話によると、まだボク達をこき使うつもりみたいだ。今日のところはってそんな。それじゃ明日は何をさせるつもりだろう。イカナ村への調査はボクも願った事だし、Aランクの重みというのも理解できる。
だけど、なんだか王様に利用されているみたいですっきりしない。
「もしかしてイークスさんもこれが嫌だったんじゃ……」
1位ともなると、相当の依頼をこなしてきたに違いない。やっぱり、イークスさんは無理をして楽しい事ばかりを話してくれていたようにも思える。そんなのも知らないでボクは外の世界に憧れていたんだ。バカだ、本当にボクはバカだ。
「リュアちゃん。今日は王様の言ったとおり、休もう? 夕食も私が何か用意するから」
「ありがとう、ロエル。ロエルがいてくれなかったらボクは今頃……」
あの後、何も言わずにロエルはボクの隣にいてくれた。泣きじゃくる情けないボクに何か言うわけでもなく、ただ黙っていてくれた。
ありがとう、そう言いたかったけど言葉が出てこない自分が憎らしかった。
◆ アバンガルド城下町 ホテル メイゾン ◆
疲れたとは言っても、ベッドに身を投げ出したボクはそのまま眠る事も出来なかった。目が冴えて、どうにも眠れない。まだ寝るには早い時間だし、夕食も食べてないから寝てもしょうがないのだけど。
「……リュアちゃん、これ食べる?」
寝ているボクにロエルはローストビーフ巻きを差し出した。食欲がないわけじゃないけど、今は手をつける気になれない。ありがとう、とだけいってボクはそれを傍らのテーブルに置いた。
「あの、元気出してね。私も精一杯力になるから……」
「ごめんね、気を使わせちゃって。もう平気だから」
上半身だけ起こしたものの、やっぱりローストビーフ巻きには手が伸びない。ボクが沈んでいるとロエルまで悲しそうな顔をするから、このままじゃいけない。記憶が戻らないロエルだって苦しんでいるはずだし、それに比べたらボクなんかまだ恵まれているほうだ。
「私、何でも協力するからね……。イークスさんだってきっと何か理由があるはずだよ……」
「ロエル、ボクね……。今まで自分の事しか考えてなかったけど、これからはロエルの記憶が戻るよう、協力するよ」
「え……。い、いいよそんなの。私、全然そんなの気にしてないよ」
「イカナ村で思ったんだ。幼い頃に大切なものを失った記憶があるボクより、記憶すらないロエルのほうが辛いんだって。ロエル、ボクに気を使わなくていいんだよ。お願い、協力させて」
「……でも」
「お願い」
ロエルの目に悲しみの色が浮かんだ気がした。それもほんの一瞬だから、今までのボクなら気づかなかったと思う。でも今は違う。やっぱり、ロエルは記憶がないのが辛いんだ。
すぐに表情を作り直して、にんまりと笑うロエル。もしかして迷惑だったかな。断られるかな。
「……うん、じゃあお願い。でもね、一つだけ約束して」
「約束?」
「私の記憶よりもイークスさんの件を優先させる事。私の記憶が戻っても、その……。
いいものとは限らないし、戻るのは記憶だけ。過去は帰ってこない。でもイークスさんはまだ帰ってくる可能性がある。だから、ね?」
「……わかった」
「えへへ……」
「どうしたの? そんなに嬉しい?」
「なんだか、ここにきて再出発って感じがして。明日からは心機一転だねっ」
ロエルがベッドから降りてくるくるとうれしそうに回る。それに合わせて金髪がふわっと回転して、心地いい匂いがほのかに漂った。
「よし、じゃあ明日からは……」
「やっほー! 元気ぃ?」
この脳内に響く素っ頓狂な声の主。久しぶりだけどハスト様だとよくわかる。
「あの、ハスト様……今はちょっと空気を読んでほしいというか……」
「む、なんじゃ。ワシ、邪魔した?」
ロエルが丁寧にこれまでのいきさつを説明してくれた。魔王軍、葬送騎士、ブラックビースト。点と点が繋がりそうじゃの、と呟くハスト様。そういえば今回は何の用で語りかけてきたんだろう。
「ふむふむ。ワシの予想通り、あの王国はなにやらキナ臭い。というのも、勇者について調べていて少しだけわかった事があるんじゃ」
「勇者? 30年前に魔王を倒したという?」
「うむ、その勇者がの。30年前に行方をくらましておるんじゃ。
王国は勇者は広い世界に旅立ったと国民に報じておったそうじゃが、どうにも解せぬ。
ならばなぜその勇者の剣だけがアバンガルド王国にあるのか? おかしいとは思わんか?」
「あ、あの、もしかして……」
「滅多な事は言わんほうがよい。推測の域を出ない上に下手にそんな事を口走れば、即牢獄行きじゃ。
お前さん達も冒険者なら国と仲良くしておいて損はない」
やっぱりボクがあの時、感じた殺気は本物だった。行方不明になった勇者。ボクを殺そうとしたムゲンとカークトン。うまく言えないけど、何かここに答えがあるような気がする。
その事も含めてハスト様に話すと、深く溜息をつかれた。
「お前さん達がイカナ村への調査を許されたのは、その為とも考えられる」
「じゃ、じゃあボクを殺すために?!」
「ムゲンは五高最強、単独でもやれると思ったのじゃろう。カークトンとやらは恐らく保険、2人ならまず確実と踏んだ可能性がある。しかし焦るでないぞ、何度もいうがすべては推測なんじゃ。
その2人とはこれまで通り接しておくのが無難じゃな。何かアクションを起こしたところで簡単に尻尾を出すとも思えん」
少なくともカークトンはいい人だと思ったしあの夜の事は疑問には思うものの、リッタや部下に対してとても真剣だった。そんな人がボクを殺そうとするなんて。
「ところで勇者の剣を抜けるのは勇者だけですよね? あの剣を使って勇者を探していたなら……」
「可能性はいくつかあるが……それを語るにはあまりに材料が少なすぎる。
アバンガルド王国、イカナ村、ブラックビースト、勇者、魔王軍、葬送騎士イークス、片翼の悪魔。
ふむ、ワシの中ではある程度まとまったぞい」
「ホント? じゃあ、片翼の悪魔は?」
「慌てるな、ワシの考えが正しければそいつは……。いや、やめておこう。
まだ時間はある、話はじっくりと材料を集めてからじゃ」
「もったいぶらないで教えてよ! ボクはどうしたらいいのさ!」
「どうしたいのじゃ? お前さんはどんな結果を望んでおる?」
「どんな結果って……」
ボクの中で引っかかっていたもの。あのイークスさんが優しいイークスさんでいてほしい。これだ。
また昔のように戻りたい、平和だったあの頃に。ボクが望んでいるのはそれだ。
「リュア。お前さんには望むものを手に入れられるだけの力がある。
理不尽な壁を壊す力がある。それを踏まえた上で……」
「……魔王城にいく」
イークスさんが言っていた通り、それしかない。イークスさんが無理矢理魔王軍に従わされているんだとしたら、魔王軍を倒す。ボクが取り戻したかったもの、それはあの人だ。
「死んだ者はどんな力を持ってしても取り戻す事は出来ん。たとえ神だろうと、不可能だとワシは思う。
しかし、イークスは生きておる。手を伸ばせば届くところにおるではないか」
その通りだ。だったら、いつまでもこんなところにはいられない。ボクの中で決心が固まった瞬間だった。
「ハスト様、ボク達これからね……」
ボク達がこれからやるべき事をすべてハスト様に話した。そう、ボク達は魔王城を目指す。もちろん、各地で暴れている魔王軍も放っておけない。魔王軍討伐、これまでもやってきたけど今までと違うのは今度はボク達が積極的に魔王軍を倒しにいく点だ。
それからロエルの記憶、こっちはまるでどうすればいいのか見当がつかない。
「決心したようだの。出発は明日からかの?」
「えーと、そこでまずノルミッツ王国に行こうかと思います。
実はAランクの冒険者2人がしばらくあの国にいったまま、帰ってきていないんです……。
もしかしたら魔王軍の侵攻を受けているのかもしれません」
「あの平和な農業国でそれは確かに不自然じゃな……。魔王軍の影があるかはわからんが、用心するのだぞ。まぁ、お前さん達2人ならよほどの事がない限りは心配ないじゃろうが……」
「ハスト様は魔王城がどこにあるかはわかりませんよね」
「それはワシどころか、どこの国もキャッチしとらんと思うぞ。探すとすれば魔王軍を締め上げて吐かせるしかないの……」
ロエルの言う通りにしようと思う。バームとジルベルトが未だに帰ってきていないし、何があったにしても見過ごせない。
それにハスト様の言う通り、魔王軍を退治していればきっと魔王城への道筋も見つかるはず。締め上げて吐かす、あんまり得意じゃないけどがんばる。
「ではまた何かわかったら、こちらから声をかけるぞい。達者でな」
一方的に打ち切ったハスト様を他所にボク達は早速、明日からの計画を練る事にした。考えるのが苦手なボクに代わって具体的な方針はロエルが決めてくれる。
現時点でやらなきゃいけない事をまとめると
魔王城の場所の特定
新生魔王軍の退治
各国の安全確保
ロエルの記憶
大まかに分けて4つ。この中で今のところ、手のつけようのないものはロエルの記憶。それ以外は全部、ロエルが方針を決めてくれた。
忘れちゃいけないけどボクの命を狙っているらしい彗狼旅団とファントムの件もある。でも、こっちはロエルの記憶よりも優先順位は低い。彗狼旅団も危険な存在だけど、魔王軍以上に大きな規模で活動しているわけでもないし、何よりボクの命を狙ってくるだけなら大した事はない。
ファントムに関してもまったく正体がわからないけど、ボクの命を狙っている点は彗狼旅団と同じだし問題じゃない。やれるものならやってみろ。
「うん、いいと思う。さすがロエル、ボクと違って頭いいなぁ」
「えへへ、えへへへ……」
照れるロエルがかわいすぎて、抱きしめたくなった。今後の計画がほぼ固まったうれしさが余ったというのもあって、ボク達はようやく冷めたローストビーフ巻きに手をつけた。
「でも、ロエル。他の国の安全確保ってさ。ボク達が魔王軍を退治していけばいいんじゃ?」
「リュアちゃん、まさか世界中すべての国を巡るつもり? 世界は広いんだよ?
それに魔王軍がどれだけの規模の勢力なのか、私達は何も知らないでしょ。
リュアちゃんがいくら強くても、出来る事と出来ない事があるの」
「そうかなぁ、やろうと思えば出来そうだけどなぁ」
「よかった、リュアちゃんに私がいて……」
「でもさ。ロエル、あそこに頼めばいいなんてよく思いついたよね。ボク、すっかり忘れていたよ」
「うん、本当にね……」
心底よかったと深く溜息をついたロエルを見て、ボクには出来ない事のほうが多いと改めて思い知った。
よし、明日からだ。明日からボク達は魔王城を目指す。
――――魔王城に来い
行ってあげるよ、イークスさん。魔王軍なんかボクが絶対に倒してやる。
だから世界を滅ぼすなんて馬鹿げた事はやめてほしい。
◆ シンレポート ◆
れっぽ れっぽ れっぽっ
ちっ リュアのやつ あれだけ なきべそかいていたくせに
もう たちなおりやがったです
それにしても イークスのやつ リュアと しりあいですか
もー それなら すがおで ちかづいて あんしんして リュアがかけよってきたところを
ぶすっと さしてやれば よかったのに!
もっと こうかつに ころせたはずです!
どーにも イークスのやつ まだふっきれていないです
まおうさまへのおんを あだでかえしやがって
しんなんか まおうさまへの LOVEで あふれかえっているです
らぶらぶ です
なになに まおうじょうを めざす?
はっ たどりつけるものなら やってみろです
あのごっかんのだいちは はいれべるの まもののせいぞんすら ゆるさないほどです
よしんば たどりついたとしても おしろを しゅごする さんひきのまものが
なんこうふらくを やくそくするです
あー リュアのじゃくてん
すぐになく
あれだけ ばけものくさいつよさなのに なきむしです
こんど しんが なかしてやろうか です
あ ろーすとびーふまき あ あ おいしそう
しんも ひとくち あーーーー




